※この作品はR-18です。

夜歩く(大人悪魔ほむら×大人さやかR18G短編集)   作:さんかく@

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瀕死の初老の刑事が見たものは、悪魔ほむらの姿だった。叛逆から10年後の大人悪魔ほむら×大人さやかの番外編、刑事もの。若干スピンオフ的な形になっています。ほむらがさやかをどう思っているのか第三者に聞いてもらいましたな妄想。


夜歩く

あと2年で定年迎えるというのに、この体たらくだ…と岡山銀次郎はちっ、と舌打ちした。白髪で日焼けした皺だらけの顔を持つこの男は、一件荒波にもまれた歴戦の漁師にも見えるが、実は生粋の刑事である。「昭和の鬼刑事」と一昔前の称号を得て現役バリバリで働いていたこの男も、あと2年で勇退する。時の流れは早いものだ、彼はしみじみ思う。

 

「ちッくしょう、あの野郎、いったいどこほっつき歩いてんだ、ボケがぁ」

 

ぐほ、と叫んだ途端に、口元から血が溢れる。仕方がない、撃たれたのだ。岡山は必死で自分の脇腹を押さえているが、滲み出る血は止まってはくれない。黒のスーツに包まれた白のワイシャツからはどす黒い血がこびりついていた。

 

…あいつも撃たれたのか?

 

岡山の脳裏にうら若い相棒の顔が浮かぶ。

まさかこの年で子供かあるいは孫と言ってもいい年の女と組むとは思っていなかった。

 

「ぐうう」

 

唸り声をあげて、岡山は壁にもたれていた自分の身体を鼓舞して無理やりに起こす。

足ががくがくと震えた。失血のせいだ。だが岡山は歩きはじめる。

 

「美樹ぃ、あんのくそガキぃ、みつけたらぶん殴ってや…る」

 

だが、その顔には笑みがへばりついていた。生きがいが…手のかかる部下を助けるという使命が彼に希望を与えていたのだ、この絶望しかない状態の中で。

星のない夜の路地裏を岡山は歩く。無機質なアスファルトにもたれながら、びしゃびしゃ、と泥を革靴ではじきながら。

 

*      *       *      *       *      *

 

「主任は信じますか?」

「はあ、何言ってんだおめえ、この年で漫画読みすぎか?」

 

蒼い髪のうら若い部下を岡山は睨んだ。

総会屋対策で暴力団事務所の界隈での張り込みも、すでに24時間経過している。

交代要員は…まだ来ない。

必然的に相方同士で無駄話が発生する。岡山は吸いかけの煙草を行儀悪く車の窓から投げ捨て、蒼い髪の部下――美樹さやかを睨む。

 

「お前、いい年してんのに色気づいた話もねえ、口を開けば世界の終わりとかなんだとか、阿呆じゃねえか?」

 

だいたいこの娘はなんで刑事になったんだ?

そこから岡山は疑問だった。だが、交番勤務もそこそこ一ヵ月ですっ飛ばしてマル暴に入ったのだ。…優秀には違いない。

 

「いやいや、そんな~主任、真面目な話ですよ聞いてくださいよ」

 

愛想よく微笑むが、岡山からすればそれは「へらへら」と無節操に笑われているように見えて少し腹が立つ。

…奇しくも、彼女の相方である「悪魔」も同じ形容をしているが。岡山に知る由もない。

例えばですよ、と彼女は人さし指を立てて、前を見ながら話す。真剣な眼差し、実は美樹さやかは深刻に悩んでいるのだと白髪の上司は気付く。

 

「今、この世界が実は偽物で、作られたものとして…いつになるか不確定だけどまた変わる、あるいは終わる可能性があるなら、主任はどうします?」

 

…これだからいいとこの大学出は

 

苦虫を噛み潰したような顔を岡山は浮かべる。確かこいつは哲学か何かを専攻したんだっけか…ケッ、全くよ。

 

「どうもしねえよ」

 

「……」

 

「ったく、オメエはなんでそんな無駄なことに悩むんだ…いいか」

 

頭を掻きながら岡山は喋りはじめる。

 

「オメエが言ってるのは、あれだ、むやみに「意味」を求めるガキと同じだよ」

「意味…?」

「生きている意味は?だの、俺が存在している理由は?意味は?ってな」

 

ふう、と岡山はため息をついた。こんなに喋るのは久しぶりだった。

 

「意味なんて、この世にはどこにもない、すでに存在しているものはそれだけで価値があるんだ、意味を考える必要なんてねえんだよ、意味を考えるだけの人生で「意味はあるか?」美樹?」

 

究極のパラドクス。初老の男は特に机上で学ぶこともなく自らの経験ですべての矛盾を受け入れ理解し、そこに存在していた。

 

「主任って…すごいや」

「当たり前だろ、馬鹿野郎。世界が変わろうが変わるまいが、自分自身がブレなければいい…変えた奴「高次な存在」?変えるだけで何もできない奴はほっとけ、世界が全てじゃねえ、大事なのは誰も侵すことのできねえ自分自身の内面だ…それだけだわかったか美樹」

 

圧倒的な存在感。まるで自分の父親がそうであればというような目でさやかは岡山を見つめる。口元はへらへらと笑いながら。

 

「おい…こんなご高説を振りまいたんだ、オメエが夜食を奢るんだいいな」

「ええ、それは違うと思うんですが…」

 

馬鹿野郎、とひとしきり大きな声で岡山は怒鳴った。

 

 

ぐはっ、と岡山は吐血した。

もう限界かもしれない。

 

「…ちっくしょう」

 

一体何が起きたのか…最初はヤクザの抗争に巻き込まれたのだと思っていた。

事務所から数名の男が何かから逃げるように飛び出してきたのは憶えている。

 

その時何故か、蒼い髪の部下は

 

「まさか、そんな」

 

と呻きながら銃を取り出した。

 

「おい、美樹、何してやがる!」

 

あろうことか、部下である美樹さやかは銃を取り出し、窓から上半身を乗り出すと、警告もせずに躊躇なく撃った。

 

「馬鹿野郎!!!」

 

その瞬間、岡山の頭に血が上った。警官が警告抜きで発砲するなどあってはならないのだ。だが、目の前で部下がそれを行った。左手で彼女の襟を掴むと満身の力で車に引きずり込み、そして思いっきりその美しい顔を殴打した。

助手席に後頭部をバウンドさせ前のめりになった部下の襟を岡山はわしづかみすると乱暴に引き寄せた。

 

「こんの…くそ馬鹿、一体」

「主任、あいつらは人間じゃないんです!逃げて!」

 

頬を腫れさせながらも部下である蒼い髪の女性は必死に叫ぶ。口の端から血を滲ませて。その尋常ではない部下の状態に、岡山は気が触れたのかと一瞬思ったが、彼女の深い蒼い瞳は光を失ってはいない。

訝しがる岡山。

 

「美樹…おめえ」

 

だが二の句が継げなかった。車のフロントガラスに亀裂が走り、派手な音を立てて割れる、そこから男が一人飛び込んできた、不自然に前のめりになりながら。

 

「オオオオオオ…オオオオオオオオ」

 

美樹が発砲した弾丸が男の右目に命中していた。くぼんで空洞のようになった目から鮮血がとめどなく流れ、まるで獣のように咆哮している口からは、大量の唾液と顔を背けたくなるほどの臭気が溢れていた。

 

「なんだよ、こりゃあ!」

「主任」

 

さやかが銃口を躊躇なく、そいつの口に押し込め発砲する。パン、と乾いた音を立てて

男の顔が後ろにのけ反り動かなくなった。

だが、怪物は一人だけではなかった。ぞろぞろと二人の車に群がってくる。

そこから岡山の記憶は定かではない。

銃撃戦を必死に潜り抜け、この路地裏へ辿りついたのだ。

 

「美樹…」

 

自分自身の死が間近にあるのを実感した時、この初老の男は何故か美樹さやかを案じた。部下に対する愛情もそうだろうが、おそらく、蒼い髪の部下に自分の将来いたであろう「孫」を重ねている。あいつだけは死なせちゃならないと。

 

「ダレダ…?」

 

誰何する声が岡山の前方から聞こえる。

その声は妙にしわがれた声でたどたどしい、岡山は観念したように目を瞑り、そして開く。あと2発残っている銃を内ポケットから取り出した。

壁に囲まれた狭い通路で、初老の刑事と、黒い人外の影が対峙する。

逃げ場は無い。

 

「あら、先客がいたようね」

 

唐突に女の声がした。

抑揚のない、だが、艶やかな声。

美しい黒髪の女が岡山の背後にいた。

 

「…なんだぁてめえ、いつの間に…あぶねぇぞ…!」

 

商売女か…?と一瞬岡山は思ったがそれにしては美しすぎた。黒づくめの服に逆立った長い黒髪、圧倒的な美貌。

こいつも人じゃねえ…・と岡山は察知した。

女は苦笑して髪を掻きあげる。

 

「あら、助けてあげたのにそれはないわ、おじさん」

「はあ?」

 

アメジストの瞳を面白そうに輝かせて、女は前の方を見ろとでもいうように

首を動かす。

 

『グオオオオオオオオオオオ』

 

と、気付けば前方の人外は断末魔の叫びをあげていた。そしてまるで見えないクレーンで吊り上げられたように宙に浮く。雑巾を絞るように人外の男の身体が捻じれていく。

グシャグシャと骨と内臓がひしゃげる嫌な音がして、限界まで捻じれていくと、そのまま落下し、泥の中へ沈む。ぼろ雑巾と化して。

あり得ない光景が岡山の頭を麻痺させた。

 

「…おめえ、悪魔かなんかか?」

 

答えずに、女は笑う、ニイとV字型に口を歪めて。

 

「…人を探しているの、たぶんあなたも知っている人…蒼い髪の女性よ」

「!…おめえ、美樹を知っているのか」

 

黒い髪を掻きあげ、悪魔は岡山を睨む。不機嫌そうに。

 

「ええ…断っておくけど、あなたより、私の方が知っているのだけど…」

「おめえ、美樹のなんなんだ」

 

その時の悪魔の顔は見ものだった。

突をつかれた質問に、一瞬きょとんと眼を見開き、そうね…と考え込む。

 

「………「連れ」よ」

 

なるほど、と答えようとして、岡山は答えられなかった、ああ、もうだめだ。

 

「美樹を…頼む」

そう言って、岡山は目を瞑る。

 

「頼まれなくても、私があの人を助けるわ」

 

ああ、そうかい…なんだこのガキみたいな悪魔はよ、可愛げねえ。

意識がブラックアウトしそうな中、どこからかサイレンが聞こえてくる。

助かるのか…?

ふと、余裕が出たのか、岡山は必死に声を絞り出し、悪魔に最後の質問をする。

 

「なあ…お前、あいつをどうするつもりだ?」

 

闇の中、微かに聞こえる悪魔の声。

 

「別にどうもしないわ、……でもね、あの人は私と一緒にいるのよ、ずっと…ずっとね」

 

それは子供が好きなものを手放さないと宣言してるようなもので、岡山はクッと苦しそうに笑った。

 

…なんだやっぱガキじゃねえか

 

救急車のサイレンと複数の足音が聞こえてくる。

悪魔の姿は闇に溶け消えていた。

 

 

 

END

 

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