※この作品はR-18です。

さくらびと   作:山背としや

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二.

 

 少しも動けなかったが、最近は手すりを頼りに、覚束無い足取りではあるが、徐々に歩く事が出来るようになったと思う。

 オロチが起きて、自分がヒビキさんの分まで頑張るつもりだったのに、こんな具合で……。だが、ザンキさんの一言に救われた気がした。「側に居てやる」とザンキさんに言われただけで、何故だか大丈夫な気がしてくる。

 ザンキさんは、オレの大きな希望だ。そのザンキさんが居てくれるのだから、最近の自分はリハビリに俄然やる気と根性、いつもの頑張りを燃やしていた。

 

「いよっし! 頑張るッス! ザンキさんッ!」

 

 誰も居ない昼の病室で声を張り出す。そういえば、そのザンキさんは一昨日から姿を現さない。

 意外と裏腹な態度をとったりするザンキさん。オレが入院してまた弟子にしてくれた日から、見舞いに訪れない日なんて無かったはずだったが……。

 

 そこに、病室へ入ってくる人影。

 イブキさんと、ヒビキさんだ。

 

「あっ! ヒビキさん!」

「いよっ! どうだ、調子はァ?」

「良いッスよ! ザンキさんも、もう一度、オレを弟子にしてくれたんスよぉ! ……もう、オレ。嬉しくて、嬉しくて! だからオレ、頑張ろうって!」

「……トドロキさん」

 

 何故か、イブキさんは病室に入ってきてからずっと暗い雰囲気だ。

 何かを言いにくそうにしている様なそんな感じ。

 

「……トドロキさん。 最近、ザンキさんは、どうしてますか?」

「え? ザンキさん? ザンキさんに何かあったんですか?」

「いや、別に、大した事じゃ無いんですが。……最近、此処に来ていますか?」

「ザンキさん、何時もオレのリハビリに付き合ってくれて、大丈夫だって励ましてくれてるんです。 もう、それだけで嬉しくて! オレの希望みたいで!」

「ほぉら! だから心配ないって!」

「……ですが」

「大丈夫だよ! トドだって元気そうだし様子見ようよ!」

「……はい」

「一体何なんです?」

「いーのいーの! じゃあなトドロキ! 早く元気になれよ!」

 

 わっとやって来て、わっと引き返していく。何となく、イブキさんは腑に落ちていない様な空気を纏いながら、病室から出ていった。

 それに続く様に、また別の影が病室に入ってくる。

 

 とても珍しい来客。と、言うか。鬼として独り立ちしてからも会っていなかった人物だ。

 

「っあ! 今、大丈夫なの?」

 

 扉から顔だけ覗かせて、様子を伺うその人は、兄弟子であった、バンキさん。

 

「っあ! バンキさん。どうぞ、中に!」

「ゴメンね、変な時に!」

 

 いそいそと、ベットまで来て紙袋を顔の横にまで掲げて見せて、はにかみ笑いを作る。両頬にえくぼがくっきりと出来て、一気に青年の顔は幼さを増させた。

 

「これね、御見舞いにお団子。それとね、これは……」

 

 今度は、背負っていたリュックをおもむろに、ベットへ下ろし、中から小さな紙袋が出てくる。それを手渡された。紙袋に印字されたロゴは、よく見るCDショップの物だった。

 

「それはね、本当はもっと早くに渡したかったんだけれど、なんか全然会う機会なくってさ、渡しそびれてたんだ。独り立ちした戸田……、トドロキくんの為に僕からサプライズ! ……の、はずだった物。 こっちも、見舞いの品って事で」

 

 封を開けると、中からはCDプレイヤーと共に1枚のCDが入っていた。

 ジャケットには、今の季節に似つかわしく無い桜のジャケットとそのCDのタイトル表示。

 オレが独り立ちした時にと用意してくれていたとしても、時期が遅い。

 

「どうして、桜?」

「あ~、晴れて独り立ちって事で……何となく、桜ってイメージで……。でも、いい曲だよ! スッゴク!」

 

 桜をチョイスしてきた理由が分かり、いい曲だと聞いて、夕飯前に聞いてみることにした。

 そこで、バンキさんが改まって一つ、さっきまで此処に居たイブキさんと同じ様な質問をしてきた。

 

「そうそう、そう言えば。ザンキさんは最近どうしてるの?」

「えっ? ……どうしてですか?」

「あ、別に深い意味は無いんだけれど、ザンキさん、僕が不調の時とか連絡くれたりして、気をかけてくれるから、トドロキくんには、どうなのかなって」

「あぁ、なんだ。 ザンキさん、リハビリに何時も付き添ってくれて、オレの事を励ましてくれて……、何て言うか、今のオレの希望みたいな?」

「そうかー。そうなんだー。やっぱり、ザンキさんだなぁ。 ザンキさんが付いてるとなると、僕が変にお節介焼かない方が良いよね」

「えぇっ!? そんな事無いッスよォ!」

「ううん。いーの! 元気になったらさ、ザンキさんと、トドロキくんと。立合い稽古したいなー! ほら、前にやった時もさ、トドロキくんと二人掛りでもザンキさんに敵わなかったじゃない? 今度は、ザンキさんに参ったって言わせたいでしょ?」

「あ~。そんな事、ありましたねぇ! そうっスね、一泡吹かしてやりたいっスよね!」

 

 何時の間に居たのか……。扉の所には、いつもの穏やかな微笑を浮かべて佇んでいる人影。

 

「……誰が、誰を一泡吹かすって?」

「うわあぁぁぁぁぁっ!? ザンキさんッ!!」

「そうそう、下でばったり会ったから一緒に来たんですよ~。もー、どこ行っちゃってたんですか?」

「トイレだよ。悪いか? お前こそ、さっさと先に行っちまってたじゃないか」

「突然居なくなるもんだから、先に行ってるんだと思ったんですよ」

 

 僕は、用が済みましたので。と先にバンキさんは出てゆき、空間にはザンキさんと二人きりとなった。

 ゆっくりとベット脇に腰を下ろし、優しい眼差しでオレを見つめ、

 

「大丈夫。俺がついてる」

 

 両手で頬を柔らかく包まれ、額に触れる様な優しいキスを落としたザンキさんの体温は、冬の空気と同じ様に冷たい気がした。

 

 嘘のようにザンキさんは、手も、唇も、身体全部が冷たかった。外は寒いし、身体が冷えていたんだと、自分を納得させるが、言い寄れぬ不安と、とてつもない恐怖が心を掻き乱している。

 何か、自分の知らない事が起こっているんじゃないか? 

 何か、ザンキさんは隠し事をしているんじゃないか? 

 

 今すぐにでも、聞き出したいが、全てを知ってしまったら、ザンキさんがザンキさんで無くなってしまいそうで、オレの目の前から居なくなってしまいそうで、恐くて聞く事が出来ない。

 

『あなたは、今。何を思っているんですか?』

 

 平行棒の先でオレの姿を見守るザンキさんの瞳に問いかける。

 オレの心の声など聞こえないと言う風に、「あと少しだ、頑張れ」と、足を動かす事を促される。

 

『あなたは、今。何を考えているんですか?』

 

 再び、問うて見る。やはり、答えは帰ってこない。

 平行棒、往復15回。それが今のオレの精一杯。歩行器に手を着き、病室へ戻る。ベットへドッカリと倒れ込む。

 

「トドロキ、大丈夫か? ……ほら、うつ伏せになってみろ」

 

 ゴロリと体位を変えて、うつ伏せになる。

 手を添えようとするザンキさんの腕を、ひったくる様に横から掴んだのは、……どの瞬間から居たのか、イブキさんだった。

 

「ザンキさん……! これは……!」

 

 パッと身を翻し、イブキさんの手から腕を引き抜き、そのままイブキさんの追求から逃れるように、ザンキさんは病室を出ていった。

 

「あれ? どうしたんですかイブキさん?」

「あの腕の紋章……やっぱり……」

「ちょっと、イブキさん?」

 

 暫くして、イブキさんから連絡を受けたヒビキさんが、病室に暗い顔をして現れた。二人でじっとオレの顔を見つめる。ヒビキさんの瞳に「聞く覚悟をもてよ」と強い意思を感じた。

 だが、自分の心が警戒音を発して、これから二人に言い渡される事実を拒絶している。聞く前から閉ざしてしまっている。

 

「トド、よく聞くんだぞ……。ザンキさんは……」

「ザンキさんは、数日前、僕達と一緒に魔化魍を退治に出ました。トドロキさんも知っていると思いますが、オロチの現象でその日も多くの魔化魍達が出現しました」

 

 イブキさんはそこで一度言葉を区切り、オレの顔を見据えた。

 オレは、そんなイブキさんと目を合わして居られず、横に顔を背けた。

 

「僕が、ザンキさんの元に駆けつけた時にはもう……。ザンキさんは……」

「嘘だ……!」

「今は返魂の術という呪術によって、意識を保っていますが、このまま術で魂を繋ぎ続けるとザンキさんは……」

「嘘だ、嘘だ……!」

「トド!」

「……嘘だ。 ザンキさんが死んでるなんて、悪い冗談は止してください。……帰って下さい。二人共……、帰って下さい」

「トド……」

 

 不安と疑心がある答えにたどり着き、それをどうしても認めたくない心と、全てが事実無根の出来事であって欲しいという心とで波打ち、混ざり合い、どす黒く渦巻き、湧き上がる。

 

 ヒビキさん、イブキさんはしぶしぶという風に立ち去って、一人で病室の窓から見える雲を眺めながら、ザンキさんを思い起こす。

 

 

 この上なく優しい人で、厳しい人。

 分け隔てなく、心遣いを出来る人。

 自分に特に厳しい人。

 "鬼"の生き方を体現してる人。

 一番側で、一番近い所で、心から俺を愛してくれてる人。

 

 この人を失いたくない。

 

 

 ザンキさんは、オレの全てで、今の自分は、ザンキさんへの全てだ。

 

「……ザンキさん」

 

 会いたい。

 

「ザンキさん」

 

 今、ものすごく

 

「会いたいよ……」

 

「……誰に会いたいって?」

「ザンキさん……! ザンキさんッ!」

 

 その身体にすがり付き、ギュッと力を込めて抱きしめた。涙が止まらない。

 それに応えるように、そっと回された右腕が俺の背を優しく撫でる。もう片腕は、ゆっくりと胸を上に這い、首筋を捉え、顎をなぞり、頬に添えられ、ゆっくりと角度を相手の目線へ上げられる。優しい瞳が俺を捉えて、離さない。

 

「泣き虫病か? ……大丈夫。俺がついてる」

 

 優しい声色。

 

「ザンキさんッ! 」

 

 この声を聞くだけで、どれだけ力になっているか。

 唇に触れる指先に血が通っているのか疑わしい冷たさを感じる。

 

 分かっている。

 

 ザンキさんの強ばった身体。

 氷のように冷たい身体。

 優しい瞳は、何処か遠くを見ている気がする。

 何より……、何時も温かかった掌は、今はもう面影すら感じられない。

 

「どうして……。ザンキさん……」

「……気付いたのか。気付かないと思ったのに」

 

 指先が顎先を捉え、そのまま固定され、唇が重なった。

 何時もは、自分が求めていたものを、この人から求められて、動揺している自分に気付く。

 唇を割って入れられた舌が口腔内をなぞる様に動き、舌を絡ませてくる。何時も自分がしている行為を受けるのは、違和感を感じて居心地が悪い。だが、発見も一つある。 ぎこちないザンキさんのキスは、愛しさを増させた。

 突っ込まれていた相手の舌を押し返し、お返しとばかり相手の口内にしゃぶりつく。舌を絡ませ、クチュクチュと相手に聞こえる様にわざと大きな音をたたせて、唾液をかき混ぜ、溶け合わせ、深く深く口付ける。

 ザンキさんは何時もオレを受け入れ、何時もオレを拒まなかった。

 

「どうして……。ザンキさん……」

「……会いたがる奴が居たからな」

 

 さり気なく、ザンキさんがオレの体制が辛くない様に、股の間に腰を落としている事など、無我夢中に唇を顔中、首筋中に這わせて、愛撫に熱心になっていたオレには気付かなかった。

 身体を寄せるザンキさんの、小さく吐いた吐息が甘く耳に残り、募らす思いを確固とさせた。愛してる。この人の事を……。でも、だからこそ……、安心して逝って欲しい。

 

「……居るから。……俺が、着いてるから」

「……ザンキさん。 ザンキさん……、もう……」

「……トドロキ」

 

 ……もう、大丈夫だから。

 だから。

 

「心配、しないでください。……ザンキさんは……もう、大丈夫なんすよ……」

「……トドロキ」

 

 曇った表情。駄目だ。そんな顔を、しないで欲しい。

 冬の優しい陽の光が逆光し、更に陰りを増させ、表情そのものを凍てつかせている様だった。

 

 ずっと一緒に居たい。失いたくない。

 失ってしまって、更に強く思う。

 

 ……だが、自分が離れなければ、ザンキさんは報われないじゃないか。

 ザンキさんの身体を永遠にオレに縛っておくなんて、オレに出来やしない。

 そんなもの幸せじゃない。

 

 心配かけないように、安心させてあげるために、独立しなければいけない。

 ザンキさんのために。

 自分のために。

 

 その時、ドシンと地面が揺れ動き、辺りから悲鳴が漏れ聞こえてきた。魔化魍が近くに現れたのだ。

 

「……魔化魍か」

「ザンキさん!」

 

 踵を返し、闘いに赴こうとする背中に叫ぶ。その背中は動きを止め、次の言葉を待っているようだった。

 

「もう、 大丈夫なんすよ……! 

 ザンキさんは、もう戦わなくって大丈夫なんですよ……!」

 

 この人は死してなおも、"鬼"なのだ。"鬼"でしか有り得ないのだ。

 

「だったら、……止めてみろ。俺を。

 お前の力で」

 

 それが、オレに出来る 最後の事。

 ザンキさんの姿が見えなくなる。自分を鼓舞するように力の限り叫んだ。

 もう、迷わない。

 もう、甘えたりしない。

 自分の意思で立ち、自分の意思で一歩。一歩。確実に歩みを続け、部屋を出た。

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