血と悪魔(大人悪魔ほむら×大人さやかR18短編集) 作:さんかく@
通常の大人さやほむシリーズバージョンも次回UPするので、さやかが記憶を保持している場合と、忘却している場合の並行世界の比較ができればと思っています。
世界は一人の少女の「愛」によって書き換えられ、そしてその少女は人外となった。
だが、それを知る者は誰もいない。時は過ぎ、少女もまた「大人」へと成長したが、アンバランスな世界はまだ維持され続けていた――。
* * *
「本日、7月9日、0800見滝原の○○公園にて女性の死体が発見された」
メガネをかけたやせ気味の男が淡々と事件を解説する。生活安全課の刑事だ。男が指示棒でホワイトボードを軽く叩く。この仕事をするようになってから、美樹さやかはホワイトボードが苦手になってしまった。なぜなら、そこに貼り付られ、あるいは書き記されているものは、常に残酷極まる内容のものだったから。徹夜明けでやつれきった目をさやかはホワイトボードへ向けた。
今回、ホワイトボードに貼り出された女性の写真は数枚。全身と、そして縛られた手。どれも裸だった。透き通った白い肌。さやかは胸の奥に熱い鉛が注ぎ込まれたような気分になる。
「被害者の女性は見滝原高校の女子高生、須藤真奈美、十七歳、二日前から捜索願いが出されており――」
会議室を臨時の詰め所にした室内で、刑事達は腕を組み、思い思いの姿勢でパイプイスに掛けながら、話を聞き続ける。美樹さやかもその中に交じって、腕を組んで、イスにもたれる様な体勢で話を聞いていた。細身の身体に黒のスーツを纏っていたが、徹夜明けで、そのワイシャツはよれよれにくたびれていた。彼女はもういい大人になっていた。
「ガイシャの体内から――」
さやかの目が死んだ魚のようににごっていった。身体が小刻みに震える。
「おい…どうした美樹…大丈夫か」
隣に座っていた初老の男が声を掛けた 。浅黒い肌にしかめた顔、長年の辛苦から刻み込まれた皺が若い部下を心配して、更にくしゃくしゃになる。
「美樹」
だが、蒼い髪の部下は返事をしない。男がよく見ると、彼女は震えているのではなく、怒りを抑えるために自分の腕を必死に掴んでいたのだ。掴んでいる手が血の気が失せて白くなってゆく。男は乱暴にその手を掴み、引き剥がした。
「…おい、ボケ!」
ドスの効いた声で 咤する。周囲が一瞬こちらをみやるが、この世界では日常茶飯事のことだ。
「主任…」
ようやくさやかは我に帰る。上司である初老の男をみやるその蒼い瞳は揺れていた。
「…ため込むな、壊れるぞ…怒りは共有するんだ…わかったな?」
「……はい」
素直に頷くさやか。男はため息をついた。
* * *
美樹さやかは大学を卒業して警察官になった。
採用が内定した時、「付き合いの長い」友人にさやかは自慢げに報告した。すると「付き合いの長い」黒髪の友人はため息をつきながら言った。
『まあ、貴方らしいわね…』
『あれ、なんかあんまし喜んでくれないわねえ、まさか私に向いてないとか思ってないでしょうね?』
さやかはにこやかに笑いながら、友人に身体を擦り寄せてくる。彼女特有のスキンシップだが、黒髪の友人はいまだそういうことに馴れないのか、それとも恥ずかしがっているのか、露骨に嫌そうな表情で身体を避ける。
『やめてよ…ここ講堂よ』
『あは、ごめんごめん』
髪を掻きながら、椅子に座り直すさやかを見て、黒髪の友人は再びため息をつく。
『でも、そうね…貴方に一番向いているともいえるし、そして一番向いていないともいえるわ』
『何よそれ』
謎かけのような台詞を囁いて、黒髪の友人は微笑んだ。その美貌故に大学では「人外」とさえ揶揄されているだけあって、その微笑は妖艶で魅惑的だ。思わずさやかは見惚れた。
『言葉通りの意味よ、それより…怪我はしないでね、おまわりさん?』
三日月型に目を細め、黒髪の友人はからかうような口調でそう言った。
* *
ここ最近の凶悪事件の発生率は、おそろしいほど伸びている。
――何か、見えない原因があるのだろうか?
ふと、さやかは思う。そうして、こういう時必ずさやかは感じるのだ。中学時代からの漠然とした欠落感を。
――私は何かを忘れている、そしてこの世界は――
「美樹」
さやかは我に帰る。肩を並べて歩く上司である男を見つめた。
「今日はおめえに取り調べをやってもらう、いいか、しくじるなよ?」
「大丈夫です」
さやかは微笑んだ。
美樹さやかは警察学校を卒業後、異例のスピードで刑事となった。その身体能力の高さから機動隊、あるいはSPなどの警備関係に進むかと思われたが、本人は刑事を希望した。
それは彼女が元々持っている「性質」から出た正義感からである。その悲しすぎるまでまっすぐで、愚直ともいえる性質が、かつて大きな悲劇を生みだしたことはもはやさやかの記憶にはない。
「よし行け」
上司の合図でさやかは取り調べ室のドアを開ける。さやかが部屋へ入っていくのを見計らって、初老の男は隣の尋問を覗き込むことができる隣室へと入っていった。
被害者の女性には、深い交友関係を結ぶ男性が一人いた。周囲の人間からは「彼氏」と認識されている。無職の一般人だが、薬物所持の前歴があった。
「どうも」
椅子に座っている男はしごく普通の男で、年齢はさやかと同じくらいだ。さやかは普通に会釈をして対面する。そうして、椅子には座らずに、机に腰をかけ、男をみつめた。彼女の尋問方法は変則的だが、違法性は無い。無機質な取り調べ部屋には大きなマジックミラーがあり、一見誰もいないように見えるが、実際はさやかの上司をはじめ、数人の刑事が観察していた。
「…あんたが須藤真奈美を死亡した日に連れ回したことはわれている」
「……」
もちろん簡単に口を割るわけがない、さやかは部屋の中に設置したテレビをつける。そうしてDVDを男の前にかざすようにして、さやかは淡々と喋った。いつもと違う「刑事用」の口調で。
「これはあんたの携帯にあった動画を焼いたもの、面白いものが映っている」
男の目に少しだけ動揺の色が浮かぶ。
リモコンを握ったさやかの手が、テレビの前で軽く上下に動く。モニターが音を立てて、卑猥な映像を映し出した。女の嬌声と、男の呻き声、手を縛られた女性と男が「行為」を行っている。
「可愛いね、あんたの彼女」
淡々とさやかは語る。死んだような魚の目。
「二人の記念かどうかは知らないけど…問題は次」
さやかの手が動く。画像が早送りで進みだし、女性の腕がUPになった。注射器が現れる。嫌がる女性と、男の笑い声。女性の腕に深々と刺さる針。そうして、全く違う別の男が女性の上に圧し掛かって来た。つんざくような悲鳴があがり、さきほどの卑猥な雰囲気とは違う凄惨な様相を呈してきた。
「この男は誰?」
もちろん、警察はすでにこの男も押さえている、暴力団員だ。薬物繋がりでこの男と交友関係にある。おそらく力関係では、この男は常に虐げられていたはずだ。さやかは男のことなど気にするそぶりもなく、机に腰掛けて、テレビに見入ったまま質問を続けた。
「この男が怖くて…彼女を売ったわけ?」
「違う!」
男が席を立ち、叫んだ。さやかも同時に立ちあがると、テーブルの足を蹴る。
テーブルがスライドし、男の腰に当たる。おとなしく座り直す男。
「最後まで見るのよ」
悲鳴が続く、画像は大きく揺れている。
「動揺したのね、あんた、無理もないか…」
「やめろ」
女性の悲痛な顔のUPを最後に映像は途切れた。
「…彼女を殺したの?全て終わって嫌になって」
「違う!俺は殺していない、ただ、さっきの最中に急に、急に死んじまったんだよ!本当だよ!」
男はもう半泣き状態だ。
死因はショック死だった。
「お、俺は悪くない!だって、あいつに命令されたら断れねえじゃねえか?な?こ、殺されるのは嫌だったんだよ!だから」
「彼女を売って助かろうと?」
「自分の命を守るためだよ!」
世の中には、救いようのない事件が数多く存在する。そしてその大半が心優しき力無い者が、心なき暴力によって悲惨な目に合うものだ。それは本人だけではなく、家族にも大きな打撃を与え、一気に人生を闇に染める。明るく美しい風景を二度と感じることができないどん底の世界へ。それはもはや「死」と同じだ。人に優しさを与え、幸せを望む無邪気な子供達が、汚染され、その原因となった者達は社会で普通に空気を吸い、食事をし、生き続ける。理不尽な世界。そこには、「悪魔」も「神」も無い。
悪魔よりも人間が最も醜く、救いようがないものなのだ。
そうして、私も――
大きな衝撃音と共にテーブルが大きくひしゃげた。
「ひい?」
男が情けない声をあげて尻もちをつく。さやかがテーブルを叩いたのだ、ただそれだけで、鉄製のテーブルの中央が大きくへこみ、まるでクレーターのようになっている。さやか自身も驚いたかのように自分の手を見る。身体に力が満ちていくのがわかった。あり得ない世界へ踏み込んだような、そんな不思議な感覚。
「あんたが殺したも同じことだ、覚せい剤を与え、他の男に売る、死体も放置…罪状はたくさんある、でも一番の罪は」
さやかの目が死んだ魚のように濁る。
「あの子の魂を殺したこと――」
取り調べ室のドアが開く。
「美樹、交代だ」
慌てた様子で、初老の男が入ってくる、さやかはおとなしく従った。
男は失禁していた。
* * *
黒髪の友人のアパートは、署から歩いてすぐだった。中学時代から一人暮らしをしている彼女に何かと世話を焼いて押しかけては料理をしていた頃をさやかはふと思い出す。彼女は10年経った今でもここに住んでいた。少し劣化した階段を上り、彼女の部屋の前に辿り着くと、さやかはポケットから鍵を取り出した。
「おかえりなさい、遅いわね」
黒髪の友人はテレビを見ていたのか、畳に座り込んでベッドの縁に背をもたれさせていた。涼しげな白いキャミソール。テーブルにはウイスキーと、つまみが数種。そうしておそらく用意されていた夕飯にカバーがかかっていた。
「ごめん、待ってたの?」
申し訳ないような表情をさやかが浮かべると、黒髪の友人は肩をすくめ囁いた。
「まるでまだお客さんのような言い方ね?」
そうしてさやかが横に座ると、そっと黒髪の女性は身体を寄せた。
「もう一緒に住んでいるのよ?」
「そうね…」
寂しそうに微笑むさやか。二人は共通の友人の結婚式を境に関係を持つようになり、同棲するようになっていた。
「どうしたの?その目」
その左目が赤く充血していることに気付き、黒髪の女性は眉をひそめる。
「ああ、これ…」
さやかは左目を押さえて自嘲気味に笑う。
「なんかね、興奮したり、怒ったりするとこうなるの、癖なのよ」
「……何かあったの?」
頷くと、さやかは何故か照れたように囁いた。
「私って馬鹿だから…すぐに怒ってしまって…何もかも許せなくって…なんでだろ」
――何故、自分は怒りを鎮めるのが下手なのか?
「何もしてない子がね、ひどい目に合うのよ、そんな目に合わせた人達が許せなくって…」
「馬鹿ね」
友人の白い手が伸びると、さやかの頬を撫ぜた。
「貴方は泣いていることも気付かないのね」
「え?」
さやかの充血した左目から一筋の涙が零れていた。優しくその涙を指で拭きとると、友人はその頭を抱え、胸元へ引き寄せる。
「本当に、貴方は昔から…そうだったわ」
「昔…?」
時折、この黒髪の友人は不思議なことを語るのだ。まるで遠い昔からさやかを知っているかのように。
「…なんでもないわ、忘れて…」
しばらく二人はそのままでいた。さやかは肩を震わせながら、友人の胸で泣いた。
黒髪の友人はさやかの頭を撫でながら、囁いた。
「ねえ、嫌なことを忘れるいい方法…知ってる?」
「いい方法?」
不思議そうに顔をあげるさやかに友人は微笑むと、顔を寄せて何事か囁いた。
「ああ…」
少し顔を紅潮させながら、微笑むさやか。
「でもいいの?私…」
「いいわ」
そう言って、黒髪の女性は強くさやかを抱きしめた、さやかもそれ以上に強く友人を抱きしめ、そのまま二人は倒れ込む。
数時間後、行為が終わった後も、二人はそのまま抱き合っていた。仰向けになった黒髪の友人は優しくさやかの頭を撫で、囁く。
「忘れなさい、美樹さやか…」
そうして虚ろに天井を見上げる。アメジストの瞳には古い蛍光灯が映し出されていた。
END