血と悪魔(大人悪魔ほむら×大人さやかR18短編集) 作:さんかく@
ほむらは意外とさやかのことを心配しているという話
美樹さやかは時折記憶が錯綜することがあった。
はあ、と暁美ほむらはため息をついた。鏡に映った己の顔を憂鬱に眺めている。端整な顔立ちはこの世のものとは思えないほど美しく、その妖しい陰鬱な眼差しと相まって妖艶だ。アメジスト色の瞳を持つ切れ長の目を細め睨むように彼女は鏡を見つめた。その視線はどうやら己の貌ではなくその奥にあるベッドのシーツの膨らみのようだ。膨らみはもぞもぞと動いたと思うと急に中から蒼い髪の女性が飛び起きてきた。
「おはよう」
艶のある声でほむらは鏡越しに蒼い髪の女性――美樹さやかに声をかけた。だが、まだ寝ぼけているらしく、さやかはタンクトップから伸びる長い腕を頭にやり乱暴に髪を掻いた。たれ気味の目もどこか眠たげだ。その様子が脳内で犬の姿に変換されたのか、ほむらは険しい表情を緩め失笑する。甘やかしたくはないのだが、どうしてもこんな時悪魔は口元が緩んでしまうのだ。それが何故かとわかっていてもそれ以上考えないようにしていて。
「だいぶうなされていたわよ、またあの『夢』?」
長い黒髪をブラシで梳きながらほむらが鏡越しにさやかに尋ねる。だがさやかは唸るばかりでほむらの方を見ない。本当に犬の様だと思った瞬間、ほむらとさやかの視線が合った。
さやかの目はどこか怯えていて。
「……さやか?」
――そうだ、まどかだけではなかった。
ほむらは思い出す。時折、そう時折だがこの蒼い髪の相方は記憶を錯綜することがあった。あるいはどこか部分的に欠けてしまうことも。そういう時は必ずああいう怯えた目で私を見ていた――と。しばらく安定していたからすっかり忘れていたのだ。ブラシを持つ手が微かに震えて、鏡台に置くのに手こずる。キャミソールを微かに揺らし音もなく立ち上がるとほむらはベッドへ歩み寄った。縁に手を乗せ、さやかの顔を覗きこむ。空と同じ色の瞳がほむらの顔を映し出す。
「……ほむら?」
ほむらの顔をじい、と見つめようやくさやかが呟いた。普段なら悪魔の美貌に顔を赤らめるというのに、今はそんなことはなくただ不思議そうに首をかしげながらほむらを見つめ返すばかりで。ほむらの唇が震えた。手を伸ばしさやかの頭に触れるとそのまま自分の胸元へ引き寄せた。その挙動に驚いて目を白黒させるさやか。
「え…と、ほむら」
「どこまで憶えているの?」
そう、さやかは高校生の頃に部分的に記憶を思い出した。それから錯綜することはあれど根本的なこと、魔法少女のこと、円環の理のこと、そしてほむらが悪魔と化して宇宙を再改変したことは忘れた事はない。だからこんな時にほむらは必ず彼女に聞くのだ。『どこまで憶えている?』と。白い透き通るような肌に目を奪われているのか、さやかはただひき寄せられた先のほむらの胸元を見つめていて。数秒ほどたってようやく口を開いた。
「…あんたが悪魔だということ」
「そう…」
「あと…私達は一緒に暮らしていて…」
あ、と呟いてさやかはほむらの胸の中で固まった。心配そうにほむらが覗き込むとさやかがおずおずと視線だけそちらへ向けていて。だがその眼差しを見てほむらは安堵する。いつもの――お間抜けな――さやかだ。
「昨日はカレーを一緒に食べたっけ」
「そうよ」
照れくさそうに笑うさやかの頭を抱えたままはあ、とほむらが安堵のため息をつく。
「ごめん、ほむら心配かけたわね」
「本当に駄目な犬だわ…」
ほむらはさやかの頭をホールドしたまま目を瞑る。もしこのひとが全てを忘れてしまったら?想像するだけでぞっとした。以前の自分なら考えられないことだ、とほむらは思う。あの頃はさやかの記憶を奪って、そのまま忘れてもらいたかったはずなのに。
――いや、それも嘘だ
認めたくなかったことだが、私はさやかに憶えていてもらいたかったのだ、とほむらは思う。
10年という歳月は彼女の内面にも変化を与えていた。更に言うならば美樹さやかという存在との交流で。
「さやか」
「何?」
「……貴方がもし私を忘れたら、その時は私が貴方を殺すわ」
「わかったわ」
ポンポン、とさやかは軽くほむらの背中を叩いた。わかった、とそろそろ離しての意のつもりだが、だいぶ心配だったからか、一向に悪魔はさやかの頭を解放する気配がない。
「ほーむーらー」
珍しくさやかが失笑する。こういう時悪魔はやけに可愛くなるから反則だ、と思いながら。ほむらの細い白い腕をさやかはつかみ解こうとするが、解けない。悪魔の力は強い。ぎゅう、と強く抱きしめられ続けて次第にさやかの顔が紅潮してきた。
――こいつの胸やっわらか…てかこんなに大きかったっけ?
「貴方のおかげでね」
はっ、とさやかの顔がこわばる。おそるおそる目だけで悪魔の顔を覗き見ると、満面の笑みを浮かべていた。その陰鬱な眼差しはのぞいて。美しい分タチが悪い。ひ、とひきつった声をあげさやかの紅潮した顔が一気にさああと青ざめていく。
「あ、あの、心読みました?」
思わず敬語になるさやか。必死にこの状況から逃れようと画策している姿が滑稽なのだろう、ほむらは今度は目を細めて。
「私がこんなに心配したというのに、貴方は‥‥中学生男子かしら?」
「あ~あはは、まあこれはなんというかっ、ひゃあ」
変な声をあげながらさやかがベッドに倒れる、悪魔が押し倒したのだ。長い黒髪が垂れ下がりさやかの視界を暗くする。薄暗い視界の中アメジストの瞳が異様に輝いて。手首を強く掴まれて、さやかは動けない。すごい握力だ。
「ちょ、ちょっとほむら…」
慌ててさやかも力を放出して対抗しようとするが、本気モードに突入したほむらの力に正攻法で勝てるわけもなく、やばいやばい、と心の中で叫ぶのみ。たぶんオクタヴィアを出したとしてもこの状況なら瞬殺されるとさやかは思った。
「お仕置きよ」
ぞっとするほどの艶のある声で囁いて。恐ろしいほど美しい顔がさやかに近づいて来た。濡れた柔らかい唇の感触が頬から首筋へと降りていくところでさやかは目を瞑った。
******
「…死ぬかと思ったわ」
ベッドの上でぼそり、とさやかは呟いた。目の下には隈があって、蒼い髪もどころどころはねている。ゆっくり起き上がると、脱ぎ捨てられたタンクトップを手に取りよろよろとした動きで身に着けた。傍のシーツの膨らみに視線を向ける、美しい悪魔がさも気持ちよさそうにこちらに顔を向けて眠っていた。とても無防備な少女の様な寝顔。
「眠っていたらおとなしくて可愛いのに」
ぼそり、と呟いてさやかはほむらの前髪を軽く梳いた。指先にかかる艶のある黒髪の感触が心地よい。悪魔の無防備な寝顔を見つめていると、さやかは時折これが夢ではないかと思う事もある。だってあんなに反目し合っていた相手が同じベッドで何も身に着けずに過ごしているのだから。10年前の自分が今のこの状況を知ったら驚いて、もしかしたら気を失ってしまうかもしれない。
――ま、今となってはどうでもいいことだけどね
そう心で呟いて、今度はほむらの頭を撫でた。にへら、とさやかの顔がだらしなく崩れる。おとなしく眠っている悪魔が可愛くて仕方ないらしい。ほむらの長い睫毛が微かに揺れる。慌てて手を引っ込めるさやか。ゆっくりとほむらの瞼が開く。
「起きた?」
笑顔で囁くさやかの言葉を聞いているのかいないのか、ほむらは不機嫌そうな表情を浮かべると白い細い腕を伸ばし、さやかの腰に絡めた。そのままこてん、とさやかの太腿に頭をのせてまた眠る。その仕草にさやかは笑って。
「あんたって猫みたいね」
「……」
ほむらが顔だけさやかの方へ向けた。長い黒髪がやや乱れ、切れ長の目は潤んでいる。じい、としばらくさやかを無言で見つめ、ようやく口を開いた。
「またあの夢を見たの?」
「え?」
「うなされていたわ、貴方」
ああ、とさやかは思い出す、確か記憶が一時期おかしくなる前にまたあの夢を見たような…
「そういえば見たかもしれないわ、でも憶えてなくて」
「私は心配だったのよ、貴方がうなされていて、起きたら記憶が失われていて」
散々だったわ、と呟いて、ほむらははあ、とため息をついた。よほど心配だったのだろう、さやかは申し訳なく思う。あの夢についても最近彼女に全てを話したばかりだというのに。ほむらに対する申し訳なさといじらしさで心を打たれたのか、さやかはほむらの頭を再び撫でる。ほむらが気持ちよさそうに目を瞑る、やっぱり猫のようだ。
「ごめんねほむら」
「許さないわ、絶対に」
その口調とは裏腹に、ほむらの表情は気持ちよさそうで。さやかは口元を緩めた。
「じゃあ、どうしたら許してくれる?」
「そうねえ」
ほむらは目を開けると、顔をあげてさやかを見てニイと笑みを浮かべた。それはぞくりとするほど妖艶な笑みで。
「もう一回…する?」
ぞっとするような艶のある声で囁くと、そのまま這う様にさやかの身体にすり寄ってきた。
キャミソール一枚で包まれている白く細い身体の動きがやけに艶めかしく見えて。
――え、ほむらって、こんなにエロかったっけ?
さやかは動揺する。
「貴方のおかげでね」
そう囁いて、ほむらはさやかの下腹部に手をあてた。またさやかの身体を「改変」する気だ。
「ちょ、ちょっと待って!あんたさっきあんなにお仕置きしたくせに」
「あら、そうだったかしら?」
細い白い腕がさやかの太腿に絡み、手が這うように撫でてくるので、さやかはたまらず唸る。くすくすとほむらが笑った。まるで蛇のようだと思ったが、もうさやかはうまく喋れない。
「ほむ…んっ」
さきほどのお仕置きの時とは違う感覚がさやかの身体の中を走った。ああ、身体が変わっていく、とさやかはぼんやりと考えた。悪魔はかばん持ちの身体を好きなように弄ることができる、時に大事な「一部分」を変化させたりと。
「本当に中学生男子ね」
くすくすと悪魔は笑って、片目を細め顔をしかめているさやかを見つめる。その耳元に唇を寄せると、息を吐きながら悪魔は囁いた。
「今度は貴方がお仕置きして」
そうしてさやかの下腹部へと顔をスライドさせていった――
了
次回、直接描写へ続きます