※この作品はR-18です。

THE LOVERS   作:さんかく@

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遭遇そして戦闘

大きな振動にブリッジが揺れる。

 

「周囲に異常は?」

 

三等航海士が叫ぶ。望遠鏡を覗いたまま答える甲板員。

 

「周囲クリア―」

 

二等航海士が、機関士に指示を出す。

 

「エンジン及び浸水確認」

 

機関士が船内電話で、機関室と連絡を取る。

 

「エンジントラブル、浸水無し」

 

三等航海士は頷くと、操作スタンドの正面にある傾斜計を見る。

 

「傾き、15度から20度、真下にあると思われる障害物を避けるため、全速前進する」

 

機関士がエンジンテレグラフのレバーを握る。

 

「フルアヘッツー(両舷全速前進)」

 

N号が力強くうなりをあげる。大きな白い船体が今、全速力で大海原を掻きわけんとしていた。

 

*        *       *

 

「さやか」

 

ほむらの言葉にさやかは頷くと、立ちあがり、体育会系の男と同じように軽やかに勾配を駆け上がった。柵に手を伸ばし、下を覗き込む。

青い海の底からなにやら黒い影が見える。かなり大きい。スピードをあげたN号と一緒に黒い影も動きだす。

 

――鯨?それにしては大きすぎるわ

 

壮大な景色に見惚れながらも、さやかは必死に思考を巡らす。自然の前に、全てのものはなんと無力なものか。

 

「どう?」

 

いつの間にかさやかの傍にほむらが立つ。どうやら瞬間移動の力を使ったようだ。乱れる黒髪を抑えながら、さやかと同じように下を覗き込む。

 

「わからない、鯨なのかなんなのか判別できないわ」

「そうね…」

 

考え込むようにしてほむらが黙りこむ。しばらくして口を開いた。

 

「…このままだと、危ないわね」

 

彼女は絶対絶命の窮地に陥れば陥るほど、冷静になる。まるで人ごとのように呟くということは、この場はかなり「危険」だということだ。さやかはゾッとした。

 

「とにかく、下のモノがなんなのか確認して、移動できれば…」

 

さやかは手を口にあて、考え込む。元々、水の中はさやかのフィールドだ、海の中に飛び込めば、確認はできる。でもあんな巨大なものをどうやって移動すれば――

 

――ああ、そうか

 

さやかは思いついた。

 

「ほむら、私行ってくるわ」

 

さわやかに相方に微笑むと、さやかは柵に手を掛けた。と、ほむらの白い手がその手を掴む。強い力で。

 

「行くって…どういうつもり?」

 

微笑むさやかをしばらく睨んで、合点がいったのか、ああ、とほむらも微笑んだ。

 

「…頼むわね、おまわりさん」

「もう、おまわりさんは関係ないんじゃ…んっ」

 

襟元を掴まれ、ぐいと引き寄せられると、さやかは半ば強引に飼い主にキスをされた。

ゆっくり顔を離し、見つめ合う二人、さやかが笑みを浮かべた途端、ほむらは天使のように微笑んで、両手で相方を突き落とす。

 

「ちょ、ちょっと、ほ―――!」

 

叫びながら、さやかは一直線に海へと落ちていく。相方の白いワイシャツと海の青が映えて美しい――満足気にほむらは目を細める。派手な水音を立てて、さやかは海へと沈んだ。

 

*      *       *

 

ゴボ…

 

自らの発する泡の音以外、何も聞えない。

 

沈黙の蒼の世界

 

太陽の光に照らされた水面のなんと美しいことか。さやかは身体を動かしながら、水中を歩く。蒼い髪が水中で揺らめいている。

 

――水深は何メートルだろう?

 

底が見えない、おそらく50メートル以上はあるだろう。キョロキョロと周囲を見渡すと、N号の船底が見えた。そうしてそこに黒い大きな物体が併走していた。

 

あまりの巨大さにさやかは目を見開く。確かに――それは鯨だった。だがここまで巨大な鯨をさやかは見たことがない。恐らくN号を仲間か何かと思っているのだろう。自然の壮大さに、再びさやかは目を奪われる。警察の仕事や、そして魔獣退治全てが馬鹿馬鹿しくなるくらいだ。自然とはなんと壮大なのだろうか。

 

ォォォ……

 

鯨の鳴き声のようなものが聞えて、さやかが我に帰る。

 

――よし、そろそろ方向転換してもらわないとね

 

そうしてさやかは目を閉じた、かつての姿を呼び起こすために。

全神経を集中させる。

 

さやかの背後から「ソレ」が現れた。自然をも凌駕する巨大な存在が。

 

Oktavia_Von_Seckendorff

 

 

*      *        *

 

「?レーダーエコーが増えたぞ」

 

二等航海士が叫ぶ、三等航海士も画面に視線を向けると、確かに光点が増えていた。しかもかなり大きい。

 

「真下に何か巨大なものが二つもいるようですね」

 

鯨か、それとも潜水艦か――

 

轟音を立てて船が揺れた。

 

*     *      *

 

オープンデッキで悲鳴がところどころであがる。

 

「馬鹿ね…しくじったのかしら?」

 

柵にもたれながら、黒髪の美女が呟く。乱れた髪を気にすることもなく、海面を見つめていた。と、しばらくしてその美貌に笑みが浮かんだ。

 

海面から泡が出てきて、蒼い髪が現れる、いつも見慣れた相方だ。

ほむらはちらりと周囲を見やると、誰も自分を見ていないことを確かめ、柵から身を乗り出し、海へと飛び込んだ。

 

*      *       *

 

「レーダーエコーに動きがある」

 

二等航海士の言葉と同時に、見張りの甲板員からやや大きめに声があがる。

 

「サードオフィサー、左舷側に鯨が現れました」

 

どよめきと共に、他の乗組員も左舷側に視線を向ける。N号と同じくらいの大きさの巨大な黒い影が姿を現した。

 

「すげえ…」

 

操舵手が感嘆の声を漏らす。舵はオートパイロット(自動操舵)になっているので、手は下ろしたまま、鯨に見入っていた。

 

「…潜水艦みたいだな」

 

二等航海士の言葉に頷く三等航海士。もともとは、潜水艦の方が鯨を模倣したのだが。

だが、二等航海士の言う通り、鯨はかなり巨大で、まるで某国の最新鋭の潜水艦のようだった。

ゆっくりと、N号から鯨は離れていく。N号の傾斜角は0度に限りなく近くなり、安定していく。

 

「よし、傾斜角0度、針路固定、スローダウン」

 

*      *        *

 

「わあ、なんなんだ今の!」

 

石田が椅子を抱きながら立ちあがった。オープンデッキはまるで台風の後のような状態だ。特に大きな怪我も無かったのか、乗客はそれぞれのテーブルを起こしたり、散乱した荷物を拾い集めたりと思い思いの行動を起こしていた。白い制服を着たスタッフも応援に来る。

 

『ただいまの振動は鯨によるもの――ただいまの振動は鯨によるもの』

 

船内アナウンスで男の声が響き渡る。

 

『鯨は回避したので、以後、振動は起きません、怪我等異常があればスタッフまで連絡ください』

 

「大丈夫ですか?石田さん」

 

高橋が声をかける、岡田がどこか打ったのか、もたれかかっていた。

 

「ああ、大丈夫…てか、暁美と美樹は?」

 

不思議そうに石田は呟いた。そうしてきょろきょろと周囲を見渡すが、あの二人は見当たらなかった。

 

*      *       *

 

船内放送のマイクを置いて、二等航海士がため息をつく。

 

「いや、でも助かりました、セカンドオフィサーがレーダーを気にしていなかったら、対応がここまで迅速にできたかわかりません」

 

三等航海士が二等航海士に話しかける。二等航海士はさわやかに笑った。

「いや…サードオフィサーも同じことをしたはずだよ。なにせこんなに大きなエコーが映っているのに、肉眼で見えないなんてね」

 

そうしてレーダー画面を見やる。鯨のエコーが遠ざかっていく。もうひとつの突如現れたエコーは消えていた。錯覚だったか――と二等航海士が顔をあげ、左舷の窓を見やり、身体を強張らせた。

 

最初、大きな烏だと思った。人間ほどの大きさをした烏だと、尋常ではない大きさに内心驚きながらも凝視すると、それは烏ではなく人間だと気付いた。

恐ろしいほど美しい黒髪の女性。黒のワンピースに、黒い――羽根。ぽかん、と二等航海士の口が開く。彼女は空を飛んでいた。そして、両腕で何か白いものを抱えている――人だ。白いものはワイシャツだった。蒼い髪の女性が何やら喚きながら黒髪の女性に抱きついていた。

 

ありえない光景にただただ、二等航海士は身体を強張らせるばかり。と、黒髪の女性が気付いたのか、こちらを見る。見開かれる二等航海士の目。

 

ゆっくりと人さし指を口にあて、黒髪の女性が微笑んだ。

 

――誰にも言っちゃだめよ?

 

二等航海士は、ゆっくりと頷いた。微笑む美女。そうして、風のように姿を消した。

 

「……セカンドオフィサー?」

 

訝しがる三等航海士に、二等航海士は「なんでもない」と返答する。そうしてさらに付けくわえた。

 

「窓に天使がいたのでね」

 

海の男は美貌の悪魔を「天使」と認識した。

 

「そうですか…私も見たいものです」

 

三等航海士は、彼なりのジョークだろうと思い、優しく微笑んだ、彼自身の本音も添えながら。

 

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