淡い風を浴びてふと目を覚ます。
薄桃色の花弁が舞い散り、いよいよ春が街に訪れた。
あの時分以来、俺はこの桜の老木と共に"観測者"であり続け、永い時をただ見ていた。
懐かしい顔が毎春の様に顔を出しては、永い報告をしては根元に腰を下ろし、酒を酌み交わし、宴に賑わっていた。
「お待たせました。ザンキさん」
背後から、懐かしい声が聞こえてくる。振り返ると、あの時の懐かしい姿で、トドロキが佇んでいた。
「……早かったんじゃないか?」
「や、そうでも無いッスよ。オレ、随分と生きましたもん」
「……そうか。……あれから何年になるんだ?」
「……もう、かれこれ60年ッスよ。そんなになったオレの事。分かんないでしょ? ザンキさん」
「そうだな。……俺よりしわくちゃの爺さん見たってトドロキだって分からないわな」
「だから、神様にワガママ聞いてもらいました。ザンキさんがオレだって分かるように」
「そうか……」
そこで、無言で横に並んだトドロキを改めて見やる。桜の老木が枝を風になびかせて、花弁を散らしていた。
それだけで、あの日から流れない時間にいるような感覚に捕らわれた。
それはある意味では当たっているが、本質とはかけ離れている。
あの日で時を止めたのは、自分の時間だけであって、世界があの日で終わった訳では無い。
「これから、どうしますか?」
「ん? そうだな……。お前の話を聞かせてくれよ」
「そうですねぇ……あれからオレは……」
桜の木の下で、二人並んで座り目下の街並みに視線を向けながら、トドロキの半生を静かに聞いた。トドロキは、話に緩急をつけて話すのに、ちょっと大袈裟すぎるぐらいの身振りや、擬音なんかを多用して飽きさせない様に話している。
そんな風に長い長い半生を語ったトドロキが、一通りを語り尽くした頃には、陽は西の空に傾き、街は黄金色に染まってきていた。
「じゃあ、ザンキさん。今度はザンキさんの番ですよ」
「……俺はいいんだよ。お前に報告する事なんてなにもない」
「えぇっ!? そんなの無いっすよ! オレばっかり喋って!」
「そんなに一気に話さなくても、時間はいくらだってあるんだから。ほら、さっさと行くぞ」
黄昏時の桜並木を吹き抜ける風に花弁が舞い、その渦の中に足を進め、花弁と黄金色に染める夕陽とが反射し合い、真っ白に乱反射した並木道を先に歩いて行った。
「あ、待ってくださいよぅ! ザンキさ──ーん!」
トドロキが後ろから慌てて追いかけて来る気配を感じながら、先にある光の中へ包まれる。
この先の地では、 二人で同じ瞬間を刻んで往こうと、 名も無い風にそっと運ばれ、輝き出した星に向かって、高く空に登っていった。
(完)