「貴方達って、恋人みたいね」
「はい?」
佐藤教授の呟きに、さやかが思わず反応する。その慌てたそぶりのさやかを見て、初老の女性は口に手をあてくすくすと笑った。
「あらあら、その慌てっぷりからすると、図星?」
「ち、ち、違います!そんな…あ、あいつは」
顔を紅潮させて叫ぼうとするさやかを手で制し、まあまあと宥めると清子は一口酒を含む。そうして、ゆっくりとグラスを置くと、目を細めて語りだした。
「貴方達の関係を勘ぐっている訳ではないわ、ただ、二人の行動パターンが友人らしからぬからよ」
「へ?」
「大抵、見知らぬ集団に参加する人間は、もし友人に連れ添われてきた場合はべっとりと濡れ落ち葉のようについてまわるものよ、特に女性はね?」
そう言うと偏見かもしれないけど、と清子は付け足して話を続ける。白髪に柔和な表情のこの女性は、常に穏やかだ。
「以前私の家で会った時は、貴方達は常に接触するほど寄り添ってたわ…けれど貴方はこの船に来てからは常に距離を取っている。あの子のテリトリーと思って遠慮して…ね?根拠は無いけど、その行動パターンがなんとなく友人というより、恋人同士に近いと思っただけですよ」
「ひゃあ…すごい」
外見とはかけ離れた硬派な学問を研究し続けたこの教授の、人を見る慧眼さに感服するさやか。
「先生…もしかして心理学とかも研究してたんじゃ」
「まさか!私は化学一択ですよ」
そう言って嬉しそうに笑う。
「あら、そう言えば貴方、一般教養の化学の点数もひどかったわね」
「うわ、地雷踏んだ!」
清子があらあらと笑って、そうして何かに気付いたようにさやかを見る。不思議そうに小首をかしげるさやか。カウンターはなだらかな半円を描いており、ちょうど清子の方からはほむら達のテーブルが見える。
「あら、暁美さんがこちらを見ているわよ」
「え?」
さやかもテーブルの方を振り返る、すると黒髪の相方がこちらを見ていた。手でも振ってやろうかと思ったが、相方がそのようなことをする訳がないと思いさやかは思いとどまった。しかし、
――嘘!
なんとほむらがこちらを見て、笑顔で手を振っているではないか。一瞬夢かと思ったが、今度はほむらが「おいでおいで」をするように手招きしているからどうやら夢ではないとさやかは判断する。さやかははじかれたようにほむらの元へ向かった。
「あらあら、ほんと一直線ねえ」
佐藤教授は蒼い髪の女性の後ろ姿を見ながら微笑んだ。
* * *
蒼い髪の女性が、ひょこひょことカウンターからテーブル席へやってくる。その姿を見て笑いを堪えているかのように、口元を緩めるほむら。皆がさやかに注目する。
「どしたの?」
「この人と勝負して」
「へ?」
ほむらは口元を緩めたまま、あごで萩原を示す。不思議そうに男を見つめるさやか。相手も急なことだったのだろう、ただあっけにとられてさやかを見ている。思わず、あ、どうも、とさやかは軽く会釈した。さやかの視線がテーブルに向けられ、そこでようやく皆がトランプに興じていることを理解する。おそらく勝負はトランプゲームのことだろう、とさやかは察した。
「勝負って、何かお金でも賭けているの?」
「私を賭けているの」
「………ええっ?」
ワンテンポ遅れてさやかが叫んだ。その叫びに思わず周囲も驚く。ただ一人ほむらだけが涼しい顔で、理解できないとでも言うような相方の表情を面白そうに見つめている。
「な、何よそれ、あんたを賭けるって…」
「一日デートして欲しいらしいわよ」
「だめよそんなの!私だってしたことないのに!」
萩原にむかってさやかが叫んだ、そうして、はっと驚いたように己の口をおさえるさやか。そうして、吹き出すほむら。さやかの台詞にあっけにとられた皆だが、それよりもなによりもあの妖艶で人間離れした美貌の女性が、楽しそうに笑う姿を見て驚いてしまう。
――一体どうしちゃったのよ!私!
さやかが心で叫ぶ。
最近はどうにも変だ。ほむらのことになるとついむきになって、冷静な判断ができなくなる。まあ、もとから自分自身が冷静な性質ではないことをさやかは知っていたが。今も、賭けとかどうとかいうよりも、ほむらを取られたくないなどという想いから勝手に言葉が出てきたのだ。顔が赤くなっていくのがさやか自身もわかる。
「な…なんだい、あんたらそういう関係かい?」
「ち、違うわ!けど…」
萩原の言葉に動揺しながら、口を開くさやかの腕をほむらの白い手が掴む。喋るなということだろうか、さやかが口を閉ざすとほむらが得意げに萩原に向かって言い放つ。
「この人は私の下僕のようなものよ」
「それも全く違うわ!」
テンポのいい二人の会話に、つい高橋と副ゼミ長が吹き出した。さっきまでの深刻な空気が和らいでいく。水を差されたかのように萩原が眉をひそめ、頭を搔いた。
「じゃあ、あんたが俺とポーカーするのか?暁美さんを賭けて」
「あ、暁美さんって、あんた…」
――な、馴れ馴れしいにもほどがっ!
さやかはなんだか腹が立ってきた。この黒髪の相方の何をこの男は知っているというのだ?
「ほら…いいから座りなさい、さやか」
さやかの言葉を遮るように、その腕をさやかは強く握る。そうして、椅子から立ち上がると、さやかをそこへ座らせた。ほむらの白い手がさやかの肩にのる。
――あ、あんた、いいの?こんな勝負…
――いいから、黙って勝負しなさいな。
念話で軽く会話を交わす二人。
「よし、じゃ、始めるとするか」
萩原がにやりと笑った。
無意識の内にほむらに近寄る輩に対して嫉妬するさやか、まだ自覚が足りない様です(なんと)