「暁美さん、美樹さん!」
高橋ゼミ長が、オープンデッキに上がって来た二人に元気良く手を振ってくる。
「あ、えへへ、どうも」
愛想よく笑うさやかと、傍で軽く会釈するほむら。
「佐藤教授は一緒じゃないんですか?」
岡田の言葉に答えようとしたさやかを遮り、ほむらが答えた。
「いったん部屋に戻ってから来るそうよ…」
「そうですか、あ、じゃあ、こちらへどうぞ」
高橋は、二人をテーブルへ招く。テーブルには副ゼミ長の岡田とそしてOBの石田が座っていた。
青空の下、オープンデッキに白いテーブルが20余り置かれていて、それぞれに人が思い思いの座席に座りこんでいる。佐藤教授のゼミ旅行一行はその半分を占めていた。昨夜のバ―よりも人の数は多い。さやかが視線を感じて周囲を見回すと、ほとんどの客がほむらを見つめているのに気付く。ちらりとすぐ横の相方を覗き見れば、いたって涼しい顔で特段気にしてないようだ。ふう、と静かにさやかは息を吐く。彼女が人の注目を集めるのは常だが、疲れてやしないだろうか?とさやかは心配した。
「ひ…」
男の絞り出すような声が聞えて、さやかは前方を向いた。
白いスーツを着た、がっしりした体躯の中年男性。萩原だ。さやかの蒼い瞳が怯えた男を映し出す。
「…ご、ごほごほっ!」
わざとらしく咳をして、萩原は慌てたように踵を返し去っていく。途中、テーブルにぶつかり座っていた客にどやされていた。
「……何かしたの?」
ほむらがゆっくりとさやかを見上げ、囁いた。その目は面白そうに細められていて。
「……いいえ、別に何も」
「嘘おっしゃい…」
明らかにとぼけた答えをした相方に、ほむらはくすくすと笑ってもたれかかった。そうして、ほむらの手がさやかの腰に回り、二、三度優しく腰をさするとすぐに身体を離した。
「昨日は眠れましたか?」
椅子に腰かけようとしている二人に高橋が声をかける。髪を掻きあげながら、ほむらは首を振る。
「いいえ、この人のおかげで全然…」
「ちょっと!」
どっ、と笑いが起きた。
「あら、タロットね?」
「あ、はい、まだ時間があるから昨日を続きをしようと思って」
「面白そうね…」
高橋の手に握られているタロットカードを見て、ほむらが目を細める。
「ねえ、お願いがあるのだけれど」
「は、はい、なんですか?暁美さんのお願いだったらなんでも!」
高橋が右手を握って叫ぶ。
「私達を占ってくれない?」
* * *
「あらあら、結構時間がかかったわね」
一人呟きながら、身支度を整えた清子は部屋から出ようとする。と、ドアが開かない。
「あら?変ね…」
ガチャガチャと数回ドアノブを回すが、動かないのだ。怪訝そうな表情を浮かべる清子。
「いっちゃだめよ、清ちゃん」
「え?」
思わず振り向くと、清子の背後に女性が立っていた。黒づくめの長い黒髪の女性。寂しそうな整った顔。
「いったら危ないわ」
「………妙ちゃん?」
だがすぐに女性は清子の視界から消えた、忽然と。
呆然とする清子。あたりは静寂に包まれ、静かな船室にただ一人清子が佇むだけ――。
* * *
「それじゃあ、相性占いでいきますね」
高橋がタロットカードのシャッフルを始めた。
「え、いやでも相性って…あいた!」
さやかの腕をほむらが軽く小突く。
「静かにしなさいな…」
「でも」
高橋がにっこりとさやかに微笑んだ。
「相性占いの方が、互いのことや、それに自分自身のことがしっかりわかる場合が多いんです」
「ね?それに…私は別に貴方と恋人同士になれるかどうかなんて占うつもりはないのよ?」
「こっ、こ…そ、そりゃそうだけど…」
声を張り上げようとしたさやかが黙りこむ。高橋が目を閉じ、真剣にカードをシャッフルしているのを邪魔するのは気が引けた。代わりにさやかも真剣な表情でカードを見つめる。
「いい子ね」
からかう様に相方を見つめ、ほむらは囁いた。そうして自身も視線をカードへ向けた。
しばらく高橋のシャッフルを皆、おとなしく見守る。
「それではカードを置きます」
シャッフルが終わると、高橋はカードを裏向きにして6枚白いテーブルに置いた。
「一枚目が暁美さんの現在、二枚目が美樹さんの現在、三枚目は暁美さんの本質、四枚目が美樹さんの本質、そして五枚目が二人の相性、そして六枚目が二人の未来です」
年季の入ったタロットを見て、さやかが顔をしかめる。
「なんだか怖いわ」
「あら、私は楽しいけど?」
「ええ、マジで?」
頬杖をついて、甘えるようにほむらがさやかにもたれかかる。さやかの顔を見て面白そうにクスクスと笑うほむら。二人のスキンシップにあてられたのか、岡田が顔を赤らめて視線を明後日の方向へ向けた。あきれたように石田が呟く。
「ったく、相変わらず仲のいーこと」
「あの暁美さん、昨日も言いましたけど、僕リーディングは…」
「ええ、大丈夫よ、カードの代表的な意味だけ教えて頂戴」
「たぶん、暁美さんの方がわかると思います」
照れたように笑いながら、高橋が言った。高橋自身は占いができるわけではない。
だが、タロットというのは不思議なもので、カードの絵で全ての答えが表される。勘のいい者は、「言葉」を読み取らずとも、視覚で意味を捉え、解釈することも可能なのだ。更にカードに表象されるものと、意味を知ることで占いに深みが増していく。つまりは、カードの図柄を見るだけでも占いが成立するものなのだ。
「それでは一枚目いきます」