その後、船内には特に異常も、乗客の怪我も認められず、航海は滞りなく行われ、2時間後、
無事にN号は入港を果たした。
「皆、無事でよかったわ…」
清子がさも安心したとでも言う様にため息をついた。
昨日出港した場所で、ゼミ生、OB、OG一同が集い、それぞれ別れの挨拶を交わしている。後半、とんでもないハプニングがあったが、ゼミ旅行は成功というところだろう。
恰幅のよい高級なスーツを着た男性が、清子に謝辞を述べ、固い握手を交わして去っていくのを見送ってから、ほむらとさやかは教授と会話を再開する。
「でも…むしろ先生は船室にいてよかったです。あの時甲板に出ていたらきっと怪我をしてました」
ほむらがそう言うと、清子は頷いた。
「ええ、その事で私はあなた達に言わないといけないことがあるの」
「え?なんですか?」
きょとんとするさやか。
「…友人を見たわ、昔亡くなった人を船室で」
「…それはあの絵の?」
ほむらが囁く。清子が最も愛した――絵になってまでも念を残した女性。
「ええ…幽霊かもしれないし、もっと高度なものかもしれない。あるいは…私の脳が作りあげた残像かもしれない…でも」
そう言うと、一旦清子は言葉を切った。
「…嬉しかったわ」
そして目を優しく、寂しそうに細めた。二人はただ静かに初老の女性を見つめる。
「あらあら、ごめんなさいね、急にしんみりしちゃったわ」
「いいえ、ありがとうございます教授、とても…楽しかったです」
ほむらが微笑むと、清子は笑って、「まだ話足りないわねぇ」と呟いた。
「後半、どたばたでしたからねえ」
さやかが相槌を打つ。すかさずほむらが相方を小突いて囁いた。
「貴方がね」
「ちょとお…」
「あらあら、仲がいいこと…そうだ」
清子は何か思い浮かべたのか、両手を合わせ、笑顔を浮かべる。こうすると、清子は無邪気な乙女のようだ。
「10月に亡くなった主人の別荘の整理に行くの、よかったらご一緒しない?」
「いいんですか、教授…」
「もちろんよ、あなた達ともっとお話したいわ…暁美さんとはさっきの続きもあるしね?」
ほむらが照れたように目を伏せる。不思議そうに首をかしげるさやか。
「お疲れ様でした、暁美さん、美樹さん」
高橋と岡田が元気よく駆けよって来た。高橋が車のキーを持っている。どうやら佐藤教授を送迎するつもりらしい。二言、三言、二人はゼミ長と副ゼミ長に挨拶を交わす。
「いやあ…占いの途中だったのが残念ですね」
「そうね…でもいい占いだったわ、ありがとう」
ほむらの言葉にさやかは頷く。確かにあの占いは本物だった。だからこそ、最後の「二人の未来」は気になるところだが。
「教授、お疲れ様でした」
「どうも~楽しかったです」
萩原と石田がやって来た。がっしりした体躯の中年の男と、ひょろりとした軽いノリの男。どうやら、どうのこうの言ってこちらもまた相性はいいらしい。萩原は、緊張した面持ちで伏し目がちだ。どうやら二人を見ないようにしているらしい。
「あら、萩原君、元気無いわねえ?どうしたの?」
「いやあ、萩原さん、「幽霊」のことをまだ気にしてて」
「ば、馬鹿野郎、言うなって!それにあれは絶対夢…」
「あら…それは夢ではないわ」
「え…?」
萩原と石田、それに高橋と岡田も佐藤教授を見つめる。
佐藤教授がとどめの一言を放つ。
「同一人物かはわからないけど、私も見たわよ?幽霊…」
驚きの声が四人からあがる。どうして四人がここまで騒ぐのか理解できず、不思議そうにほむらとさやかは顔を見合わせて…そうして笑った。
* *
「楽しかったわね」
「そうだね」
佐藤教授を乗せた車を見送って、二人は歩き出した。とてもいい夢を見た後の余韻を味わうように、ほむらは目を瞑り、そうして相方にもたれた。さやかは一瞬驚いた表情を浮かべ、すぐにそれは笑顔に変わる。絡んだ腕。
「でもさあ…気になるよね」
「何が?」
「占いの答え」
「まだ言ってるの?しょうがない人…」
くすくすとほむらがもたれたまま笑う。だって…とさやかが口を尖らせると、面白そうに目を細めて黒髪の美女は囁いた。
「どうしてそこまでこだわるの?私達の未来に?」
「え、それは…」
顔を赤らめるさやか。ほむらは手を伸ばし、そうして器用に相方の額をぱちん、と叩いた。
「痛っ…」
「勘違いしないでね」
そう言うと、身体を離し、ほむらは手を後ろへ組んだ。数歩さやかより先に進むと振り返る。美しい横顔には艶やかな笑みが貼りついていて。
「恋人の意味は「選択」もあるのよ」
「選択?」
「そう、貴方が「誰を選ぶか」という意味」
「へ?」
お間抜けな顔をするさやかを見て、ほむらは微笑む。
「貴方は誰を選ぶの?美樹さやか」
妖艶な悪魔の笑みに見惚れて、さやかは言葉を失う。くすくすと笑いながら、ほむらは更に数歩先を行く。さやかは慌てて走り出し、半ば強引に悪魔の腕を掴んだ。ほむらは笑いながら悲鳴をあげる。
「乱暴ねえ…」
「ねえ、本当にそんな意味なのかしら」
「え?」
今度はほむらが不思議そうな顔をする。照れながらも、さやかは真っ直ぐにほむらを見つめた。
「選択とかそんな小難しい意味じゃなくてさ…単純にあんたと、その…」
さやかを見上げるほむらは笑っていなかった。
「……何?…ちゃんと…言って…」
さやかはほむらの耳元へ口を寄せた。何事か、二言、三言口を動かすと、顔を離し、ほむらより数歩先を行く。ほむらは歩みを止めた。華奢な後ろ姿。そうしてしばらくすると早足で歩き出し、さやかの横に並んだ。
「馬鹿ね…私はまどかを愛しているわ」
「知ってるわ」
前を見たまま、顔を赤くしている相方を、ほむらは微笑みながら見上げる。
「でもそうね…」
そう言って、ほむらはさやかの腕を掴むと少し背伸びして、彼女の耳元に唇を寄せた。二言、三言、ほむらはなにごとかを囁く。ゆっくりと唇を離すと、二人は互いに見つめあう。
驚いたような不思議そうな表情のさやか。
「え?」
「ご不満?」
「……ううん」
顔を真っ赤にして伏し目がちになるさやか、目を三日月型に細めるほむら。そうしてほむらはさやかの腕に自分の腕を絡め、今度こそ離れないようにして、もたれかかる。
寄り添うようにして歩きだした二人の後ろ姿はまるで恋人同士のようで――
あと一話、続きます…