オリンピック、空手の女子組手55キロ級。それが、風宮愛衣の出場する舞台だ。大きな会場の熱気を感じながら、彼女はゆっくりと深呼吸した。
「すぅー・・・・・・はぁ・・・・・・」
呼吸を整え、精神を統一していく。予選を突破した愛衣は、あと二勝すれば金メダルという所までたどり着いていた。コーチが何か言っているが、今の愛衣の耳には殆ど届いていない。緊張というよりも、愛衣は誰にも頼りたくは無かったのだ。
(大丈夫、やれる、絶対に勝つ・・・・・・!)
強く思いながら、愛衣は小刻みにジャンプし体をほぐす。予選は比較的楽に突破出来たものの、ここからはそうもいかない。覚悟を固めながら、ふと自身の右目に手を当てた。問題無く見えている。しかし、あの夜から寄生虫の声は一切聞こえていない。多少は疑問に思ったが、聞こえないに越したことは無いと割り切り意図的に頭から消し去った。
そして。名を呼ばれた。一歩一歩踏みしめながら畳の敷かれた舞台へと上がり、対戦相手と向き合う。白い肌と刈り込まれた髪。オーストリアの代表である相手は、愛衣よりも筋肉質に見えた。互いに一礼をして、構える。
「始めっ!」
審判の声とほぼ同時に、愛衣は一気に飛び出した。探りも入れず、相手の顔面に突きを放つ。
「やぁぁっ!」
気合と共に放たれた左の突きは、辛くも相手が頭を動かし掠めただけだ。しかし、愛衣は続けて下がる相手の側頭部を狙った上段廻し蹴りを繰り出した。完全に決まったと思われた奇襲のコンビネーションは、しかし相手の凄まじい反射神経により避けられてしまう。
「っ、はぁぁっ!」
それでも愛衣は怯まない。無理な体勢で回避したことにより僅かな隙が出来た相手の懐へ、渾身の突きを叩きこむ。
「有効!」
審判が言い、電光掲示板に1ポイントが追加された。組手のルールは、技の有効度によって1~3ポイントが設定されており、3分間の間により多く点を取った方が勝利というものだ。見事先制した愛衣は集中を切らさず、相手を見据え続ける。審判の再開を告げる声に、今度は慎重に距離を測りつつフェイントを織り交ぜていった。
(相手の試合映像は何度も見てきた、大丈夫、落ち着け・・・・・・!)
前後にステップを踏みながら、互いに飛び込む機を伺う。来た。相手の踏み込みに合わせ、被せるように右の鉤打ち(フック)を放った。双方の拳が空を切り、ぶつかるように組み付く。愛衣の想定よりも、僅かに相手の動きが速い。
仕切り直し。間合いは相手の方が広く、速度も想定以上だ。愛衣は息を整えながら、さっきよりもガードを下げて構える。顔が無防備に見える構えのまま、再開と同時に再び一気に距離を詰めた。右の突き。そのフェイントにカウンターを合わせに来た相手と目が合った。
「いやぁぁぁぁっ!!」
フェイントで溜めの入った拳が、相手のカウンターに対するカウンターとして顔面を捉えた。有効による1ポイントが愛衣に追加される。相手の目に微かな動揺が浮かんだことを見て取った愛衣は、そのまま一気呵成に攻め立てた。執念が滲み出ているような猛攻に、相手は気圧されているようだ。
結果、7-1で愛衣は勝利。決勝に進出出来ることが確定した。息を切らし、引き上げる途中で愛衣は軽く眩暈を覚える。
「っ・・・・・・」
「どうした?大丈夫か?」
「問題無いです。それより、少し一人にしてください」
心配そうなコーチの言葉にすげなく答え、愛衣は控室で一人になった。崩れ落ちるように椅子に座り込み、ゆっくりと息を整えようとする。が・・・・・・
(あれ、なんで・・・・・・)
何故か、息が整わない。胸の辺りが苦しいような感じがして、呼吸がし辛いような感覚がある。愛衣は困惑しながら胸を押さえるが、苦しい感覚は治まらない。
「っは、はぁ、はぁっ」
一度意識すると、その症状はどんどん酷くなっていくように感じる。まるで、深い海の底で藻掻いているかのようだ。理由も何も分からないまま、愛衣は酸素スプレーを手に取って口に当て吸入する。だが、それでも治らない。
「どう、はぁっ、して・・・・・・!」
誰かに伝えなければ。ひょっとすると、このまま死んでしまうかもしれない。ぞわりと恐怖が愛衣の背筋に走る。それは死ぬことに対する恐怖ではない。このまま、決勝に出ることが出来ずに不戦勝になることに対する恐怖だ。と、
『落ち着け、お嬢ちゃん!』
頭の中に、久しぶりにも思える声が響いた。焦ったような雰囲気を漂わせながら、寄生虫は言ってくる。
『鼻から息吸え!ゆっくり吸った後口から吐くんだ!』
その言葉に、追い詰められていた愛衣は素直に従った。言われた通り、ゆっくり鼻で息を吸い、口から吐いていく。
『そうだ、その調子!少しずつ楽になっていくからな、大丈夫だぞ!』
励ますような寄生虫の物言い。徐々に苦しさが和らぎ始めたところで、愛衣は呼吸の合間に呟いた。
「貴方、なんで・・・・・・」
『今は俺のことはどうでもいい!しっかり呼吸することだけ考えろ!』
質問を力強く遮られ、愛衣は大人しく深呼吸を繰り返す。鼻で吸い、口から吐いていく度に苦しさが消えていった。やがて肉体の調子は平静に戻ったようで、愛衣はぐったりと椅子の背もたれに身を預ける。
「ふ、ぅぅぅ・・・・・・なんだったの、一体」
困惑しながら呟くと、頭の中の声・・・・・・寄生虫が答えた。
『過呼吸だよ。今までは無かったのか?』
「過呼吸?そんな、私は健康そのものなのに」
『あのなぁ、過呼吸は体の病気じゃない。その原因の殆どが強いストレスなんだよ』
「ストレス・・・・・・?」
思い当たることはいくらでもある。その全てを無理やり追いやっていただけで、自身の状況や責任で心が追い詰められていることは愛衣も自覚していた。
『そうだ、お嬢ちゃんは一人で頑張りすぎなんだよ。周りに頼らないから潰れかけてるってことさ』
「・・・・・・知ったような口を・・・・・・」
『そりゃ、ここしばらくお嬢ちゃんの生き方って奴を文字通り体感してたからな。お嬢ちゃんの次には知ってるつもりだぜ。とりあえずコーチを呼び戻して相談を』
「やめて!!!」
寄生虫の言葉の途中で愛衣が叫ぶ。反射的な声には、焦燥が滲み出ていた。
「やめて、駄目、それだけは・・・・・・」
『お、おい、どうしたんだよ。あんだけ苦しかったんだから報告はしねえと』
「駄目、だって、そんなことを伝えたら決勝戦を棄権することになるかもしれない・・・・・・!」
さっきとは打って変わって、か細い声を絞り出す愛衣。青ざめながら、自身の体を抱くように丸まる。
『そんなこと言ってる場合じゃないだろ。いくら過呼吸で人が死なないからって、そんな調子で試合に出て勝てるわけないだろうが』
「いや、いやなの・・・・・・わ、私は金メダルを取らなくちゃ・・・・・・だって、その為に今まで・・・・・・!」
うわ言のように呟いて、彼女は体を震わせた。期待や称賛を受ける度に心の中で大きくなっていた強迫観念。それが表に晒されて、愛衣は壊れたように呟き続ける。
「わ、私には空手しか無いから。友達もいないし、他にやれることもないから。だから、結果を残さないといけないの。そうしなきゃ、わた、私は・・・・・・っ!」
『だからって、今にも泣きそうなメンタルで勝てると思うのか?いいか、オリンピックが終わったところでお嬢ちゃんの人生はずっと続いていくんだぞ』
「分かってる!分かってる、けど・・・・・・分かってても、どうしようもないもん。やらなきゃ、勝たなきゃ、私は無意味だから」
これは、駄目だ。寄生虫は悟った。今の愛衣に何を言っても無駄だ。彼女は自分自身の思い込みに気付きながらも、抗えずに押し潰されようとしている。例え誰かが助けようと手を伸ばしても、その手を握ることすら出来ない状態だ。
『・・・・・・分かった。そこまで言うなら仕方ないな。だけどよ、せめて試合まではゆっくり休め。少しでも心と体を落ち着けなきゃ、可能性すら無くなっちまう』
もはや反論する気力も無いのか、愛衣は敷かれているマットに身を任せ横になった。緊張の糸が切れたようで、ぐったりとして目をつぶる。
『俺が起こしてやる。だから、しっかりと休みな』
優しげな寄生虫の声を聞きながら、愛衣はほんの僅かな時間で意識を手放した。
・・・・・・・・・・・・。
むくり。愛衣が、ゆっくりと起き上がる。精神的に疲弊し、衰弱し切っていたはずのその顔には、苦々しげな表情が浮かんでいた。
「・・・・・・悪いな、お嬢ちゃん」
そう呟いて、愛衣・・・・・・愛衣の体を乗っ取った寄生虫は立ち上がる。肉体の感覚を確かめるようにストレッチをした後、彼女の体のまま控室を出ていくのだった。
夢を、見ている。愛衣が幼かった頃の、ぼんやりとした夢。
愛衣は、物心ついた時から体を動かすことが好きだった。外をただ走り回るだけでも楽しい。全身で跳ね回るように、体力が尽きるまで遊びつくす。彼女は、そんな子供だった。
ある日。両親に連れていかれたのは、近所の空手道場だった。道場と言ってもその師範は鷹揚な好々爺で、実質空手着を着た子供たちが遊び回るような場所。愛衣は喜んで道場に通いながら他の子どもたちと遊び、楽しんでいた。
少しして、子供たちの人数が減った頃。道場に来客が訪れた。師範の弟子だというその大人はとても大きくて、まるで小山のようだ。そして、師範と弟子は道場の中央で向き合い、構えた。───その時のことを、愛衣は生涯忘れないだろう。
一回りも二回りも体が大きいはずの弟子が、どこにでもいるお爺さんにしか見えない師範に気圧されている。師範は普段からは想像も出来ないほど素早く鋭い動きで、弟子に突き、蹴り、膝を叩きこんでいく。まるで、魔法みたいだ。愛衣は目をキラキラさせながら、その動きに見惚れていた。私も、こうなりたい。あんな風に、師範みたいに凄い動きをしてみたい。
(あの頃は、楽しかった、なぁ)
本格的に空手を習い始めた頃。正拳突きの稽古や、ストレッチをするだけでも楽しかった。道場の掃除だって、なんだって楽しかった。自分の知らない技や動きを見るだけでも、胸が高鳴った。空手が、好きだった。
(どうして、こうなっちゃったんだろう)
空手が、まるで義務になったのはいつからだろう。小学生の大会で優勝した時?中学の頃、強化指定選手に選ばれた時?オリンピックの選考会で、勝利した時?思い出せない。
(また、あの頃みたいに・・・・・・)
叶わぬ願いと知りながら、愛衣は思う。なんの重荷も、責任も無かったあの頃。あの頃のように、空手を楽しみたい。きらきらと輝くような、あの頃の幼い自分。目の前の記憶の光景に愛衣は手を伸ばして、そして。
「っ」
目を、覚ました。手を伸ばした先に幼い頃の自分はおらず、白い天井が映る。どうやら、どこかのベッドに寝かされているようだ。
「ここ、って」
上半身を起こすと、腕に刺さった点滴とベッドの周りを遮っているカーテンが見える。病院?まさか、どうして。動揺と共に彼女はベッドを抜け出そうとして、
『おはよう、お嬢ちゃん。よく眠れたか?』
頭の中、寄生虫の声が聞こえた。いつも通りの、軽薄そうな調子で言葉を続ける。
『ここは会場近くの病院だ。まぁ、検査入院って奴だな』
「貴方・・・・・・騙したの!?試合は!?決勝は!?」
食って掛かる愛衣。許せない、この寄生虫は想いを、願いを踏みにじったのだ。許せない、許せない、許せない!燃え盛る怒りのまま激昂しかけている愛衣に、寄生虫は静かに言った。
『落ち着けって。落ち着いて、ベッド横の机を見てくれ』
「何を・・・・・・っ!?」
煮え滾る激情のままに横を向くと、机の上に何かが置いてある。丸い形の、金色の何か。五輪や他の紋章が刻まれているそれを、愛衣は知っていた。
「え、は、なんで・・・・・・?」
『・・・・・・風宮愛衣は決勝戦で延長戦の上勝利し、金メダルを獲得したんだよ。タブレットとかで調べてみりゃ分かる』
その言葉にはっとした愛衣は、金メダルの横に置かれていたタブレットを手に取って操作する。オリンピックのニュースを検索すると、大々的に報じられているものがあった。
【風宮愛衣、女子組手55キロ級V!現役女子高生が魅せた勝利への執念!】
見出しと共に、勝ち名乗りを受ける自分の姿が写っている。愛衣は何が起きているのか分からない。混乱のままに、寄生虫に訊ねた。
「これ、どういうこと・・・・・・?」
『・・・・・・言わなきゃ駄目か?』
「あ、当たり前でしょ!?説明して、貴方何をやったの!?」
物凄い剣幕の愛衣の怒鳴り声に、寄生虫は諦めたような調子で説明を始める。
『・・・・・・実はな。あの後、俺はお嬢ちゃんの体を使ってお嬢ちゃんの代わりに決勝に出たんだよ』
「はぁ!?な、何を人の体で好き勝手・・・・・・!」
『まぁ聞いてくれ、頼むから!あの状態のお嬢ちゃんを試合に出すわけにはいかないし、仮に出たとしても負けちまう。だったら、代わりに俺が出た方がまだマシだ。お嬢ちゃんの空手は、体に染みついてるからな』
寄生虫の言葉に、愛衣は呆然としてしまう。大事に抱えてきたものが、ぼろぼろに崩れ去っていくような気分。
『勘違いするなよ。勝ったのは、お嬢ちゃんだ。お嬢ちゃんが努力し続けたからこそ、俺はお嬢ちゃんの空手を真似出来た。まぁ、万全のお嬢ちゃんだったら延長戦までもつれ込む泥仕合にはならなかったろうけどよ』
「・・・・・・」
寄生虫の言い分は、悔しいが愛衣には納得出来てしまった。客観的に考えて、あの状態で決勝戦に出たところで醜態を晒して敗北していただろう。だからといって、しかし。
「人の、私の体を勝手に操って、あまつさえ私の意識が無いところで優勝・・・・・・?金メダル・・・・・・?あぁもう、うぅぅぅぅ・・・・・・!」
割り切れない思いが愛衣の心の中で渦巻く。やりきれない感情が呻き声となって口から漏れていった。
『・・・・・・まぁ、分かってるよ。自分が馬鹿みたいな真似をしたってのは。お嬢ちゃんには散々迷惑をかけちまった。うん、だから、よ』
寄生虫が言う。愛衣は理解した、理解出来てしまった。こいつは、こちらを気遣っている。
『入院が終わったら、例のペットショップに行けばいい。きっと虫下しを用意してくれるさ。視力の方も心配はいらねぇ。実は、俺が視神経を代替してると同時に、視神経の再生もやってたからな』
「・・・・・・なんなの、その言い方」
『気に障ったか?すまねえな、気の利いた言葉も言えなくて』
どこまでも軽薄に寄生虫が言う。確かに、こいつのやったことは許せない。こちらを騙して起こさなかった上に、あれほど彼女が求めていた金メダルをかっさらっていったのだ。いや、違う。それは違う。寄生虫は、愛衣ことを思って・・・・・・。
「・・・・・・あぁ、もう!うるさい、静かにして!」
思考を断ち切るように叫び、毛布を被り直した。分からない、頭の中に響く声のせいで、心がぐちゃぐちゃにかき回されてしまっている。
『あいよ。じゃあな、お嬢ちゃん』
別れの言葉のつもりなのか、気軽に言って寄生虫は静かになった。どこまでも、気に障る奴だ。愛衣は様々な感情でない交ぜになった心の中で、どうすればいいかも分からずに目をつぶった。寄生虫に対してではなく、弱い自分から逃げるように。
一週間が経過した。あれから取材やインタビュー、TV番組への出演打診などが大量にあったが、愛衣はその全てを拒否して部屋に閉じこもっている。自分の記憶に無い決勝戦の激闘ばかりが様々な場所で囃し立てられ、彼女は未だに心の整理がついていない。
「・・・・・・」
ベッドの上で壁を背に体育座りをしながら、愛衣はぼぅっと向かいの壁を眺めた。棚には空手を始めてから手に入れたトロフィーや賞状が並び、その中には先日追加されたオリンピックの金メダルも飾られている。そのどれもが、今の愛衣にとっては空虚なものに見えてしまう。
「ねぇ、寄生虫」
茫洋とした様子で虚空に呟いた。視力を取り戻してからうるさい程だった寄生虫の声は、何故か聞こえてこない。ぞんざいな別れの挨拶以降、頭の中にあの声が響くことは一度も無かった。目は見えたままだし、不気味な少女のいるペットショプに言って虫下しとやらを貰った覚えも無い。きっと、寄生虫は今も愛衣の中にいるのだろう。ただ、返事をしないだけで。
「っ・・・・・・お願いだから、返事をしてよ」
泣きそうな声で、懇願するように言う。それでも、返事は無かった。たった一人の部屋の中、猛烈な虚無感と寂寥感に苛まれていく愛衣。自分でも、なんであの寄生虫の声を聞きたいのか分からない。それでも、今の愛衣にとって一人でいるのは耐えられなかった。
「約束、ねぇ、約束があったでしょ。私の体、好きにしていいから。無茶苦茶にしていいから!だから、お願い・・・・・・!」
縋りつくような言葉が部屋に響いて、広がり消えていく。しばしの沈黙の後、愛衣の頭の中に聞き慣れた声が響いた。
『・・・・・・ったく。急に甘えたがりになったなぁお嬢ちゃん。人が潔く身を引こうってのによ。まぁ、今の俺は虫だけどな!』
「・・・・・・寄生、虫」
僅か一週間聞かなかっただけで、とても懐かしく感じる。それと同時に、安堵している自分に嫌気が差した。軽く首を振りながら、愛衣は噛むように言う。
「なんで、ずっと返事をしなかったの。私、何度も声をかけたのに」
『これ以上、お嬢ちゃんの人生に入り込むのはよくないだろ。ただでさえ俺はやらかしちまったし。大体、お嬢ちゃんは俺を嫌っているんじゃないのか?』
「・・・・・・確かに、嫌いだよ。私の体の中に入って、好き勝手喋って。目のことさえ無ければ、すぐにでも追い出したいくらい。・・・・・・でも」
じぃっと飾られている金メダルを眺めて、愛衣は軽く息を吐いた。こうして少し言葉を交わすだけで、固まっていた思考が回り始める。限界まで張り詰めていた自分のことも、何故か自分のことを慮り続けてきた寄生虫のことも。今なら、多少はそういうことが分かった。
「貴方は、ずっと私のことを心配してた。最初は私の体を使いたいからへりくだってるだけだと思ってたけど。そうじゃなかった。貴方は、なんの見返りも求めてない」
『そりゃあ、ちと違うな。一度だけ味わった女の快感はたまらないもんだったし、実際下心はあったよ。ただ、見ててどうにも痛々しかったから口を挟んだだけだ』
「もうそういうのいいから。貴方が、私を助けてくれたのは事実だし。・・・・・・乱暴なやり方だったけど」
『そいつは、その』
愛衣の拗ねたような言い方に、寄生虫は口ごもってしまう。そんな様子を頭の中で感じながら、愛衣は僅かに微笑んだ。
「別に、責めてる訳じゃない。きっと、あぁするのが一番だったと思う。私に何も言わずにやったのは、正直許したくないけど・・・・・・でも、結果的に一番マシだったし」
『・・・・・・なんつーか、アレだな。こんなにお嬢ちゃんから話しかけてくれるのが初めてだから面食らってるよ、俺ぁ。ま、お嬢ちゃん自身がそう言うならそういうことにしておくか。で、だ』
普段と違う様子の愛衣に戸惑いつつも、寄生虫は切り出した。さっき彼女自身が言っていた、約束のことを。
『体、貸してくれるんだよな?お嬢ちゃんから言ってきたんだ、今更無しとは言わせねえぞ』
「・・・・・・分かってる。好きにすればいいじゃない、私の体を」
微かに声を上ずらせながら、愛衣が言う。以前の時とは違う、妙な緊張が彼女を包んでいるようだ。そんな様子の彼女に、寄生虫は満足そうな口調で言う。
『くくっ、いいじゃないかお嬢ちゃん。そそる態度だぜぇ。それじゃあ、っと』
全身が痺れるような感覚。それと共に寄生虫に体の主導権が移った。手を握ったり開いたりしながら、寄生虫は生身の動かし方を確かめる。
「んっ・・・・・・ふぅ、やっぱいいなぁ、自由に体を動かせるのは。んじゃ、外に出るか」
『?私の体で、その、オナニーをしたいんじゃないの?』
「まぁ、それもあるけどな。折角長い間体を借りられるんだ、俺の好きにさせてもらうぜ」
寄生虫は愛衣の体を使って立ち上がり、コートやマスク、果てはサングラスまで身に付けた。元々人の多いところに行く時はトラブルや人目を避ける為に買っておいたものだが、愛衣は意図が掴めずに頭の中で訊ねる。
『ちょっと、外出するつもり?』
「ん?あぁ、そのつもりだけど。なんだ、嫌なのか?」
『嫌、ってわけじゃないけど・・・・・・』
てっきり女の快楽を味わうと思っていた愛衣は、拍子抜けしたように呟いた。しかし、寄生虫は気にせずに部屋を出て、母親に一言伝えて外出する。その様子は、まるで愛衣自身のようだ。
『・・・・・・私の真似、出来るんだね』
「四六時中付き合ってたら真似も出来るってもんだ。それより、家族は大分心配してるだろ。後でお嬢ちゃん自身が安心させてやれよ」
『分かってるからわざわざ言わないでよ、自分の声で言われると変な気分になっちゃう』
そんな会話を交わしながら、寄生虫はのんびりと街中を歩き始める。特に行く当ても無いようで、街の景色を眺めながらゆっくりと進んでいった。昼下がりの暖かな空気を感じて、寄生虫は小声で呟く。
「いい天気だなぁ」
『・・・・・・うん』
しばらく、無言で歩いていく二人。ふと、視界に流行りの喫茶店が映った寄生虫は、にやりと笑って提案した。
「なぁ、今はカロリー制限だのしてないだろ?折角だし、あそこ寄っていこうぜ」
『別にいいけど・・・・・・私、あぁいう感じの店入ったこと無いから』
「だったら余計に経験しとかないとな。よし、行こう行こう」
寄生虫は周囲に聞こえない程度に呟きながら、愛衣の体で喫茶店へと入っていった。窓際の席に通されると、楽しそうにメニューを眺める。色とりどりの飲み物に、軽食、スイーツ。今までの人生であまり触れてこなかった情報が、愛衣の目に移っていく。
「沢山あって悩むねぇ・・・・・・お嬢ちゃんはどれがいい?」
『えっ・・・・・・別に、貴方の好きにすればいいじゃない。元々そういう約束だし』
「そう言うなよ。お嬢ちゃんの好みなら外れは無いだろ。味覚はお嬢ちゃんのものなんだから」
『・・・・・・。じゃあ、えっと。左上のクリームが乗った奴と、フォンダンショコラかな』
「あいよ。すみませーん!」
『ちょっと、そんな大声で』
愛衣の体で威勢のいい声を上げる寄生虫に、愛衣は咎めようとするが途中で止めた。気にはなるが、わざわざ怒ることでもないだろう。寄生虫が店員に注文しているのを同じ体でぼんやりと眺めながら、愛衣は少しずつ今までのことを受け入れていった。
数分後、注文したコーヒーとケーキが運ばれてくる。見栄えもいい、いかにも現代的なものだ。
「いやー、こりゃ見てるだけで美味そうだ。それじゃ、早速」
コーヒーの上にたっぷりと乗っている生クリームとチョコソースを、スプーンで掬って口に運ぶ。糖分の暴力のような味が口いっぱいに広がって、寄生虫は自然と口を綻ばせた。
「あっま・・・・・・!たまんねえな、こりゃ」
『うん・・・・・・あ、でもこれ、チョコソースにフルーツの味が付いてるのかな』
「あー成程、だから甘みが引き立つわけだ。よく出来てるなぁ」
傍から見れば独り言と思われる形で会話しながら、二人は甘味を堪能していく。それは愛衣にとっても、寄生虫にとっても、殆ど無い経験だった。フォンダンショコラを味わいつつ、寄生虫は幸せそうな表情を浮かべている。
「こういうの、人間だった頃にはろくに食わなかったんだよな。いや、美味いわこれ」
『・・・・・・ねぇ。一つ、聞きたいんだけど』
「ん、どうした?追加でなんか頼むか?」
『そうじゃなくて。貴方は、えぇと・・・・・・元は人間だったんでしょう?名前、なんて言うの』
その言葉に、フォンダンショコラをフォークで切り崩していた寄生虫の手が止まる。
「・・・・・・あー。別に話してもいいけどよ。いいのか?」
『いいって、何が・・・・・・?』
「俺は、お嬢ちゃんにとっては視力を補ってる寄生虫ってだけだ。わざわざ人間の名前聞いたら、変に情が湧いちまうんじゃないか?」
『っ』
確かに、寄生虫の言うことには一理ある。ただでさえ曖昧だった、寄生虫との妙な関係。それが、はっきりしてしまうかもしれない。
しかし。愛衣は、僅かな逡巡を飲み込んで答えた。
『今更。うん、今更だよ。そっちから踏み込んできたんだから、そういう言い方はズルい。いいから教えて』
「・・・・・・そいつを言われると弱いなぁ。分かったよ、特別に教えてやる。人間だった頃の俺は、山県俊夫ってんだ」
『・・・・・・ふふ。なんか、おじさん臭い名前だね』
頭に響く愛衣の声。寄生虫は感慨深げに聞きながら、うんうんと頷く。
「いいねぇ。それだよ、それ。やっぱり、年頃の娘は楽しそうにしてなきゃな。まぁ、それはそれとしてお兄さんってことにしといてくれないか?」
その言葉の何かがツボに入ったのか、クスクスを笑いながら愛衣が言う。心底、楽しそうに。
『ふふ、あははっ!じゃあ、うん。俊夫さん、って呼び方でいい?』
「おっ、いい感じだな。年の離れた妹が出来た気分だ。へっ、寄生虫になってみるもんだねぇ」
二人は楽しげに会話を弾ませながら、ゆっくりとスイーツを平らげた。喫茶店を出て軽く伸びをした後、再び気ままに歩き始める。
「お嬢ちゃんは行きたいとこあるか?この辺りに何があるか、よく分かってないんだよな」
『私も、そんなに遊びに出たことが無いから・・・・・・あ、そうだ。あそこなら』
愛衣の脳裏によぎった、とある場所。二人はそこへ向けてのんびりと歩いていく。愛衣も、そして俊夫も。とても楽しそうに。
「おぉー、いいねぇ。中々面白そうなのが上映されてるじゃないか」
『映画見るの、いつぶりだろう。今の流行りも分からないから、選べないよ』
二人が訪れたのは、愛衣が子供の頃家族と来た事のある映画館だった。上映中の映画のポスターを眺めながら、俊夫が言う。
「うーん・・・・・・俺ぁ、このハリウッド映画だなぁ。ドンパチやって見ごたえあるだろうし。お嬢ちゃんは好みのジャンルとかあるか?」
『私は、そうだなぁ。昔は稽古の合間に、心霊動画とか見てストレス発散してたかも。ホラー映画って上映してる?』
「ちょっと待て、探してみる。・・・・・・お、ゾンビ映画ならあるぞ。世界滅びた後に生き抜くタイプの奴」
俊夫が目を止めたのは、沢山のゾンビと銃器を持った男女が映っている映画ポスターだった。
「こいつならホラー要素もあるだろうし、ドンパチもあるだろ。どうだ、お嬢ちゃん?」
『うん。いいよ、これで。・・・・・・少し嫌な予感もするけど』
「ん?今なんか言ったか?」
『なんでもない。ねぇ、折角だからポップコーンとか買ってもいい?』
なんとなく思ったことを飲み込みながら、愛衣は売店の方に意識を向けて言う。俊夫が目をやると、中々に種類が多いメニューが飾られているのが見えた。マスクの下に笑みを浮かべて売店へと歩いていく。
「当たり前だろ、お嬢ちゃんの金だしな。飲み物は何がいい?」
『ん・・・・・・さっき甘いのを飲んだから、今度はジンジャーエールとかどうかな?』
「よっしゃ、それにするか」
というわけで。ジンジャーエールLサイズにポップコーン、さらに揚げ立てだったフライドポテトまで購入した二人は、係員に誘導され席に着いた。他の客はあまりいなかったため、シアターのど真ん中、一番いい場所を確保出来たようだ。
「映画館で映画を見るなんて何年振りだろうなぁ。しかも、こんな可愛い子の体でなんざ想像も出来なかった」
『・・・・・・俊夫さんって人間だった頃は女たらしだったの?そんな、歯の浮くような言葉をサラッと言うなんて』
「いや、前も言ったが風俗通いが趣味のくだらない人間だったよ。お嬢ちゃんが可愛いのは事実だろ?だからマスコミやらに騒がれてストレス溜まってたんだろうし、さ」
『口説いてるの?流石に無理なんだけど』
「手厳しい答えだなぁ。っと、始まるぜ」
カーテンが開き、スクリーンに映像が映し出される。愛衣と俊夫は口をつぐんで、静かに映画鑑賞を始めた。
「『・・・・・・』」
上映終了後、二人は無言でシアターの外に出た。微妙そうな、何を言えばいいのか分からないような表情を浮かべて、待機や休憩用のスペースに向かいどっかりと座り込む。
「・・・・・・いや、まぁ、うん」
『・・・・・・端的に言って。すっごくつまらなかったね』
ぼそりと核心を突く愛衣。バツが悪そうにしながら、俊夫も呟いた。
「ゾンビ映画は当たり外れがあるけどよ・・・・・・まさか、ここまでとは。すまんお嬢ちゃん、アレに目を付けた俺のミスだ。無駄過ぎる2時間だった」
『まぁ、いいよ謝らなくて。私も同意しちゃってたし。それに、さ。こういうのも、経験でしょ?』
どこか朗らかに言う愛衣に、俊夫は苦笑を浮かべる。今までの彼女とは大違いな印象だが、きっとこれが本来の風宮愛衣なのだろう。気を取り直すようにして、頭の中に声が響く。
『それで、次はどこに行く?これで帰宅するのは流石に後味が悪すぎるから、口直しにどこか寄りたいんだけど』
「お、おぅ。そうだなぁ、口直し、口直しねぇ・・・・・・もう一度映画見るってのもちと違うし、どうすっか」
余っていた、氷が溶け切り薄くなってジンジャーエールを啜りながら考え込んだ。愛衣はこういう経験に疎く、俊夫の方も年頃の子が遊びに行く場所は分からない。二人はああでもないこうでもないと相談しながら、なんとか候補を絞り出す。
「カラオケか漫画喫茶、ボウリング・・・・・・これくらいか?」
『ボウリングは・・・・・・いいかな。体使う系は、稽古みたいに本気になっちゃいそうだから』
「となると二択かぁ。んー、俺は漫画喫茶の方だな。歌うってのはどうにも苦手だし、喫茶店が被るってのはあるけど」
『私も、あんまり歌うのは得意じゃないから。漫画喫茶にしよう。確か、近くにあったはず』
案外あっさりと決まり、俊夫は立ち上がり映画館を後にした。愛衣の道案内通りに街中を進んでいくと、十数分くらいで漫画喫茶に到着する。どうやらネットカフェやカラオケとの複合施設のようで、それなりに混雑してるようだ。
「・・・・・・どうする?一応カラオケもあるっぽいが」
『二人して歌うのに尻込みしてるんだから、多分地獄になるよ。いいの?』
「そうだな、やめとこう。んじゃ」
『あ、待って。折角だから広めの個室にしようよ。そうすれば気兼ねなくリラックス出来るし。お金は私が払うんだしいいでしょ?』
「そいつは構わないが・・・・・・改めて考えると、高校生にたかってる状況なんだよな。うわ、気付いたら死にたくなってきた」
『私の体借りてる時点で今更。ほら、受付け行って』
やや落ち込みながらも、俊夫は愛衣に言われた通り個室の予約をして鍵を渡された。二人で相談しながら適当な漫画を見繕い、あてがわれた個室へと向かう。ホテルの一室と言っても違和感の無い立派な部屋には、机にベッド、大型TVなどが随分と贅沢に揃っていた。TVの近くにはマイクと充電器があり、どうやらカラオケも出来るようだ。
「いい値段するだけあるなぁ、下手なホテルよりも豪華じゃねえか。っていうか、結局カラオケもあるのかよ」
『こんな風になってるんだ。オリンピックの時泊まってたホテルと同じくらい広い・・・・・・』
圧倒されながらも、ひとまずベッドへと座り込む二人。持ってきた漫画に手を伸ばし、ページをめくり始める。アニメにもなった程に人気のラブコメディ漫画を読みながら、俊夫がぼそりと言った。
「ほーん、最近はこういうのが流行りなのか」
『そうみたい。私も読んだこと無かったけど・・・・・・うん、面白いね。このヒロインの子、好きだなぁ』
「俺はこっちの方が好みだな。やっぱよく笑う子が一番だぜ」
『そうかな、自分だけが知ってる微笑みっていうのもいいんじゃない?でも、主人公はどっちも選ぶ気が無いみたいだし、どうなるんだろう』
漫画について意見を交わしながら、どんどんと読み進めていく二人。あっという間に時間が経つ中で、ふとページをめくる俊夫の手が止まった。
「っと、これは」
それは、こういう漫画にはよくあるえっちなシーンだった。全年齢向けの為直接的な描写は無いが、それが逆にエロさを際立たせている気がする。俊夫は様子を伺うように黙り込むが、愛衣の言葉は聞こえてこない。あまり気にすることでもないかと思い直しページをめくると、さらに過激なシーンが描かれていた。僅かに頬が紅潮するのを感じながら、俊夫は我慢し切れず愛衣に訊ねる。
「あーっと、お嬢ちゃん。こういうのは、読まない方がいいか?」
『・・・・・・』
無言。俊夫は急に居心地が悪くなってきたように感じて、軽く頭を掻いた。さらさらした髪の毛が手に当たり、妙な気分になる。改めて、現役女子高生の体を借りているということを自覚したところで、愛衣がそっと囁いた。
『・・・・・・俊夫さん。貴方の、最初の要求って女の快感を感じたいってことだったよね』
「そいつは、そうだが。どうしたお嬢ちゃん、声色が変じゃねえか?」
『いや、別に変じゃないけど。ただ、思い出したからさ。俊夫さんの、最初の目的を』
どこか妖しげな雰囲気で言ってくる愛衣に、俊夫は何かぞくりとした悪寒のような感覚が背筋に走る。戸惑いながら、漫画を閉じて問いかけた。
「いや、何が言いたいんだお嬢ちゃん。確かに俺は女の快感を知りたくて寄生したわけだけど、今は別にそんな気分じゃ・・・・・・」
『ううん、違うよ。俊夫さんがどう、って話じゃなくて。───私が、そういう気分になっちゃったんだ』
「・・・・・・はぇ?」
予想外の言葉に、間抜けな声を上げる俊夫。しかし、それにも構わず愛衣はまくし立てる。
『おかしいよね、自分でも分かってる。でも、うん。なんだか、今日のことはデートみたいだなって思って。俊夫さんは寄生虫だし、軽薄な感じは正直嫌いなはずだったんだけど・・・・・・なんでだろう、ね』
「・・・・・・いや、落ち着けお嬢ちゃん。俺はアレだぞ、多分お嬢ちゃんの倍近い歳だぞ。いや死んじまってるけど。それ以前に、視力の代わりに体を乗っ取る寄生虫だ。その気持ちは勘違いか、一時の気の迷いだってどう考えても」
『別にいいでしょ、今の貴方は私なんだし。それに、さっきまでは私の意見を尊重してくれたのに、今回は駄目なの?私の気持ちを蔑ろにする気?』
面倒臭い彼女のような言い分に俊夫は動揺する。今までと性格が違うような愛衣に何を言えばいいかうろたえていると、不意に愛衣の笑い声が頭の中に響いた。
『・・・・・・ぷっ、ふふふ。冗談だよ、冗談。俊夫さん、本当に彼女とかいたことないんだね。ちょっと面白かった』
「あ、あのなぁ。あんまり大人をからかうなっての。その内酷い目に遭うぞ」
『ごめんね、憑き物が落ちた気分だから慣れない冗談言っちゃって。・・・・・・でも』
ほっとしながら呟いた俊夫に、愛衣はトドメのように言い放つ。
『そういう気分になったのは、本当のこと。ねぇ、シてくれる?』
「いや、いやいやいやいや。どうしたなんだまた冗談かおい」
『さっきと違って冗談じゃないってば。下手に私に優しくするのが悪いんだよ。私だって、自分がこんな感じになるなんて思ってなかったし』
「いや両方冗談じゃ無いじゃん!」
俊夫は悲鳴のように叫んだ。が、それに反するように、じわりと体が熱を持ってゆく。愛衣の感情が体に伝わっているのか、徐々に汗ばみながら下腹部が疼き始めていた。
「っ・・・・・・なぁ、頼むから落ち着いてくれよお嬢ちゃん」
『逆に聞くけど、なんでそこまで拒否するの?俊夫さんにとっては役得な状況だと思うんだけど』
「・・・・・・そいつは、うーむ・・・・・・」
愛衣の返答に黙り込んでしまう。確かに、拒否する理由は無いはずだ。なのに、何故・・・・・・?
『ねぇ、俊夫さん。本当のことを言うとね。私、勝手に体を使われてオナニーされるの、案外嫌いじゃなかったんだ。むしろ、凄い気持ちよかった。だから、さ。今回もシてほしい』
「ん、む・・・・・・。そりゃ、俺もまた女の快感を味わいたいとは思うけどよ・・・・・・」
『じゃあ、同意だね。お願い、私の体を好きに貪ってほしい』
じゅくりと、股間が湿り始めるのを感じる俊夫。肉体も、その本来の持ち主も、彼の心を煽ってくる。先日までは想像も出来なかった状況に、ヤケクソになって言った。
「あぁクソ、分かった、分かったよ!誘ったのはそっちだぞ、おい!」
ベッドから立ち上がり、俊夫は服を脱ぎ捨てる。下着まで脱いで全裸になって、火照る体のままにベッドに大の字になった。
「本当に、いいんだな?」
『こっちから頼んでるんだから、いいも悪いも無いよ。俊夫さんってこういう時に怖気づく感じなの?』
「煽るなぁ、ったく・・・・・・じゃあ、遠慮せず愉しませてもらうぞ!」
愛衣の言葉に、やれやれと首を振って俊夫は股間へと手を伸ばす。既に湿っているようで、ぬるりとした感触が伝わってきた。入り口に、クリトリス。まんべんなく撫でながら、胸にも手を這わせる。
「くっ、ぅん・・・・・・!やっぱ、変な感じだ」
控えめな胸を揉みしだくと、快感がじんわりと広がって体が更に火照っていくようだ。下の方も、クリトリスの刺激に膣の感覚が混ざって気持ちがいい。前回同様、複数の場所から与えられる快感を俊夫はじっくちと味わっていく。と、
『んぅ・・・・・・もっと、激しくしてもいいよ』
悩ましげな声を頭の中に響かせながら、愛衣が囁いた。俊夫の理性を失わせようするかのような、甘美な声色。
「っふぅ、んんん・・・・・・!激しくったって、これ以上どうしろってんだ」
『じゃあ、ちょっとだけ体を返して。私がやるから』
「・・・・・・分かった」
多少警戒しながらも、俊夫は体の主導権を明け渡す。どうなるのかと身構えていた彼に、愛衣は一気に指を膣内へと突き入れた。
「んんんぁぁっっ!」
『おまっぁぁぁぁぁぁあぁっくぅぅっぅぅぅ!!!』
中指と人差し指を根本まで飲み込み、膣はしゃぶりつくように収縮する。同時に、クリトリスを親指で押し潰しながら痛い程に乳首をつねった。暴風のような快感が吹き荒れ、俊夫は吹き飛ばされていく。
『おじょっおじょうちゃっやめっんんんんんんんんんんん!!!』
「くぅぅぅぅっ、んあっふぅぅぅぅぅぅぅ・・・・・・!」
愛衣はそのまま、膣内で締め付けられている二本の指を折り曲げた。膣の壁を抉るように刺激すると、落雷にも似た凄まじい快感が二人を襲う。必死に声を抑える愛衣と、そんな余裕も無く絶叫のような喘ぎ声を上げる俊夫。全身を震わせながら、高みへと昇っていく。
「んっくぅ、はぁっんんんんんんんんん!」
『駄目っストっんぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁっっっ!!』
指先で乳首を転がしながら胸を激しく揉みしだき、クリトリスを引っ掻くように刺激する。膣内では二本の指が好き勝手に暴れ回り、暴力的な快感が流し込まれて子宮が蠢いていた。一目も気にせず女体を貪り、乱れ続ける愛衣の肉体。二人は同じ快楽を味わいながら、一気に絶頂へと駆け上がった。愛衣がクッションを口に詰めると同時に、全てが弾け飛ぶ。
「『んんんんんんんんんんぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!』」
気持ちいい、気持ちいい、気持ちいい。前に一度味わった絶頂よりも遥かに大きい波に襲われ、俊夫は朦朧とした意識のまま押し流されていく。全身を駆け巡る快楽以外の全てが無くなって、蕩けて混ざり合い広がっていく。
『っあがっぐぅぅぅぅぅぅぅぅっっ!!」
痙攣する指先が、膣内を意図せず擦り上げる。絶頂が続き、降りてこられない。無様にさえ思える姿を晒しながら、俊夫は果ての無い快楽と共にイき続けた。
どれだけの時間が経っただろう。気が付くと、俊夫はあられもない姿でベッドに倒れ込んでいた。あらゆる体液をまき散らしていたようで、ベッドの上には大きな染みが出来ている。
「っは、ぁ・・・・・・」
息も絶え絶えになりながら、酸素を求めて口をぱくぱくさせる俊夫。ようやく過ぎ去った快感の嵐、その余韻を感じながらなんとか体を起こした。
「し、しんどいくらいの快感だった・・・・・・っていうか、なんで体動かせてるんだ?」
『ふぅ・・・・・・体を俊夫さんに渡した方がもっと気持ちいいと思って。慣れたら私の方から体の主導権を渡せるんだね』
「・・・・・・」
あっさりと言った愛衣に、俊夫は呆れたような、あるいは怯えたような表情を浮かべる。もしかすると、自分はとんでもない娘を目覚めさせてしまったのかもしれない。
「って、待った、これどうすりゃいい?ベッドの上が無茶苦茶になっちまってるけど」
『そのままでいいんじゃない?それに、これで終わりじゃないでしょ』
「は?」
『だから、これで終わりじゃないでしょ。オナニー』
とんでもないことを言い放たれ、俊夫はしばらく固まってしまう。どうにか再起動すると、断るように大げさに手を振った。
「いやいやちょっと待てってお嬢ちゃん。俺ぁもうお腹いっぱいなんだが」
『大丈夫、女の子は何度でもイけるから。心配しなくてもいいよ』
「そういうことじゃなくてだな・・・・・・」
長年抱えてきたストレスから解放されてタガが外れているのか、愛衣はぐいぐいと俊夫に言い募る。確かに盛大に絶頂したとはいえ、愛衣の体には体力が有り余っているようだ。街に出かけると決めた時からは想像も出来ない事態に、俊夫は頭を捻らせた。が、次の愛衣の一言で、腹を括るしかない状況になってしまう。
『・・・・・・それとも。やっぱり、私の体じゃ満足出来ない?』
寂しいような、切ないような声色の言葉。それに縋るような響きを感じた俊夫は、ふと思った。彼女はきっと、ストレスから解放された代わりに自分を見失っている。そして、俊夫に恩返しをしようとしても何も分からず、差し出せるものが体しか無いのではないだろうか。
だとすれば。極端に否定するわけにはいかない。もしここで否定してしまえば、彼女は自分自身を否定されたように感じるだろう。なんでこんなことを考えなければいけないんだと内心で呟きながら、俊夫はゆっくりと口を開いた。
「いや、そういうわけじゃあないさ。オーケイオーケイ、んじゃあもう少し愉しませてもらうが・・・・・・今度は俺のペースでやらせてもらうぜ」
そう言って、余韻が抜け切らず敏感になっている愛衣の体に、再び指を這わせる。しかし、場所は股間や胸ではない。首筋やお腹など、関係無さそうな所をペタペタと触っていく。
『・・・・・・?えぇと、俊夫さん、何を・・・・・・?』
「いや、改めて触ってみると分かるがよく鍛えられてんなぁと思ってさ。体の感覚自体はいつもお嬢ちゃんと共有してるけど、実際に自分で体を動かして確かめるのも大事なんだよ。元々、人間の体を失ってた期間が長いもんでね」
『そう、なんだ。・・・・・・ねぇ、聞いてもいい?俊夫さんは、どうして・・・・・・』
言いかけて口をつぐむ愛衣。何を聞きたいのか察した俊夫は、あえて軽薄な調子で話し始めた。
「あぁ、まぁつまらない話だよ。日雇いの肉体労働で糊口を凌いでたらいつの間にか体壊しちまってなぁ。で、野垂れ死にする直前に着物を着た娘っ子に出会って、言われたんだ。なんでも、魂だかなんだかを取り出して何かに利用する、ってな」
『魂を?』
「そう。怪しいなんてもんじゃない誘いだったが、死んで元々だったからな。俺は娘っ子の言葉に頷いて、気が付いたらよく分からん寄生虫になってたって訳だ。いや、驚いたねぇ。目も口も耳も無いはずなのに、何故か娘っ子の言ってることは分かるんだ。あいつはきっと人間じゃない、神様か妖怪だね」
体のあちこちを優しく撫でながら、俊夫は自身の奇妙な体験を語っていく。
「それで、しばらく小瓶の中で娘っ子と話しながら大人しくしてたんだよ。三週間、くらいだったかな。そっからの顛末はお嬢ちゃんも知ってるだろ?お嬢ちゃんが店に来て、俺の入った目薬を渡されて。上手いことお嬢ちゃんの視神経の辺りに潜り込んで、今に至るって訳だ。な、つまらん話だろ?」
『そんなこと、無いと思う。私には大人の暮らしはまだ分からないけど、きっと俊夫さんは優しい人だから。そうじゃなきゃ、追い詰められていた私を助けたりしないでしょ?』
「ははっ、宿主が下手に壊れちまったら不都合だから助けただけかも知れねえぞ。人を簡単に信じたら、いつか痛い目見るぜ」
『・・・・・・。俊夫さんのそういう所は、明確に嫌い』
「おっと、嫌われちまったな。っと、んっ・・・・・・」
俊夫はおどけながら、優しく下腹部を撫でる。未だに甘く疼いている子宮が反応して、微かな声が漏れた。ゆっくりと、円を描きながら疼きを煽るように撫で続ける。
「まぁ、でもあれだな。仲良く出来るに越したことは無い、とは思ってたよ。勝手に体を奪うみたいな、明らかにヤベーことは出来ねえし。仲良くなって、円満な関係で体を借りるってのがスジだってな」
『・・・・・・やっぱり、優しいね。軽薄な態度じゃなければ、女の子にもモテてたと思うよ』
「性分だからな、そいつは仕方ない。で、俺のことよりも問題はお嬢ちゃんだろ?前向けるようになったなら、色々と片付けなきゃいけないことがある」
『うん、分かってる。でも、今それ言うのは止めて。ちゃんと自分で向き合うから』
愛衣の答えに満足気に頷きながら、俊夫は太ももに手を伸ばす。引き締まって程よく筋肉の付いたそこは、瑞々しく弾力感のある肌の手触りを感じた。しかし、さっきの愛液でぬめり、ややベタついている。個室に置いてあるタオルで体を拭いていると、消えている大型TVの画面に映っている愛衣の姿に気付いた。
「ん・・・・・・やっぱ、こうして見るとお嬢ちゃんは美少女だよな。マスコミが無駄に騒ぐわけだ」
『そうなのかな。そういうのはよく分からないけど、男子や大人が変な視線を向けてくるのは前から嫌だったな』
「うぇ、そっちの問題もあるのか。ままならないねぇ、世の中って奴は。こうやってお嬢ちゃんの体を弄んでる俺が言うことでもないけどよ」
真っ黒なTVの画面に反射して映る、全裸の少女。寄生してから何度も見てきた愛衣の姿をしげしげと眺めながら、改めてその美しさに見惚れる俊夫。全体的に筋肉質でありながら、女性らしい丸みやくびれもある。胸こそ控えめだが、逆に慎ましさとも捉えられた。何より、普段浮かべている固い表情とは対照的な明るい表情。ヘラヘラしていると俊夫は自覚していたが、愛衣の顔でやると魅力的な可愛さを醸し出している。
『・・・・・・なんでだろう。今までもずっと見られてるのに、今は妙に恥ずかしいんだけど』
「おっ、いいねぇ。やっぱ女の子は恥じらいが無いとな、うん」
頭の中に響く愛衣の恥ずかしげな声。それを聞いてニヤつきながら、俊夫はTV画面の鏡代わりにして目の前に座り込んだ。躊躇無く開脚して、股間部分がよく見えるようにする。
「ほー・・・・・・鏡じゃないからちと見辛いが、こうなってたのか。まだ若いから綺麗なもんだ」
『ちょ、ちょっと、俊夫さん』
「元々お嬢ちゃんが言ったんだぜ?体を好きにしていい、無茶苦茶にしていいってな。というか、あれだけオナニーしておいて今更じゃないか?」
『そ、それとこれとは別なの!』
「はは、そうかいそうかい。本当に嫌なら止めるけど、どうする?」
俊夫がからかうように言うと、愛衣は黙り込んでしまった。やり過ぎたかと反省する俊夫が何か言う前に、彼女がぽつりと呟く。
『・・・・・・うん。いいよ。俊夫さんになら、いい』
「っ!」
しっとりとした雰囲気を漂わせながら言う愛衣に、俊夫は虚を突かれたように目を見開いた。甘い香りを纏った彼女の言葉は、彼にとっては慣れないものだ。股間をさらけ出したまま、慎重に訊ねる。
「いや、お嬢ちゃん。その言い方だと俺は勘違いしちまうぞ。一時の気の迷いでそういう言い方をするのは、止めた方がいい」
『気の迷いでこんなことは言わない。貴方が反応してくれなかった数日の内に、私も色々考えたんだ。大丈夫だよ。私は俊夫さんのすることを、全部受け止めるから』
真摯な、信頼し切っているような言い方。想像以上な愛衣の感情の重さに、俊夫は思わず呟いた。
「いや、えっと、うん・・・・・・クソ、ここまでお嬢ちゃんが甘えたがりだとはな。悪い気分じゃないけどよ、チョロ過ぎるぞ本当に」
『そういう風にしたのは俊夫さんだって言ってるでしょ。お願い、私の体を好きにして。それが、私の望みなんだから』
真っすぐに、俊夫の精神を貫くような愛衣の言葉に、俊夫はカァッと全身が再度火照るのを感じる。じゅくじゅくと、さっきの絶頂からしぶとく疼き続ける体が勢いを増して襲い掛かってきた。
「っ・・・・・・!ズルいぜ、そのセリフはよ」
愛衣の体で呟いて、俊夫はじゅくじゅくにほぐれている膣へと手を伸ばす。一度拭いたはずなのに既にとろりと愛液を垂らしているようで、指先へと熱くぬめった感覚が伝わった。そのまま人差し指と中指を挿入すると、さっきよりも柔らかい、ねっとりとした感触を受ける。
「ふ、ぅぅ・・・・・・!この、満たされる感じが、いいな」
『っ、そう、だね。なんだか、幸せな気分になる』
挿入したまま動かさず、伝わってくる感覚を味わいながら二人は言葉を交わした。膣内が蠢きながら二本の指をしゃぶり、とろりとろりと愛液が溢れ出していく。そのまま、俊夫はしばらく動きを止めてじんわりと湧き上がる快感を味わった。
「っあー・・・・・・さっきの激しいのも気持ちよかったけど、じっくり愉しむのも悪くないな。んっ」
余った片手で両胸を撫でながら、俊夫が熱っぽい声で言う。快感の濁流に押し流されるのとは違う、流れるプールの中で浮かびながらのんびり流されていくような感覚。それに浸っている、TV画面に反射した愛衣の表情はだらしない笑みを浮かべていた。
『ぅうんっ・・・・・・!客観的に自分のオナニーを見るの、初めてだな。しかも、体を動かしてるのは俊夫さんだし』
「そういうもんかねぇ。俺にとっちゃあ眼福だし、オカズにもなるから最高なんだけどな」
『もう。わざといやらしい言い方してるでしょ。っんん、そういうの止めた方がいいよ、本当に』
「悪い悪い。んっ、おっぱいの方もやーらかいなぁ。ちっとボリュームが物足りないけど」
『・・・・・・喧嘩売ってる?買うけど』
「いや、すまん。これはマジですまん。全面的に俺が悪かった」
怒気を秘めた愛衣の低い声に平謝りしながらも、控えめな胸を揉む。大きくこそ無いが柔らかく敏感な乳房は、しっとりとした肌触りで俊夫を愉しませる。一度絶頂しているからか、すぐに乳首が固くなり存在を主張していた。
「っくぅ、肌の張りとか考えたら今までで一番のおっぱいだ、うん。本当本当」
『・・・・・・はぁ。いいよ、下手に慰めなくても。巨乳好きの俊夫さんにとっては私の胸は満足出来ないものだろうし』
「す、拗ねるなよお嬢ちゃん・・・・・・俺が悪かったから、な?」
『別にいいって。ほら、私の貧しい胸で愉しめるなら愉しめば?豊満な人が宿主なら良かったのにね』
機嫌を損ねたような愛衣の言葉に、俊夫は手の動きを止める。軽く首を横に振って、はっきりと言い切った。
「いや、そいつは無いな。寄生する相手は、お嬢ちゃん以外考えられねえよ。いいか、俺が本当に餓えてたのは、こういう風に喋くり回せる相手だったんだ。そりゃ、最初は外れを引いたとか失礼なことを思ってたけどよ。今日、こうやって真面目なことからどうでもいいことまで会話出来て、俺は最高に嬉しかった」
真剣な口調で、俊夫は愛衣に語り掛ける。
「だから、まぁ。こうやって出掛けたのは、お嬢ちゃんと話す口実が欲しかったってとこもあるんだよな。ずっと部屋にいたら話のネタも尽きるだろうし、それにお嬢ちゃんの気分転換になりゃいいとも思って・・・・・・いや、俺のキャラじゃあないな。忘れてくれ」
照れたようにそっぽを向き、口を閉じる俊夫。今まで見たことの無い態度で、照れか、はたまた快感のせいか頬を赤らめながら沈黙する。
『・・・・・・ごめん。子供みたいに拗ね過ぎた。それに、ありがとう。私のこと、気遣ってくれて』
「いやいや、気遣いって程でも無いさ。それに、お嬢ちゃんはまだ高校生なんだから、俺からしてみりゃ子供みたいなもんだしな。謝る必要も・・・・・・」
言いかけたところで、再び怒気のようなものが伝わってくることに気付いた。今度こそ理由が分からず、俊夫は目をぱちくりさせて動揺する。が、考えを巡らせても原因が本当に分からない。と、怒気のような雰囲気を引っ込ませ、愛衣は諦めたように言う。
『・・・・・・いや、うん、そうだね。それでいいや。元々俊夫さんはモテない人なんだもんね、しょうがないよ』
「・・・・・・?ど、どういう話だこれ」
『こっちの話。それで、そろそろ再開してほしいな。体疼いてるの、俊夫さんにも分かるでしょ?』
はぐらかすように愛衣から言われ、俊夫は困惑しながらも言う通りに指を動かし始めた。話している間もずっと挿入され続けていた二本の指が膣壁を擦り始め、治まりかけていた愛液がじわりと噴き出す。
「ん、あっ!ヤバッ、話し込んでる内になんか、変な感じに・・・・・・!」
ずっと膣内に指を挿れてあったからか、ぞくぞくとした質の違う快感が伝わってきた。腰の感覚が麻痺したように鈍くなり、快感だけが広がっていくような。普段とは違う快楽は、しかしじっくりと愛衣の体に広がっていく。
「すごっ、いな・・・・・・!こんな、色んな感じ方が出来んのか・・・・・・!」
『これ、私も知らない感じ方なんだけど・・・・・・一体、どうしてっんん!』
津波や暴風のような快感とは違う、全身にゆっくりと染み込んでいくような快感。初体験のそれに、二人は驚きながらも胸に胸にも手を伸ばした。同じような快感が染み渡り、胸の奥にある心臓がどくんどくんと鼓動しているだけで気持ちよくなってきてしまう。
「うわっ、んぅっふぅぅ・・・・・・!これ、好きっだ、くうぅぅっ!」
ゆっくりと指をピストンすると、快感が全身に浸透するように広がっていった。優しくも泥沼のような、奇妙な感じ方に俊夫だけでは無く愛衣も翻弄されていく。
『なんっでぇ・・・・・・!?どうしてこんなっぅぅんんんん・・・・・・!俊夫さん何をしたの!?』
「いや、俺にも分からないっふぅぅ、い、一旦指抜くぞ!」
指を引き抜いて、快感に体を震わせる俊夫。だが、染みるような快感は疼きとなって全身に回り始め二人を襲う。
『じ、焦らしたからっ?でも、なんでこんな、痒くなるみたいな、変っ』
「分からんっけど、一度イった方がいいのかこれ、どうなんだっ・・・・・・!」
指を抜いても治まらない奇妙な刺激に、俊夫は体をくねらせながら熱い息を吐いた。全身が性感帯になったように疼き続け、体の芯まで伝播してくる。震える愛衣の体を動かして、なんとかベッドまでたどり着いた。大の字になって寝転がると、落ち着く為に大きく深呼吸をする。
「すぅー・・・・・・はぁっ。いや、駄目だ治まらんぞこれっ、んん!」
『うぅっふぅ、いいからっ一度イかせて俊夫さんっ!なんか、辛くなってきたっくぅっ・・・・・・!』
全身が疼き、その刺激が子宮に蓄積されていくような感覚。俊夫は愛衣の言葉のままに、自慰を再開した。愛液がとろとろと垂れ続ける膣の入り口に再び指を突き入れると、さっきの比では無い快感が二人を貫く。
「『んんぁぁぁぁああっっ!!?』」
プシッという音と共に股間から液体が噴き出し、軽い絶頂を味わう二人。しかし、それがいつまで経っても終わらない。甘い快感は絶え間無く体を蝕み、絶頂から降りられなくなっていた。
「んぐっぅぅぅっ!なんっこれっ・・・・・・・・!ずっとイきっ続けてるのか!?」
『私も初めてでっわかっわかんないっ!熱くてっせつ、切ないよぉ・・・・・・!』
愛衣の言う通り、イき続けているというのに疼きは一層増し、焦らすような快感に苦痛すら感じてしまう。だが、その快感が体に流し込まれ続けている為に上手く動くことも難しい。より強く絶頂したくても、その絶頂の為に自慰をすることも困難なのだ。辛うじて挿入している指を動かし快感を高めようとするが、気持ちよさが増しても絶頂までは至ることが出来ない。天国か地獄か、俊夫と愛衣は無限にも思える快楽に沈んでいってしまっていた。
「はぁぁっ・・・・・・!い、イけねぇっ!おかしくなりそうだ、っふぅぅんんんっ!」
『やだっ奥が疼いて熱いっ・・・・・・!と、俊夫さんっ、もっと太いものを挿れてぇっ・・・・・・!』
切なげに誘うような愛衣の言葉だが、俊夫にも余裕は無かった。涙で滲む目で部屋を見回し、何か無いか必死に探す。目に入ったのは、TVの近くにある充電器に設置されたマイク。俊夫はふらふらとしながらも、ベッドから降りてハイハイしながらマイクに近付いていった。
「んぅうっ・・・・・・!はぁっ、後、少しっ・・・・・・!」
ナメクジのように這いずりながら、マイクへと手を伸ばす。なんとかマイクを手に取った俊夫は、すぐさま膣へと押し当てた。
「これならっ、んんぅっあああぁぁぁっっ!?」
『ちょっとまっんああああおぁぁぁぁぁぁ!!??』
ずぶり。指よりも遥かに太いマイクの持ち手部分が膣へと挿入っていき、指以外を受け入れたことの無い膣壁を押しのける。マイクを柔軟に受け入れながらもごりごりと削られる膣内に、俊夫と愛衣は二人して身を捩った。際限の無い快感が一気に膨れ上がり、イき続けている愛衣の体に襲い掛かる。
「ふぅっくぅんんんんんんんんんんん!!!!」
『うあっこれ駄目っえぇぇぇぇええぇぇっっ!!』
蓄積していた刺激が一気に爆発し、全身を蹂躙していった。軽い絶頂をし続けていた肉体は一瞬で高みへと昇っていき、比べ物にならない快感で二人の心は焼き尽くされていく。俊夫も、愛衣も、絶叫に近い喘ぎ声を漏らしながら身をくねらせることしか出来ない。痙攣と共にマイクが膣に押し込まれていき、さっきまでの絶頂とは比べ物にならない高く深い絶頂が愛衣の体で爆発した。
「『うぅぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!』」
もはや咆哮のような喘ぎ声が部屋に響き渡る。防音の仕様で無ければ、店内全てに聞こえてしまったであろう叫びは、肺の空気を全て吐き出すまで続いた。溜まりに溜まった疼きが解き放たれ、愛衣の体は痙攣し続ける。永遠にも思える絶頂は、二人の意識が快楽で焼き切れるまで暴れ回っていた。
「・・・・・・」
『・・・・・・』
夕暮れが照らす街中、俊夫と愛衣は絶頂を繰り返し続けて疲弊した体を引きずるように帰路についていた。あの後、気絶している内に時間が来てしまい、部屋の惨状を誤魔化しながら伝えて逃げるように漫画喫茶を脱出したのだが・・・・・・あまりに衝撃的な経験に、二人はどこか呆けたようになっているようだ。しばらく無言で歩いていると、そろりと俊夫が呟く。
「・・・・・・なぁ。お嬢ちゃん、いつもあんなオナニーしてるのか?」
『いや、あれは私も知らない。初めてだよ、あんな、その、快楽は』
「だよなぁ。運動に慣れてるはずのお嬢ちゃんの体が、ここまで疲労するのはただ事じゃあ無いし・・・・・・結局なんだったんだ、ありゃ」
『私に聞かれても困るよ。・・・・・・でも、うん。気持ち良かったのは、認める』
恥じらいを滲ませながら言う愛衣に、俊夫は彼女の顔に苦笑を浮かべながら頷いた。
「そうだな。ちょっとヤバいレベルに足を突っ込んでる気持ちよさだった。いやぁ、たまらないな」
そう言って、俊夫は空を見上げる。茜色に染まった雲を眺めながら、愛衣に語り掛けた。
「お嬢ちゃんのおかげだよ。結局、お嬢ちゃんが受け入れてくれなきゃこんな経験は出来なかった。ありがとう」
『・・・・・・何?急にかしこまって、変なことでも企んでるの?』
「そうじゃない、そうじゃないさ。でもよ、いい加減俺もお役御免だろ?俺がいなくてもお嬢ちゃんの目は見えるようになってるはずだし、最後に思いっきり愉しめたのは、本当にありがたいなっつうわけで」
俊夫がしみじみと言うと、愛衣はどこか愕然とした雰囲気を漂わせながら呟いた。呆れるような、怒ったような口調。
『本気で言ってる?俊夫さん、正気?』
「あ?なんだよ、そんなに変なこと言ったか、俺?」
『・・・・・・馬鹿。ほんっとうに、馬鹿!』
「は、え?おい、急にどうしたんだよお嬢ちゃん。一体なんでそんなに怒って」
『知らない!俊夫さんがモテない理由が嫌って程分かったよ、ふん!』
「・・・・・・え、えぇ・・・・・・?」
二人は騒がしく会話しながら、ゆっくりと家に向かっていく。夕焼けが愛衣の体を優しく照らし、暖かな平穏が帰路に満ちていた。
薄暗く、埃っぽい店内。空のケージやガラスケースが乱雑に置かれているペットショップの奥で、着物の少女は新聞に目を通していた。紙面に視線を走らせていると、来客を告げるドアのベルが鳴る。入り口に目を向けると、一人の少女・・・・・・愛衣が立っていた。
「おや。しばらくぶりだねぇ、いらっしゃい」
「・・・・・・どうも」
軽く頭を下げる愛衣に、微笑みながら少女は言う。
「さて、君のような金メダリストがなんの御用かな?あぁ、寄生生物を取り除きたいのなら、こちらの目薬を・・・・・・」
「違う。とし、寄生虫の話じゃなくて。約束を、果たしに来ただけ」
そう言って、愛衣は内ポケットから何かを取り出した。煌びやかなそれは、さっきまで見ていた新聞の一面に映っていたものと同じ・・・・・・、
「ほぉ、成程。これが金メダルの実物か。ふふふ、オーラが違うねぇ。触ってもいいかい?」
着物の少女は愉しげに目を細め、愛衣に訊ねる。彼女の頷きを見て、少女は金メダルを手に取りまじまじと見つめた。
「・・・・・・うーむ、本物というのは相応な重みがある。流石だよ。ありがとう、あんな口約束を守ってくれて」
「貴女のおかげでもあるから。私、お金も何も払ってなかったし」
「律儀だねぇ。うん、十分だ。返すよ」
少女は金メダルを愛衣に返し、にっこりと微笑む。そして、一応の確認として問いかけた。
「それで、だ。いらないんだね、これは」
少女の手にあるのは、目薬のような何か。寄生生物を取り除けるらしいそれを見せられても、愛衣は平然と首を横に振る。
「大丈夫。私は、彼と生きていくから」
「ふふ。余計なお世話だったようだね。それじゃあ、どうか幸せに。二人の道行きに幸福が多からんことを祈っているよ」
大げさな少女の言葉に、愛衣は頭を下げて背を向けた。おそらく、もう会うことは無いだろうと思いながら。
愛衣が店を出ていき、静寂を取り戻した店内で少女は呟く。心底、愉しそうに。
「これもまた奇縁。想像はしていなかったけど、上手く収まったようで何よりだ。───どうか、幸せになっておくれよ」