帰宅して父親と二人、桔梗に買ってもらったシュークリームを頬張っていると――
「お。うまそうなモン食ってんじゃねぇか」
ねずみ男が部屋に入ってきた。
「ねずみ男、どこに行ってたんだよ」
「ちょっと調べ物しに、本屋によぉ」
「調べ物! 本屋!? お前が!?」
「なんだよ! 俺が本屋に行っちゃおかしいって言うのかよ?!」
「うん」
「これはまた大雨が降るかもしれんのぅ」
「親父さんまで失礼だなぁ、おい! ったく……人のことより鬼太郎。おめぇはどうなんだよ」
「どうって、何が?」
「桔梗さんだよ、桔梗さん!」
「き、桔梗さん……っ?」
「おうよ。あれだけの美人なんだし、ありがたくヤらしてもらやぁいいだろ?」
「バ、バカなこと言うなよ! そんなこと……出来るわけないだろ!」
「なんで?! 桔梗さんのいったいどこが不満なわけ!?」
「不満なんてないよ……って言うかお前、なんでそんなに僕と桔梗さんをくっ付けたがるんだよ。……さては、何か企んでるな?」
「ギクッ!」
「……おい」
「鬼太郎ちゃあん! そんな怖い顔しちゃイヤ!」
「誤魔化すなよ。何を企んでるんだ?」
「…………」
「言うんだ、ねずみ男」
髪の毛を逆立てて、凄む鬼太郎。
髪の毛針で攻撃されてはたまらんとそう思い、ねずみ男は慌てて「話すよ! 話します!」と口を開いた。
「俺はただ、お前さんを説得したことにして、鬼宮さんから謝礼をもらおうって、そう思ってただけなのよ! な? その程度のことで、そんな怒るなよぉ」
「……何を考えてるのかと思えば、またそんなくだらないこと考えてたのか」
「くだらないとはなによ?! よく考えてみろよ! 美女とヤれて、金までもらえるんだぜぇ? 悪いことなんてなーんもないじゃないか! みんなハッピー! 万々歳よ?!」
「そんな単純な問題じゃないんだよ……」
「チェッ! もうお前には頼まねーよ!」
そう吐き捨ててねずみ男は、シュークリーム片手に部屋から出ていった。
「ワ、ワシのシュークリームが……」
* * *
「鬼宮さん、ちょっとよろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
「へっへっ。お邪魔しますよ」
襖を開き、揉み手しながら一二三の部屋に入っていくねずみ男。
「昨日言っていた件ですがね」
「……ああ、鬼太郎さん以外の妖怪を見付けてくるというお話ですね?」
「それです、それ! まだハッキリ分かりませんが、なんとかなるかもしれませんぜ!」
「そう……ですか」
「鬼太郎のやつがその気になってくれたら一番早いんですけどね。まぁあのとおり、堅物なやつでして」
「……真面目な、いい方だと思います」
「いやぁ、堅苦しいだけですよぉ! ……ま。とにかくなんとかなりそうなんで、期待しててくださいよ。へへ」
言ってねずみ男は、ご機嫌な様子で部屋から出ていった。
* * *
「ふぁぁ……よく寝た……」
ムクッと布団から起きあがり、大きく伸びをする鬼太郎。
(さて、今日はどうしようか……。桔梗さんは例の件、もう忘れてくれって言ってたけど……でも……)
「う~ん……。井戸仙人なら妖怪医術や薬学に長けてるし、何かいい方法を知っているかもしれないなぁ」
(……と、そう言えば復旧作業のほうはどうなったのかな? ちょっと見に行ってみるか……)
そう思い立ち、鬼太郎は廊下に出た。
* * *
「ふぅ……。さすがにもう入らんわい……」
「ちょっと太ったんじゃないですか? 父さん」
「ふむぅ……確かにのぅ。じゃあ、今日は運動でもするかの」
「運動ですか」
「うむ。ジムがあれば一番いいんじゃがのぅ」
などと目玉おやじが無茶なことを言っていると――
「川遊びというのはいかがです?」
不意に桔梗が聞いてくる。
「き、桔梗さん……っ」
「割り込んでしまってごめんなさい。歩いていたら、お声が聞こえたもので、つい……」
「い、いえ……! そんな、全然っ……」
「……鬼太郎」
「はっ、はい……?」
「お前、顔が真っ赤じゃぞ」
「い゛い゛っ!? やっ、あの……そんなっ……」
ますます真っ赤になる、鬼太郎の頬。
鬼太郎はもうまともに話すことも出来ないようで、桔梗の誘いにしどろもどろ返事をする彼に代わって父親が――
「ぜひ行きましょう、桔梗さん」
と、請け負った。
「まぁ、嬉しい。すぐに出かけます?」
「うむ。そうじゃな」
「……あ、待ってください。僕、ちょっと復旧作業の様子を見に行きたくて……」
「あら。じゃあ先にそちらに寄りましょうか?」
「いえ、危ないので僕らだけで行ってきます」
「そうですか。ではまたあとで」
桔梗は会釈し、「気を付けてお出かけください」と退室した。
「ふむ。明るくていいお嬢さんじゃな。シュークリームも買ってくれたし」
「そうですね。……じゃあ、行きましょうか」
「うむ。レッツゴーじゃあ……!」
* * *
下駄をカラコロ鳴らしながら、人に道を聞きつつ歩いていくと、程なくして土砂崩れの現場に辿り着いた。
ヘルメットをかぶった男たちが、忙しそうに岩や土をどかしている。
「これは……見事に道が埋まっとるのぅ」
「ですねぇ……」
遠巻きに復旧作業の様子を見ていると、どこからかねずみ男が現れ、彼は現場を取り仕切っていると思われる男に対して――
「復旧に何日ぐらいかかりそう?」
と、尋ねていった。
「うーん、こりゃあ急いでも二週間はかかりそうだぁねぇ。ほら、二夜続けて雨が降ったもんだから!」
「ふむふむ、なるほどね~。……ま、俺様も用意に二週間はかかりそうだし、ちょうどいいや」
「何に二週間かかるって?」
「ッ!? き、鬼太郎ちゃん! いたのぉ?」
「誤魔化すなよ、ねずみ男。用意って、いったいなんのことだ?」
「な、なんでもねぇよ! じゃ、あばよ~!!」
言ってねずみ男は、まるで風のような早さで逃げていった。
「あ、待て!」
「待てねぇよ~~~ん!」
あっという間に見えなくなってしまう、ねずみ男の姿。
「……ったく、逃げ足だけは早いんだから。何かまた、悪いこと企んでないといいんですけど……」
「企んでいたとしても、所詮ねずみ男じゃ。大したことにはならんじゃろ。それより、鬼太郎」
「はい?」
「そろそろ戻って、桔梗さんと一緒に川に行こう。な?」
早く泳ぎたくてたまらない様子の父親に苦笑しつつも、鬼太郎は「分かりました」と鬼宮の屋敷に戻っていった。
* * *
(……と。そう言えば、桔梗さんの部屋はどこかな)
女中に尋ねれば早いのだろうが、仕事の邪魔をしてはいけないとそう思い、父親と二人で屋敷内をうろついていると、「どうしました?」と一二三が尋ねてきた。
「桔梗さんの部屋を探してるんですけど……」
「桔梗の部屋なら、この角を曲がってまっすぐ行った、突き当りにありますよ」
「そうですか。どうもありがとうございます」
「桔梗に何かご用事ですか?」
「ええ。川遊びに行こうと、誘っていただいたもので……」
「そうでしたか。ですが、申し訳ない。桔梗は少し、体調がすぐれないようで……」
「え? そんな、大丈夫ですか?」
「……ええ。明日には元気になっていると思います」
「ふむぅ。残念じゃが、体調不良じゃあ仕方がないのぅ」
「すみません、妹のほうから誘っておいて……」
「いやいや、どうぞお大事にしてくだされ」
そう目玉おやじが返し、鬼太郎もまた頭を下げて去ろうとすると、「あの……」と一二三が呼び止めてきた。
「はい?」
「……妹のこと、本当にどうもありがとうございます」
「……え!? いや、こちらのほうこそ色々と気を使っていただいて、申し訳なく思うぐらいで……!」
急に礼を言われて、驚いてそう答えると――
「妹の……あんなに楽しそうな顔を見たのは、久々です。子供の頃以来……でしょうか」
一二三が眩しげに目を細めて、ポツリと呟いた。
「…………」
「……妹には友達がいないのです。鬼宮家の者は村人に取って、畏怖の対象ですから……」
「……対等に接してくれる者が、おらんのじゃな?」
「……はい。ですから本当に、皆さんには心から感謝しております」
言って一二三は深々と、二人に向かって頭を下げた。
「そんな、頭をあげてください……! こちらこそ、鬼宮さんや桔梗さんにはとてもお世話になっていて……本当にどうもありがとうございます」
鬼太郎もまた頭を下げて、それを見た目玉おやじが、「お礼合戦じゃな!」と合いの手を入れた。
「お、お礼合戦って父さ~ん……。僕ら、戦ってるわけじゃないんですから……。ねぇ? 鬼宮さん」
「フフ……。そうですね」
顔を見合わせ、笑い合っていると、「旦那様ー!」と、女中が一二三を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あ……。と、すみません。失礼します」
一二三は会釈し、「また妹と遊んでやってください」と、声のほうへと消えていった。
「……あのお嬢さん、不憫じゃのぅ」
「……そうですね」
「鬼太郎」
「はい?」
「桔梗さんが元気になったら、桔梗さんの気が済むまで付き合ってやりなさい」
「……はい!」