高橋は、一番左端にあるカードをめくった。
一枚目――XV 「THE DEVIL」
思わず、さやかは声をあげそうになった。そこにあった図柄は、頭が山羊で身体が人間、両脇に男女の奴隷を従えている異形の者。――THE DEVIL「悪魔」だ。
「暁美さんの現在のカードは…「悪魔」ですね」
「しかもリバースね」
「はい、そうです」
一枚目、暁美ほむらの現在を表すカードは「悪魔」のリバースだ。
「?リバースって?」
「逆位置のことよ、本来の位置とは逆さまなの、だから本来の意味と少し違う解釈が出てくるの」
「へえ…」
ほむらの解説に感心したように頷きながら、さやかはカードを見る。すごい…と思った。数あるカードの中で相方の現在を表すのに、「悪魔」が出てくるなんて。さやかはタロット占いの怖さを実感する。
「悪魔のリバースだと意味は長い苦悩からの解放や、自由を意味します、あとは「回復」と「覚醒」そして……」
「「新たな出会い」ね」
「へえ…あんたにぴったりじゃん、あいた!」
今度は脇を小突かれ、さやかが声をあげる。
「おとなしくなさいな」
「はい…」
しょぼくれた声でさやかが答える。どうにもほむらの忠犬は学習能力がいささか足りないらしい。
「それじゃあ、二枚目、美樹さんの現在――」
自分は何が出てくるのだろう?美樹さやかは固唾を飲んで高橋が裏返したカードを見つめる。
二枚目――XX「JUDGEMENT」
大きなラッパを吹いている天使の下に復活した死者が立っている姿――「審判」だ。
その絵のイメージだけで、さやかは冷水をかけられた気分になる。「復活した死者」――正に自分のことではないか。この占いは本物だ。
「美樹さんの現在は、「審判」ですね、これは「再生」や「復活」を意味します」
「それと――」
ほむらが口を開く、一瞬珍しく言い淀むが、さやかを見つめながら囁いた。
「過去の状況を復活させることや、取り戻したい願望、そして後戻りしない最終的な決断も表すわ」
「……すごいね」
先ほどまで自分が思い悩んでいたこまでカードで言い当てられているなんて…さやかはほむらを見つめながら呟いた。
「心を読まれている気分だわ」
ほむらは何も言わず、ただ寂しそうに笑った。
「なんだか、二人にそぐわない感じのカードばかりでますね」
岡田が素直な感想を述べる。確かに、二人の「特殊な事情」を知らない者から見ればそうだろう。高橋も同意するかのように頷きながら二人を見つめた。
「それじゃあ、三枚目開きます」
三枚目は暁美ほむらの本質だ、二人は視線をテーブルに戻した。
三枚目――Ⅱ「THE HIGH PRIESTESS」
「「女教皇」ですね、叡智、知性、聡明な女性や冷静な判断も表します」
「暁美にぴったりだな…」
高橋の解説に石田が呟く。ゼミ生時代の白衣を着て、実験に打ちこんでいたほむらの姿を思い出す。
「それ以外にも…もっと「裏」があるわ」
「女教皇」のカードを見つめながら、ほむらが呟く。
「へえ、そうなの?」
高橋の言った「意味」意外に何があるのだろう?さやかは訝しげにほむらと共にカードを見つめる。
白い衣服に固い意志と忠誠心を表す十字架、手には律法の書、背後の蒼い背景は幕で隠されている、その幕にはザクロが描かれている。ザクロが女性を表象していることはさやかも知っていた。ザクロの両脇には2本の柱、ボアズ(神の試練)とヤキン(神の愛)がある。この幕の向こう側に何かあるということだろうか?だが、さすがに相方の考えを読み取ることができず、さやかの思考はここで止まった。
「わからないわ…」
さやかが呟くと、高橋は伺うようにほむらを見つめる。特にほむらも何も語らないので、高橋は次のカードへ手を伸ばす。
「それじゃあ、四枚目、美樹さんの本質のカードを開きます」
四枚目――0 「THE FOOL」
「うわ、なんじゃ、これ」
さやかの呟きに思わず岡田が吹き出した。
「「愚者」って…「馬鹿」ってこと?」
「貴方にぴったりね」
「ちょっと!」
むっとしたさやかを笑顔で制して、ほむらが囁く。
「落ち着きなさい…冗談よ、ほら高橋君の説明を聞いて」
「はい、「愚者」はただ馬鹿っていう意味ではないんです」
高橋が微笑みながら解説する。
「何も縛られない、家も仕事も持たない彼のことを「愚者」としているんですが」
「やっぱりプ―タローじゃないの」
「フフ、でも違うんですよ、彼は本当に「愚者」かというとそうではないんです」
高橋がカードを持った。ボロボロの服を着た男が、小さな荷物だけ持って楽しそうに崖に向かって歩いている絵。輝ける太陽と、その先は危ないと警告している足元の犬。犬の警告なんて気にしてないようで、男は明らかに崖に向かっている。
――危険に向かっているのに、やっぱり馬鹿じゃないの!
さやかは心で呟いた、正に昔の自分だ。ほむらが何度時間を巻き戻しても同じことを繰り返す愚か者。本質もこうだと絵柄で差し示されると、さすがにさやかも落ち込む。
「このカードには「自由」「型にはまらない」「束縛されない人生」の意味があるんです」
「それと…」
高橋の解説に続いてほむらが言葉を紡ぐ。
「「大きな可能性」「人生における重要な岐路」を表すわ…元々このカードはかなり意味が深いのよ」
「…そうなの?」
少し気を取り直すさやか。そんなさやかを憐れに思ったのか、しょうがない人とでも言う様にほむらが微笑んだ。
「何も持たない故の聖性さや、それと、このまま崖から落ちるのか、それとも空を飛んで次のカードの「魔術師」に移行するのか、未知の可能性も表すわ…裏表のない貴方らしいカードよ」
褒め過ぎな感はあるが、そこまで言われると、さすがにさやかもいい気になり、機嫌が戻る。
「えへへ…あんたがそこまで言うなら、いいやこのカードで」
へらへらと笑いながら頭を掻くさやか。そのどうにもわかりやすい性格がその場の雰囲気を明るくするのだろう、周囲から自然と笑いが生まれる。
「いいやも何も、貴方が選ぶ訳ではないでしょう?」
ほむらが諭すようにさやかに言うと、笑いが起こった。
「それじゃあ、五枚目――二人の相性にいきましょうか?」
高橋が五枚目のカードを指差す。皆、興味深げに注目する。
五枚目――VI 「THE LOVERS」
「わあ、すごい」
岡田が顔を赤らめて呟いた。正に恋人のカードが出たからだ。
「わあ、偶然ですね…昨夜もこのカードのリーディングしましたよね」
「そうね」
高橋の言葉にほむらは相槌を打つ。心なしか嬉しそうだ。
「このカードは「合一」「恋愛」「性愛」「選択」を意味します、この相性占いの場合だと、正に「恋人」を表しますね」
ほむらの横で、さやかが面白いように顔を赤らめておどおどと挙動不審になる。じろりと横目で情けない相方を睨むほむら。
「ちょっと…なにおどおどしているの貴方?」
「え、いやだって…「恋人」ってなんか照れるじゃない?えへへ」
はあ、とほむらがため息をついて首を振った。
「え、あんたなんも思わないの?」
「なんで貴方に?」
「ひど!これでも長い付き合いじゃん、少しは照れたりとか…」
「馬鹿じゃないの」
そう言ってそっぽを向くと、高橋に続きを促した。
「このカードはどうでもいいから、次お願いね」
「あ、はい、では六枚目、二人の未来――」
高橋の手が伸びる前に、カードが宙を舞う。不可思議な現象に、皆一瞬動きが止まる。次の瞬間、轟音と共に、船体が大きく傾いた。オープンデッキに設置されたテーブルが一斉に崩れ、人とともに右側へと傾れ落ちていく。悲鳴が上がる。
反射的に受け身を取って甲板に倒れこむさやかと、その上にもたれるようにして寄り添うように倒れるほむら。素早く上体を起こすと、二人顔を見合わせる。
――魔獣?
――いや、気配は無いわ
魔獣が近づいた時の独特の感覚がさやかには起きていない。周囲を見渡すと、船が20度ほど右側へ傾いており、すべての物、人が流れ込むようにして固まりのように密集している。20度というと、たいしたことなどないようだが、船において20度の傾きは大変なものだ。
傾きが大きいと、船はまっすぐ走れなくなって、浸水が起き、最悪の場合は沈没してしまう。一人、体育会系らしい男が左舷側へと傾きで生まれた勾配を必死に駆けあがり、柵を覗き込む。
「鯨だ!鯨がいるぞ!」
次回クライマックスです