血と悪魔(大人悪魔ほむら×大人さやかR18短編集) 作:さんかく@
「暁美さんは就職する気はないの?」
初老の女性が穏やかに尋ねてきたものだから、暁美ほむらは珍しく神妙な面持ちで「はい」と呟き頷いた。この初老の女性――大学時代の担当教授であった佐藤清子に、ほむらは頭があがらない。ストローを口に運び、アイスコーヒーを一口啜った。
午後の昼下がり、いつもの喫茶店で大学教授である佐藤清子と暁美ほむらは向かい合いながら談笑していた。もう大学を卒業してから数年経つが、時折こうして会ったり、ゼミ旅行にOGとして参加させてもらったりなど交流は続いている。皺をみせ柔和な表情を浮かべる初老の女性を見つめ、ほむらは微笑んだ。そうして大学の頃を思い出す。
* * *
『あなたが暁美さん?私は佐藤清子、今日からあなたの担当教授よ』
よろしくね、といって無邪気に差し出された手をほむらは思わず握ってしまった。珍しい、と我ながら思ったが、その謎は彼女の中で比較的早く解決した。
似ているのだ、この教授は「あの子」に。
外見ではない、内面が似ているのだ。醸し出す雰囲気が。優しく、穏やかですべてを包み込む…それでいてひとかけらも邪気の無いあの子に。それから大学のキャンパス内で談笑する相手は主にこの大学教授となった(蒼い髪の相方以外に)。ある日、ほむらは実験室で清子に尋ねた。ほむらがこのように他人に対して能動的になるのは珍しいかもしれない。白衣を着た初老の女性と、黒髪の美しい教え子が見つめ合う。
『先生は…もし大規模な災害が起きるとして、それを救えるのが自分だけならどうします?』
『あら、暁美さんが質問なんて珍しいわね、それに抽象的なifの質問だなんて。それはあなたの知的好奇心から?それともなんらかの問題解決のため?』
『両方です…』
消え入るようなほむらの声。どう言葉を噛み砕いても意味不明な質問になるのは仕方がない。「ワルプルギスの夜」が来て、あなたが魔法少女ならどうします?なんてストレートに質問できる訳が無いのだから。そうねえ、と清子が天井を見上げてつぶやいた。少女のような仕草。だが考え込む時間はそう必要なかった。
『なら、救うわ』
『先生自身がどうなっても?』
『それは付随的なことよ』
例え私がどうなっても、必要があればそうするわ、と清子は囁いた。深い知性を秘めた瞳。ああ、やはり、とほむらは思う。この人はあの子と同じなのだ。もし、彼女が少女時代にインキュベーターが現れたとしたら、その深い知性からきっと同じ願いを導き出し、そして躊躇なく実行するのだろう。
それからほむらは彼女に頭があがらなくなった。
* * *
「それで、あなたのいい人は元気?」
就職の話から、話題が相方に移ったことに若干ほむらは戸惑ったが、「はい」と答え、それから「…いいえ」と訂正した。ふふ、と笑う清子。
「あら、珍しいわね、あなたが言い淀むなんて、倦怠期?」
「先生…」
ほむらの顔が紅潮する。ころころと笑う初老の女性。この無邪気な女性は、蒼い髪の相方とほむらの関係を「恋人」と捉えているのだ。もちろんほむらにとっては不快なものではなく、むしろ逆で。ようやく消え入りそうな声でほむらが「違います」と答えた。
「あら、そうなの?なんだか残念だわ、倦怠期ならそれを越えたあとは素晴らしいものだと教えようと思ったのに…」
「それは…先生の経験からくるものですか?」
頬の赤みがまだとれないことを感じながら、ほむらが再びストローを口にする。それが照れ隠しなのは自分でも十分に自覚していた。
「ええもちろんよ、私と夫のね。…それにしてもあの子が元気無いなんて珍しいわねえ」
あの子とはほむらの相方の美樹さやかのことだ。「あの子」「元気な子」「あなたのいいひと」と時折呼称が変化するが、彼女が美樹さやかを気に入っているのは確かだった。
「仕事が…今度異動が決まって不安らしいです」
そう、口には出さないが、かなり不安に思っているのはほむらもわかっていた。あの岡山という上司から離れるのが辛いのはもちろんだが、今度の異動先の職種が得体の知れないものというのも大きいかもしれない。
「あらあら、あなたまで落ち込まなくていいのに…そういう時は逆にあなたが元気づけてあげないと」
「やはりそうなんですか?」
「そうよ」
それからしばし二人は、蒼い髪の女性をいかに元気づけるかを話題(肴)に談笑しあう。それはまるで昼下がりの主婦同士の雑談のようで。
「そうね、仕事が落ち着いたら、私の別荘にいらっしゃいな、二人の時間を作れば大抵解決するわ」
「ありがとうございます」
そう、もうだいぶ前からこの初老の女性が別荘に招待しているというのに、ほむら達は忙しすぎて何度も反故にしている。今度は二人で必ず行こう、とほむらは思った。清子は満足気に笑みを浮かべ、ところで、と話題をまた切り替えた。
* * *
「就職?」
怪訝そうに蒼い瞳がほむらを見下ろす。汗ばんだ身体、健康的な素肌。ほむらは手を伸ばし、その腕を掴むと、愛しげに二、三度さすった。それに呼応するように、上に圧し掛かっている蒼い髪の相方が数回、スライドするように動き、ほむらの体内で剛直したものが暴れ出す。
「そう…よ…っ…」
あっ…、と思わずほむらの口から艶のある声が漏れた。体内の相方のモノを味わうかのように目を瞑る。ベッドの上、裸体の女性二人が激しく互いを求めあいはじめた。上に圧し掛かっている蒼い髪の女性が脚を広げている黒髪の女性の中心に間髪いれず、自分の腰を激しく叩き続ける。シーツに波が走り、ほむらの身体も激しく振動する。あがる相方の呻き声。激しい交尾。相方の激しさに思わずほむらは苦笑した。
「なあに…たまっ…てたの…?」
「………」
何も語らず、ただ相方は激しくほむらを抱きしめその首に顔を埋めた。振動はまだおさまらない。ほむらは、仕方ない人ね…と囁いてその背中に手を回し再び目を瞑った。体内を突き上げる快楽に身を委ねて。
* * *
数え切れないほどの抽送の後、ようやく相方が果てた。長い満足気なため息と共に、ほむらの体内に温かなものが注がれていく。ほむらは相方の首を掴むと引き寄せて、優しくその蒼い髪を撫で始めた。しばらく互いに何語らず、静かに息を漏らしながら余韻を味わう。相方の「脈動」がようやく収まって、ほむらは息を吐きながら、ゆっくりと視線を窓に向けた。
――あなたが元気づけてあげないと
確かにそのとおりだ、と思う。しかし、恩師の考えていた「倦怠期」とはまったく無縁だったと思うと、自然にほむらの口元が綻んだ。
「……気持よかった?さやか…」
ほむらが甘い声で尋ねる。身体を重ねた後、自分からこんな声が出ることにほむらはもうすっかり慣れていて。胸の上で相方が身じろぎしながらも、何も答えないのを面白そうに眺めた。いつもこうなのだ、全てを吐きだした後、蒼い髪の相方はとても恥ずかしそうにしながら、それでいてこうして甘えるようにほむらの胸に顔を埋める。まるでおいたをした飼い犬が主人に擦り寄って甘えるように。こら、と少しふざけてほむらが相方の頭を小突いた。
「うん…とっても…」
あれだけ恥ずかしいことをさせておいて、照れる相方が殺したいほど憎たらしく、そして――、ほむらは飼い犬の口を塞ぐ。ゆっくりと口を離すと、飼い犬はおそるおそる尋ねた。
「ねえほむら…」
「なあに?」
「就職するの?」
ほむらは吹き出した、ああ、そうなのか。口では「働いてみたら」と言いながらもこの人は――。ほむらは相方が常々「男と付き合ってみなよ」と促しつつも、裏ではちょくちょく妨害していたことを思い出した。つまりはこれもそういうことなのだ。ほむらはニヤリと笑みを浮かべ、挑発的にさやかを見上げた。
「貴方って嫉妬深いのね?」
「へ…ば!そんなこと…」
むしろ肯定を裏付けるかのような狼狽ぶりに、とうとうほむらは歯をみせて笑う。
――暁美さん、院へ進んで私の研究室で助手として働かない?
そう、佐藤教授は教え子にそう勧めたのだ。将来後継者としてほむらを育てるため。即答は無理だと知った上で。おそらく教授も美樹さやかが渋るのを想定した上だろう。あるいはこれが「倦怠期」の打破に繋がると思ったのかもしれない。だとすれば成功だ。
「馬鹿ねぇ、私は今はそんなつもりはないわ」
「そう?」
「だって、もう就職してるもの」
「え?」
不安そうな蒼い瞳を面白そうに見つめ、ほむらは囁いた。
――貴方にね
忠犬が再び激しく飼い主を求めたのはいうまでもない。
END