桔梗の部屋に辿り着いたはいいが、なかなか声をかけることが出来ず、襖の前で茫然と立ち尽くすことおよそ15分。
(早く何か言わないと……。僕はいったい何しにここまで来たんだよ……!)
そう思いはするものの、やはり何も言葉に出来ずに、やはり出直そうかとまで考え始める。
(や、やっぱり……もうちょっと気持ちが落ち着いてから……。あ、いや、でも……桔梗さんを傷つけたままでいいわけがないよな……。早く謝らないと……)
ゴクリと息を飲み込み、「あの……」と、勇気を出して声を出す。
「……はい?」
「さ、さっきはその……すみませんでした」
一度しゃべり始めると、意外とスルスル言葉が出てくるようで、鬼太郎は続けて話しかけていく。
「体調がもういいようでしたら、一緒に川遊びに行きませんか?」
そう尋ねると目の前で、音もなく襖が開く。
「…………」
「あ……」
泣いていたのだろう。
桔梗の目が赤く、そして睫毛が濡れている。
「桔梗さん、あの……僕、本当に――」
「……ご覧になったのでしょう?」
すみませんでしたと続けようとしたところで、声を遮られる。
そのせいではないのだが、答えに窮していると、「軽蔑、しました……?」と重ねて聞かれた。
そんなことはないと、今度こそ早く答えなければと思い、口を開くと――
「でも……お願い。どうか嫌わないでください……っ」
桔梗は声を震わせ、涙を湛えた瞳で、そう訴えかけてきた。
「き……嫌うわけない! 嫌いになんて、なれるはずないじゃないですか!!」
急に大きな声を出したせいだろう。
桔梗がビクリと肩を震わせる。
「あ……。お、驚かせてしまったみたいで……すみません。でも、桔梗さんのこと、嫌いになんてなるわけがな――」
「鬼太郎さん……っ!」
声の途中で抱きつかれ、今度は鬼太郎のほうが驚き、固まってしまう。
「嬉しい……。あぁ……本当に……。ありがとうございます……」
抱き締める腕に力が込められていき、身体が密着するに従って、桔梗の豊満な乳房がグイと胸に押し付けられる。
「…………!」
「良かった……。私、もう話もしてもらえないんじゃないかと、そう思っていましたのよ……」
下着をつけていないのか、鬼太郎の胸の上でグニャリと変形する乳房。
その感触がつぶさに感じ取られ、鬼太郎はますます身を固くさせていった。
「…………ッ」
「……鬼太郎さん」
「は、はいっ……?」
「昨日は、私から誘っておいて……ごめんなさいね。そのお詫びというわけではありませんけれど、よろしければ今夜、花火大会に行きません?」
「花火大会ですか?」
「ええ。村の広場で花火を打ち上げますの。大規模なものではないですけれど、良かったらお父様とねずみ男さんもご一緒に」
「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて」
「ふふ、嬉しい。今日は川にも一緒に行けますし、楽しいことがいっぱい。……鬼太郎さんがこの村に来てくれて……本当に良かった……」
言って、ようやく桔梗が笑ってくれたので、鬼太郎はホッと胸を撫で下ろした。
* * *
「そりゃそりゃ~~~」
「きゃっ、冷たい……! ふふっ……」
パシャパシャと、川で水を掛け合う目玉おやじと桔梗。
その傍では鬼太郎が、足湯ならぬ足水をしている。
「ふぅ~、気持ちいいですねぇ……」
「まだ6月じゃというのに、日差しが強いからのぅ」
「本当に。冷たいお水が気持ちいい……。ねずみ男さんともご一緒できれば良かったのですが……残念ですわ」
桔梗がねずみ男も誘おうと言ったのだが、部屋に彼はいなかったのだ。
「ねずみ男……。あいついったい何してるんでしょうね? 父さん」
「さぁのぅ。どうせロクなことじゃなかろうて」
「また面倒なこと、起こさなきゃいいけど……」
ふぅ、と大きくため息をついていると、近くでドブンッと何かが水に沈む音が聞こえた。
「……ん? あ……ッ!」
見ると、子供が川で溺れていた。
「わぷっ! ぷはッ、はッ、た……助けてーーー!」
「……君! 大丈夫か!?」
鬼太郎がそう子供に声をかける間に桔梗は駆けだし、川に飛び込んでいった。
「き、桔梗さん!?」
着物で川に入ったりしては危ないと、急いで自分も飛び込み、二人の許まで泳いでいく。
「ゴフッ! うぶっ……ケホッ、ケホ……ッ!」
「大丈夫ですわ……! ジッとして……!」
子供を抱えて、必死に泳ぎ、岸を目指す桔梗。
しかし水をたっぷりと含み、重くなった着物が手足に絡みつき、思うようには動かせない。
「く……っ」
自分も水面に沈みそうになり、眉をしかめていると――
「桔梗さん!」
追いついた鬼太郎が、子供ともども抱えて泳ぎ、川岸まで連れて行ってくれた。
「ケホッ、ゴホ……ッ!」
「大丈夫……!?」
子供の背を撫ぜ、水を吐かせてやる桔梗。
しばらくすると、子供は呼吸を落ち着かせ、「ありがとうございます、鬼姫様」と微笑んだ。
「もう平気?」
「はい!」
「……そう、良かった。でも、これからは一人で泳いだりしてはダメよ? お母様やお父様と一緒にくること。分かった?」
桔梗の言葉に子供は深く頷いて、鬼太郎にもお礼を言い、大きく手を振りながら帰っていった。
「……ふぅ、何事もなくて本当に良かった……。鬼太郎さんのお陰で助かりましたわ。本当にどうもありがとうございます」
「桔梗さん!」
「はいっ……?」
「良かった、じゃないですよ! 着物で川に入ったりして、桔梗さんまで溺れたらどうするんですか!」
「ご、ごめんなさい……」
ビクッと小さく震え、謝罪する桔梗。
その姿を見て、鬼太郎のほうも慌てて謝罪する。
「……あ! い、いや……僕こそ、あの……怒鳴ってしまってごめんなさい……。その……すごく驚いたものですから……」
「……いいんですの」
ふふ……と、桔梗が嬉しげに微笑んだので、「え……?」と不思議で首を傾げると――
「本気で心配してもらえたみたいで、とても嬉しかったですわ」
そう桔梗は想いを素直に言葉にした。
そんな彼女の浮かべる笑顔がとても眩しくて綺麗で、思わずポーッと見惚れてしまっていると――
「あー、ゴホン……。とにかく服を乾かさんか? 二人共」
と、目玉おやじが咳払いしながら言った。
「……あ、そ、そうですよね! 乾かさないと、風邪ひいちゃいますよねっ……」
「いえ、夏ですし……すぐに乾くと思いますけれど、このあとみんなでアイスクリームでもと思っていたのに……残念ですわ」
「アイスクリーム?!」
「ええ。その先に駄菓子屋さんがありまして、そこで夏だけ売っているんですの」
「よし。ワシが買ってこよう」
「父さん?」
「桔梗さんのためじゃあ。ひとっ走り行ってくるかの!」
「ええっ!? あ、待ってくださ~~~い!」
呼び止めるが目玉おやじは、「アイス! アイス!」と言いながら、走って行った。
「……父さん、一人で持てるのかなぁ……」
「追ってください」
「え?」
「私、ここでお待ちしていますから。どうぞ」
じゃあすみませんと、行きかけたところで後ろをチラリと振り向くと、スッと桔梗が木陰に入っていき、そこで帯の結び目に手をかけていった。
「!????」
(ま、まさか……ここで服を乾かす気かな……?)
だとしたら自分はいないほうがいいと、そう思いはするのだが、もし誰か来たら見られてしまうのではないかとそう考え直し、鬼太郎は桔梗のほうから目を逸らしつつ、彼女の傍まで戻っていった。
「あの、桔梗さん……」
「きゃっ!? は、はい……?」
「ふ……服を乾かすつもりならその……もうちょっと奥でどうぞ。取り合えず僕、人がこないように見張っておきますから……」
「あ……す、すみません……。乾かすと言うより、重いので、少し水を絞りたいと思っただけなんですの。でも……あの……ごめんなさい……」
「い、いえ……」
赤くなり、俯く鬼太郎。
その後ろで、シュルシュルと帯をほどく音が聞こえてくる。
「…………ッ」
「…………」
着物を脱いだのだろう。
水気を含み、重くなった布がはためく、ズサ……ッという音が聞こえてきた。
(…………)
今、桔梗は全裸なのだとそう思うと心臓がドクンッと大きく脈打ち、ノドが詰まるような息苦しさを覚えた。
「うっ……くッ……」
脳裏に昨夜の、桔梗の緊縛姿が浮かぶ。
荒縄にギリリと縛られ、パンパンに張り詰めた大きな乳房や、露を含んだ黒い茂み。
それらを思い出すうち、灼けるように胸が熱くなり、たまらずに「はぁ……はぁ……っ」と、荒い息を吐いていると――
「……鬼太郎さんっ?」
大丈夫ですかと、桔梗が駆け寄ってきた。
「あッ……」
着物で前は隠しているものの、それでも全裸には違いなく、刺激が強すぎて、グラリとめまいに襲われる。
「く……ッ……」
「鬼太郎さん! 大丈夫ですかっ!?」
自分に向かって倒れ込んできた鬼太郎を、慌てて抱き留める桔梗。
そのため胸からハラリと着物が落ちてしまい、裸体を鬼太郎の眼前で露わにする。
(む……胸がッ……)
見てはいけないとそう思い、慌てて顔を俯かせるも、すると今度は黒い茂みを目にすることになってしまう。
「~~~~~~ッ!!」
もうどうしていいやら分からずに、追い詰められてギュッと強く目を閉じると……それでようやく問題が解決した――
(こ、これで見えない……。ホッ……)
かに思えたが――
「鬼太郎さん、顔が真っ赤ですわ。それに……なんだか酷く身体が熱いみたい……」
心配そうな声で、桔梗がそっと頬に触れてくる。
それに、目を閉じていても、桔梗が発する甘く官能的な香りから逃れることは適わずに、鬼太郎は強く身体を震わせた。
「寒いんですの? あぁ……こんなに震えて……」
温めようとして、優しく抱き締めてくれる桔梗。
しかしそれは逆効果で、鬼太郎が苦しげに息を荒げていると――
「お~い、鬼太郎~! 桔梗さ~ん! いったいどこに行ったんじゃあ~!?」
と、目玉おやじの声が聞こえてくる。
それに気付いた桔梗が、「こちらですわ!」と声を返した。
「……あ! き、桔梗さん、着物……!」
桔梗が全裸でいることをすっかり忘れてしまっているようなので、慌ててそう注意を促すと、桔梗は「きゃっ……!」と娘らしい悲鳴をあげて、慌てて着物を着直した。
「私……あの、ごめんなさい……」
「い、いえ……」
気まずさのあまり、互いに背を向けて立っていると――
「ん? どうしたんじゃ、二人共。なんだか顔が真っ赤じゃぞ?」
目玉おやじが、そう首を傾げて聞いてきた。
「な……なんでもないですっ。それより父さん、アイスクリームは買えましたか?」
「うむ……。それがのぅ、店の人に何度も声をかけたんじゃが……気付いてもらえんでのぅ……。結局買えなかったんじゃあ……」
「あら……じゃあ私が買ってきますから、お父様は鬼太郎さんの傍にいてあげてくださいます? 鬼太郎さん、ちょっと具合が悪いみたいなので……」
「なに? 大丈夫か? 鬼太郎」
「あ、はい。大丈夫です。ちょっと……その、めまいがしただけですから……」
「……ふむぅ。熱はないみたいじゃの」
鬼太郎の頭に飛び乗り、おでこに手を当てて呟く目玉おやじ。
「本当に大丈夫ですの? 無理してません?」
「はい、本当に平気です」
「うむ、どうやらそのようじゃ。心配かけたみたいで、すまんのぅ、桔梗さん」す
そう桔梗に声をかけたあと、目玉おやじは――
「鬼太郎も無事みたいじゃし、じゃあみんなでアイスを買いに出発じゃあ……!」
と、拳を振りあげた。