残暑厳しい九月の半ば、フリーターである俺はアパートの一室に引きこもりスマホでSNSを閲覧していた。蒸し暑い部屋の中、扇風機で涼を取りながらとあるアカウントを見つける。
「お、これってコミケの時の」
美麗なコスチュームを身に纏った、スレンダーな美女。最近流行っているソシャゲのキャラクターに扮したその姿は、俺が先日のコミックマーケットで見たものと合致していた。
「すっげーバズってる・・・・・・まぁ、こんだけ美人さんなら当然だよな。コスも滅茶苦茶気合入ってる作りだし」
呟いて、アカウントをフォローしつつ様々なコスプレ画像を眺めていく。どれもこれも、かなりクオリティーが高い。元の顔も滅茶苦茶綺麗だし、バズるべくしてバズっているんだろう。と、
「お、マジか」
相手もSNSを見ていたのか、すぐにフォロバしてくれた。一応細々と同人活動を続けてはいるが、フォロワー数1000にも満たない俺のアカウントに、何故・・・・・・?疑問ではあるが、嬉しいことに違いはない。彼女の垢・・・・・・柊あいすのメディア欄を眺めながら、この時はそう思っていた。
フォロバされてから数日後。そんな些細なことはすっかり忘れて、俺はバイトに精を出していた。引っ越し業者の短期バイトなのだが、体力勝負なのでかなりキツい。まぁ、定職に就いていないのが悪いんだけど。へとへとになりながら働き、夕方辺りに解放された俺は筋肉痛確定の体を引きずって帰宅した。
「ぐわー、全身バッキバキだぞこれ」
思わず呟きながら、夕飯の準備をする。帰りにスーパーに寄って買ってきたキャベツに人参、もやし。冷蔵庫に賞味期限切れかけのひき肉もあったし、今日は野菜炒めでいいか。ぱぱっと調理して、ついでに目玉焼きも焼いて野菜炒めの上に乗せる。炊飯器で炊いたご飯とインスタントの味噌汁も用意して、ご機嫌な夕飯の完成だ。野菜炒めと目玉焼きにたっぷりとソースをかけて、白米と一緒に頂く。
「うん、美味い」
一人暮らしを始めて五年は経つが、最近ようやく美味しいと思える料理が出来るようになってきた。継続は力なり、か。料理以上に続けてる同人漫画の方も、もっと伸びてほしいんだけどなぁ・・・・・・。と、
「んぐっ、あれ?」
白米を飲み込みながら、スマホでSNSアプリを開くとDMが届いていた。珍しい、誰からだろう。確認してみたら、なんと先日のコスプレイヤー、柊あいすのアカウントからだった。
「えっなに、なんだ一体?」
心当たりは一切無い。誰かと勘違いされている?動揺しながらチャットの文章を読んでみる。
『こんにちわ!先日のコミケでお会いさせていただいた噛んジャーキー先生ですよね?少し話したいことがあるのですがよろしいでしょうか?』
噛んジャーキーとは俺のハンドルネームだ。人違いということではないらしいけど、それじゃあどうして?
『はい、噛んジャーキーです!どのようなご用件でしょうか?』
たどたどしく返事をタップしながら、俺の中で疑問が膨らんでいく。何か粗相をしてしまったのだろうか?しかし、一切記憶が無い。そもそも、あいすさんとはコスプレ撮影のスペースで遠巻きに確認しただけだ。やっぱり、誰かと間違えてるんじゃ・・・・・・。
『実はですね、私噛んジャーキー先生の作品の大ファンで!もし予定さえ合えば、そちらのサークルの売り子をしてみたいんです!』
「え・・・・・・は、はぁ!?」
思わず口をつく、驚愕の言葉。いや、待て、俺みたいな零細同人作家にこんな都合のいい話が来るのか!?相手は滅茶苦茶美人なフォロワー数10万超えコスプレイヤーだぞ!?
『えっと、気持ちは大変嬉しいのですが・・・・・・ウチは一人で小規模にやってるサークルなので。あいすさんとは釣り合わないというか・・・・・・』
『そんなことはありませんって!是非にとこっちからお願いしてるんですから!ね!』
その後も、あいすさんはちょっと違和感があるくらいこちらを褒めてくる。俺も警戒はしていたのだが、あれよあれよという間に一度オフ会をすることを約束してしまった。
「これ、詐欺とかじゃないよな?」
降って湧いた幸運に浮かれる前に、どうしても疑ってしまう。知り合いのオタクから痛い目に遭った体験談をよく聞いていたこともあり、もしかしたらその類では無いかと思ってしまうのだ。
「いや、でもなぁ」
だけど、折角のあいすさんからの申し出を断るのも気が引ける。本当に心から俺の作品が好きなのかもしれないし、そうだとしたらその気持ちを蔑ろには出来ない。
「い、一応ボイスレコーダーとか用意していこう」
結局、俺はあいすさんとのオフ会に参加することにした。彼女と二人きりで会うという誘惑に耐えられなかったのもある、それは間違い無い。───この時は、あんなことになるなんて想像もしていなかった。
「初めまして、柊あいすです!」
「あっ、はい、か、噛んジャーキーです」
待ち合わせの場所に行くと、あいすさんは大型のスーツケースを引きながら、こちらに駆け寄って挨拶してきた。近くで見ると、本当に美人だ。可愛いと綺麗を足して二で割らなかったような美貌は、最早眩しさすら感じる。どもってしまった俺の返事にも気にせず、あいすさんはにっこりと笑って手を取ってきた。・・・・・・って、手を!?
「会えて嬉しいです!さ、行きましょう!近くのホテルを予約してありますから!」
「えっそっその、ホテル!?」
「はい!衣装も沢山持ってきたので、噛んジャーキーさんに見てもらいたいなって。DMで説明、しましたよね?」
確かに、そんなことをチャットしてきた気がする。しかし、リップサービスか何かだろうと気にしていなかった。これ、ホテルの部屋に着いた途端怖いお兄さんとか出てきたりしないよな・・・・・・?
「ほらほら、急ぎましょう!今日という時間は限られてるんですから!」
「わわっ!?」
あいすさんに手を引かれ、俺は街中を歩きだす。まるでデートみたいだ。しかも、行き先はホテル。俺も男なので、流石に下世話な妄想をしてしまう。しかし、本当に何かの罠だったりしないのかという不安も、同時に抱いていた。
着いたホテルは、俺の妄想と違ってちゃんとした所のようだ。
「あの、ここ料金の方は・・・・・・?」
「大丈夫です、もう前払いで払ってあります!えぇと、306号室ですね」
元気よく返事をして、あいすさんはぐいぐいと俺の手を引っ張ってくる。天真爛漫で、華やかな雰囲気。絶世の美貌も相まって、ホテルの従業員や他の客の注目を集めまくっていた。本人は気付いていないのか、テンション爆上がりな態度で俺を部屋へと連れ込む。
「広いですねぇ。ちゃんと予約した甲斐がありました!」
朗らかに言いながら、スーツケースを開けた。色とりどりのコスプレ衣装が入っていて、そのどれもがしっかりとした造りになっている。
「こ、これ、どうやって用意したんですか?」
「自分で縫いました!市販品は、やっぱり粗い造りになってるので。それに、元々服飾業に勤めてるから好きなんですよ、そういう作業」
「あ、はい・・・・・・」
圧倒されながら、呟くことしか出来ない俺。あいすさんは上機嫌にどれを着ようか悩んでいるようだが、ここで少し気付いたことがある。スーツケースに詰め込まれていたコスプレ衣装は、どれも俺が描いた同人誌に出てくるキャラのものだったのだ。
いや、まさか。ありえない。そもそも、俺のスペースにあいすさんが来たことは無いはずだ。あれだけ綺麗な人なら、絶対記憶に残っているはず。委託も殆どしてないし・・・・・・。そんな感じに無駄に考えてしまっている内に、あいすさんは着る服を決めたようだ。
「よし、じゃあ着替えてきますね!待っててください!」
俺が曖昧に頷くやいなや、彼女はバスルームへと入っていく。どうにも現実味が無い状況に、俺はぼんやりと天井を眺めることしか出来なかった。
結論から言おう。あいすさんは滅茶苦茶いい人で、しかも俺の大ファンだというのも本当だった。
「どうですか?去年の冬コミで噛んジャーキー先生が出した、『雪時雨ないとふぃ~ば~』の時雨ちゃんが着てた衣装を真似してみたんですけど・・・・・・」
「え、これ、すっご・・・・・・!これ、一から手作りしたんですか?自分で言うのもなんですけど、作画コストバカ高いのに・・・・・・!」
「えへへ、可愛かったので!背中の部分がよく分からなかったので、適当にアレンジしてしまいましたけど」
「いや、完璧ですよ!まさか、この衣装を造ってくれる人がいるなんて・・・・・・!」
去年俺が描いた同人誌に出したキャラクターの衣装を、完璧に再現している。フリルも多いし構造も複雑で、現実では到底制作出来るものではないはずなのに。俺の言葉に照れたように笑いながら、あいすさんは言う。
「えへ、えへへへ!嬉しいです、噛んジャーキー先生に褒めてもらえて!まだまだありますから、見ていってくださいね!」
美人コスプレイヤーのファッションショーを、俺一人だけで楽しむ。彼女を独り占めする夢のような時間はあっという間に過ぎて、チェックアウトの時間になった。
「今日はありがとうございました!とっても楽しかったです!」
「そ、それはこっちのセリフですよ!まさか、あいすさんが俺の作品をこんなに好きだなんて・・・・・・!本当に、ありがとうございます!」
互いに感謝を伝え、あいすさんは電車の時間がギリギリだからと足早に去っていった。最初、疑っていた自分が情けない。あんなにいい人だったのに。
「ふぅ・・・・・・」
あいすさんの背中が見えなくなってから、俺は未だ夢見心地で帰路につこうとする。ふとあいすさんの垢のメディア欄を覗いていると、改めて気付いた。彼女のしているコスプレは、多くが俺の推しキャラなのだ。まぁ、流石に偶然だとは思うけど。と、
ぐぅ~
俺の腹が盛大に鳴った。近くの人にも聞こえかねない大きな音に、俺は慌てて足を速める。今日は、どこかで適当に食べて済ませよう。丁度手近に定食屋を見つけ、これ幸いと入店した。
「いらっしゃいませ。お一人ですか?」
応対してくれたのは、小学生くらいの女の子だった。和服のようなものを着ていて、どこか大人びた雰囲気を漂わせている。店長の子供とかだろうか。
「あ、はい。一人です」
「かしこまりました。お席にご案内致します」
丁寧な態度で接客され、テーブル席へ通される。中はがらんとしていて、他の客は見えなかった。もしかして、外れを引いたかな・・・・・・?事前にスマホで調べればよかったかもしれないが、席に着いてしまったからしょうがない。年季の入ったメニュー表を見ながら、何を食べるか考える。と、見慣れないものがメニューに描いてあることに気付いた。
『変身定食 850円』
「変身・・・・・・?」
一体どういうことだ?怪しげだが、滅茶苦茶気になる。さっきの女の子の店員を呼んで、聞いてみることにした。
「あの、この変身定食って・・・・・・」
「あぁ、それは日替わり定食みたいなものさね。お客様によって出すものを変えるから、変身定食。簡単だろう?」
さっきより砕けた、だけど古風な口調で女の子が説明してくれる。よく分からないが、彼女の言う通り日替わり定食みたいなものなんだろう。
「じゃあ、それでお願いします」
折角だし、注文してみよう。女の子はにっこりと笑って承り、程なくしてトレーで定食が運ばれてきた。どうやら、冷しゃぶがメインのおかずのようだ。
「お待たせしました、変身定食です。ごゆっくり」
冷しゃぶにキャベツのみじん切り、山盛りのご飯にワカメとお揚げの味噌汁。小皿には何かの漬物も乗っている。名前の不思議さとは違って、ごく普通の定食だ。空腹が限界近かった俺は、手を合わせた後すぐに食べ始める。美味しい。突飛な味では無いが、しっかり丁寧な味わい。なんだか、ほっとする。
「美味い・・・・・・」
しみじみと呟きながら、しっかりと完食した。他の客がいないから、てっきり変なものでも出てくるかと思ったけど。隠れた名店って奴なのか?
「ご馳走様でした、すごく美味しかったです」
レジでお代を払いながら、女の子に感想を伝える。彼女はにっこりと笑い、お釣りを払いつつ妙なことを言ってきた。
「それは嬉しいね。うん、これなら問題無いだろう」
「・・・・・・?」
「おっと。ありがとうございました、またのお越しをお待ちしています」
女の子の言葉に疑問を覚えるが、訊ねる前に頭を下げて挨拶される。聞き間違いか?まぁいいかと思い直し、俺は店を後にした。腹も膨れて、さっきまでのあいすさんとの出会いで心も膨れている。俺は一人頷きながら、アパートへの帰り道を歩いていった。今日は、いい一日だったなぁ。
ピピピピ!ピピピピ!
アラームの音。気だるげな体を動かして、スマホに手を伸ばした。アラームを止めて、のっそりと起き上がる。今日はバイトは無いので、早めに起きてネームを作ろうと思っていた。しかし、やっぱり朝は体がだるい。心なしか、頭や胸が重たい気もする。・・・・・・って、ん?
「なんか、あれ?」
頭を掻くと、なんだか髪の毛がいつもより多い。いや、禿げてるわけではないんだけど。髪の毛が長いというか、なんというか。肩を超えて、背中の辺りまで髪の毛の感触がある。
「かつら?いたたっ」
引っ張ってみるが、確かに頭皮から生えている。洗面台で確認しようと立ち上がると、胸元で何かがぽよんと揺れた。
「え、えぇっ?」
見下ろすと、俺の胸が大きく膨れ上がっている。寝間着代わりのTシャツを二つの膨らみが押し上げて、まるでそれは、おっぱいみたいな・・・・・・。
慌てて洗面台に向かう。何度かつんのめりそうになりながら辿り着くと、鏡に映ったのは。
「だ、誰?」
そこには、女性が映っている。豊満なおっぱいに、くびれた腰。引き締まりながらボリュームもあるお尻。前髪をかき分けて顔を見ると、少々野暮ったいながらも整っている顔立ちの女性が映った。
「まっ、は?えっ?」
混乱と動揺で固まっていると、Tシャツがずり落ちて片乳が零れ落ちる。ぷるんと震えながら見えたおっぱいと乳首に、俺は思わず手で顔を覆った。わけも分からぬままに、洗面台の前でへたり込む。
「俺、なんで、女になってる・・・・・・!?」
頬をつまむが、しっかり痛い。おそるおそるおっぱいも触ってみたが、柔らかな感触と共に触られている感覚も伝わってきた。夢にしては、あまりにもリアリティーがあり過ぎる。まぁ、俺は童貞だから実際に味わったことは無いんだけど。どうすれば分からずに呆けていると、枕元のスマホの通知音が聞こえて、どうにか正気を取り戻した。
ひとまず布団へと戻り、スマホを確認する。通知音はチャットアプリのものだったようで、昨日アカウントを教え合ったあいすさんからお礼メッセージが届いていた。
『昨日は本当にありがとうございました!とっても楽しかったです!噛んジャーキー先生さえよろしければ、売り子の件、どうか考えておいてくださいね!』
あぁ、確かそんなことも言ってたっけ。俺は現実逃避をしながら、返事を打とうとするが上手くいかない。手の大きさが変わっているので、普段の感覚で操作しようとすると違和感が凄いのだ。と、
「あっヤバっ!」
メッセージを打ち込むはずが、間違えて通話を飛ばしてしまった。慌てて取り消そうとするが、細長い指先のせいかスマホを取り落とし、布団へと落下する。そうこうする内に、通話が繋がってしまった。
『噛んジャーキー先生?どうしたんですか?』
「あっいやっ、操作ミスをしてしまって。申し訳ありません・・・・・・」
パニックになりかけながらも返事をすると、何故かあいすさんは無言になってしまう。や、やっぱり間違って通話かけたことを怒っているのだろうか。と、しばらく無言が続いた後であいすさがぼそりと言う。
『・・・・・・誰ですか、貴女』
「えっ、いや、噛んジャーキーですけど・・・・・・」
『噛んジャーキー先生は男性の方ですよ。ボイチェンはこのアプリの通話では使えないはずだし・・・・・・ご家族の方ですか?』
あっ、そうか。声も女になっているから、あいすさんには他人だと思われているのか。しかし、真実をそのまま話しても信じてはくれないだろう。当然だ、俺だってまだまともに信じられてないんだから。
「あぁ、その、えっと・・・・・・」
しどろもどろになってしまい、返答が覚束ない。ヤバい、このままだとあいすさんにあらぬ疑いを持たれてしまう・・・・・・!だからといってどうすればいいのか分からず、俺は挙動不審なままもごもごと口ごもることしか出来なかった。
『・・・・・・あの、大丈夫ですか?事情があるなら、説明してもらえると』
明らかにおかしい俺の対応に、警戒しているような口振りから一転、心配そうに声をかけてくれるあいすさん。ど、どうしよう。説明といっても信じてもらえるわけが無い。一旦通話を切って、チャットで話した方がまだマシだろう。と、強引に通話を切ろうとした天罰か、以前とは全然違う綺麗な手と指のせいか、俺は再び操作を間違えてしまう。
「しまっ・・・・・・!?」
『・・・・・・え?』
ビデオ通話。インカメラで相手に映像が送られるそれで、慌てふためく俺の顔があいすさんに見えているだろう。ヤバいヤバいヤバい。男モノのTシャツを着た女とか、絶対あいすさんに勘違いされる奴だ。愛想尽かされるだけならまだいい、拡散されて人生終了の可能性すらありうる。あぁ、どうしようどうしよう・・・・・・!
『なんで・・・・・・どういうこと?』
あいすさんが、困惑を声色に滲ませて呟く。そりゃそうだ、困惑しない方がおかしい。この後侮蔑の表情に変わるかもしれないと怯えながら、俺は仕方なく説明することにした。正直、頭がおかしい人間だと思われた方がマシだと思いながら。
「え、えっと、実はですね。信じてもらえないと思うんですけど───」
「───と、いう訳なんです、はい」
状況を説明し終わって、あいすさんの反応を伺う。彼女は沈黙したままで、俺はなんて言われるか怖くてスマホを持つ手が震えてしまっていた。と、
『・・・・・・分かりました。今からそちらに伺いたいので、住所を教えてもらってもいいですか?』
「は、えぇ?」
『まだ、半信半疑ですけど・・・・・・ちょっと、見過ごせない理由もあるので。お願い、出来ますか?』
真剣な声色。まさか、自分でも信じられないような荒唐無稽な話をちゃんと聞いてくれるとは思わなかった。今頼れるのはあいすさんしかいない、少し躊躇しながらも口頭で住所を伝えると、彼女はすぐに向かうと言い残して通話を切る。どうやら、本当の俺の部屋へと来るらしい。
「・・・・・・いや、いやいやいや。目が覚めたら女になってて、それを説明したらあいすさんが部屋に来るとかどういう状況だよ」
口に出してみると、本当に訳の分からない状況だ。女になった理由も分からないし、あいすさんが部屋に来る意味も分からない。ないない尽くしだ。
「と、とりあえずあいすさんが来るまでに部屋を片付けておこう」
他にやることも見つからず、俺は部屋を片付け始めた。あ、その前に着替えないと。女物の服とか持ってないし、何着ればいいんだろうな・・・・・・。
だぼだぼの上着を羽織り、スボンを履いてベルトで強引に締め付けた後。俺は部屋の中の掃除をしていた。資料用の本や漫画、ゴミをまとめていく。幸いそこまで散らかってはいなかったが、慣れない体で動くこと自体が結構大変だった。
まず、背が縮んでいる。元は175cmくらいあった身長が15cmくらい小さくなっているのだ。丁度、あいすさんと同じくらい。手足の長さも違っているので、中々感覚が掴めない。
そして、体のバランスが違う。主に胸やお尻のせいだと思うが、手足の長さの違いも相まって何度か転びそうになった。
更に、筋力が違う。元々バイトで力仕事をしていたので体力にはそこそこ自信はあったのだが、これくらいなら余裕だろうと荷物を持ち上げようとしても、全然持ち上げられなくて驚いた。完全に別人の体になっているみたいで、徐々に怖くなってくる。これ、戻れるのか・・・・・・?
そんなこんなで、どうにか部屋を片付けた俺は、疲れ切りながら食パンを齧っていた。こんな状況で何か調理をする気は起きない。パサつくパンを牛乳で流し込み、最低限腹を満たす。胃袋の大きさも変わっているようで、食パン一枚だけで結構満たされた。と、不意に下腹部に感じる妙な感覚。尿意だ。
「っ、いや、マジか」
動揺する。いや、異性の排泄を見る趣味は無いが、しかしいいのだろうか。どっちにしろ漏らすわけにはいかない。俺は自分の体だから大丈夫だと言い聞かせ、内股になりながらトイレへと向かった。
「ふぅー・・・・・・」
便器の前に立ち、緊張の息を吐く。きつく締めたベルトを緩めると、ズボンとトランクスがずるりと下に落ちた。今まで意識して見ていなかった股間が露わになり、俺は薄目になりながら便器へと座る。
「うわっ」
このアパートにはトイレの暖房なんてものは無いので、ひやりとした冷たい感触がお尻を襲った。いつもよりも肌が敏感になっているようで、思わず声を上げてしまう。むずむずするような便座の感覚を受けながらも排尿しようとするのだが、いまいちやり方が分からない。男の小便はペニスをホース代わりに力むだけだけど、女の体だと勝手が違うのか?
戸惑いながらも、トイレの天井を眺めながら尿が出てくるのを待つ。まぁ、便座に座ってる時点で漏らすという最悪の事態は避けられそうだしな。スマホを弄りながら待っていると、あいすさんからメッセージが来た。『もうすぐ着きます』とのこと。流石にトイレに籠ったまま迎えるわけにはいかない、急がないと。そう思ったおかげか、俺の股間から温かな液体が溢れ出した。
ショワアァァァァ・・・・・・
男の時よりも強い虚脱感。味わったことの無い奇妙な感覚は、なんか、本当に漏らしてるみたいだ。ペニスの様に明確な発射場所が分からないからだろうか。とにもかくにも尿を出し切って、俺は安堵の息を吐く。
「はぁー、これで後は・・・・・・あっ」
そうだ。出したなら、拭かないといけない。流石に分かってはいるが、えぇと・・・・・・。なんとか意を決して、トイレットペーパーに手を伸ばした。いや、これが俺の体なら別に気にする必要は無いはずなんだけど・・・・・・どうにも、童貞根性丸出しだ、うん。
そっとトイレットペーパーを股間に這わせる。平坦で、男の頃の面影はまるで無い。なるべく意識しないようにしながら汁気を拭いていくと、敏感な感覚が伝わってきてしまった。
「んあっ・・・・・・」
艶めかしい声が漏れる。自分の声だとは信じられないそれを意図的に無視して、ピリピリと感じる股間の刺激にも知らんぷりをする。確かに、異性の快感には興味がある。男に比べて10倍以上という話も聞いたことがあるし。だけど、今愉しむのは違うだろう。理性を総動員させて、トイレを流してトランクスとズボンを履き直した。改めてきつくベルトを締めて固定し、逃げ出すようにトイレから出る。と、ほぼ同時に部屋のチャイムが鳴った。
ピンポーン
どこか気の抜けたその音に、俺は急いで扉へと向かう。念の為覗き穴で確認すると、汗で髪が額に張り付いているあいすさんが立っていた。鍵を開けて、扉を開く。
「あ、あいすさん。えっと、俺、こんな姿ですけど、噛んジャーキーです」
「・・・・・・うわぁ。なんで・・・・・・?とりあえず、中に入ってもいいですか?」
なんだか妙な反応をした後、あいすさんが俺の部屋へと入ってくる。この一室に女性を招いたことなんて一度も無かったので、かなり緊張する俺。そんなことにも構わず、あいすさんは俺を見据えて言ってきた。
「まずは着替えましょう。服、全然サイズが合ってないですし。」
「あ、はい。・・・・・・んん?」
勢いに押されて頷いた後、首を傾げる。大型のスーツケースを開けるあいすさんにおずおずと言う。
「えっと、そんなことしてる場合じゃない気がするんですけど・・・・・・流れであいすさんに打ち明けてしまったけど、これやっぱり病院とか行くべきじゃ」
「ファッションは女性の命ですよ、そんなことなんかじゃありません」
すげなく言われて黙り込む俺。いや、俺は男なんだけど。あぁでも、今は違うのか。うーん。
俺はあいすさんに言われるままに着替える。正直滅茶苦茶に恥ずかしいが、なんだか鬼気迫る様子のあいすさんに逆らうことは出来なかった。ブラジャーの付け方等は分からないので、あいすさんに手伝ってもらう。いや、なんか男としての尊厳ががりがり削られていく気がするんだけど。
「・・・・・・よし。服はこれでいいとして。ちょっと、しばらく動かないでくださいね」
「わ、分かりましたけど。次は一体何を?」
「化粧をします。メイク道具は持ってきてるので、噛んジャーキーさんはそのまままってるだけで大丈夫ですよ」
け、化粧?それは流石に・・・・・・。
「いや、そこまでしなくても。それより、どうしたら元に戻れるかとかを・・・・・・」
「後で、全部説明しますから。お願い、します」
なんだか切羽詰まったような感じの声に、何も言えなくなってしまった。どんな事情があるのかは分からない。だが、今のあいすさんを拒むのは俺には出来ないようだ。
「・・・・・・分かりました。えっと、目はつぶってればいいですか?」
「っ、ありがとうございます!目はつぶったままで。後は全部私がやりますから!」
嬉しさを声に滲ませて、あいすさんがメイク用の道具を手に取る。俺はこれからどうなるんだろう。そんなことをぼんやりと考えながら、俺はあいすさんのされるがままになるのだった。
「んー、これでいい、かな?終わりましたよ、噛んジャーキーさん」
その言葉に俺はゆっくりと目を開いた。なんか、凄い時間かかったな。あいすさんは俺の眼前に手鏡を差し出し、言う。
「まずは、これを見てください」
言われたままに手鏡を見ると、そこにはあいすさんが映っていた。・・・・・・ん?あれ?
「え、これ、んん?」
手鏡に映ったあいすさんは困惑した表情だ。思わずあいすさん本人を見るが、彼女は気まずそうな顔でこっちを見ていた。待ってくれ、これ、どういうことだ?
「・・・・・・実は、ですね。今の噛んジャーキーさんは、私とそっくり・・・・・・というか、私と同じ体になってるみたいです」
「は、はい?」
混乱極まるような状況に、俺はあいすさんの言葉を上手く理解することが出来ない。
「最初、ビデオ通話で私が映った時はびっくりしました。間違えて私のカメラで配信しちゃったのかって。でも、態度や雰囲気が完全に噛んジャーキーさんで。いたずらにしても手が込み過ぎてますし、何より私のノーメイク顔は殆ど知られてませんから」
「いや、え、じゃああいすさんの素顔って」
辛うじて最後の言葉に反応すると、あいすさんは恥ずかしそうに頷いた。
「まぁ、見ちゃってますよね。私の本当の顔。冴えない感じでしょう?それが嫌で、コスプレを始めたって経緯もあるんですけど・・・・・・。本当は私がすっぴんになれば良かったんですけど、どうしても嫌で。こんな状況なのに、我がままでごめんなさい」
「いや、全然美人さんだと思いましたけど・・・・・・でも、なんでこんなことに?あいすさんの体って言っても、あいすさん本人は目の前にいるじゃないですか」
「それは私にも分かりません。とにかく、私の体になってる噛んジャーキーさんを放っておけなくて急いできたので。・・・・・・改めて考えると、本当になんででしょう?何か、思い当たることはありませんか?」
そう言われ、麻痺しかかってる頭を動かしてなんとか考えてみる。思い当たること、思い当たることって言っても・・・・・・あ。
「変身、定食・・・・・・!?」
変な名前だけど美味しかったあの定食、まさかあれのせいか?いや、でも食べるだけで他人に変身出来るなんて聞いたことも無い。いやいや、でもあの名前は直球過ぎるし、うーん。
「ヘンシンテイショク?ってなんですか?」
「あっはい、えぇと、これが原因かは分からないんですけど・・・・・・」
あいすさんにもとりあえず説明する。すると、あいすさんは立ち上がって言った。
「じゃあ、行きましょう。その定食屋さんに」
「へっ?いやでも、俺は今こんな体だし」
「大丈夫、今の噛んジャーキーさんは化粧した私と同じですから。双子だと思われるだけですよ」
あいすさんに言われ、改めて手鏡を眺める。確かに凄く魅力的な女性に見えるけど、それでも中身のフリーターの男だぞ?絶対変な目で見られる。
「それに、私レンタカーで来ましたから。車内ならそんなに目立たないですって」
「え、えぇ・・・・・・」
結局、勢いに気圧されて部屋から出る。びくびくと辺りを警戒して、アパートの住人に見られないよう祈りながらアパート横の駐車場まで歩いた。レンタカーらしい軽ワゴンの助手席に乗り込んで、ほっと息を吐く。
「ふぅー。ば、バレたりしてませんよね?」
「うーん、そんなに怯えなくても心配無いですよ。噛んジャーキーさん自身が言ってたじゃないですか、女性の体になったなんて信じてもらえないだろうって。だから、大丈夫です。いざという時は私がなんとかしますから」
「う、うぅ」
車内で縮こまる俺。何故か分からないけど異常に外が怖い。人の目が気になって仕方ないし、あいすさんに頼りっ放しなのも情けなくて泣きたくなる。
「・・・・・・大丈夫です。多分、噛んジャーキーさんのせいじゃないから」
「え、あ、ごめんなさい、何か言いました?」
あいすさんが何かを呟くが、怯えてる俺は聞き逃してしまった。彼女はにっこりと笑って軽く首を振る。
「ううん、なんでもありません。それじゃ、行きましょうか」
そうして、あいすさんの運転する車は例の定食屋へと向かう。俺はと言えば、助手席でびくびく震えているだけだった。
近場の駐車場に車を停めて、俺とあいすさんは定食屋まで歩くことになった。精々10分程度の距離だけど、人混みの中を進むのが怖くて怖くてたまらない。あいすさんの腕に抱き着きながら、おどおどと歩いていく。
「ごめんなさい、ごめんなさい・・・・・・!いつもは、こんなこと無いんですけど」
「突然自分の体が変化してしまったんだから、しょうがないですよ。謝らなくていいので、ゆっくり行きましょう」
あいすさんは優しく言ってくれるが、周囲の雑踏から向けられる視線が気持ち悪かった。今の俺はあいすさんと同じ顔で、あいすさん自身は絶世の美人だ。そんな二人が歩いていたら、誰でも目に留めるだろう。それは分かる。分かる、けど。
「は、はい・・・・・・うぅ・・・・・・」
あいすさんに縋りつきながら、どうにかこうにか定食屋の場所まで辿り着いた。しかし、そこに定食屋は無い。空き家が、売り出しに出されているだけ。
「あれ・・・・・・どう、して」
息も絶え絶えに、空き家を見つめる。そんなはずは無い、だって確かに、俺はここの定食屋で・・・・・・!?
「っ」
限界だった。外に出てからの不調と、あるはずの場所に無い定食屋。通行人からの視線は相変わらず俺の心を苛んで、動悸が激しくなり頭がぼんやりとしてくる。
「か、噛んジャーキーさん!?しっかりしてください!!」
慌てたようなあいすさんの声を聞きながら、俺の意識は闇へと落ちていった。あぁ、本当に情けない。
なんだか、温かい。ふわふわしたものにかこまれて、柔らかい何かが俺の体を抱き締める。安心するような、優しい感覚。
「ん・・・・・・」
あぁ、なんだかとても落ち着く。癒されるような気分に包まれながら、俺はゆっくりと目を開けた。
「・・・・・・え?」
「あ、目が覚めましたか?よかった・・・・・・」
目の前に、あいすさんの顔がある。彼女は心配そうな表情をしているが、あまりにも顔が近すぎるので俺は顔を真っ赤にして口をパクパクさせた。
「あ、え、な、あいすさん!?」
「お、落ち着いてください噛んジャーキーさん!大丈夫、大丈夫ですから!」
ぎゅうっと強く抱き締めてくるあいすさん。状況が掴めない俺は、言われた通りに心を落ち着けようとする。どうやら、俺は毛布にくるまってあいすさんと抱き合ってるらしい。どういう状況だ、これ?
「はっ、はぁ、ふぅ・・・・・・。これ、えっと、どういうことですか?」
たどたどしく呟くことしか出来ない俺に、あいすさんは優しい声色で言ってきた。
「噛んジャーキーさんが意識を失ってしまって、最初は救急車を呼ぼうと思ったんです。でも、今の状況だと身元確認とかで大変なことになりそうで。近くの、その、ホテルに運びました」
「えっ、ご、ごめんなさい!ずっと迷惑かけてしまってばっかりで、本当すみません」
「いえ、そこは全然気にしていないんですけど。少しは、落ち着きましたか?」
気遣うような表情で言ってくるあいすさんだが、何故か俺を抱き締めたままだ。いや、なんでか安心感が湧き上がってくるからいいんだけど。
「は、はい。ありがとうございます、あいすさん。それで、その。は、離してくれると、嬉しいんですけど」
「あっ、は、はい!ご迷惑でしたよね!」
ぱっと俺を離して、毛布を剥いで距離を取るあいすさん。別に迷惑というわけでは無かったんだけど、あいすさんを不快な気持ちにさせるわけにはいかない。
「全然迷惑じゃないです、はい。逆にこっちが迷惑かけてばっかりで・・・・・・」
謝りながら部屋の様子を見回すと、なんだか怪しげな雰囲気が漂っている。普通の宿泊施設とは違う、ちょっとえっちな雰囲気のような・・・・・・。
「あ、あの、あいすさん。ところでなんですけど、この部屋、なんか雰囲気が」
「それは、その。近くにあったホテルっていうのが・・・・・・ラブホテル、しか無かったんです」
「っ!?」
言われてみれば、確かにそれっぽい。俺は直接入ったことは無いけど、資料用にネットで調べた内装に似ている気がする。かぁっと体が熱くなるような感覚に襲われて、思わずあいすさんから距離を取った。あいすさんとはそういう仲では無いんだから、近くにいるのは良くない気がしたのだ。・・・・・・ビビってるだけとも言う。
「ご、ごめんなさい俺が気絶したせいで!あぁえっと、お、お金は払うので!」
「いえ、謝るのはこっちの方ですよ。多分、噛んジャーキーさんが気絶したのは私の・・・・・・正確には私の体のせいですから」
少し悲しそうな表情であいすさんが言う。ど、どういうことだ?真意が掴めず困惑していると、彼女はぽつぽつと語り始めた。
「自分語りになっちゃうんですけど、聞いてください。私、高校時代に酷いイジメにあって。一年生の後半からずっと不登校だったんですよ。数年間、外に出ることすら怖くて。他人が恐ろしくて仕方が無かったんです」
あいすさんの言葉に、俺は目を見開く。それって・・・・・・。
「だから、今の噛んジャーキーさんの症状は、私の体になったからだと思います。ごめんなさい。こういうことがあるかもって、考えるべきでした」
「いや、それは。想定も出来ないような異常な状況ですからしょうがないですよ」
俺はそう言うが、彼女は寂しげに微笑みながら話を続けた。
「私が社会復帰出来たのは、コスプレのおかげなんです。別の自分になれたみたいで、楽しくて。メイクをすれば、段々と外出することも出来るようになりました。知り合いの繋がりで仕事も紹介してもらって、前を向いて歩いていけると思った時。噛んジャーキーさんの作品に出合ったんです」
「えっ」
予想していなかった言葉に驚く俺だが、あいすさんは構わずに話を続けていく。
「最初はイラスト投稿サイトで見つけて、好みの絵柄だなぁと思って。でも、ネット販売はしていなかったから。勇気を出して、イベントに参加したんです。今から3年前ですね」
「3年前・・・・・・」
俺は記憶をたどって思い出そうとした。あの年、スペースに来てくれた人たち。薄れている情報を頭の奥から引っ張り出していくと、サングラスにマスクのかなり怪しい女性が、その時出していた同人誌全てをまとめ買いしていたのを思い出した。印象的な出来事だったので、忘れることは無かったみたいだ。
「もしかして、あの時のサングラスとマスクで完全防備してた女性って」
「覚えていてくれたんですか?はい、私です。あの時は、流石に人前でコスプレしたりする度胸が無くて。出来るだけ姿を隠して参加したんですけど、まさか覚えてもらえてるなんて」
まぁ、忘れられない見た目だったしな・・・・・・。と、ふと疑問に思った俺はあいすさんに聞いてみる。
「えーと、じゃあコスプレを始めてからはどうしてたんです?あいすさんみたいな人がコスプレのままスペースに来てくれたら絶対に覚えてると思うんですけど」
「それは、その・・・・・・恥ずかしくて、知り合いにお願いして新作を買ってもらってました。私なんかがスペースに行ったら迷惑かなって」
全然そんなことは無い、むしろ物凄く嬉しいだろう。俺も大概ネガティヴな人間だが、今まで気付かなかっただけであいすさんもネガティヴ寄りの性格なのかもしれない。
「いやいや、あいすさんが来てくれてたら狂喜乱舞しますって。SNSでもバズりまくってるじゃないですか」
「・・・・・・は、話を戻しましょう。とにかく、噛んジャーキーさんの不調は私が原因なんです。私の体になったから、噛んジャーキーさんの精神も引っ張られてるんじゃないかな、って」
顔を赤らめながら話を変えるあいすさん。しかし、確かに彼女の言葉には一定の説得力がある。俺に自覚は無いけど、もしかしたら意識が引っ張られてるのかもしれない。でも、そうだとすると気になることがあった。
「そうだとしたら、ちょっと気になりますね。今の俺はあいすさんにしっかりと化粧してもらってるのに、なんで苦しくなったんでしょう?」
「それは、うぅん、分かりません。ごめんなさい・・・・・・」
「せ、責めてる訳じゃないんですごめんなさい!」
お互いに頭を下げて謝っていると、やがてどちらともなく笑い始めた。なんだか、落ち着いた。ある程度の推測が立ったからなのか、あいすさんの過去を知ったからなのか。分からないけど、まぁいいか。緊張が解けた俺は、あいすさんと向き合いながら聞いてみる。
「俺も落ち着きましたし、一旦外出ますか?あぁでも、俺が俺のアパートに戻るのは変か・・・・・・?」
「そう、ですね。戸籍の問題とかもあるので。あの、もしよろしければ元に戻るまで私の所に来ませんか?マンションの一室なんですけど、どうでしょう?」
「えっ」
想定外の提案に固まる俺。確かに、アパートに戻っても現状をどうにかすることは出来ない。むしろ管理人とかにバレたら追い出される可能性もある。だけど、だからといってあいすさんの所に居候するっていうのは・・・・・・。
「私の体になってしまったってことは、私にも原因の一端はあると思うんです。だから、せめて解決するまでは噛んジャーキーさんを支えたいというか」
「ん、んむむ・・・・・・」
悩ましい。いや、あいすさんが言ってることにも一理ある。というか、彼女のサポートが無ければこの先生きていくのも難しい気がする。あいすさんに頼り切りになることさえ納得出来れば、最良の選択だ。
「・・・・・・お世話になっても、いいですか?生活費とか諸々は後で必ず払うので」
「気にしないでください。じゃあ、これからよろしくお願いします、噛んジャーキーさん」
「こちらこそ、お世話になります、あいすさん」
俺たちは改めて挨拶し合って、ラブホテルの部屋を後にしようとして・・・・・・異変が起きた。
「っ!?」
突如、全身が熱くなる。ベッドの上にいた俺はうずくまり、体の中を駆け巡る知らない感覚に悶えてしまう。
「噛んジャーキーさん!?」
「あっん!」
あいすさんが体を支えてくれるが、逆効果だ。彼女が触れた肩から伝わってくる刺激で、甲高い声が口から漏れる。何が起きているのか、分からない。じゅくじゅくとした未知の何かが押し寄せて、肌に触れられるだけで下半身が疼いてしまった。
「ご、ごめんなさいあいすさん・・・・・・なんだか、体が変で・・・・・・っ!」
こんなの、初めてだ。今まで味わったことの無い感覚に翻弄されながら、俺は涙目であいすさんを見つめる。どうすればいいんだ・・・・・・!
「これって、もしかして・・・・・・。噛んジャーキーさん、大丈夫です!一旦休みましょう!」
あいすさんの手を借りて、俺はベッドに横たわる。動悸と共に、なんだかむず痒いような感覚が暴れ回っていた。特に下半身が酷い。下腹部の奥から熱っぽい変な感覚が湧き上がって、切なくて切なくて仕方がない。
「あ、あいすさん、これっなんで・・・・・・!?」
混乱と動揺、さらに全身の疼きで身を捩らせる俺は、どうしようも無くてあいすさんに助けを求めた。ぞわぞわと、肌を羽毛で撫でられるような快感でおかしくなってしまいそうだ。
「・・・・・・分かりました。脱がせますよ、噛んジャーキーさん」
そう言って、あいすさんは俺の着てる服を手早く脱がせていく。一体何をするつもりなんだろう。熱に浮かされた頭でぼんやり考えている内に、あっという間に裸にされてしまった。緊張したような、後ろめたいような表情であいすさんが声をかけてくる。
「か、噛んジャーキーさん。あの、許してくださいね」
「え、何を・・・・・・っぅぅん!?!?」
ぐにゅり。あいすさんが、俺のおっぱいを揉んできた。触れられた所から電流のような刺激が流れ、口からは俺のものとは思えない喘ぎ声が漏れる。なんでとあいすさんに聞く前に、股間にまで手を伸ばされた。
「あいすさっなにをっんああああああぁぁぁっっ!!?」
おっぱいよりも遥かに鋭い快感。ぐちゅぐちゅとした感触と一緒に、俺の股間が擦られる。今まで感じたことの無い凄まじい快感で、俺は体をくねらせて喘ぐことしか出来ない。
「やめっやめてっぅぅぅぅぅぅっ!あいすさっんんんんん!!!」
「私、引きこもってる間は、えっと・・・・・・ずっと自慰でストレスを発散してたんです。あの頃は、一度スイッチが入っちゃうと慰めないと治まらなくて。多分それと同じ状態なので、何度かイけば落ち着くと思います」
あいすさんが何か言っているが、その意味がよく分からない。俺の胸元でぐにゅぐにゅと揉まれているおっぱいに、いやらしい水音を立てながらまさぐられている股間。これが、女性の快感なのだろうか。何も分からず、俺はあいすさんから与えられる快感でぐずぐずに蕩けていった。
「はぁっうぅぅっ・・・・・・んぐぅっ!」
気持ちいい以上に、怖い。知らない感覚が、自分のものではない自分の体から湧き上がってくるのが怖い。縋りつくように、あいすさんへとしがみ付く。彼女の匂いと、柔らかな感触。
「大丈夫、気持ちいい所は分かってますから。ほら」
あいすさんが、服をめくり上げて胸をさらけ出した。俺のものと同じおっぱいで、俺の顔を優しく包み込む。温かい。未知の快感への恐怖が徐々に薄れて、安心感に変わっていった。俺はまるで赤ちゃんのように、あいすさんのおっぱいに顔を埋める。
「んんっ・・・・・・!」
柔らかくて、いい匂いがする。理性が心から流れ出して、俺は本能のままに頬ずりした。と、股間から、俺の中に何かが入ってくるのが分かった。
「ふぅ、あいす、さんんっ!そこっ気持ちよすぎてぇっ!」
俺の中に挿入ってきたあいすさんの指が俺の中を擦る度に、とてつもない快楽が伝わってくる。駄目だ、耐えられない。俺の精神はとっくに限界で、それなのに快楽はとめどなく送り込まれてきて。的確に弱い部分を攻めてくるあいすさんに抱き着きながら、俺は身を捩らせ嬌声を上げる。
「はぁっんぅぅぅぅぅぅぅぅっっ!!だめっもうだめぇっっ!!!」
容赦無い責め。無理、駄目だ、もう無理だ。俺は訳も分からずいやいやと首を振る。あいすさんは、どこかやさしげな、うっとりしたような表情で俺を眺めながら指を俺の奥まで挿れてきた。何かが、弾ける感覚。
「っあ、あぁぁっ、あぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁっっっ!!?!?」
脳細胞が壊れていくような、圧倒的な衝撃。目の前が真っ白になって、四肢がピンと伸びて痙攣する。快楽に全てが塗り潰されて、全身が熱く蕩けていく。
「ひっひぃっんんぐぅぅぅぅっ、イってるっうああああぁぁぁっっ!!?」
俺の中の指が動く。乳首がつままれ、弄ばれる。イってる、イってるのに。責めは終わらず、俺は絶頂し続けた。
「っっっか、あ・・・・・・」
ぷつり。許容量を遥かに超えた快楽に、俺の意識が断ち切れる。最後に見えたのは、こちらを愛おしげに見つめるあいすさんの顔だった。
ぐったりと力が抜け、愛液に涎、汗を垂らしながら意識を失っている自分の体を見ながらあいすは呟く。
「・・・・・・ごめんなさい、噛んジャーキーさん。私、変みたい」
言葉とは裏腹に、彼女の唇には笑みが浮かんでいる。優しい手つきで自分の体・・・・・・噛んジャーキーをベッドに寝かせて、その寝顔を眺めた。
「あなたが私の体になっている。こんなおかしな状況で、どうしてかな。なんだか、とても愛おしくて」
誰に聞かせるでも無く、あいすは独白していく。自分の心に整理を付ける為か、あるいは別の理由か。
「私、ナルシストなのかな。それとも、中身が噛んジャーキーさんだから?分からない、けど」
汗で肌にへばり付いた噛んジャーキーの髪を指先で梳きながら、あいすは囁いた。
「好きです、噛んジャーキーさん。もし戻れなくても、私がずっと支えますから」
瞳に怪しい光を宿しながら、あいすはずっと、ずぅっと自身と同じ作りの寝顔を眺め続けるのだった。