※この作品はR-18です。

TSアイテムで人生が変わる話   作:てぬてぬ@TSF

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付き合っている彼女が実はオレは男なんだと言い始めた話・前編

最近、あいつの様子が変だ。付き合って1年程になる彼女のことを思い浮かべながら、俺・・・・・・柳久臣は腕を組んで考え込んでいた。今日は日曜日で、本来はデートの予定だったのにキャンセルされてしまったのである。

 

文月理央。がさつで男勝りな所もあるが、誰よりも可愛い俺の彼女。そんな理央は、ここ数日で色んな奇行に及んでいる。例えば男子トイレに入ろうとしたり、体育の着替えの時に俺の、つまり男子の方に移動しようとしたり。更には制服のスカートを履かずジャージで押し通そうとしたり、いつも仲良くしている女子と距離を取っていたり。おかしいにも程がある。

 

確かに理央は男勝りだ。でも、あいつも年頃の女の子だということは俺が良く知っている。それに、顔立ちだって案外可愛い寄りだ。理央はあんな性格だから化粧とかには興味無いだろうけど、着飾ればアイドルも顔負けなんじゃないかと思っている。

 

ノロケはさておき。とにかく、一体どうしてしまったんだろう。何か悩みでもあるのだろうか。それにしたっておかしな話だ。直接聞いてみてもしどろもどろにはぐらかされるし・・・・・・。

 

「このままじゃよくないよなぁ。仕方ない、行くか」

 

考えているだけじゃ何も解決しない。そうと決めた俺は理央の家に向かうことにした。メッセージアプリで会いに行くと告げ、返事も待たずに自分の部屋を出る。もしかすると俺は嫌われてしまっているのかもしれない。もしそうだとしても、止まることは出来なかった。

 

彼女とはいわゆる幼馴染で、物心ついた頃には一緒に遊んでいた。中学に入学した辺りで俺は理央に対する恋心に気付いたが、告白出来たのは高校受験を終えた直後。俺の言葉にぽかんとした表情を浮かべたあいつは、すぐに大きな声で笑い出した。

 

『っふ、ははははっ!そっか、お前オレのことが好きなのか!恋愛的な意味で!?』

 

『わ、笑わなくたっていいだろ!』

 

馬鹿にされてる感じがして、顔を真っ赤にする俺に理央は悪戯っぽい笑みを浮かべる。ドキッとして動きを止めると、何でもないことのようにさらりと告げてきた。

 

『いいじゃんか。両想いってことだろ、オレ達』

 

『・・・・・・え?』

 

『なんだその間抜けな声。返事はイエスだよ、イエス。つーか、オレも今日辺りに久臣に告白しようと思ってたしな。まったく、馬鹿みたいな所で似た者同士だ』

 

そう言って笑う理央。つられて俺も苦笑を浮かべる。そんなこんなで付き合い始めた俺達だが、付き合う前と比べて殆ど何も変わらなかった。一つだけ変わったのは、スキンシップが多くなったこと。具体的に言うと、その、えっちなこととかだ。

 

俺達は二人とも高校生だ。だからまぁ、性的な行為には当然興味がある。だけど学生で妊娠するのは駄目だと分かっているので、直接的な性行為は禁止にしていた。そういうのは卒業してから、という約束になっている。

 

だけど、若さ故の性欲と好奇心は抑え切れない。なので挿入以外のプレイは盛んにやっていた。キスしたり、薄着で抱き合ったり、性器を触ったり。もしかすると俺達は爛れ過ぎてるのかもしれない。他の高校生カップルがどうかは知らないけど、ちょっと自己嫌悪に陥った時もある。

 

「着いたか・・・・・・」

 

理央の家は徒歩で10分もかからない場所にあった。何度も訪れた見慣れた外観を前に、息を整えてインターホンを鳴らす。ドタドタと階段を降りる音が聞こえて、すぐに扉が開いた。髪の毛がぼさぼさ、かつ色気の無いジャージ姿の理央が顔を出す。

 

「ほんとに来たのかよ。来るなってメッセージ送ったのに」

 

「すまん。でも、理央が心配なんだよ。最近様子が変だし何かあったんじゃないかって。頼りないかもしれないけど、俺はお前の彼氏なんだからさ。もし悩みとかあるなら相談してくれ」

 

真っすぐに見つめて言う俺に、理央は何故か苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。やはり嫌われてしまったのか。脳内に絶望が広がる中、十数秒経ったくらいで彼女は口を開く。

 

「・・・・・・とりあえず上がれよ」

 

「いいのか?それにほら、両親は?」

 

「いつも許可無く上がってんだろ、お前。父さんは休日出勤で母さんは買い物。ほら、来い」

 

戸惑う俺の手を掴み、屋内に引き込む理央。機嫌は悪いが、俺のことを嫌っているような雰囲気じゃない。引っ張られるままに二階へと上がり、彼女の部屋に辿り着いた。男勝りな普段の理央からはあまり想像出来ない、ぬいぐるみや小物が沢山飾ってある部屋だ。

 

「・・・・・・」

 

ジャージ姿の理央はベッドの上であぐらをかき、腕を組んでこちらを見つめている。いつにも増してガサツな振る舞いだ。家とはいえジャージで過ごしているのは珍しいし、二人きりとはいえあぐらをかいているのも珍しい。疑問が増えていく中、先に口火を切ったのは理央だった。

 

「なぁ。オレ達って、彼氏彼女の関係なんだよな」

 

「ど、どうしたんだよいきなり。両想いだって教えてくれたのは理央だろ?」

 

「そうなのか・・・・・・あぁクソ、どういうことなんだ」

 

何が気に入らないのか、苛立たしそうに首を振る理央。その様子に一つだけ思い当たる考えがあった。もしかすると理央は、一時的な記憶喪失なのかもしれない。最近の奇行にも一応の説明はつく。

 

「理央。正直に答えてくれ。もしかして、記憶喪失になってたりするのか?」

 

真剣な口調で問いかけると、理央は苦笑というか失笑というか、上手く言葉に出来ない奇妙な表情を浮かべた。いたたまれなくなるような、切なげな雰囲気が漂っている。思わず口ごもってしまい、気まずい沈黙が流れていった。

 

「違う、と思う」

 

あまりにも長く感じられる時間が過ぎた後、理央はぽつりと呟く。俺をしっかりと見つめながら、言葉が紡がれ始めた。

 

「覚えてはいるんだよ。もっと小さかった頃、久臣と遊んだことだって。ほら、小学3年生くらいだったか?探検つって行ったことの無い場所を練り歩いてたら、気付けば隣町まで行っちゃってさ。家族にしこたま怒られたよな」

 

「あぁ、あったなそんなことも。あの時、お小遣いを出し合って買った自販機のジュースは美味かった」

 

「だな。それにあれだ、中学の頃お前蛇に噛まれただろ?噛まれたお前より俺の方が慌てちまってさ、半泣きで救急車に電話したっけ」

 

「ただのアオダイショウだったから、そんなに心配する必要は無かったのにな。でも、嬉しかったよ。それだけ俺のことを大事に思ってくれてるんだなって」

 

理央が話す過去の思い出は俺もよく覚えている。確かに本人の言う通り、記憶喪失ではないんだろう。思い出を話す彼女はさっきの表情を消し去り、いつも通りの様子を取り戻しているように見えた。しかし、だとしたら苦悩の原因は・・・・・・?

 

「・・・・・・なぁ、久臣。今から馬鹿なこと言うけどさ、信じてくれるか?」

 

中学までの思い出を粗方語り尽くした後、理央はおそるおそるといった調子で訊ねてきた。弱々しい、縋るような表情。

 

「当たり前だろ。俺達は恋人で、親友同士だ。どんな話でも信じるよ」

 

強く頷いて胸を叩く俺。こんな状況で理央が嘘をつくはずも無いと分かっている。だから、何を言われようと信じる気でいた。・・・・・・その覚悟は、次の言葉で打ち砕かれることになる。

 

「実はさ・・・・・・オレ、男なんだ」

 

「・・・・・・え?」

 

想像もしていなかった言葉に、俺は間抜けな声を上げてしまった。理央が男?一体何を言っているんだ?

 

「ほら、やっぱ信じられねえだろ?そりゃそうだ、今のオレはどこからどうみても女なんだから」

 

自嘲気味に呟いて項垂れる理央。嘘をついているようには見えないけど、言葉の意味が呑み込めない。だって、彼女はずっと女の子だった。物心ついた頃に出会い、それからずっと一緒だったのだ。最初こそ乱暴な喋り方で男の子だと思っていたけど、小学校に上がる辺りで女の子なんだと気付いていた。

 

それに、下世話な話彼女の股間に触れたこともある。当然男の象徴は存在せず、うっすらと毛が生えていたそれは間違い無く女性器だった。だから理央は女の子だ。これは間違いない。

 

「えっと、その。詳しく説明してくれないか?具体的に、どういう意味で」

 

「だからどうもこうも無いんだよ。オレは男だ。いや、正確には男だった。さっきまで話してた思い出だって、記憶の中のオレは男だったんだ。それなのに、5日前の朝に目を覚ましたら・・・・・・体が女になってた」

 

項垂れたままぼそぼそと言う理央に、俺はなんて言葉をかければいいか分からなかった。深刻そのものな様子は、やっぱり嘘を言っているとは思えない。だけど、俺の記憶は彼女の言い分が間違いだと知っている。混乱する俺をよそに、理央はまくしたてるように言葉を続けた。

 

「それに、人間関係だって色々変わっちまってる。知らない女子が友達ってことになってたり、お前とは恋人同士になってたり。部屋も女子っぽくなってるし、それなのに変わらないものもあって。もうわけが分からないんだ。どうすりゃいいんだ、ちくしょう・・・・・・!」

 

ぽろぽろと、彼女の頬を涙がつたう。いつもからは考えられない弱々しさに、俺は思わず近付いて抱き締めた。もし理央が本当に男だったとしてもきっとそうしていただろう。

「大丈夫だ、理央。お前が女でも男でも、俺はずっと一緒にいるから。恋人以前に、俺達は親友だろ?」

 

「っ・・・・・・久臣ぃ・・・・・・!」

 

俺の胸に縋り付き、押し殺した泣き声を漏らす理央。ゆっくりと背中をさすりながら、これからどうすればいいかを考え始めた。

 

 

 

 

 

 

 

なんとか泣き止んだ久臣から詳細を聞き出すと、少し妙なことに気付いた。確かに過去の記憶もはっきりしているけど、細かい部分にズレがあったのだ。例えば、子供の頃空き地で連れションした記憶は俺には無いし、中学の制服であるスカートに文句を垂れ続けていた記憶は今の理央には無い。

 

何よりも。付き合って以降の記憶は大きくズレていた。恋人的な記憶は全て忘れてしまっているようだ。理央が言うには、そもそも男同士で付き合ってはいなかったんだから当然らしい。

 

まとめてみると、理央の性別が逆だった場合に起きたり起きなかったりすることが記憶のズレに繋がっている・・・・・・のかもしれない。意味不明な状況だ。単純に考えれば、俺と理央のどちらかが間違ってるんだろうけど・・・・・・。

 

「やっぱりおかしいのはオレだ。きっと記憶障害だったり、ひょっとしたら精神病なのかもしれない。だって、そうでもなきゃ説明つかないじゃん。この部屋だって、クラスの奴らの様子だって、オレが女だって示してる。それに見ろよ、スマホの写真に写ってるのは男じゃない。今の、女のオレだ」

 

スマホの画面をスクロールし、理央は苦しそうに顔を歪める。そこには俺やクラスの女子と撮った写真が沢山映っていた。

 

「オレが男だって言ってるのはオレだけだ。オレの、記憶だけ。世界の方が正しいんなら間違ってるのはオレしかない。やっぱり病気だよ、病気。医者に行って脳みそ診てもらわないと」

 

「一旦落ち着こう、理央。ただの病気にしては、なんか変というか」

 

「だったら何が原因なんだよ!」

 

突如として叫び、彼女は頭を搔きむしる。高校に入ってから伸ばし始めた髪は、最近手入れがされていないのかぼさぼさだ。泣いたのと興奮によって血走った目で俺を睨みつけてくる。

 

「おま、お前だって本当は信じてないんだろ!?どうせ心の中ではドン引きしてるんだろ、あぁ!?恋人が急に自分のことを男だって言い始めたんだもんなぁ!チクショウ、オレと久臣はそんなんじゃなかったのに・・・・・・チクショウ・・・・・・」

 

ヒステリックに怒鳴り散らし、再び俯いてしまった。クソ、駄目だ。かける言葉が見つからない。そんなことは無いと否定しても、今の理央は信じてくれないだろう。むしろ火に油を注いでしまいそうだ。じゃあどうする?どうすれば、理央の苦悩を和らげてやれるだろう?

 

「・・・・・・なぁ理央。その、5日前だっけ?女になる前後で気になる出来事とか無かったか?もしかしたら、原因の取っ掛かりが掴めるかもしれないから」

 

出来る限り冷静に話しかける。感情的ではなく、理論的に聞こえるように。理央は情緒豊かな性格だけど、普段はこんなに暴走したりしない。まずは落ち着かせないと。

 

「あ・・・・・・?そんなこと言われたって、原因なんて分かるわけ」

 

「でも、何もしないよりはマシだと思う。頼む、思い出してくれ。例えばいつもしない行動をしたとか、知らない人とすれ違ったとか些細なことでいいんだ。俺に聞かせてほしい」

 

真剣な瞳で見つめると、理央はさっきまでの癇癪を抑えて思い出そうとしてくれているみたいだ。別に変な出来事が無かったらその時はその時。今はとにかく、彼女をネガティブな気分から引き離したかった。

 

「うーん・・・・・・。つっても、月曜何かあったっけ・・・・・・。物理の小テストでギリギリ赤点回避したくらいか?」

 

「あー、言ってたな。時間が足りなくて適当に埋めたら運良く正解だったって」

 

「そうそれ。でも、別に俺が女になるのとは関係無いよな。担当のクボ先が元凶とかじゃなきゃ」

 

「だなぁ。となると別の何かか。他に思い出せたりは?」

 

会話を続ける内、理央も考え込むのに集中し始めたみたいだ。腕を組み、うんうんと唸っている。と

 

「むうぅぅ。あ、そうだ。普段と違うと言えば一つあった。部活の帰りにティッシュ配りに会ったんだよ。多分小学生くらいの女の子だったからよく覚えてる。日が沈み始める時間なのに、確かに変だよな」

 

「そうだな、この辺りじゃティッシュ配りとかあんまり見ないし。それと、男の理央は部活入ってたんだな」

 

「・・・・・・あぁ。サッカー部だったよ。女になってからは、久臣と同じ帰宅部になっちまってたけど」

 

悲しそうな表情。しまった、余計な質問だった。話題を変えようと、俺は慌てて別の質問をする。

 

「その、貰ったティッシュってまだ持ってるか?」

 

「鞄に突っ込んでそのままだから、多分。ちょっと待ってて」

 

鞄を引き寄せ、中身をがさがさと漁る理央。しばらくして、なんの変哲も無いポケットティッシュを取り出した。他の中身に押し潰されたのかくしゃくしゃになっている。

 

「えーっと、中のチラシは・・・・・・なんだこれ?」

 

ポケットティッシュに同封されているチラシを確認し、理央は怪訝そうに眉をひそめた。何が書いてあるのかと顔を近付け覗いてみると、そこには、

 

『もう一人の自分。もう一つの人生。新しい道を歩んでみませんか?美容整形ならラスクリニック』

 

そんな文言と一緒に、リアル調の美女のイラストが描かれている。まぁ、普通の広告だ。ただ気になるのは文言の部分。今の理央の境遇と不気味な程重なっている。

 

「もう一つの自分、もう一つの人生・・・・・・。一応聞くけど、このラスクリニックって所には行ってないよな?」

 

「当たり前だろ。別に興味も無いし。だけど、うーん・・・・・・これが原因って考えたくなるよな、書いてある文章を見ると」

 

顔をしかめながらティッシュをひらひらと振る理央。仮にこのチラシが原因だとして、どうすれば解決出来るのか。ひとまず、今やれることは・・・・・・。

 

「一旦電話掛けてみるか?無関係の可能性もあるけど、何か新しいことが分かるかもしれないし」

 

チラシにはクリニックへの電話番号や住所も記されている。もしもこのラスクリニックというのが原因だったとして、どんな方法で理央をこんな状態にしたのかは検討が付かない。それでも、連絡を取ってみるのは有りな気がしていた。

 

「・・・・・・そうだな。もしそこのクリニックが犯人だったらぶっ飛ばしてやる」

 

理央は物騒なことを呟きつつ、チラシに書かれている番号をスマホに打ち込む。数回のコール音の後、クリニックに繋がった。

 

『もしもし、こちらラスクリニック。どのようなご用件かな?』

 

スピーカーモードにしたスマホから響くのは若い女性の声。多分俺達よりも年下、というか小学生くらいに聞こえる。この時点で奇妙というか、怪しさ満点だ。

 

「あー、その、えっと・・・・・・ポケットティッシュのチラシについてなんですけど」

 

『あぁ、あの時の。受け取ってくれたのは君だけだからね、覚えているよ。どうしたんだい、もしかして困りごとかね?』

 

その言葉に警戒心が高まる。殆ど何も言ってないのに、何故か相手はこちらの事情を把握しているみたいだ。まともじゃない感じがして、俺は意味も無く息を潜めた。

 

「し、知ってるのかよ。いや、なんで分かるんだ?おかしいだろ」

 

『気にする必要は無いさ。それで、お客様。困りごとがあるならぜひ聞かせてもらえないかい?当クリニックは、お客様の満足の為なら粉骨砕身務める所存だよ』

 

「・・・・・・。じゃあ、単刀直入に聞くけどよ。俺を女にしたの、お前か?」

 

いきなり核心を突く理央は、声に怒りを滲ませている。彼女も怪しいと思っているようだ。果たして電話相手から返ってきたのは、クスクスと押し殺した笑い声だった。

 

『っく、くく。性転換手術は請け負っていないよ。だけど、聞きたいのはそういうことじゃないんだろう?ある日、ある朝、目を覚ましたら女性になっている。今までの人生も何もかも、女性として歩んできたことになっている。大方そういう悩みかな』

 

「お前・・・・・・おい、お前だな!?俺をこんなにした奴は!クソ、ふざけるんじゃねえぞ!」

 

『いや、いいや。残念ながら違うんだ。関係者ではあるけれど、犯人じゃない。事情は把握しているがね』

 

まるで漫画やドラマの黒幕のように、電話相手が楽しげに語る。こちらをおちょくっているかのようだ。

 

「だったら、その事情って奴を教えろよ!洗いざらい全部吐け!」

 

『いいとも。だけど、電話越しというのも風情が無い。よければ当クリニックにお越しいただけるかい?無理にとは言わないが』

 

「あぁ行ってやるよ!首洗って待っとけこの野郎!」

 

「ちょ、落ち着け理央」

 

ヒートアップする理央だが、相手の場所に行くのは不味くないか?そう思って声をかけても既に電話は切られてしまっている。興奮して顔が真っ赤になっている彼女を宥めつつ、本当にラスクリニックに向かっていいのか不安を覚えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ここだな・・・・・・よし」

 

ノシノシと肩をいからせて歩く理央を止めることも出来ず、結局俺達はチラシに書かれていた住所に到着してしまった。雑居ビルの4階らしいけど、看板も出てないし窓ガラスに広告も貼っていない。一見するとどんな店が入ってるのか分からなくなっている。

 

「怪し過ぎる・・・・・・なぁ理央、一旦落ち着こうぜ。もしかしたらヤクザとか、そうじゃなくてもヤバい奴らがいるかもしれないし」

 

「だからってこのまま引き下がれるかよ。俺がこんな風になった原因を知ってるのは確かなんだ。逃げられたら元も子もないだろ」

 

押し殺した声は怒りに満ちていた。街中だから怒鳴ったりしなかっただけで、内心は怒り狂っているんだろう。きっとこの激怒は、不安や疑問の裏返しだ。俺じゃあ止めようが無い。

 

「分かった。でも、何かあるかもしれないから俺が先に行ってみるよ。理央だと顔覚えられてるだろうし。大丈夫そうならすぐ連絡する」

 

「え。いや、駄目だって。それじゃ久臣が危険じゃないか。オレの問題なんだから、まずはオレが・・・・・・」

 

「頼む。俺一人の方が相手が油断するかもしれない。その気になれば、振り切って逃げるくらいは出来るからさ」

 

理央が一人で行くのは論外だ。体育の成績は常に5の彼女でも、大の大人に囲まれたら逃げようも無い。同じ理由で二人で行くのも避けたかった。俺一人なら、上手く隙を突いて逃げ出せるかもしれない。こう見えて身体能力には自信があるのだ。

 

それらしい理由を並べて説得すると、理央は不満げながら了承してくれた。親友であり愛する彼女を危険な目には遭わせられない。そう決心しつつも口には出さない。理央が聞けば、一段と機嫌を悪くするだろうから。

 

「とりあえず、15分経っても連絡が無かったら警察に電話してくれ。まぁ、多分大丈夫だけどな」

 

「・・・・・・ヤバそうだったらすぐに戻ってこいよ」

 

自分のことを棚に上げて言う理央。いや、お互い様か。俺は出来る限り気軽な感じで頷きながら、雑居ビルの階段を上り始めた。定期的に掃除されているからか、古びた見た目にしては清潔だ。一気に4階まで上り切り、ラスクリニックと記されている扉の前に立つ。

 

「すぅ、はぁ」

 

緊張をほぐすように息を整え、ドアノブを回しゆっくりと開いた。そこには───

 

「え?」

 

何も無い。がらんどうとした空間だけが広がっていて、壁はコンクリート打ちっぱなし。クリニックどころか、なんのテナントも入っていない状態だ。そして、その空間の中央に一人の女の子が立っている。七五三のような着物姿で、顔には薄ら笑いが浮かんでいた。

 

「やぁ、いらっしゃい。君は、ふむ・・・・・・電話をいただいたお客様ではないようだけれど。ここに何用かな?」

 

かなり年下の、それこそ10歳近く離れていそうな女の子相手に気圧されてしまう俺。本能的に理解する。目の前の女の子は、まともじゃない。幽霊とか妖怪とか怪物とか、よく分からないけど常識の外にいる存在なのは確かだ。

 

駄目だ。怖気付くんじゃない。ここに来たのは理央の為。そして、異常な状況が目の前の女の子が原因だとしたら、納得出来る部分もある。そう思わせるだけの雰囲気が漂っていた。

 

「・・・・・・電話をしたのは俺の知り合いです。先にちょっと、様子を見に来ました」

 

「ほぅ。成程、誠実だね。しかし、様子を見るといってもこの有様だ。君の知り合い、彼女の影響かな。世界が少し書き替えられたのさ」

 

おどけるように告げる女の子だが、言っている意味が分からない。理央の影響で世界が書き替えられた?一体なんの話だ。疑問を込めた視線に気付いたのか、女の子はそのまま言葉を続ける。

 

「他ならぬ君の知り合いの願いで、ほんの少しだけズレが発生した。性別が変わるという結果でね。ラスクリニックは力を貸しただけだ。お客様である君の知り合いに、彼の願いが叶うように」

 

「何を言ってるのか分かりません。あいつは、理央はそのせいで苦しんでるんですよ。それなのに、まるであいつに責任をなすり付けるような・・・・・・!」

 

「だから、そう言ってるんだよ。お客様はお客様が望んだ通りの結果を得た。その結果苦しむかどうかはお客様の問題だ。こちらからフォロー出来ることは何も無い」

 

悪びれもしない態度に、自然と拳を握り締めてしまう俺。冷静になれ。頭に血を上らせては駄目だ。そう自分に言い聞かせながら、目の前の女の子を睨みつける。

 

「・・・・・・とにかく。貴女がやったことなんだったら元に戻してください。これ以上理央を苦しめるのは許さない」

 

「ふむ。まぁ、無理をすれば出来ないこともないけれど。君はそれでいいのかい?君にとって、彼女は大切な恋人なのだろう?彼女の言う元に戻るというのは男に戻るということだ。つまり、彼氏彼女の関係は消え去るのが道理。元通りにね」

 

何が楽しいのか、女の子は笑みを深くしながら歌うように言葉を紡ぐ。俺の心を抉ろうとしているのか、考えないようにしていた事柄を的確に指摘されてしまう。

 

「本当に、それでいいのかい?君の彼女は自身が望んで女性となった。しかし、何故か苦しみ戻りたいと言う。その矛盾を解きほぐさないまま、元に戻していいのかな?わだかまりとしこりが残り、挙句君は恋人を喪う。それは悲劇さね」

 

「な、何が言いたいんですか」

 

「言っているだろう。もっと彼女と話し合うべきだ。彼女のことを恋人と、それ以前に親友と思っているのなら。一人で危険をしょい込んで、こんな所に乗り込んでくるのではなく。それこそがお互いの為だと思うけどね」

 

笑みを消し、すぅっと細めた目つきで俺を射抜く女の子。鋭い視線に何も言い返せない。確かに、理央とはしっかり話し合った方がいいとは思う。元に戻るのを止める権利なんて俺には無いけど、せめて何を思って何を考えているのかは知っておきたかった。

 

が、それとこれとは話が別だ。元凶であろう女の子を見逃してはいけない。恐怖を呑み込み、一歩前に足を踏み出す。

 

「それは、俺と理央の問題です。貴女には関係無い。とにかく元に戻す方法はあるんですね?」

 

「まぁね。多少無理をする必要はあるが、彼女が心から望むのならなんとかしてみせるよ。本当にその気があれば、だけれども」

 

意味深な言葉と共に再び微笑んで、女の子はふわりと一礼した。瞬間、彼女の姿が急速にぼやけていく。異常な現象に目を見開いていると、輪郭が消え去る直前に声が聞こえてきた。

 

「次に来るまでには準備をしておこう。では、また」

 

「おい、久臣大丈夫か!?って、なんだこの部屋」

 

女の子が完全に消えた直後、部屋の扉が荒々しく開かれる。大声を上げながら入ってきたのは理央。そうか、もうそんなに時間が経っていたのか。警察に電話してくれと頼んでいたけど、どうやら彼女は突撃を選択したらしい。

 

「何があったんだよ久臣。こんな何も無い部屋で・・・・・・もう15分経ったんだぞ」

 

「あぁ、うん・・・・・・とりあえずここを出よう。全部説明するから」

 

あの女の子は一体なんだったのか。それは分からない。でも、彼女の言う通り理央とは腹を割って話す必要がある。訝しげな視線を背中に受けながら、俺は足早に部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・マジか」

 

「馬鹿みたいな話だけどな。信じてくれると嬉しい」

 

雑居ビルを出た後、近くのファミレスに入った俺は理央にさっきの出来事を説明していた。到底信じられないだろう内容に、理央は腕組みをして考え込んでいる。テーブルに沈黙が満ちる中、所在無さげにドリンクバーのコーラを啜った。

 

「・・・・・・。分かった。信じる、信じるよ。オレの話を信じてくれたんだ、お前の話だって本当なんだろう。そのガキに直接会えなかったのは腹立つけどさ」

 

しかめっ面ながら言われた言葉にホッとする。事情を打ち明けた時の理央もこんな気持ちだったんだろうか。どっちにしろ、これで少しだけ前進だ。

 

「よかった。それで、えぇっと。アレだ、俺達はもう少し話し合うべきじゃないかって。女の子が言ってたことを鵜呑みには出来ないけど、なんというか・・・・・・」

 

「そっちも分かってる。そりゃそうだよな。うん、そりゃそうだ。クソ、あぁ、結局オレが・・・・・・」

 

歯切れ悪く伝える俺に、理央は苛立たしそうにブツブツと呟いている。鬱屈とした雰囲気をまき散らし貧乏ゆすりもしているのは、余程思う所があるようだ。心配になる様子だけど、あえて吞み込みかけた言葉を告げる。

 

「理央。心の内に抱えてるものを、俺に話してくれないか?話し辛いことなのは理解してるけど、それでも力になりたいんだ。長い付き合いだろ、俺達」

 

「む、ぐ・・・・・・。あぁもう、人の気も知らないでよ!いいぜ、オレも覚悟を決めた。後悔するなよ、久臣」

 

精一杯威嚇するような表情を浮かべる理央だが、可愛いとしか思えない。そんな感想は吞み込みつつ、俺は語り始める彼女の声に耳を傾けた。

 

「オレは男だ、って言ったよな。あれは本当だ。嘘じゃない。彼氏彼女の関係じゃなかったのも本当。だけど、その・・・・・・オレは元々理央のことが好きだった。男の頃から、恋愛的な意味で。その気持ちは、誰にも言わずにずっと隠してたけど」

 

苦しそうに、辛そうに言葉を吐き出す姿は痛々しい。まるで自らの罪を罰しているかのようだ。

 

「俺と久臣は親友だ。それは絶対に揺るがない。誰にも否定されてたまるもんか。でも、時間が経つにつれオレは惹かれていった。久臣と付き合いたい、結ばれたいと思っちまった。男同士なのに、おかしいよな。それに、お前にとっても迷惑だ」

 

「いや、俺は」

 

「最後まで言わせてくれよ。だからオレは自分の気持ちを封じ込めた。お前と親友でいる為に。お前が離れていってしまうのは、きっと耐えられないから。もし離れていかなくても、関係性が変わるのが怖かった。それなのに・・・・・・」

 

俺の声を遮り、理央はとめどなく話し続ける。目尻にうっすらと涙が見えるのは気のせいだろうか。

 

「女になったオレは、お前の、久臣の彼女になってた。馬鹿みたいな状況に混乱しまくってたけど、ほんとは嬉しかったんだ。絶対に叶わない願いが叶ったから。でも、それ以上に怖かった。別に久臣は男のオレを受け入れたわけじゃない。オレが女になったから付き合ってくれてるんじゃないかって。だから、オレも今の状況を受け入れられない。だってオレは男だ。お前に告白するのを諦めて、ずっと親友のままでいようと決めていたんだ。クソ、チクショウ・・・・・・!」

 

とうとう理央は俯いて、ぽろぽろと涙を流し始めてしまう。慰めの言葉が出てこない。彼女の言う通り馬鹿みたいな状況だし、何より俺は考え込んでいた。もしも理央が男だったら、俺は付き合っていただろうか?

 

親友になっていたのは間違い無いだろう。だけど、付き合うかどうかは分からない。俺の中では理央はずっと女の子で、もし男だったらなんて考えもしていなかったから。理央が理央だから惹かれたのか、女だから惹かれたのか。そう簡単に答えは出せなかった。

 

「・・・・・・とりあえず。話してくれてありがとう、理央。そしてごめん。折角話してくれたのに、どう返せばいいか分からないんだ。考える時間をくれ」

 

「ぐすっ、まぁ、そうなるよな。オレだってわけ分かんないままだし。お前にとってはずっと女だったんだし。ラスクリニックだかなんだか知らないけど、余計なことしやがって」

 

嗚咽を抑えて表情を歪める理央。苦しみ続ける親友に対して、俺はどうすればいいのだろう。どう答えればいいのだろう。彼女の苦しみを理解出来ず、寄り添えもしない自分の無能が恨めしい。

 

「とりあえず家に戻ろうぜ。ゆっくり休めば多少は気分がマシになるかもしれないしさ」

 

月並みな言葉を吐いて、内心を悟られないよう笑みを浮かべた。この先のことについて考えるのを後回しにしながら。

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