※この作品はR-18です。

僕のお姉ちゃん   作:悲しいなぁ@silvie

4 / 6
side︰黒い太陽

「どうしたのあー君?急に呼び出したりなんかしてぇ」

 

俺達が所属するアイドルグループのクリスマスライブが終わった直後、俺は同じグループのリーダー天路々天音(てんろじあまね)を呼び出した。

 

「しかも…その、大事な話が有るなんて言ってさぁ……?」

 

少し頬を赤らめながら天音は自分で染めているというまだらな金髪を弄る。

 

「ああ、大事な話じゃん…俺達のこれからの話だ」

 

俺は声が震えたりしないように努めて平坦を装って話す。

内心では心臓が煩いぐらいに鳴ってるし、今にも吐きそうなぐらいには緊張しているが…それを悟られるのだけは避けるべきだろう──これから話す内容を考えれば。

 

「こっ、これからって………その、えっと…

やっぱ、そういうアレ……じゃんすか?」

 

赤らんでいた頬を更に真っ赤に染めて天音はわたわたと手を振り乱す。

こてんと小首をかしげ少し潤んだその瞳でこちらを見る天音の姿は間違いなくアイドル然としていた。

 

「天音────琴音(ことね)を解放してやれ

アイツはお前の玩具じゃない」

 

「………へ?

琴音ちゃん…?えっと……その、確かに俺と琴音ちゃんは仲良いけどさぁ…

別に俺が琴音ちゃんになんかした訳じゃ…」

 

「下らない言い訳なんかするな、インパール作戦の牟田口廉也じゃないんだから」

 

困惑したように腕を組む天音の利き腕を掴んで壁に押し付ける。

状況と相手が違えばもう少し色気のあるシーンではあったが、コイツ相手にそれを望む気はない。

 

「天音、お前ははっきり言って異常だ

周りの人間から好かれる?皆がお前の味方をする?

結構じゃんか…だがな、お前のそれは行(・)き(・)過(・)ぎ(・)て(・)る(・)!

俺が今までお前と過ごしてきた十二年間でお前を嫌う人間をただの一人も見たことが無い…

そんな事があり得るか?……どんな人間だろうと、世界中の人間に好かれる事は無い

本心からの慈善家だろうと富める者の宿命だと僻まれ、ハリウッドスターは顔が良いだけだと嫉妬され、神の子と評される者も宗教的プロパガンダだとこき下ろされる

大多数に好かれる人間は居ても、全てに好かれる人間なんて居る筈が無い!

天音、お前は……一体なんなんだ?」

 

威嚇もこめて天音の横の壁を思い切り蹴りつける。

他のメンバーやスタッフには身内の話が有るからと近寄らないように話している…撤収までの40分弱は誰も此処に来る事は無い。

 

「……あぁ…」

 

天音の口から息が漏れるような声が出る

俯いた天音の顔を伺う事は出来ない。

 

「そんな風に…あー君は俺をそんな風に見てたんだ…」

 

天音の華奢な肩が震える

ポタポタと足元に液体が落ちるのが見えた。

 

「そっか…そっかぁ……」

 

天音はゆっくりと顔を上げ──

 

「初めて、俺(・)を(・)見てもらえた気がするぜ」

 

───嗤った。

 

「………それが、お前の素ってワケか…?」

 

涙に塗れた顔は喜色に歪んでいた

もし、死後の世界なんて物が有るとして

もし、死神なんて物が居るとしたら──

きっと、こんな風に嗤うんだろう。

そんな──悍ましい程に妖艶で、美しい程に醜悪な笑顔だった。

 

「それが?違うぜあー君、こ(・)っ(・)ち(・)も(・)素だよ

普段のが演技って訳じゃねぇよ、ただこっちを見せてないだけだって」

 

俺が皆に嘘つくワケねぇじゃんか、と笑うその顔はいつもの人好きする笑顔で──その眼だけが、こちらを見透かすような眼だけが真夏の雪のように異質で気持ちの悪いモノのように見えた。

 

「ところで──何が切っ掛けだったの?

俺、結構そこら辺は気ぃ遣ってたんだけどなぁ…」

 

こてんと小首をかしげるその動作すら、蛇が首をもたげるように見えるのは場の空気に呑まれているせいか…

 

「……さっきも言ったろ、お前を嫌う人間が居ない─」

「それは決め手だろ?俺が聞いてんのは最初に俺を疑うようになった切っ掛けだよ」

 

ぐい、と俺の顔を覗き込むように見上げる天音

目と鼻の先、という例えでは効かない距離にまで互いの顔が近付く。

 

「………琴音は、小さい頃からテレビの露出が有った

お前の家はそれで結構有名になったし…金回りも良かった

無いんだよ、お前の親父さんがあんな下らない事をする理由が

夫婦仲だって良かったし、何より…俺はガキの頃からあの人を知ってる

あの人は…お前の両親は善人だった!あんな事をするような人達じゃなかったじゃんかよ!!」

 

「でも、パパは俺のハジメテを奪ったしママは俺を殴ったぜ?

今だって毎日飽きずに俺を抱くし、俺の眼はあの日から視えなくなった…

あー君はそれでも俺を疑ったの?」

 

ゆっくりと自分の左目を撫でながら囁くように、諭すように俺の眼を見つめて話す。

 

「……………琴音は、器用な癖に変なトコが抜けてて

何でも出来ますって面しといて卵一つまともに割れないぐらい料理出来ないし、昔から滅茶苦茶好き嫌いが多くて人参とトマトなんか未だに見るだけで顔を顰めるぐらいにはガキっぽくて…

そのくせ、ガキの頃からジュースより梅昆布茶飲んでるような訳わかん無い奴だけど───人の嫌がる事をするような奴じゃなかった!

あいつは、一人で立てる強い奴だった」

 

「………琴音ちゃんの事、良くみてるんだ?」

 

「初恋だ、文句あるかよ」

 

「別にぃ?良いよなぁ恋ってさ…わくわくして、ドキドキして…目の前が色んな風に見えて、退屈が吹っ飛んじゃうもん

でも、そっかぁ……じゃあ仕方ねぇなぁ!

そんだけ見てたら気付くんだなぁ…勉強になったぜ」

 

天音はそう言うと近付けていた顔を離して壁にもたれ掛かる。

 

「やっぱし、あー君はアタマ良いよなぁ!

俺、初めてこんなにちゃんと見てもらえたぜ!」

 

「……嘘つけよ、お前はいっつも人の中心に居たろ

誰よりも見られて──」

「違うよ」

 

俺の言葉を遮って天音は俺の頬に手を充てがう。

優しく撫でるように、品定めするように、ゆっくりと俺の頬の上を指が動く。

 

「違う…皆、俺を見てないんだ

この穴の心地はどうだろう、こいつはどうよがるだろう、こいつは自分にとってどれだけ価値があるだろう、こいつはどう私に尽くすだろう…

皆、見るのは自分だけ…それなら俺じゃなくて鏡でも見てりゃいいのにね」

 

もう片方の手で自分の太腿から首筋までを撫で上げながれ天音は俺の耳元で囁く。

 

「やっぱさ…皆正直だよ

自分の欲に正直なんだ…でも、俺だって別にそれが嫌なワケじゃないよ?

セックスは嫌いじゃないし、困ってんなら助けたい

人の役に立つのは好きだし、それで喜んでくれんならちょー嬉しい

でも……俺を見てくれないのは寂しいんだ」

 

囁やきかける口が耳から下に向かい、俺の首筋を生温かい舌が這う

官能的な筈のその動作が、俺には蛇が噛みつく前のソレにしか感じられなかった。

 

「だから…嬉しいんだ!

あー君は俺を見てくれる、天路々天音を見てくれてるんだって…

だから、俺を嫌わないでよ

仲良くしようぜ?イッパイさ…」

 

天音の手がゆっくりと俺の太腿を撫で上げる

ゆっくりと、その手が上に上がって行く。

太腿から腰に、腰から鼠径に…そして

 

「ふざけんな、俺は…お前が嫌いだ!」

 

普段のそれと違う蠱惑的な笑みを浮かべる天音の胸倉を掴み壁に叩きつける。

俺は、こいつと仲良しこよしをしに来たんじゃない

こいつに言いに来たんだ

俺の好きな人を泣かせるなって

 

「琴音は、琴音はな!お前に憧れてたんだぞ!?

人付き合いがど下手くそなあいつはずっとお前に憧れてた!

寂しがり屋のくせに強がって、陰でめそめそ泣くような…そんな奴なんだよ!!

それを……そんなあいつに、お前は何してんだよ!!」

 

胸倉を掴む手に力が入る。

壁に押し付けられる天音の足はもう地面に着かずふらふらと揺れていた。

 

「………馬鹿(ばっか)みてぇ

あー君、憧れってのはさ…理解から最も遠いんだってさ」

 

いやに冷めた、感情の無い声だった

 

「思考放棄だよ

この人に付いて行けば間違いないーとか、あの人はこうしてたからーとかさ…

それのドコに自分があんの?

憧れるってのは、依存だよ…自分で考えるのが嫌だから楽な方に逃げてるだけ

人なんてみんな違うのに、誰かと同じになんて成れるワケ無いのに…

なんで自分ならって考えねぇの?なんで他人の真似すんの?

………楽だもんね、失敗すればその人のせいに出来る

自分は失敗してない…でも、成功すれば自分の手柄

都合良いよなぁ…そりゃあ皆憧れるよ」

 

「違う!!お前がそうしたんだろ!

あいつは…琴音はそんな風に考えてた訳じゃない!」

 

「あー君…俺は神様でも悪魔でもないよ?

人を思い通りになんて出来る訳ねぇじゃんか

俺はね……ただ、壁を低くしただけだよ」

 

天音の顔から表情が抜け落ちる

整ったその顔はまるで人形のように人間味の無い視線をこちらに向ける。

 

「壁…?」

 

「そう…ハードルとか、障害──要はどれだけ簡単かだよ

人間、やっぱり簡単な方が良いんだよ

皆さ、人間を特別な生き物にしたがるけど…そんな事無いんだよ

人間も動物だよ、簡単な方が有ればそっちを選びたがるしキモチイイ事が有るならヤってみたい

それのドコが特別なの?そこらの動物と何が違うの?

動物園に居ないだけだよ…人間なんてさ」

 

「何を、言って……」

 

「セックスがしたい、けど子供の事で忙しいパートナーに頼むのは忍びない

でも風俗に行くのは夫婦仲に亀裂が入るかも?」

 

突然、声色を変えて天音は語り出した

いつの間にか俺の腕からは力が抜けていて、天音はしっかりと自分の足で立っている。

 

「パートナーが我が子とセックスをしている、けどここで事を大きくすれば今の生活が無くなってしまう

でもこの鬱憤はどうにかして晴らしたい」

 

「………やめろ…」

 

「僕は特別だ、けど周りは僕を理解してくれない

でも近くに居る一人だけは自分を理解してくれる」

 

「やめろ…」

 

「俺は察しが良くて頭も良い、けど気付かなくてもいいことばかり気付いてしまうから周りから避けられる

でも同じように避けられているあいつとなら仲良くなれるかも?」

 

「やめろっつってんだろ!!」

 

天音の首を絞めて、叫ぶ。

もう、聞きたくない

 

「選んだのは皆だろ?俺が選ばせた訳じゃねぇよ」

 

ビー玉みたいな無機質な眼で、首を絞められながら掠れた声で天音は喋り続ける。

 

「セックスがしたいならパートナーに言えば良かった

結果的に拒否されるかも知れないけど、そこから互いに手を取り合って夫婦仲が良くなったかも知れない

見付けてしまったのならパートナーに言えば良かった

結果的に今の生活は破綻したかも知れないけど、そこから新しい生活を始めれば案外上手く行ったかも知れない」

 

真っ黒な天音の目が射貫くように此方を視る

徐々に、手から力が抜けていくのがわかる。

 

「理解して欲しいなら自分から歩み寄れば良かった

結果的に失敗するかも知れないけど、優秀だと言うなら続けさえすればいつかは成功したかも知れない

避けられたくないならずっと黙っていれば良かった

結果的に嫌な想いはするかも知れないけど、人付き合いっていうのは往々にしてそういうものだからと納得出来たかも知れない」

 

首を絞める俺の手を包むように、天音は自分の首に手をやる。

 

「でも、皆は簡単な方を選んだ

身近に居た若く無抵抗な女を抱いた

パートナーの非を棚上げて我が子を殴った

理解者が居ると努力を放棄した

他人に合わせる事を諦めて同じく孤立した人間を選んだ」

 

天音の手がゆっくりと俺の指に着けていたシルバーのリングを抜き取る。

 

「少し努力すれば変えられたのに、皆それをしなかった

………でも、良いんだよ

そんな皆でも良いんだ、俺は──皆の事が大好きだから」

 

リングを指に嵌めながら笑う天音は、本当に太陽のようだった

見る者全てを惹きつける、魔性の太陽

あまねく全てを照らすその太陽は──

──照らす全てを逃さない、ドス黒い太陽なんだ

 

「俺はさぁ、あー君

皆に幸せになって欲しいんだ

大好きな皆には幸せになって欲しい…これって悪ぃ事かな?

勿論、俺が皆を支配しようとか思ってる訳じゃないぜ?

支配は反発の元だ、だから…皆が自分で決めるんだ

自分の意思で、自分の思うままに決める

でも、その結果が偶々俺の思った通りになっちゃうんならさ

それは───仕方ねぇよな!」

 

「お前は……何がしたいんだよ」

 

声が震える

吐き気がする

気持ちの悪い

今すぐにでも走り去りたい

でも、なんとかしなきゃじゃんか…

 

「…………あー君は、死ぬのは怖い?」

 

「……は?」

 

「なんで怖がるんだろう…死んだことなんて無いのに

死んだ先には悲しい事なんて無い

死んだ先には苦しい事なんて無い

死んだ先には痛い事なんて無い

死んだ先には嫌な事なんて無い

死んだ先には何も無い

だから、俺は死にたいんだ」

 

気持ちの悪い笑顔も消えて、能面みたいな顔の女は俺を見下ろしながら話す。

 

「別に、人間が嫌いな訳じゃないぜ?

さっきも言ったけど皆の事は好きなんだ

ネガティブって訳でもない

楽しい事は好きだし、そういうのを見付けんのだってスゲー得意だぜ

でも───なんか、此処は息苦しいんだよ

だってさ、気持ち悪ぃだろこの世界」

 

「お前……集団心中でもする気か…?」

 

「心中…?

あー…まぁ確かに、後追いとかもあるかもなぁ

でもさ、それは仕方ないじゃんか

俺はちゃんと俺が死んでも皆が生きていけるように、皆を幸せにしたのに…それでも死ぬんなら仕方ねぇよ

俺だって、自分が死んだ後にまで責任なんか持てねぇって」

 

気怠げに肩をすくめる天音に俺は絞り出すように叫んだ。

 

「お前、おかしいよ……言ってる事も、やってる事も全部滅茶苦茶だ

お前……頭おかしいよ!!」

 

天音は興味を無くしたように目を細めると俺に背を向けて歩き出した。

 

「知ってるよ」

 

それが、俺の聞いた天音の最後の言葉だった。

 

 

 


 

 

琴音が、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら俺の首を絞める。

 

「亜藍!お前さえ…お前さえ居なかったら!

お前さえ居なかったら……僕は、こんな中途半端なクズにならずに済んだのに……っ!」

 

なんで泣いてんだ…

誰が泣かせたんだ…

大丈夫、俺がなんとかしてやるから

だから、泣き止んでくれよ…頼むから

 

「僕の世界にお姉ちゃん以外の色なんて要らない!!

お姉ちゃんだけが僕の世界に色をくれるんだ!

だから…だから……お前が、お前なんか…

僕に優しくするな……僕に笑いかけるな…

お前なんかが!僕の中に入って来るな!!」

 

ごめんな、琴音…

琴音、確かに最初は不純だった

お前なら俺を拒絶しないかも、とか下らない事考えてたよ

でもな、これだけは信じてくれ

俺は、世界で一番お前が好きだ

他の誰でも無い、誰かの代わりなんかじゃない

天路々琴音が好きなんだ

だから……

 

「僕は、僕は…僕は……!!

わかんないんだよ!!お姉ちゃんだけだったのに…

僕とお姉ちゃんだけの世界に、お前が入って来た

最初はずっと嫌だったのに、だんだん…嫌じゃ無くなっていって…

怖かった、亜藍の存在が僕の中で大きくなればなる程に…お姉ちゃんが小さくなっていく

何より……それが、嫌じゃ無かった

悪くないと思う自分が居た

だから………全部壊すんだ…!!

お前も!僕も!!全部壊す!全部壊して……それで…」

 

ゆっくりと眼の前が暗くなっていく

あぁ…まだ、まだ待ってくれ…

泣いてるんだ、俺の好きな人が

泣いてるんだ、あの泣き虫が

だから…もう少しだけ、待って……

 

 

人気アイドルグループのリーダー、天路々天音の訃報は瞬く間に世間を駆け巡り多くの人々の心に影を落とした。

事件から数年が経った今でも彼女の命日である12月24日には三桁を超える人間が自ら死を選ぶという。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。