「ふぅ~。今日のごはんも、おいしかったのぅ……」
「そうですね」
朝食後、二人で茶をすすっていると、「おはようございます」と、桔梗が声をかけてきた。
「…………ッ!」
桔梗の声を聞くと同時に鬼太郎は、湯呑から手を離してしまい、熱いお茶を引っ被ってしまう。
「あつ……ッ!?」
「あ! 大丈夫ですか……!?」
慌てて床に膝をつき、ハンカチでポンポンと、濡れた箇所を拭っていく桔梗。
距離が近いせいで、またふわりと甘い匂いが香ってくる。
(あ……桔梗さんの……匂い……)
花とも菓子とも思わせる甘い匂いは、よく嗅ぐとその奥で、妖しく官能的な香りを放っているようだった。
そう感じるのは昨夜、彼女の艶めかしい肢体を見てしまったからかもしれないが……ともあれ嗅ぐうちだんだんと、クラリと酒に酔ったかのような感覚に陥ってしまう。
「あ……?」
目眩に襲われ、桔梗に向かってグラリと傾いでいく鬼太郎の身体。
「鬼太郎さん……!?」
ギュッと抱き留め、心配げな表情でじっとこちらを見詰めてくる桔梗を見るうち、鬼太郎の身体がブルブルと震えてくる。
「鬼太郎さん? 寒いんですの? まさか、風邪をひいたんじゃあ……」
言って、熱を測ろうとして桔梗が鬼太郎の額に手を当てると、鬼太郎の全身が瞬時にして赤くなった。
そして、震えは止まったものの、カチンコチンに硬直してしまう。
「……鬼太郎さん?」
「う……? あっ……」
まともに受け答えすることも出来ない様子の鬼太郎を見て、桔梗は何かを察したようで、スッと静かに身を離した。
「……何か、温かいものをお持ちしますわ」
言って桔梗は部屋を出て行き、彼女の代わりに女中が茶を淹れなおして持ってきた。
* * *
「……鬼太郎。桔梗さんと何かあったのか?」
「……いえ」
「なら、さっきの態度はなんじゃ。桔梗さん、傷ついておったみたいじゃぞ?」
「そう……ですね……」
鬼太郎自身も、桔梗に対して申し訳なく思っているのだろう。
眉を下げ、ションボリと肩を落としている。
「謝ってきたらどうじゃ? お前も気にしておるんじゃろう?」
「……はい」
鬼太郎は頷き、桔梗の部屋へと向かった。
* * *
(えっと……こっちだったかな?)
桔梗の部屋を探している最中、多恵という女と出くわした。
(あ……)
「…………」
挨拶すべきと思うのだが、桔梗に対して鞭を振るっていた姿を思い出し、また身体が硬直してしまう。
しばらく黙ったまま、顔を俯かせていると――
「……今、少しよろしいですか?」
そう多恵が聞いてきた。
「え……? あ、はい……。なんでしょう……?」
「……桔梗さんのことです」
桔梗の名前を出され、ビクリと肩が跳ね動く。
「下駄の音がしたので、もしかしたらと思いましたが……その反応。やはり昨夜、ご覧になっていたのですね」
「す、すみません……。悲鳴が聞こえたので……つい……」
素直に謝罪し、頭を下げると――
「鬼の血が……桔梗さんをあのような行動に走らせるのです」
と、抑揚のない声で多恵が言った。
「鬼の血……ですか……?」
「……はい。鬼宮家の方は皆、常人よりも性欲が強いらしく……鬼の血が薄いと思われた桔梗さんも、それは例外ではなかったようなのです」
「…………」
「桔梗さんは、そのことを恥じておいででした。そのため、身体に疼きが生じたら私に鞭打ってもらいたいと、そうおっしゃって……」
(そんなことを頼めるということは……鬼宮さんは桔梗さんに友達はいないと言っていたけど、多恵さんは桔梗さんの友達なんじゃないのかな……?)
思っていることが顔に出たのか、多恵が自分と桔梗との関係について言葉を添える。
「当家は代々、鬼宮家にお仕えする家系でして……私も幼少の頃より、鬼宮家に入らせていただきました。そのせいか桔梗さんも、他の使用人よりは気安く接してくださっているようです」
「そうですか。それは桔梗さんも、心強いでしょうね」
「……鬼太郎さん」
「はい?」
「単刀直入にお伺いします。桔梗さんと、子を成す気はおありですか?」
「……えッ!? それは……あの……」
「可能性は微塵もないと?」
「いや、その……」
「…………」
「困ったな……」
追い詰められて答えに窮し、ダラダラと冷や汗をかいていると――
「……私からも、お願いいたします。どうか、桔梗さんと添い遂げてください」
そう言って多恵が、深々と頭を下げてきた。
「!?」
慌てて「顔をあげてください」と言うが、多恵はこうべを垂れたままだ。
「あの……じゃあ、考えてみます……」
仕方なく鬼太郎がそう返すと、ようやく多恵は顔をあげて、「お願いします」と去っていった。
「……ふぅ」
ようやく緊張から解放されて、大きく息を吐く鬼太郎。
(多恵さんまで……。参ったなぁ、もう……)
ポリポリと頬を掻きながら鬼太郎は、再び桔梗の部屋を目指して歩き出した。