「さて、では参りましょうか」
「ええ」
「へへ、はいよ……!」
夜になり、村の広場に向かって歩き出した鬼太郎たち。
残念ながら炎が苦手な目玉おやじは留守番だが、代わりに今日はねずみ男が参加している。
広場は鬼宮家からそう遠くはなく、他愛のない会話を楽しむうち、すぐに到着した。
「……わぁ、人がいっぱい集まってますね」
「田舎で娯楽がないものですから、みんなこういった催しごとが大好きなのですわ」
「俺ら妖怪もお祭りは大好きよん! なぁ? 鬼太郎ちゃん!」
「まぁね」
などと言いながら広場を歩いていると――
「……あ、鬼姫様だ!」
「鬼姫様じゃ……!」
桔梗が来ていることに気付いた村人たちが、彼女を見て拝んだり、深々と頭を下げてきたりする。
そんな村人の態度に慣れているのだろう。
桔梗は小さく会釈して、それに応えた。
(本当に桔梗さんは村の人たちに、普通の態度で接してもらえないんだな……)
やり切れない思いで、桔梗と村人たちを見ていると、視線に気付いたのか、桔梗がニコッと笑いかけてきた。
村人たちに向ける作り笑いではなく、心から嬉しげなその笑顔を見て、胸がキュウ……ッと締め付けられる。
「うっ……」
「ん? どうしたんだよ、鬼太郎」
「な……なんでもない……」
「なんだよ、変なやつだな。……まぁいいや、とにかくせっかく来たんだ。何か食おうぜ」
「ねずみ男。お前、まだ食うのか? さっきいっぱい食べてただろ?」
「あのね! 晩飯と出店の食い物はまた別なの! 別腹!」
「ごはんとデザートという感じかしら?」
「そう、それ! さっすが桔梗さん、分かってるぅ!」
気安く接してもらえることが心底嬉しいようで、桔梗は楽しげな笑い声をあげている。
そんな桔梗の娘らしい態度を見ても、村人たちは彼女への接し方を変えはしなかった。
行き交うたび、目が合うたび、恭しくこうべを垂れる。
「…………」
桔梗の笑顔が、曇り始めたところで……ドーンと大きな音が鳴り、夜空に大輪の花が咲く。
「あ、始まった……」
「お! こりゃあ、なかなか豪勢だねぇ~!」
続けて花火があがり、桔梗に「綺麗ですね」と話しかけるが返事がない。
「……あれ?」
見ると、少し遠くで桔梗が立っていた。
どうやら人が増えてきたせいで、離れ離れになってしまったらしい。
「桔梗さん……!」
人混みを掻き分け、桔梗の許へと辿り着くと――
「はぐれてしまってごめんなさい。またはぐれては、困るから……」
言って、ギュッと手を握ってきた。
「あっ……」
「……これで大丈夫ですわ」
「は、はぐれても僕……ちゃんと一人で戻れますよ……?」
「私がダメ」
「え?」
「……一緒に帰りたいんですの。鬼太郎さんと」
「桔梗さん……」
赤くなり、桔梗の顔を見詰めていると、またドーンと大きな音が聞こえてきて、その直後――
「キャアアアアアアア!!」
「わああああああああああッ!」
「熱いッ! 熱いッ! あーーーーーーーッ!!」
そんな甲高い悲鳴が辺りに響いた。
「…………ッ!」
「…………!」
顔を見合わせ、悲鳴が聞こえてきたほうへと駆けて行く二人。
「いったい何が……!」
「大丈夫ですか!?」
辿り着くとそこには、皮膚が焼けただれて「痛い痛い」と泣き喚いている子供たちがいた。
地上で花火が爆発したのだ。
「……なんてこと!」
慌てて子供たちに手を伸ばす桔梗。
しかしすぐに自分では力不足と思ったのか、巾着から例の包みを取り出し、それを子供たちに振りかけていった。
白く、サラサラとした粉を浴びた部分の皮膚が、見る間に再生されていき、辺りで「おお……!」と歓声があがる。
なるほど、確かに効果は高い。
しかしいかんせん、薬の数より怪我人の数のほうが多かった。
「うぅぅ……痛いっ……。痛い……よぉ……!」
「熱い……熱いよ……鬼姫様……。助けて……助けてぇ……!」
「あぁっ、しっかりして……!」
必死に桔梗が子供たちに呼びかけていると――
「桔梗!」
同じく、花火大会に来ていたと思われる一二三が駆け寄ってきた。
「兄様! お願いっ……薬が足りませんの……!」
「ああ、分かった……!」
桔梗の言葉に頷き、子供の血が噴き出す皮膚へと手を近付けていく一二三。
白い粉を振りかけた時よりは時間がかかったものの、それでも先ほどと同じように、皮膚が再生されていく。
それでも続けて一二三が手をかざしていると――
「ぐすん……ぐすんっ……」
「うっく……ひっく……」
子供たちの声が悲鳴ではなく、泣き声に変わってきた。
痛いわけではなく、びっくりして泣いているらしい。
「……もう大丈夫みたいですね」
鬼太郎の声に頷く、一二三と桔梗。
「鬼姫様! 鬼宮様! 本当にどうもありがとうございます!」
子供の保護者と思しき女が、涙ぐんでペコペコと頭を下げてくる。
他の村人たちも二人に向かって、「ありがたや……! ありがたや~~~……!」と言い、拝み始めた。
「……本当に無事で、良かったですね。……桔梗」
「……はい」
言葉少なに村人たちに挨拶を済ませ、帰るつもりなのか、広場から離れていく一二三と桔梗。
その後を鬼太郎もついていく。
* * *
もうじき家に帰りつくかと思われた頃、「うっ……」と呻いて一二三が地面に膝をついた。
「兄様!」
「鬼宮さん! 大丈夫ですか!?」
「……すみませんが鬼太郎さん、肩をお借りしてもよろしいですか……?」
「ええ、どうぞ……!」
「ありがとうございます……」
一二三に肩を貸し、背負うようにして鬼宮家まで連れて帰る。
* * *
「一二三さん……!」
倒れ込むようにして帰宅した一二三の姿を見て、多恵が驚愕の声をあげる。
「多恵さん、床の用意をお願い」
「……はい!」
「鬼太郎さんは……すみませんが、このまま兄様を部屋まで連れて行ってあげてくださいます?」
「もちろんです」
「……お願いします」
ペコリと頭を下げて、桔梗はその場から離れていった。
(桔梗さん、一緒に行かないのかな……?)
不思議に思っていると、多恵に「どうぞこちらへ」と呼ばれたため、そちらへ向かう。
* * *
「よいしょ……っと」
一二三を布団の上に下ろし、「ふぅ……」と一息つく。
「一二三さんをここまでお連れくださり、ありがとうございました」
「いえ。それより鬼宮さん、大丈夫ですか? 急に具合が悪くなったみたいなんですけど、事故のショックで気分が悪くなっちゃったんでしょうか……」
「事故?」
「ええ、実は……」
と、先ほど起こった一部始終を説明すると――
「なるほど。一二三さんは妖力を使ったせいで体調を崩されたのでしょう」
聞き終えた多恵が、得心のいった表情で頷き、そう答えた。
「妖力を使ったせい……ですか?」
「はい。鬼宮の治癒とは妖力――自身の生命力を相手に分け与えるということですから」
「それは……自分でコントロール出来ないものなんですか?」
「人によるようです。先代の鬼姫様や一二三さんはコントロールが可能ですが、桔梗さんには無理です」
「そうですか……。でも、じゃあ鬼宮さんはどうしてこんな……倒れるまで……」
「子供の怪我を治すだけでなく、痛みも和らげてあげたいと、そう思ったのでしょう。だから皮膚が再生されたあとも、手をかざし続けたのかと」
「……なるほど」
(いい人なんだな……。鬼宮さん……)
そう感心していると――
「鬼太郎……さん……」
一二三がふと目を覚まして、鬼太郎に呼びかけた。
「あ……。大丈夫ですか?」
「私は……平気です。それより……桔梗を……」
「桔梗さんがどうしました?」
「……先ほど桔梗は、薬が足りないと……そう言っていました……。あんな場面で出し惜しみするような娘ではありませんので……本当に薬が……尽きてしまったのだと思います……。薬がなくなったら、桔梗は――」
一二三の言葉を最後まで聞き終えるよりも早く、鬼太郎は桔梗の部屋に向かって走り出していた。