目を覚ますと朝日が眩しく、タヱは『うっ……』と顔を顰めた。
「おはよう、葵鳥。よう眠れたか?」
尋ねながら微笑み掛けてくる串蛇は、いつもの串蛇で、昨夜のことは欲求不満が見せた夢なのだと、そう思い込もうとするタヱだが──ちゅっ。
口付けされて、現実からの逃避を諦める。だが現実を直視したところで、串蛇の想いにどう答えれば良いのか分からない。
「あの……ヒメちゃん……」
「ん? 何?」
『何?』と聞かれて、どう返そうか。何を言えば良いのかと悩んでいると──串蛇に、そっと優しく抱き締められた。
「何も言わんでええ。何も言わんでも、ウチは葵鳥のこと、よぉく分かっているさかいにな……?」
「っ、ヒメちゃん、ありがとう……」
串蛇の寛容さにタヱは、素直に甘えることにした。
(ああ……不思議。私の方がヒメちゃんよりうんと年上で大人なのに……なんだかヒメちゃんに対しては私、無理せず寄り掛かることが出来るのよね……)
「ヒメちゃん……」
「ん?」
大人しく身をもたせ掛けてくるタヱの背を、串蛇は労わるように撫でさすってやった。
* * *
一泊二日の旅なので、昼前には帰り支度を整える串蛇一行。
槻賀多村の住人である茜と凪は、バス停まで見送りに来てくれた。
「媛さん、昨夜は首尾よくいったみたいで……うちぁ、我が事のように嬉しいぞ」
「お二人の仲睦まじい声が聞こえて来て、私も嬉しくなったセオリーです……」
赤く頬を染めつつ、こそっと串蛇に耳打ちしてくる二人。葵鳥はそんな彼女達に笑顔を向けて、礼を返した。
「ありがとうな、二人共。きっとまた来るわ、葵鳥と二人で」
「ええ、是非。タヱさん、媛さん。また来てつかぁさい」
「私も。また遊びに来てくれる希望です。二人で」
「ありがとう。茜さん、凪さん。またきっと近い内に……!」
そう挨拶を交わし、名残惜しく思いながらも帰路につく串蛇達。バスと電車に揺られる間、タヱと串蛇はどちらからともなく自然と手を繋ぎ、互いに身を寄せ合っていた。
* * *
「ただいま。あ~、腰が痛い……!」
鳴海探偵事務所へと帰り着いたタヱは、腰を叩いてぐーっと背を伸ばした。
「葵鳥、大丈夫か?」
「ええ、ヒメちゃんこそ平気? 疲れてない?」
「ウチは大丈夫や。でも、このまますぐトンボ返りなんが寂しいなぁ……」
眉を下げ、溜息をつく串蛇。そんな彼女を見て、タヱもまた、ずきりと小さく胸が痛む。
「ヒメちゃん……私もすごく寂しいわ……」
「葵鳥……。あぁ、そんな……可愛らしすぎるのも罪やで? 連れて帰りとうなってしまうわ。でも葵鳥、あんたはここ──帝都で成すべきことがあるって、分かってるさかいウチ……我儘言いへん。応援してる。頑張ってな」
「ヒメちゃん……っ」
真っ直ぐに迷いなく自分を愛してくれて、そして尊重し、認めて応援してくれる。こんなに素敵な人が他にいるだろうかと、タヱは心を震わせる。
「二人きりの世界だねぇ。何だか俺達、置いてけぼりだけど……楽しく旅行出来たのなら何よりだよ。な、ライドウ?」
問われて小さく頷きを返すライドウ。そこでようやくタヱは正気に戻る。
「た、楽しいのは楽しかったわよ。それは勿論。ねぇ、ヒメちゃん」
「せやな。また今度デエトしよ、葵鳥」
串蛇は爽やかにそう言って、タヱの頬にキスした後、お付きの護衛と白菊を伴い、関西へと帰って行った。
熱く情熱的な想いに反して、余りにあっさりとした別れ。だが、それで良かったのかもしれない。
もし串蛇が『離れ難い』と言えば、自分も離れられなくなっていたと思うから。しかしそれだと仕事に支障が出ると、恐らく串蛇はそこまで読んだ上で帰途についたのだろう。
(私ってば、どこまでもヒメちゃんの掌の上ね)
少しばかり悔しい気持ちになりながらもタヱは、笑みを浮かべながら『私は私のすべきことをしよう』と、社に帰っていった。
* * *
──数日後。
「う~ん、やっぱりここの珈琲すごく美味しいわ」
「だからね、タヱちゃん。うちはカフェーじゃないんだって」
鳴海探偵事務所で、鳴海といつものやり取りをするタヱ。この穏やかな時間がとても幸せだと思うけど、でも串蛇と旅行したあの日から、何かが欠けている気がする。
それが何なのか、突き詰めて考えれば答えは出来るはずだがまだその勇気がなくてタヱは、心に蓋をした。
「さて、ゆっくりお茶したし……そろそろ社に戻るわね。ライドウ君、美味しい珈琲ご馳走様。ついでに鳴海さんも!」
「所長の俺がついでって、そりゃないでしょって、いつもそう言って──あ、タヱちゃん。落とし物……!」
そう呼び掛けるが、タヱの耳には届かなかったようですぐに彼女の姿は見えなくなる。
「やれやれ。……ま、どうせまた明日もくるだろうし、いっか」
肩を竦め、彼女が落とした手帳を拾い上げる鳴海。すると、中に挟まっていた写真がはらりと舞い落ちる。
「ん……? 媛さんの写真……?」
裏を見ると、そこには旅行の際の日付が書かれていた。そして──……。
「ああ、槻賀多村に行った時の写真か。媛さん、いい笑顔だなぁ。それにしても、これは……ふふ。タヱちゃんにもとうとう春が来たか」
鳴海はくすり小さく笑って、ライドウに手帳を届けるよう頼んだ。
「なぁ、ライドウ。悪いけどこれ、タヱちゃんに届けてやってくれない? 大事なものだと思うからさ」
事情を知ったライドウは頷いて、"私の未来の恋人"と書き添えられた写真と手帳を、タヱに届けに行くのであった。
最後まで読んで下さり、本当にありがとうございました!
よろしければ感想などいただけますと嬉しいです
泣いて喜びます‹‹‹\(・▴・)/›››