──大正二十年、某月某日。
若きデビルサマナー、十四代目葛葉ライドウと、彼の……一応は上司に当たる鳴海が事務所で珈琲を飲んでいると──
「ライドウ、鳴海。それとゴウトドウジも、久し振りやなぁ」
その言葉と同時に事務所のドアが開き、ワンピース姿の少女が白い猫を伴い、中に入ってきた。
「媛さん!? えっ、本当に……!?」
「なんや、えらい驚きようやな」
「そりゃ驚くでしょ! だって……なぁ? ライドウ」
媛と呼ばれるこの少女。彼女はMAGを吸収し、その身に蓄えるという特殊体質を持っている提倶璃一族の媛で、名を串蛇と言う。
ちなみにMAGとは悪魔召喚の媒介となる霊的な物質で、悪魔の好物なのだが、彼女は数ヵ月前に起こったある事件で、MAGの大量放出により意識不明となっていたのだ。そして『回復は難しい』と言われていた。
「ふん。あんなの、大したことあらへん。ちょっと寝てただけや」
「いやぁ……かなり大事に見えたけど、でも良かったよ。意識が戻って。タヱちゃんがきっと喜ぶだろうな」
"タヱ"という名前を聞き、ほんのりと頬を赤らめる串蛇。そして噂をすれば影がさす。帝都新報の記者である、朝倉タヱが顔を覗かせた。
「ライドウ君、鳴海さん、こんにちは~……って、あら?」
タヱは串蛇を目に留めた途端、『ヒメちゃん!』と彼女に抱き付いた。
「お久し振りね。また会えて嬉しいわ」
ネコマタの白菊が、主人である串蛇の姿になり、タヱがショックを受けないようにと『家に帰る』と話したため、タヱは彼女が昏睡していたことを知らない。故に軽い調子で串蛇に笑い掛ける。
だが串蛇は、その気安さが嬉しかった。意識不明の重体と言われても、自分に取っては寝て起きただけのことなので、あまり重く受け取られても対応に困るのだ。まぁ、相手がタヱなら彼女は、何でも良いのかもしれないが……。
「ウチも嬉しい。……ああ、よう顔を見せて?」
頬の赤みを深めながら、タヱの頬へと手を伸ばす串蛇。目が見えない彼女は、触れることで見るのだ。
「ふふ……はい、どうぞ。いっぱい触ってね」
串蛇の手を取り、己の頬へと導くタヱ。串蛇の掌に、柔らかい温もりが伝わってくる。
「あぁ……葵鳥や……、ほんまに葵鳥や……。嬉しいわぁ……」
潤む声でしみじみと、そう何度も繰り返す串蛇。タヱは仲間内で彼女だけがちゃんと自身の筆名である"葵鳥"と呼んでくれることが嬉しいようで、満足げに瞳を細めている。
「うふふ……ところでヒメちゃん、今回はいつまでいられるの?」
「明日には帰らなあかんけど……なんで?」
「私ね、これから槻賀多村に行かなきゃならないの。ヤナギダ先生に取材で……って、あ! そうそう。それでここに寄ったんだけど、ライドウ君。良かったらあなたのカメラ、貸してくれない? 私の少し調子が悪くて」
頷き、ライドウはセコハンカメラをタヱに渡した。
「ありがとう! じゃあ、もう少ししたら行こうかしら」
「……せっかく会いに来たのに」
これから仕事だと聞き、"しゅん"、と眉を下げる串蛇。そんな彼女を見て、タヱがポンと手を打つ。
「そうだ。良かったらヒメちゃんも一緒に行かない? 取材自体はそんなに時間が掛からないし、一泊二日だけれど、温泉地だからゆっくり出来るわよ」
「えっ、行きたい……! でも、ええの……? ほんまに……」
「ヒメちゃんさえ良ければ是非」
『なら行く』と言い掛けたところで、ライドウの相棒であるゴウト(業斗童子)の制止が入る。
「それは危険だろう。MAGは悪魔の好物。護衛もなく出歩けば、うぬは絶好の餌食となる」
「ならライドウが一緒に来たらええやないの」
「彼には帝都の守護がある。行かせられん」
「ちょっとぐらいええやろ」
「少しの油断が命取り、ということもあるのだぞ」
と、遣り合う二人の間に入ってライドウが『まぁまぁ』と宥める。
ちなみにゴウトの中身は初代葛葉ライドウその人であるが、見てくれは黒猫なので、普通の人間である鳴海とタヱには、猫が『ニャーニャー』言っているようにしか聞こえない。
「彼女がここまで来れたのなら、護衛はいるということだろう。その人がいれば道中安全だろうし、槻賀多村には凪もいる」
凪というのは葛葉ゲイリン十八代目を継ぐ、デビルサマナーだ。彼女は槻賀多村守護の任を担っている。
「むぅ……まぁ、それはそうかもしれぬが……」
「何なら、ピクシーを護衛につけるが」
ライドウが所持するピクシーは、かつてとある依頼の際に作成した悪魔で、メギドラオンという強力な技を所持している。
「……分かった。ならそれで許可しよう」
「許可って何やの! うちの保護者でもあるまいに!」
ぷんすかと怒って見せてはいるがその実、心配してくれたことは嬉しいようで、目尻が愛らしく下がっている。そんな稚い様を見て微笑ましく思ったライドウは早速ピクシーを呼び出し、彼女の護衛につけた。
「何だかよく分からないけど、話は纏まったみたいね。じゃ、ヒメちゃんそろそろ行きましょうか」
タヱは明るい笑みを浮かべて、串蛇の手を取った。