槻賀多村まで、電車とバスを乗り継いで行くタヱと串蛇と白菊と、そして護衛数名。
槻賀多村にある唯一の旅館、福縁荘は客室が多いし、一応帝都を出る前に人数は伝えておいたので宿泊に困ることはないだろう。
「葵鳥、ウチ……旅行なんて初めてや。誘ってくれてすごく嬉しい。ありがとうな?」
バスの隣の席に座る串蛇が、はにかんだ笑みをこちらに向けてきて、タヱもまた、長旅による腰の痛みを忘れて満面の笑みになる。
「こちらこそ、急なお誘いなのに一緒にきてくれてありがとう。ヒメちゃん」
そう互いに礼を言い合い、他愛のない話に花を咲かせる内、一行は目的地へと辿り着く。
「さて、じゃあ旅館に向かいましょうか。階段が多いから、気を付けてちょうだいね」
バスを降り、小道を進んで槻賀多村に足を踏み入れたタヱは串蛇の手を引き、ゆっくりと一段ずつ、慎重に階段を登って行く。
そうして階段を登り切れば福縁荘まではすぐで、女将が出迎えてくれた。
「葵鳥さん、今日はえらいぎょうさんのお越しで」
「お久し振りです。お世話になります」
挨拶を交わした後、女将がそれぞれ部屋に案内してくれる。本人の希望により、タヱと串蛇は同室だ。串蛇の猫である白菊と、ライドウが使わせたピクシーも。
(ほんまは葵鳥と二人きりが良かってんけど、贅沢は言えんわなぁ……)
『ふぅ……』と溜息を吐く串蛇の顔を、タヱが心配げに覗き込む。
「ヒメちゃん、疲れた? 大丈夫?」
「えっ? うん、もちろん平気や。気ぃ使わんと葵鳥は仕事しておいで」
「ありがとう。じゃあ、ちょっと行ってくるわね。すぐ戻ると思うけど……あ、部屋に凪さんという人が訪ねてくるはずだから、お話してて。では、行ってきま~す」
『バイバイ』と手を振り、廊下を小走りで駆けて行くタヱを見送り、部屋で白菊とピクシーと共にゴロゴロしていると──
「初めましてのプロセスです。あの、入ってもよろしいでしょうか……」
何やら独特の喋り方をする女性の声が、部屋の扉越しに聞こえてきた。
「あんたが凪か? ええよ、入って」
「では、ソーリーして……」
そう聞こえてくる声は一人のものだが、何やら気配が二人分ある。それについて尋ねるため串蛇が口を開くと、相手の方から名乗り出てきた。
「急に押し掛けてきて、ごめんなさい。うちぁ、この村の長を務める、槻賀多茜と言います」
「ええけど何で村長が? たかが一泊旅行に来たもん(者)に対して、えらい大袈裟やないの」
「ライドウさんから連絡をいただいたので。うちぁ、あの人に大変お世話になりましたから、あの人の紹介でいらしたお客さんならしっかりお持て成しせないかんと思いまして」
様々な事柄を経て父の後を継ぐに至った茜だが、パティシエールになりたかったという彼女はお菓子作りが得意で、持参したシュークリームを串蛇に手渡した。
「これぇ、うちが作ったもんですが、良かったら召し上がってつかぁさい」
ふわりと、バニラビーンズの甘い香りが漂ってきて、甘い物が大好きな串蛇はすぐ様、上機嫌になる。
「ふぅん? 気が利くやないの。……ええわ。葵鳥が戻るまで暇やし、二人共ここにおりぃ」
「ふふ、ではお邪魔さして貰いますね」
「私も、では……」
茜と凪が中へと入ってきて、一気に部屋の密度が増す。そしてかつてこの旅館に滞在していたことがある茜が、皆にお茶を淹れてくれた。
「珈琲じゃなくてすみませんが」
「いえ、お茶も美味しいのセオリーです。茜さん」
「うちは珈琲、あんまり好きやない。苦いし。お茶のがええわ」
口々にそう言って、茜お手製のシュークリームを頬張る凪と串蛇。程よい甘さと、隠し味に使われているオレンジピールの酸味の爽やかさに、『ほぅ……』とうっとり息が漏れる。
「うわ……めちゃくちゃ美味しい……。あんた、やるやないの。店開いたらええのに。そしたら、遠くからでも買いに行くわ」
「誉めすぎですよ。でも……あぁ、嬉しいなぁ。にいちゃんも昔、そんな風に言うてくれました……」
「にいちゃん?」
「茜さんのお兄さん。弾さん、という方です。彼は今、旅に出ていていつ戻るか分からないプロセスです」
「茜はその人のことが好きなん?」
「えっ!? いや、にいちゃんはにいちゃんで……うちぁ、あの……っ……」
「隠さんでもええ。ウチには分かるの」
目が見えない分、他の神経がすごぶる敏感な串蛇は相手の声色である程度その感情を読むことが出来る。
「……媛さんには、敵いませんねぇ……」
「良いと思います。想うは自由なカテゴリーです」
「そう言う凪さんは、お相手は? やっぱりライドウさんなんかねぇ?」
「え? いえ、センパイに対してそのような気持ちは一切……! 彼に対してはサンキューと憧れ、そして尊敬の気持ちでいっぱいのセオリーです」
ライドウへの思慕をキッパリと否定した後、凪はぼそりと『私は、師匠が……』と呟いた。その声はとても小さなものではあったが、隣に座る茜の耳にはしっかりと届いていた。だが、凪が師匠と呼ぶ人物はもう亡くなっているため、心の傷を深めるべきではないとの思いで、彼女は聞かなかったことにした。
ついでに言うなら目が見えないぶん、やはり聴覚が優れているため、串蛇の耳にも届いている。
「ふぅん、みんなお好きさんがおるんやなぁ……」
「媛さんはいるんですか?」
「勿論や」
「どんな方なのか気になるプロセスです」
「うちも気になるなぁ」
「ふふん、なら教えたるわ。葵鳥や」
「葵鳥?」
「ウチがここに一緒に来た人のことや」
「ああ! タヱさんですね?」
「そーそー」
「女の人が好きなんか?」
恋バナに花を咲かせる内、親しみが湧いたのか、茜は自然と砕けた口調になっている。
「知らん。初恋やし。それに、女同士でも別にええやろ。惚れてしもうたんなら、しゃあないやんか」
串蛇のその言葉に、二人は『うんうん』と強く頷いている。
「うちぁ、応援するぞ。媛さん」
「私も勿論のプロセスです」
「い、一応ありがとうって言うといたるわ……」
フイと二人から顔を背けはしたものの、同年代の友人がいない串蛇は、内心とても喜んでいた。
そして引き続き女子トークで盛り上がっていると部屋の扉が開き、『ただいま~』とタヱが帰ってきた。
「お仕事終わったし、今からたっぷり遊べるわよ。ヒメちゃん」
「ほんまか? 嬉しい……!」
ギュッと抱き付き、素直に喜びを表す串蛇を見てほっこりとした笑みを浮かべる茜と凪。二人は早速、串蛇に協力することにした。
「お二人共、長旅で随分お疲れでしょう。良かったら温泉に入ってきてつかぁさい。お戻りになる頃には夕餉を用意しておくよう、女将に伝えておきますから」
「それはとても良いセオリーです。お二人共、ごゆっくりどうぞ」
「温泉かぁ、いいわね。じゃ、みんなで入らない?」
「えっ!? いや、うちぁはちょっと……用事があるので……」
「私はその、護衛ですからすぐに動ける格好でないと困るプロセスです……」
「あら残念。みんなでお風呂、楽しそうだったのに」
「ええから二人で行こ。ウチは葵鳥と二人でも充分愉しめると思うから」
「あら、そう? なら二人で入っちゃいましょうか。ふふ、行きましょ」
手を繋ぎ、部屋から出て行くタヱと串蛇。茜と凪は小声で串蛇に『頑張れー』と声援を送った。