夜歩く(大人悪魔ほむら×大人さやかR18G短編集) 作:さんかく@
ああ、やっと戻れた・・と、気がつけば暁美ほむらは呟いていた。
目が覚めると、いつも通り彼女は自宅のベッドで寝ていた。少し皺の入った白いシーツに彼女の黒い髪がまるで夜の波のように広がっている。
「・・・・・・」
細く白い手で気だるげに黒髪を掻きわける。白磁のような肌に端整な横顔、不機嫌そうに伏せられた睫毛から除く紫の瞳、まるで絵画から抜け出したような美貌だ。成人した暁美ほむらは恐ろしいほど美しい。
彼女は横たわったまましばらく動かない。紫の瞳が何かを探すように彷徨って揺れていたが、ふ、と安堵したかのように口元を薄く緩め、上体を起こした。彼女の背中に探し求めていた「熱」を感じたからだ。ほむらが振り向くと、すぐ傍に蒼い髪の友人が背を向けて眠っていた。
つ、とほむらの細い白い指が肩に軽く触れる。
その冷たい指で目が覚めた蒼い髪の女性は、眠たそうにしながらもほむらに声をかけた。
「・・・・どしたの?」
「なんでもないわ・・」
そう言って、ほむらは目の前にある蒼い髪にその美しい顔を埋め、すう、とそのまま息を吸う。そして、白い手を伸ばし、背中を向けている友人の身体に絡めると、まるでぬいぐるみを手に入れた子供のように掻き抱く。
一瞬、友人がぴくりと身じろぎしたがすぐにおとなしくなったので、いい気になったのか彼女は更に身体を密着させる。キャミソールしか身につけていない彼女の冷えた身体と、タンクトップ1枚の体温が常に高い友人の身体は重なると心地よいのだろう、ほむらは満足そうに紫の瞳を細め、そして目を瞑る。まるで高級な猫のようだ。
「怖い夢でも見たの?」
「ううん・・」
ほむらは目を瞑りながら首を振る。蒼い髪が彼女の顔で乱れる。
「私は夢を見ないもの」
「そっか」
そうだったね、と優しく囁きながら、友人はほむらの冷たい手を撫でる。よほど眠たいのか、しばらくしてすぐに友人の手の動きは止まり、規則正しい寝息がはじまった。
口を尖らせる黒髪の美女。まるで子供のように。
「さやか」
「・・・ん?」
「呼んだだけよ」
「何よそれ」
フフ、と友人が笑う。寝ているところを引き戻されたというのに、蒼い髪の女性・・美樹さやかはどこか楽しげだ。それを察知したのかほむらも嬉しそうにフフフと笑った。
いつの頃か二人はこうやって寄り添うようにして眠りにつくのがあたり前になっていた。
いつからそうなってしまったのか、暁美ほむらもよく覚えておらず、美樹さやかにいたっても記憶は定かではない。
ただ確かなのは、10年前にあった二人の根深い確執はもはや薄れつつあるということだ。同じ記憶を共有する美樹さやかは成長に伴い、ほむらに歩み寄り、そしてほむらもそれを受け入れ、共闘し続けている。ほむらは最愛の女性の人生を守るため、そして美樹さやかもある信念を貫くため。世界は不安定なまま、それでも続いている。
「ねえ、あなたって、大きくなったわよね、なんだか腹が立つのだけれど」
「うわ・・・なんでよ、10年も経てばそりゃ少しは背も伸びるでしょ、人の成長にケチを・・」
「抱っこしづらいわ」
「抱っこって」
白い手を這わせ、腹をさする。ぴくりと反応する美樹さやか。愛撫するかのように優しくお腹を撫でられ、さすがにさやかもくぐもった声をあげる。
くすくす笑うほむら。
「・・・ちょっとお、それ反則」
「どう?」
ゆっくりと上体をあげ、さやかに覆いかぶさると、ほむらはさやかの耳元に唇をあてて囁いた。
「・・・その気になった?」
至近距離で囁かれた瞬間、理性が溶けて出してしまうような甘い声だ。だがしかし。
「ったく、あんたさあ、そういうのはもうちょい外で有効活用しなよ、もったいないって何度も・・」
「この・・・・鈍感」
怒気を必死に抑えながら声を絞り出す。ほむらは友人の首に歯を立てた。
うひゃあ、と友人は色気のない悲鳴をあげた。
******
人外と成り果てた暁美ほむらは夢を見なくなった。いや、正確には「夢」らしきものを見ないのである。
悪魔として膨大な力を得た彼女は、眠りについた時、無意識に自らの力を解放する。
その時、元々暁美ほむらが保有していた「時間操作」の能力が解放されると、彼女は気が遠くなるような「時の旅」に出かけることになるのだ。
「でもそれってさ」
頬杖をつきながら美樹さやかは呟いた。ラフに着こなした白いワイシャツが太陽に照らされ眩しく輝いている。
「やっぱ夢ってことじゃない?」
さわやかに微笑む少し大人びた蒼い髪の友人。
これは大学時代の記憶、2人でこの世界を「演技」しているかのように生きて行こうと共闘を始めた頃の記憶。そう、学食の白いテーブルで確か二人で何かを食べていた・・・。
軽い既視感と、眩暈を感じながら暁美ほむらは時に溶け込む。
「・・違うわ、でも夢じゃないのよ」
「う~ん、定義が問題なのかなぁ」
腕を組み空を見上げる友人はまるで空の一部分のように蒼く溶け込んで、ほむらの目には眩しく映る。
「ねえ、それよりも私あなたに聞きたいことがあるの」
「へ、何?」
確かその時にも聞いたはずの答えを、暁美ほむらはまた聞きたかった。確かめたかった。
「あなたはどうしてその学問を専攻したの?」
美樹さやかは、古代から存在し、諸学の祖と言われ、根本原理を追求する学問を専攻した。実利とは真逆の方向を行くその学問は、すでに専攻する者も少なく、まさかこの蒼い髪の友人が選択するとはほむらも夢にも思っていなかった。
「鍵を探したくて」
「え?」
「本当のことを知る鍵が欲しかったの」
「・・・抽象的すぎるわ」
あはは、やっぱりと照れ笑いを浮かべる友人。しかし、ふと真顔になりほむらを覗き込む。
「あんたのことを知りたかったのよ、ほむら」
「私?」
「『悪魔』とか、地球外生命体の作りだした搾取システムとか、『概念』とかそういうものみんなとっぱらった本当の「暁美ほむら」のことを知りたかった、知る力が欲しかったの」
「本当の・・暁美ほむら」
自分で自分の名を呼ぶ、それはとても不思議な瞬間だった。
今まで捉われていた世界からひょっこり別の世界が現われたような、
曇っていた世界に光が差したような。
いいわ・・と自然に言葉が零れた。
「私を知っていいわよ、美樹さやか」
どうしてあの時彼女を受け入れたのか、ようやく暁美ほむらは理解した。
「・・じゃあ、また逢いましょう」
「へ?」
怪訝そうな表情を浮かべるさやかにほむらは微笑んで、そして意識を手放した。
*******
次にほむらが辿り着いたのは見知らぬ場所だった。
ほむらは怪訝そうな表情を浮かべる。
今まで見知らぬ場所へ辿り着くことはなかったはずだ。白いワンピースに裸足といういでたちで、ほむらは無機質なコンクリートの廊下を歩く。
「・・・お前、ここで何してる」
野太い男の声が聞こえた。ふう、とため息をつきながらほむらは振り返る。
黒のスーツを着込んだ大男が背後に立っていた。獰猛な顔つきだ。右手には自動拳銃が握られている。男はほむらを見た瞬間、一瞬ぎょっとしたように体を強張らせた。ありえない空間にあり得ない存在が出現したことに対しての動揺もあるだろうが、それよりもなによりも、男はほむらの人外の美貌に見惚れているのだ。ほむらは冷たく笑った。
「ごめんなさいね、相手をしている暇はないの」
「おま・・」
ほむらの言葉で我に返ったのか、男は自動拳銃の銃口をほむらに向ける、いや、向けようとしたが、無理だった。その手が糸でピンと引っ張られたかのように、不自然に上へとつり上がり、そして絞った雑巾のようにクルクルと捻じれはじめた。お菓子を割るような冗談のような音を立てながら容赦なく捻じれ続ける。男は瀕死の動物のように咆哮した。
「あら、あなた人間だったのね」
冷たい、ひどく冷酷な眼差しでほむらは倒れた男を見下ろす。
「魔獣かと思ったわ」
魔女は人間に憑依した。しかし、魔獣は人間と融合するのだ。
仄暗い廊下を暁美ほむらは歩き続ける。ぴちゃ、と足に生温かい感触・・・血だ。
悪趣味ね、とほむらは呟く。
ほむらの白い素足が赤く染まる。が、気に止めることなく彼女は歩を進め、そしてようやく結末へ辿りつく。
悪魔はその瞬間、ただの暁美ほむらに戻った。
* * * * * *
つんざくような悲鳴で美樹さやかは目を覚ました。
慌てて飛び起きて周囲を見渡す。悲鳴は彼女の友人・・黒髪の美女のものだった。
「ほむら、ほむら!」
尋常ではなかった。悲鳴を上げながら、両手を何かにぶつけ、叩いているように振りあげる友人をさやかは今まで見たことがない。白い手を掴んで、必死に抑えるが、それでも抵抗して黒髪を乱し、身体を捩じらせ悲鳴をあげる。まるで嫌がる黒髪の友人をさやかが犯しているかのようだ。
「ほむら!ほむら!・・大丈夫、私だよ、ほむら」
「・・・・ッ、・・・・ッ!」
美しい顔を苦悶の表情で歪ませながら、激しく首を振るほむら。
「ほむら!」
少し強い口調でさやかが怒鳴る。ビクッ、とほむらが反応した。
紫の瞳がさやかを捉える。
「さ・・やか・・・?」
「うん、私だよ、ほむら・・大丈夫?」
ほむらの目から涙が溢れだす。そっと、さやかが優しく頬を撫でると、
ほむらは勢いよくさやかの首に抱きついた。子供のように縋りつき、何度も友人の名を呼び嗚咽する。
子供の頃に子供らしいことをあまりできなかったせいだろうか、時折ほむらはその美貌に似つかわしくない、だがこの上なく微笑ましい行動を取ることがある。
今もまさにそうで、さやかは彼女が悪魔であることを忘れ、いじらしさのあまり、思いっきり甘やかせてやりたい気持ちになる。
「ほむら、今のはきっと夢だよ、悪い夢」
優しく黒髪の友人の白い腕をさする。人外の身体は恐ろしいほど冷たい。
「違うわ・・・私は夢を・・・見ない・・のよ」
苦しそうに言葉を紡ぐ。じゃあ一体何?とさやかは聞いた。
ほむらは答えない。代わりに更に強く蒼い髪の友人の身体を掻き抱く。
「お願い」
紫の瞳が揺れる。縋るように。
「忘れさせて・・・」
さやかはただ、いいよと囁いて、優しく黒髪の友人を押し倒した。
END
叛逆にハマった頃に書いた初期の大人ほむさやもの。
ほむらが果たして何を見たのか、まだSS内では明かしていません。(有栖川有栖シリーズの火村先生の様な…)こちらについてはもう少し後になってから書く予定です。