「ねえ…」
「何?」
くしゃくしゃに乱れたシーツにくるまって、二人は寄り添うようにして眠っていた。さやかが意識を取り戻した時には、すでにほむらは起きていて、こうして甘えるように背中に擦り寄っていた。しばらくは疲れ果てたのと、気恥ずかしさで互いに沈黙していたが、ようやくほむらの方から口を開いたのだ。
「…どうしてあの時、あんなこと言ったの?」
「へ?あの時って?」
「……ゲームの時よ、私を取られたくないって」
「ああ、あれは…」
――あんたを取られる訳にはいかないわ!絶対!
そう、あの時さやかは確かにそう言った。
「嫌だったからよ」
「嫌?」
「あんたの人生っていうか「自由」に干渉できるのは、この世界でまどかだけだと私は思ってる」
「……」
「だから、あんな…よくわからない奴があんたに干渉してくるのが許せなかったのよ」
「そう…」
さやかの背中にほむらのため息がかかる。どこか不満気な声の響きに不安になるさやか。
「…ねえ、どうしたのあんた?私何か悪いこと言った?」
振り向こうとすると、ほむらに頭を抑えられ、さやかは変な声をあげた。
「言ってないから困るのよ」
「へ?」
「それだけ?」
「え?」
――ホントウニソレダケナノ?
脳内に、ほむらの声が響く。
その言葉はなぜかさやかの心にも響いて。
――どういうこと?
さやかは激しく動揺する。そうして、困ったように呻いた。
ぱちん
「あいた!」
ほむらの白い手がさやかの額を叩く。そうして同時に、はあ、とため息。
「…別にいいわ、今は」
「え?何…」
ほむらは上体を起こすと、さやかを跨いで、ベッドから降りた。黒髪をファサッと靡かせると、さやかを見下ろして囁いた。
「さっきのは宿題よ…もう少し考えてから解答しなさいな」
「宿題?」
「さ、もう一眠りしましょう?まだ3時よ?」
時計の針は深夜三時。ああ、まだ眠れる、さやかがそう思ってる眼前で、ほむらはもうひとつのベッドでいそいそと横になりはじめた。
「ちょ、ちょっと!」
「何?」
「何あんただけ綺麗なベッドで…」
「あら、こっちが気持ちいいもの、シーツも皺ひとつないし…」
「いや、そうだけど!」
ほむらはさやかに背を向けて横になった。気持良さそうにため息をつく。
「おやすみなさい、さやか」
「ひど!」
さやかもため息をついて、しわしわになった自分のベッドを見る。乱れに乱れて、シーツはぐしゃぐしゃ、果ては体液で濡れている。
さやかはとりあえず眠りやすいようにシーツを手で伸ばす。…うまくいくわけがない。そうして、今度は枕カバーを取り外し、一段と濡れている箇所へ敷く。しかし染みてきて気持ちが悪い。ベッドの淵ぎりぎりで身体を横にするが落ちそうになる。
「もう…うまくいかな」
さやかがはっと何かに気付く。横を見ると眠っていたはずのほむらがこちらを見てニヤニヤと笑っていた。瞬時に顔が赤くなるさやか。
「ちょっと!あんた何見て…」
「貴方ってほんと馬鹿ねえ」
苦しそうにほむらは笑う。
「な、馬鹿って言う人が馬鹿なのよ!」
「冗談よ、むきにならないで…ほら」
ほむらはゆっくりとシーツを広げ、ポンポン、とベッドを軽く叩く。
「おいで」
瞬時に蒼い犬は尻尾を激しく振って、飼い主の元へと飛び込む。
「あっちは「する時」、こっちは寝る用にしましょう?」
飼い主の提案に、ただ頷くばかりの飼い犬を見て、ほむらは困ったように、でも嬉しそうに笑った。
* * * * *
萩原は眠れなかった。
なにせ、大きな獲物をみすみす逃したからだ。彼は一人個室で酒を飲んでいた。
時間は、夜の三時。
…ちくしょう、あと少しだったのに!
女々しいが女に捉われる男は大抵このように情けないものである。グラスに酒を注ぎ一気に飲み干す。
――トントン、
と、ドアをノックするものがいる。
「誰だ?こんな時間に…」
不審げな表情を浮かべドアを開けると、そこには茶髪の男が立っていた。確かトランプのメンバーだった男だ。
「どうした?こんな時間に…」
茶髪の男は青ざめている。尋常ではない。
「ゆ…幽霊がいて」
「はあ?」
この年で幽霊?しかもこんな時間に他人の部屋に来るだと?馬鹿かこいつ?
心で悪態をつくが、さすがに萩原も社会的地位がある、顔には出さない。
「…とりあえず、どこで見た?俺も見に行ってやるよ」
萩原は胸を叩いて、にやりと笑う。
――幽霊なんている訳がない
だが、それから数分後、萩原は激しい後悔に襲われることになるのだった――