日曜の昼下がり。人々でごった返す繁華街の一角で、小柄な女性がベンチに座りスマホを操作していた。つまらなそうな表情を浮かべている彼女からはどこかちぐはぐな印象を受ける。背丈に見合わない豊満な胸と、それを誤魔化すようなメンズファッションが原因だろうか。
膝が見える程度のショートジーンズに、上着は飾り気の無い白いシャツを羽織っている。サイズが合っていないのかややだぶついていた。被っている野球帽にはプロ球団のロゴが描かれていて、女性的な装飾品は身に纏っていない。
その女性はしかし、服装では隠しきれない程魅力に溢れる容姿をしていた。美麗というよりは可愛らしいという方向で、一見しただけで男女問わず目が離せなくなる程の顔立ち。引き締まっていながら出る所は出ている体形。アイドルやモデルと言われても納得だろう。
「・・・・・・」
彼女はつまらなそうな表情のまま、スマホの画面から目を離し周囲をちらりと確認する。大多数の人間が楽しそうに休日を謳歌しているか、あるいは世を恨んだような目つきで忙しなく動いていた。と、
「どうしたのお姉さん、そんな暇そうな雰囲気出しちゃって。良かったらさ、俺と遊ばない?」
近付いてきたのはいかにも遊んでいますといった雰囲気の青年。軽薄そうな笑みを浮かべ、日焼けした体を派手な服装と装飾品で着飾っている。年齢は20代前半程だろうか、若さ故の自信に満ちた雰囲気を漂わせていた。
「・・・・・・へぇ、ナンパか?こんなナリの奴に勇気あるな」
「いやいや、こんな美人さんがいたら声をかけるのが礼儀だって!それにいいじゃん、そのファッション。最近暑いしね。とりあえず近くのカフェにでも行かない?こんな気温の中屋外にいたら熱中症になっちゃうよ。勿論俺の奢りで」
明らかに機嫌が悪そうな女性に対し、彼は一切の気遅れを見せなかった。手慣れた様子で喋り続け、するりと女性の横に座る。対する女性は嫌がるでもなく、まるで値踏みするかのように青年の顔を眺めた。
「お、何、見惚れてる感じ?」
「いや、それ程のイケメンじゃないな。ブサイクってわけでもないけど」
「手厳しいなぁ!それでどう?案外脈アリなんじゃないかなーって気がしてるんだけど」
そう言ってにっこりと笑う青年。軽薄なのは変わらないが人懐っこい笑みだ。どこか、心を許してしまいそうな気安さを醸し出している。
「そうやって何人の女を喰ってきたんだか。まぁいいや、お前の言う通り暇してた所だ。折角だから奢ってもらおうかな」
「マジで!?やったー!お姉さん話が分かるねぇ。ワイルドな喋り方も素敵だよ」
「歯が浮く台詞はやめてくれ。で、まずはどこに行くんだ?」
抱き着いてきそうな青年を押しやりつつ立ち上がる女性。独特な雰囲気の彼女に、青年はいつもと違う何かを感じていた。今までに何度もナンパを成功させてきたが、このような相手は初めてだ。
「とりあえずカフェで涼もうか。俺の行きつけなんだけど、レモンのムースケーキが絶品なんだ。きっと気に入るはずさ」
女性に続いて立ち上がり、青年は自然な素振りで手を繋ごうとする。が、軽く手の甲を叩かれ払われてしまった。まぁいい、時間はある。ゆっくりと心の距離を詰めようと考えながら、女性をカフェに案内し始めた。
「いやぁ、派手だったねぇ。カーチェイスもそうだけど、最後の撃ち合いには痺れたわ」
カフェで一息ついた後、青年は女性と共に映画館に訪れていた。最初はラブロマンス映画を見ようとしていたが、女性の希望でハリウッド発のアクション映画に変更している。結果、アクションも内容もそれなり以上の出来だったようだ。
「何より相棒役の演技がなぁ・・・・・・!俺あの俳優好きなんだけど、普段はおちゃらけた役ばっかりなんだよ。それなのに今回は渋いのなんのって!新しい一面が見れてよかった」
青年は興奮した様子で女性に話しかけ続ける。普段はナンパ相手の感想を聞き出して会話を続けるが、女性は満足気な笑みを浮かべながらも口を開かなかった。なのでこうして自分から感想を振っているのだが・・・・・・。
「・・・・・・」
鬱陶しそうにするでも無く、さりとて相槌を打つわけでも無く。女性は青年の話を聞きながら、残り僅かになったジュースを啜っている。フードコートに併設されたスペースに腰を下ろしても、彼女は青年を興味深そうに見つめるだけだった。
「大当たりだったなぁ、ほんと。ありがとね、お姉さん。最初はあっちの映画を見るつもりだったから、なんだか得した気分だよ」
「・・・・・・まぁ、面白かったのは、そうだな」
数分程青年の感想を聞き通し、ようやく女性が口を開く。どこか躊躇いがちな口調で、静かに言葉を続けた。
「適当に選んだだけなんだけどな。恋愛映画には興味無いし」
「好みは人それぞれだからねぇ。あ、そうだ、ジュースのお代わりとかホットスナック食べる?俺買ってくるけど」
「遠慮しとく。どうせこの後飯でも食いに行くつもりだろ?腹は空かしといた方がいい」
「え、夕飯まで付き合ってくれるの!?嬉しいなぁ、ありがとうお姉さん!」
屈託の無い青年の笑み。女性は目を細め、視線を逸らすように俯いた。何か戸惑っているような様子だ。対する青年は彼女の態度に気付きつつも指摘はしない。少なくとも嫌われてはいないようなので、このまま親睦を深めようとしていた。
「それじゃあイタリアンなんてどう?本場のパスタやピザが食べられる手頃なお店があるんだけど。ちょーっとカロリーは高いけどね」
「そこでいいよ。麺類やチーズは好きだ」
青年の提案に簡潔に言葉を返し、立ち上がった女性は紙コップを片付ける。そのまま映画館の出口へ向かう背を、青年は浮かれたような足取りで追いかけた。相手は素っ気無い態度のはずなのに、話すのが妙に楽しい。波長が合うとでも言えばいいのだろうか。
実際の所、青年はナンパしてきた相手に対して強引な手段は取ってこなかった。ナンパ相手を楽しませ、エスコートしながらコミュニケーションするのを彼は楽しんでいる。暴力や脅し、酔い潰すなど以ての外だ。
だから、軽薄そうな雰囲気やチャラついたファッションに似合わず、青年に下心は無い。肌を重ねるのはナンパ相手が求めてきた時だけである。それは彼の信念であり、ナンパの方法を伝授してくれた先輩からの教えでもあった。
女性を楽しませるのを楽しめ。そう常々言っていた先輩も今では家庭を持っている。たまに一緒に飲みに行くが、女遊びはきっぱりやめたらしい。そんな先輩に憧れている青年は、小柄な女性を楽しませようとする努力自体を楽しんでいた。
穏やかな昼下がり、青年と女性は連れ立って街中を歩く。青年がひっきりなしに話しかけ、女性がポツポツと返事をする様子は比較的中が良さそうに見えた。歩幅の差に合わせ、ゆっくりと歩く彼に気付きながら、女性はどこか不思議そうに笑みを漏らすのだった。
雰囲気のいい店でイタリアンに舌鼓を打ち、二人が外に出た頃には空が暗くなり始めていた。街灯の明かりが付く時刻だが、それでも人々の喧騒は途切れない。むしろここからが本番とでも言うように、若者達の往来は増していた。
「美味しかったねぇ。きのこのピザは初めて食べたけど、あんなに風味豊かなんて知らなかったよ」
ニコニコと笑っている青年の頬には僅かに朱が差している。女性も同様だ。食事の際にグラスワインを飲んだ為だろう。ほろ酔いの青年は先程よりも陽気な雰囲気で、まるで歌うように話し続けていた。
「お姉さんも気に入ってくれた?きのこって苦手な人が多い感じだけど」
「そんなに好き嫌いは無いよ。きのこも、うん。美味かった。チーズの質もいいんだろうな」
「そうそれ!詳しいことは分からないけど、滅茶苦茶コクがあるっていうか。濃厚なのにクドくなくて、それがきのことも相性ぴったりって感じ。毎日食べても飽きないくらいだ」
「くくっ。流石に太るぞ、それは」
くつくつと笑う女性。青年はそれを幸せそうな様子で眺めつつ、彼女との時間が終わってしまうのを名残惜しく感じてしまう。もう少し一緒にいたい。やましい気持ちや下心も無く、純粋にそう思った。
「ねえ、お姉さん。これは断ってくれてもいいんだけど。近くに行きつけのバーがあるんだ。もう少し付き合ってくれない?」
こんなことを言えば、普通なら警戒されるだろう。無理やり酔わせて行為に及ぼうとするような男も多い。しかし、青年は女性に惹かれていた。それなりに経験があるというのに、何故かは分からない。
危険に思える誘いに、女性は訝しげな視線を青年に向ける。警戒しているというより、理解が及ばないものを目の当たりにしているような面持ちだ。青年にとっては無限に感じられる数十秒が過ぎ、ようやく女性が口を開く。
「・・・・・・面白いなお前。いいぞ、付き合ってやる。ただ、行くのはバーじゃない。今度は俺についてきてくれ」
女性は青年の手を取り、行き先も告げずに歩き出した。有無を言わせない態度と手のひらの温もりに、青年はドキリとしてしまう。まるで初恋のようだ。
「ちょ、ちょちょ、一体どこに?いや、別に俺は構わないけど」
「ならいいじゃないか。安心しろ、多分知ってる場所だ。ま、着けば分かるさ」
そう返され、口ごもる青年。あっという間に主導権を握られてしまった。口数が取り柄だと自覚している彼はしかし、彼女の背に声をかけられない。初めてのナンパの時でさえこれほどドギマギしなかったというのに。
彼女は何者なんだろうか。女性的魅力に溢れる見た目に似合わない、男勝りな口調と振る舞い。正直に言って青年の好みからは外れている。それなのに、なんでこんなに惹かれてしまうのか。
もしかすると、自分は一目惚れに陥ってしまったのかもしれない。いや、声をかけた瞬間はそこまでではなかったはず。青年は手を引っ張られながら自身の感情について考える。伝わってくる手のひらの温もりに心臓を跳ねさせながら。
「ここって・・・・・・!?」
果たして、女性に連れてこられたのはラブホテルだった。ナンパ相手と何度も訪れたことがある場所だが、まさか・・・・・・。
「別に初めてってわけでもないだろ。ほら、入るぞ」
「いやいや、ちょっと待とうお姉さん。そりゃ、男の俺からしたらこういう誘いは嬉しいけどさ。その、こんなあっさりでいいのか?」
「あのな、俺から誘ってるんだぜ?据え膳だ、据え膳。ナンパしてくる癖に腰が引けてるな、おい」
「えぇ・・・・・・?せ、積極的過ぎるんじゃ・・・・・・」
明け透けな物言いに青年が呟く。確かに彼は女性に惹かれていた。しかし、それは人柄や雰囲気にであって、性的な部分に対してではない。だから今回も、行きつけのバーで話し込んだ後は連絡先を交換して別れるつもりでいた。
「ふふ。いやぁ、本当に面白いなお前。ここで乗り気にならないなんて。だからだよ、誘ってるのは」
「えっと、どういう意味?」
「いいから。中入ってから話してやるよ。勿論俺の奢りだ」
上機嫌な女性は青年を引っ張ってラブホテルの入り口を潜り、手慣れた様子で部屋の指定と支払いを済ませる。ひょっとして彼女にも複数の利用経験があるんだろうか。それを考えると窮屈な気持ちになる青年だが、意識して思考の隅に追いやった。
手を引っ張られるままに部屋に到着し、青年は戸惑いながら女性の顔に目を向けた。彼女は今までと違う妖艶な笑みを浮かべ、青年をベッドに優しく押し倒す。立場が逆だ。詰まりそうになる息を整えながらなんとか口を開く。
「ちょ、ちょっとお姉さん。落ち着こう、ほら、中入ったら話してくれるんでしょ?」
「今更ビビるなって。ちゃんと話してやるからさ。よっと」
そう言いながら女性が上着を脱ぎ捨てると、甘い香りがふわりと広がった。脳の奥まで染み込み、痺れ蕩けさせてしまうような香り。同時に女性の姿が変わっていく。頭には捻じれた角が二本生え、背には蝙蝠のような翼。そして、先端がハートマークの細い尻尾がふりふりと動いているのが見えた。
「っ!?ちょ、え?」
「はは、いーい表情。どうだ、驚いたか?」
「お、驚いたっていうか、え、早着替え?コスプレ?」
青年は目を白黒させて女性を見つめる。鼻腔をくすぐる甘い香りが彼の意識を曖昧にしていくが、それよりも目の前の光景が信じられなかった。人間離れした雰囲気の彼女が、ちろりと赤い舌を覗かせ唇を舐める。
「いつもは魅了させて無理やり喰うんだが・・・・・・お前は特別だ。教えてやるよ、俺のこと」
跳ねのけることも出来ない青年を見下ろしながら、女性の瞳の色が変わった。薄暗い部屋の照明よりも妖しく艶めかしく輝いている。その色は舌よりも濃い赤で、まるで血液のようだ。
「俺は、アレだ。いわゆるサキュバスでな。知ってるか、サキュバス?男の精を取り込まないと生きていけない化け物だよ」
「ま、待ってくれ。それじゃあお姉さんは人間じゃないとでも言うつもり?そんなバカみたいな話が」
「あるんだよ、バカみたいな話だけどさ。元は人間だったんだけど、交通事故で死にかけたんだ。で、死にたくないって強く願ったらこうなってた。よく分からんガキに何かを言われた記憶はあるんだが、詳しく覚えてないんだよな」
そう説明する彼女の後ろで尻尾が揺れている。ただのコスプレではあんな生きているように動かないはず。それに何より、今の彼女の雰囲気はあまりにもまともじゃなかった。煽情的で蠱惑的、そして輝く瞳は捕食者のように青年を見つめ続けている。
「で、だ。元の俺は男だったんだよ。今はこんな女、どころかサキュバスになっちまってるけど。昔はお前よりも男前だったんだぜ?」
次から次へと告げられ、青年は酷く混乱していた。が、女性はお構いなしに言葉を続ける。まるで己の過去を吐き出すように。
「サキュバスになった最初は、それこそ死ぬ程搾精が嫌でな。俺は男だーって思いながら、湧き上がる餓えをずっと抑えてた。でもまぁ、限界は意外と早かったよ。半月も持たなかった。外に出たくなかったから通販を使ってたんだけど、ある日配達員に襲いかかっちまって・・・・・・。気付いたら、配達員は俺の下で気絶してて周りは体液塗れだった」
雰囲気とは裏腹にどこか痛ましさを感じる女性の口調。瞳は未だに爛々と輝いているのに、青年には涙を流しているように見えた。
「そこからはもう我慢をやめた。適当に街中をぶらついて、ゲスな目的で声をかけてきた男達を食料にしてきたんだ。あ、と言っても殺すまで搾り取ったことは無いぜ?数日間勃たなくなる程度だから」
目の前の女性が助けを求めているように見えて、青年は何を言えばいいのか分からないまま手を伸ばす。彼女が話したことは半分も理解出来てない。ただ、悲しそうな彼女を放っておくことは出来なかった。考えの整理が付いていない状態で、赤く光る瞳を見つめ口を開く。
「え、っと。正直、全然理解出来てないかな。だからさ、もっと話してくれない?お姉さんが何者でも、君と話をするのは好きだし。まぁ、詳しく話されても理解出来ないかもしれないけど」
「・・・・・・へぇ?ビビってるんじゃないのか?」
「いやぁ、うーん・・・・・・。確かにちょっとは怖いなぁ。だって、人間じゃないんでしょ?そんな映画みたいなことがあるなんて知らなかったし。でもまぁ、それ程じゃない。会話が通じない人間を相手にしてる時の方が怖いかな」
そう言いながら、青年は女性の頬を優しく撫でた。そうするべきだと思ったからだ。女性は嫌がる様子を見せず、懐いたペットのように自分から頬を擦り付ける。目を細め、気持ちよさそうに見えた。
「ふふ、くすぐったい。あぁ、だからか。全然魅了効かないんだもんな。お前、ちょっとおかしいんだ」
「ひ、酷いなぁ。俺はただ楽しみたいだけだよ。それに、お姉さんが寂しそうだったから」
「俺が?」
虚を突かれたのか瞬きを繰り返す女性。赤い光が明滅し、ライトか何かのようだ。翼が振動するように羽ばたき、尻尾は相変わらずゆらゆらと動いている。
「うん。俺の勘違いかもしれないけどさ。なんか、寂しそうだなー、悲しそうだな―って」
気軽な口調のまま、押し倒されていた体を起こして女性と向き合う。軽薄な笑みを浮かべながらも、瞳は真剣だった。
「でも、うん。正直言っちゃうと嬉しかったよ。まだよく分かってないけど、誰にでも身の上を話してるわけじゃないんでしょ?だから、俺には話してくれて嬉しいんだ。嫌じゃなかったらもっと聞かせてくれない?」
「お前、お前なぁ・・・・・・。こんな美人が誘ってるのにお話が優先かよ。酷ぇ話だ」
「いやぁ、やりたくないって言ったら嘘になるけどね。まずはもっとお互いのことを知ってからの方が、もっと気持ちいいよ」
「ナンパしてきた奴の台詞とは思えねえな。くくくっ」
上機嫌な様子で笑い、女性は青年の横に腰を下ろす。瞳の光は弱くなったが、角や翼、尻尾はそのままだ。服もはだけたままなので目に毒である。しかし、青年はあまり気にしない。自分で言った言葉通り、彼女の話をもっと聞きたいという思いが先に来ているらしい。
「初めてだよ、お前みたいな奴は。下心無しで声を掛けてきた挙句、押し倒しても据え膳に飛びつかないなんて。性欲あるのか?」
「勿論。言っちゃなんだけど経験も豊富だからね」
「そりゃあいい、後で愉しませてもらうとしよう。で、何が聞きたい?知りたいんだろ、俺のことを」
悪戯っぽい笑みは、もし街中だったのなら男女問わず注目を集めるような魅力を秘めていた。青年も自分の心臓が跳ねるのを感じたが、表には出さず笑みを返す。
「そうだなぁ。何から何まで全部、と言いたいけど・・・・・・とりあえず、お姉さんが話したいことを話してよ。誰かに吐き出したいこと、沢山ありそうだから」
「はっ、お見通しってか。じゃあ遠慮はしないぞ。折角だ、お涙頂戴といかせてもらおう」
そう言うと、女性は自身の生い立ちを話し始めた。三人兄弟の次男坊として生まれたこと。家族との関係は良好だったこと。学生時代には柔道部で練習に打ち込んでいたこと。大学への進学直前、事故に遭ってこうなってしまったこと。偽造された身分証を使っているが、いつバレるか不安になっていること。落ち着いた口調で、一つ一つを大事そうに語っていく。
「───で、まぁ、今に至るって感じだな。あり得ない話だろ?事故で死にかけて、目が覚めたら女、しかもサキュバスなんて馬鹿げた存在になってるなんてさ」
「普通なら信じられないけど、目の前にいるから信じるしか無いかな。角も翼も尻尾も、作りものじゃないみたいだし」
そう言いつつ青年は女性の頭に手を伸ばす。生えている角は奇妙に捻じれていて、ごつごつとした見た目なのに表面は滑らかな手触りだ。感覚が通っているようで、角を撫でられた女性は目を細めて気持ちよさそうにしている。
「んっ・・・・・・。まぁ、そうだな。一応引っ込められるんだけど、案外疲れるんだよ。だから、人の目が無い時はいつも出しっ放しにしてる」
「人目に付くよねぇ。結構大きいし、服だって着れなさそうだ」
「家では通販で買った服を改造して着てるけど、面倒ではあるな。新品の服をハサミで切るのも気が引けるし」
言葉を交わす二人の雰囲気は穏やかだ。だが、女性からは抑え切れない淫靡さも感じられる。彼女は暫し口をつぐんだ後、青年の顔を真っすぐに眺めた。瞳が再び赤く光り、甘い香りが漂い始める。
「・・・・・・なぁ。お前のことも知りたいけどさ、その前に喰わせてくれよ。ムースケーキもイタリアンも美味かったけど、やっぱり男の精じゃないと満たされないんだ」
「食事自体は美味しく感じてくれてたんだ、よかった。よし、それじゃあ俺も脱ごうか」
捕食者の視線を受けながら、青年はあっさりと答えて自分の服に手をかけた。女性の事情は理解した。サキュバスという存在が実際にいるということも。だから、これから自分は「食べられて」しまうと分かっている。
「なんか、初めての時よりも緊張しちゃうな。お手柔らかに頼むよ、お姉さん」
それなのに、青年はなんの警戒も感じられない笑みを浮かべていた。出会って数時間しか経っていない相手を心から信頼しているのか、慣れた手つきで衣服を脱ぎ捨てる。着痩せするタイプなようで、雰囲気に似合わぬ筋肉質な上半身が外気に晒された。
「鍛えてるのか?結構引き締まってるけど」
「それなりには。知り合いがスポーツジム経営しててさ、割安で使わせてくれるんだ。それにナンパは体力勝負な所もあるしね」
軽やかに答えながらズボンにも手を掛ける。現れたパンツは黒のトランクスで、それも脱ぎ捨てると男性器が姿を現した。
「へぇ。立派じゃないか」
「そんなじろじろ見られると、その、照れる。多少は自信もあったけどさ」
平均よりも長く太い男性器は、女性にしげしげと観察され徐々に首をもたげる。亀頭はズル剥けで、かなり使い込まれているように見えた。照れ臭そうにしつつも余裕がありそうな青年に、女性が悪戯っぽく言う。
「プレイボーイってわけだ。百戦錬磨ってか?」
「いやぁ、それ程じゃないよ。いや本当に」
「ま、経験人数で言ったら俺の方が狂ってるけどな。細かい数を覚えてないくらいには」
ちろりと舌を出した女性は、言葉終わりに青年を押し倒した。上と下。二人は見つめ合い、無言のまま時間が流れていく。暫しの沈黙の後、女性が躊躇いがちに口を開いた。
「最後に聞くが。俺はサキュバスで、しかも元男だ。そんな俺とヤるのは嫌じゃないか?」
「うーん・・・・・・状況がぶっ飛んでるから麻痺してるのかもしれないけど、嫌って感じはしないかな。流石に男を相手にしたことは無いから、違いもよく分からないし」
サキュバスに押し倒された状態で、青年はへらりと微笑む。本人の言う通り何かが麻痺しているのだろう。ネガティヴな感情は一切抱いていないようだ。サキュバスの能力で感じ取りながら、女性は彼に苦笑を返した。
「・・・・・・まな板の上の鯉だな、まったく。たっぷりと喰わせてもらうぜ」
見下ろす女性が顔を近付ける。リップも塗っていないのに瑞々しい唇が、青年の唇と重なった。むっちりした感触に甘い香り、更に唾液が口の中に流し込まれ目を見開く青年。ただキスをしただけなのに、膨大な快感が全身に伝わり始める。
「ぷはっ。魅了は効かないみたいだが、サキュバスの体液は流石に効くだろ。高濃度の媚薬みたいなもんだからな」
「これ、いや、やっばい・・・・・・!今まで感じたこと無い、って・・・・・・!」
全身を暴れ回る快感。あっという間に血液が充填され、男性器が雄々しく屹立した。いつもより一回り以上大きく見えるのは、サキュバスの体液のせいだろうか。
「はは、ほんとデカいな。外国の奴には敵わないが、女を泣かせないにはこれくらいがギリギリのサイズか」
「うあっ!?」
亀頭に軽くデコピンされただけで、青年の視界に星が飛んだ。危うく射精しかねないレベルの刺激は、今までの経験を束にしても敵わない程だ。あまりにも気持ち良すぎる。
「ちょ、うわ、ふぅー・・・・・・。待って、予想以上。え、これ死なない俺?大丈夫?」
「大丈夫だよ、今まで一人も殺してないから。まぁ、死ぬほど気持ちいいだろうけど。安心しろ、ちゃんと加減はする」
「なんか今更ながら怖くなってきたかも。一応聞くけど、ちょっと休憩挟むのは」
「始まったばっかだぜ?男を見せてくれよ」
からかうように言い、指先で青年の乳首を弾く女性。それすらも凄まじい快感になるようで体はビクビクと震えてしまう。普段ならそこまで興奮しないはずの彼女は、目の前の青年の様子に胸が高鳴るものを感じていた。
「不思議だな。反応は他の奴と似たり寄ったりなのに、くくっ」
女性がパンツを脱ぐと粘性の液体が糸を引いている。サキュバスは愛液を自在に分泌出来るが、これは自然に濡れたものだ。たらりと垂れて、青年の太もも辺りに落ちる。
「さて、それじゃあ・・・・・・いただきます」
たくましい男性器に狙いを定め、ゆっくりと腰を下ろす。愛液が滴っている入り口に亀頭が触れ、徐々に吞み込んでいった。男性器を歓迎するように中がうねり刺激していく。キツさを感じるのに柔らかく、絶え間無い快感が青年を襲った。
「や、ばっ・・・・・・!」
今までとは次元の違う気持ち良さ。そもそも、膣内が別の生き物のように自在に動くなんて経験したことが無い。意図的に絞めたりする相手はいたが、今回はそれどころではなかった。膣壁のひだが蠢き、男性器全体を執拗かつ的確に責めてくる。
「駄目だこれ、持たないっ!?」
精を搾り取るだけの動きに青年の肉体は耐えられない。心を置き去りにして射精感が込み上げてきた。それは我慢出来るようなものでは無く、膣内を一往復もしないまま精液が噴き出してしまう。
「ぐううぅっ・・・・・・!」
「っあー・・・・・・。美味い。味も量も上等だな。濃厚なのにクドくない。さっきの店のチーズみたいな感じか」
暴力的な快楽に歯を食いしばる青年。対する女性は、放たれる精液を子宮で飲み込みながら全身を震わせていた。青年から放たれた精液に酔いしれているようで、まるで極上の美味を味わっているかのように微笑んでいる。
「凄いよ、お前。経験豊富な奴の精はクドかったりエグみが強かったりするんだけど、そんなのとは全然違う。なんでだろうな?」
「はぁっ、ふぅ・・・・・・。お、俺に言われても。いやぁ、まさか食材の気持ちを味わえるなんて。普通ならあり得ない経験だ」
賞賛を込めた口調の女性に、青年は息も絶え絶えになりながらなんとか冗談を返す。そうしている内にも男性器は盛んに吸い付かれ、更なる精を求めるように膣の中が蠢いていた。このままでは二発目もすぐ出てしまうだろう。
「食材、ね。まぁ、サキュバスからしたらそうだよな。実際滅茶苦茶美味いし。でも、うーん・・・・・・結構初めての気持ちでもあるんだぜ?いつもなら事務的に搾り尽くしておしまいだったが、今日はなんというか・・・・・・もっとお前と触れ合いたい気分だ」
「嬉しいこと言ってくれるね、っ・・・・・・!だったら、もう少し手加減してほしいんだけど」
歯を食いしばり射精感を堪える青年。その表情を愛おしそうに眺めながら、女性は彼の胸板に頭を預ける。耳を当てて、心臓の鼓動を聞いているのだろうか。
「悪いな。これでも一応我慢はしてるんだ。本気でやったらアレだ、10秒もかからず意識を飛ばせるだろうし。そうしたいくらいお前は美味しいから」
「喜んでいいんだか、怖がればいいんだか、んっく・・・・・・!」
女性の腰は一切動いていない。だというのに、青年は絶え間無い刺激に襲われ続けていた。蠢く膣の中だけではない。目の前の女性が、サキュバスが存在しているというだけで精神が持っていかれそうになっている。香り、雰囲気、見た目。何から何までこちらの興奮を煽り、精を搾ろうとしてくるのだ。
だが、そんな中でも青年は正気を保っている。言葉の通り、女性が手加減してくれているからか。それとも特別に心が強いのか。快感を与え続けられる中、魅了されていないというのは苦痛かもしれない。
「そろそろ慣れたか?動くぞ」
「いや、まだ全然、っぐうぅっ!?!?」
男性器が抜ける寸前まで女性の腰が浮き、一気に落とされる。根本まで飲み込まれた瞬間、青年は二度目の射精に導かれた。こちらの意思に関係無く肉体が反応し、どくどくと精液が噴き出していく。止められない。
「っは、が・・・・・・!」
二度目だというのに異常な量の精液を吐き出した青年は、ぐったりとしながらも霞む視界で女性を見つめた。彼女は胸板に頭を預けたまま陶然とした表情を浮かべ、全身を小刻みに震わせているようだ。
「ふうぅ・・・・・・濃さもあんまり変わらないな。やっぱり美味い。二発目は大体が風味落ちるんだけどな。どうだ、そっちは気持ちいいか?」
その声にも答えられず、快感に焼かれながら荒い息を吐く。男性器は未だ萎えないまま、女性の中でそそり立っている。結合部は愛液で泡立っているが、精液が零れている様子は無かった。一滴残らず飲み込まれているのだろうか。
「気持ち、いいとか、そういう次元じゃないって・・・・・・。命が削られて、いるみたいだ」
「まぁ、サキュバスにとっての精気は生命力と似たようなものだから。でも、実際に寿命を削り取ってはいないから安心してくれ。やろうと思えば出来るけど、特にお前にはやりたくないし」
「怖いこと言うなぁ・・・・・・」
青年はゆっくりと息を整えながらも、男性器を啜り舐め上げるような膣壁の動きに腰が痺れるような感覚を覚えた。疲労ではなく、強過ぎる快感が通常の感覚を麻痺させてしまっているようだ。しかし、当の快感だけは一向に麻痺しない。全てがダイレクトに脳へと叩きつけられ、青年の目尻には反射的に涙が浮かんでいる。と、
「ん、れっ」
「っ!?ちょ、ちょっと!?」
女性の顔が近付き真っ赤な舌が伸びてくる。目尻をちろりと舐め上げて、零れる涙を掬い取った。それだけで体が震え、舌が触れた部分から快感が広がっていく。
「なに、をっ」
「うん、甘い。涙も体液の一種だから美味しいと思ったけど、予想通りだ。普段もナンパしてきた男を喰ってる時泣きじゃくる奴とかいたけど、そいつの涙は味わう気も起きなくてさ。でも、お前のはなんの嫌悪感も湧かないよ」
「そ、それは光栄だけども・・・・・・。終わりにしない?腰の感覚無くなってきてるんだ」
存分に味わっているのか口をもごもごさせている女性に、青年はおずおずと提案した。これ以上は意識を保っていられないかもしれない。そんな不安を覚えているが、当の女性はまだまだ物足りなさそうな雰囲気を漂わせている。
「んー・・・・・・後1、いや、2、3回は喰いたいんだがなぁ」
「それは俺の身が持たないって!別に今日だけってわけじゃないんだから、次の機会に・・・・・・」
その言葉を聞いた瞬間、女性は小首を傾げた後青年の顔を覗き込んだ。何を考えているのか不思議そうな表情になっている。赤く輝く瞳に真っすぐ見つめられ、青年は思わず見惚れてしまった。先程までの血のような色とは違い、どこか夕焼けのような色合いを感じる。
「次、次か。そうだよな、別にお前とはこれっきりって訳じゃないんだし。今までは食い尽くした後記憶を消してさよならだったから、つい忘れてた」
とぼけたような口調で呟き、顔を離す女性。そのまま上半身を起こして腰から男性器を引き抜いた。その刺激で射精しそうになる青年だが、歯を食いしばりなんとか堪える。
「んぐぐっ・・・・・・!」
「いいなぁ、次があるって。つまりアレだろ、俺達はセフレってことだ。サキュバスをセフレにするなんざ、大した奴だよお前は」
「そういうつもりで、ふぅ、言ったわけじゃないけどね。ただの友達でいいんじゃない?君にとって、これは食事と一緒なんでしょ?」
少しずつ遠のいていく快感と戻ってくる腰の感覚に振り回されつつ、青年は女性から視線を逸らさずに言った。セフレの一言で片付けるにはどうにも妙な関係だと思ったからだ。と言っても上手い言葉が見つからなかったので、とりあえず友達と称してみている。
「はっ。友達ねぇ。ま、そういうことにしておくか。ふふ、友達・・・・・・」
女性は酷く上機嫌になったようで、軽やかな動きで脱いだ服を纏い始める。鼻歌でも歌い始めそうな調子だ。それとは正反対に、どっと疲れが押し寄せてきた青年はのろのろと起き上がりベッドに座り込む。全身が重く、途方も無い虚脱感も覚えていた。
「ふぅー。次回に備えて体力付けとかないとなぁ。まさかこんなに疲れるなんて」
「そうやって喋れるだけでも立派だぜ。2回だけとはいえ、サキュバスの搾精を耐えたんだ。加減はしたっちゃしたけど、正直一発目で意識が飛んでもしょうがないと思ってたし」
「・・・・・・もし意識が飛んでたら、その後はどうするつもりだった?」
「そりゃ、まぁ。もう少し味わってたんじゃないか。だって美味いもん、お前の精」
もしそうなれば、今の疲労は更に酷くなっていただろう。意識を失わなくてよかった。そう思いつつ、青年は服を着る前にシャワーを浴びようと立ち上がる。体中が体液塗れになっているからだ。
「そういえばお姉さん。シャワーは浴びなくても大丈夫?」
「ん?なんだよ、一緒に浴びたいのか?しょうがねえなぁ」
「いや、そうじゃなくて。俺みたいに全身ベタベタになってないかなって」
「あー、それなら大丈夫だ。皮膚からも精は吸えるんだよ。だから、お前の汗や体液は全部吸っちまった」
「わ、わーお」
女性の言う通り、彼女の肌はつるつるすべすべに見える。先ほどまでまぐわっていたのが嘘のようだ。サキュバスの生態に驚きつつ、頷いた青年は女性に背を向ける。一緒にシャワーを浴びるのも悪くないが、もし流れで3回戦が始まったら今度こそ保たない。
「それじゃ、軽く流してくるから。先に出ててもいいよ」
「いや、待ってる。せっかくだからな。ゆっくり浴びてきな」
ひらひらと手を振って見送る女性。本当に上機嫌だ。とてつもなく疲れはしたが、彼女を笑顔に出来たのならよかったかもしれない。自然と自身も微笑みながら、青年は浴室に入っていく。今までの出来事をゆっくりと整理しながら。
「ちょっ待って待って待って!そこは開発してないというか使ったことも無いから!ストップ!ストップゥ!」
「くくっ、情けない声出すなよ。男だろ?大丈夫だ、サキュバスの尻尾だし。痔になったりはしないって」
「そういう問題じゃ、んんんっ!!?」
伝わってくる異物感に悲鳴を上げる青年。対する女性はけらけらと笑いながら、己の尻尾を彼の肛門へと挿入していく。未知の感覚に鳥肌が立ち、逃げようとするが押し倒されていてどうしようもない。
「なっ、中で動いてる・・・・・・!ぐうぇ・・・・・・!」
「確かに、全然ほぐれてないか。使ったことも無いのは本当だったみたいだな」
「いや感想はいいから、抜いてってお姉さん!」
青年と女性が初めて会ってから半年が経過した。二人は頻繁にデートをして、その度に青年は女性の「食事」に付き合わされている。肉体的にキツい。そう感じた彼は先輩が経営しているジムに通う頻度を増やし、「食事」に耐えられるよう鍛え始めていた。
女性に会う数日前から自慰を控え、更には精のつく食材を選んで食べる。どうしてここまでするのかと脳裏をよぎったりもするが、心の中で納得はしていた。きっと自分は女性のことが好きなんだろう。恋愛感情かどうかまでははっきりしなくても、好意を抱いているのは確かだ。
実際、彼女とのデートは楽しかった。街中を歩きながら言葉を交わすだけでも満足してしまう。自分はこんなにチョロかったのかと思いつつも、青年は充実した日々を過ごしていた。・・・・・・が。
「奥、奥に入れるなって言ってるじゃん!気持ち悪いからストップ!お願い!」
これはやり過ぎだ。あるデートの終わり、いつものようにラブホテルに向かう道中で女性がとんでもない提案をしてきた。曰く、マンネリを避ける為に色々試してみたい、と。青年はどういうことか訊ねるも、返ってくるのは意味深な笑みだけだ。
この時点で彼は多少嫌な予感を覚えていた。しかしまさか、自身の穴・・・・・・つまりアナルを開発しようとしていたとは流石に思い至らない。いつものように押し倒され、逃げられなくなった段階で悟ったのは不幸中の幸いか。いや、むしろ悟らないままの方がよかったかもしれない。
「いや、ほら。俺が喰うだけってのも悪いしさ。お前にはもっと気持ちよくなってほしくて」
「分かった、分かったから一旦止めよう!こういうのって先に浣腸とかしておいた方がいいって聞いたことあるから!」
「さっきトイレ行ってただろ。長さ的にうんこだったんじゃないのか?」
「そりゃそうだったけど、ちょっと流石にアナルは躊躇するっていうか・・・・・・!」
そもそも、青年は毎回気絶しかけるまで搾り取られていた。これ以上気持ちよくなれば本当に死んでしまうかもしれない。いや、手加減はしてくれるのだろうが・・・・・・そう思いながらじたばたしていると、女性が不意に押さえる力を緩めた。
「・・・・・・駄目か?いや、すまん。無理させたよな。甘えちまった。サキュバスになってからこうして付き合えるの、お前が初めてでさ。距離感とかバグってるみたいだ。本当にすまん」
しょんぼりとした表情を浮かべる女性。悪意は一切無かったようで、それが逆に青年の心に刺さる。だからといってアナルを掘られるのは話が別だ。いやしかし、これは・・・・・・。尻尾が引き抜かれる感覚を堪えながら、青年はどうすればいいかを考えた。
「っぐ、ぐぐ・・・・・・!あぁもう、好きにしろよ!そんな顔されたら断れないって!ズルいよお姉さん!ズル過ぎ!」
青年は女性を悲しませたくない。出来るだけ笑っていてほしい。ナンパの時、相手をエスコートするのと同じだ。それに、多少のワガママなら受け入れたかった。このようなことになるのは予想外だったが。
「え、いや、でも嫌なんだろ?俺だってお前が嫌がることを進めたくないし・・・・・・」
「いいってば!俺はお姉さんに笑っててほしいの!分かる!?笑顔、スマイル!むしろ距離感バグってる方が嬉しいから!嫌ならそもそもデートすっぽかすしさ!」
「ほ、本当に?流石にアナルは躊躇するって、さっき」
「それも本当だけど、俺的にはお姉さんの方が大事ってこと!あぁもう、恥ずかしいこと言ってるな俺・・・・・・!」
両手で赤くなった顔を覆う青年。今まで数々のナンパを成功させてきた彼だが、目の前の女性が相手だと反応が初心になってしまう。告げられた女性の方はというと、さっきまでの落ち込んだ気分も忘れて青年の顔をまじまじと見つめていた。数秒後、ふにゃりと相好が崩れる。
「ふぅーん?随分情熱的だなぁ、おい。ベタ惚れかよ」
「・・・・・・う、うん。人柄には惚れてるよ。かけがえの無い友達だと思ってる」
「ははっ!嬉しいこと言ってくれるじゃんか。毎回毎回搾り取られてるのに、それでも友達って思ってくれるなんざ奇特だねぇ」
引き抜かれ、てらてらと輝いている尻尾を振りながら女性が言う。彼女にとって、恋愛感情や情欲が絡まない関係は貴重だった。それこそ、目の前の青年以外は存在しない。理由は単純で、サキュバスと長時間一緒にいると男女問わず魅了されてしまうからだ。
それなのに、青年は何故か魅了されない。もう何度もデートをして何度も搾精をしているというのに。その上で彼は自分を慕い、情欲の混じっていない好意を向け続けてくれている。女性にはそれがたまらなく嬉しかった。
出来る限り恩返しをしたい。そう思った女性だが、サキュバスになってからの経験が酷く偏っているせいでまともな案が思いつかない。結果青年のアナル開発などというトンチキな考えに至ってしまったのだ。
「恵まれてるよ、俺は。お前に会えて良かった」
「それは俺もだよ。あの日、君をナンパ出来たのは奇跡みたいなものだった。正直、運命を感じちゃうね」
なんでも受け入れてくれる青年に依存し過ぎてはいけないと分かっている。でも、サキュバスとしてではなく一個の人間として受け入れてもらえるのはあまりにも幸福だった。だから止まらない。止まれない。青年の優しさは、女性のブレーキを壊してしまったようだ。
「はは、くくく・・・・・・運命、運命ね。中々ロマンチストだよな、お前。悪くはない。うん、悪くはないな」
「お気に召していただけたようで何より。じゃあそろそろ、んぐっ!?」
親しげな雰囲気が流れる中、青年の言葉の途中で再び尻尾がアナルを狙う。二度目だからか比較的スムーズに挿入され、ズブズブと奥まで入っていった。
「ちょ、この会話の流れで、んんんんっ!」
「受け入れてもらえるのが嬉しくてさ。こんな考えは駄目だって分かってるけど、それでも本当に、その。あーっと、とにかく気持ちよくしてやるからな」
胡乱な口調で言いながら尻尾の動きを止めない女性。慈しみに満ちた視線が青年に向けられるが、当の彼はそれどころでは無い。排泄の時とは比べ物にならない異物感に襲われ、押し出されるように声が漏れてしまう。
「ぐっ、ふぅ、んぎぎぎぎ・・・・・・!」
「痛くはないか?傷付けないとは思うが、もし痛かったら言ってくれ」
「痛くはないけど、これは、んんっ!?」
仰向けのまま女性と視線を合わせようとした青年の体が跳ねた。男性器の根底辺りから伝わるのは、異物感とは違う奇妙な感覚。切羽詰まるような、手の届かない場所が痒いような。人生で初めての刺激で、ぎゅっと体に力が入ってしまう。
「ここが前立腺だ。女が感じる快感に似てるらしい。まぁ、俺は試したことないんだけど」
ぐにぐにと尻尾の先端が擦ってくる部分が前立腺なのか、青年には分からなかった。そういう世界があるのは知っていたが、突っ込まれる方に興味は無かったからだ。分かるのは未知の快感が湧き上がってくることと、このままでは情けなく射精してしまうことだ。
「これっ、押し出される、って・・・・・・!」
「おっと。じゃあ零さないようにしないとな」
「っっっ!!?」
腰を下ろす女性。その下には当然青年の男性器がある。完全に勃起している状態のそれが入り口をこじ開け、女性の中へと呑み込まれていく。体の内側を刺激されながら挿入するのは初めてだった。駄目だ、耐えられない。
「ぐううぅぅっっ!!」
前立腺が収縮し、男性器が脈動する。青年は全身を震わせながら凄まじい勢いで射精した。先端の鈴口に女性の子宮口が吸い付き、精液を一滴も残さないよう吸い上げていく。
「っは、ああぁっ!?」
前立腺への刺激に蠢く膣内。何度も何度も射精しているのに止まる気配が無い。まるで壊れた蛇口のように精液が噴き出し続け、暴力的な快感が青年を殴りつけていった。
「とまっ止まらなっああぁぁ・・・・・・!?」
ドクドクと、ビュクビュクと溢れる精液が搾り取られていく。これは性行為などではない。食事・・・・・・いや、捕食だ。霞む視界に映るのはうっとりした女性の満足気な顔。いつも以上に表情が蕩けているように見える。
「量も、質も、また上がってる。あぁ、美味いなぁ。こんなんいくらでも・・・・・・っと、大丈夫か?多分気持ちよかったとは思うけど」
ようやく射精が治まり、ひゅーひゅーと細い呼吸を繰り返す青年に女性が訊ねた。返事をする気力も湧かずただ彼女を見つめる。夕焼けのように爛々と輝く瞳が意識を照らし、辛うじて気絶は免れた。
「本当なら、電流を流すみたいに前立腺を刺激するのも考えたんだけど・・・・・・流石にやり過ぎだと思ってさ。それとも試してみるか?」
「や、やめて・・・・・・。死ぬ、マジで気持ち良すぎて死ぬから・・・・・・」
返事をどうにかこうにか絞り出す青年。一度の射精で全て吸い尽くされてしまったのか、女性の中で男性器が萎んでいく。女性はこれ以上無理をさせる気は無いようで、ゆっくりと尻尾を引き抜きながら腰を上げた。
「っ、ふうぅ」
「ごちそうさまでした。いや、でも本当に味に磨きがかかってる。凄い努力したんだな、お前」
「まぁ、どうせなら美味しく食べてもらいたいからね。ただ、今回みたいなのをするつもりなら事前に相談してほしい。身が持たないから、ガチで」
「それは、すまん。俺がお前に返せることなんて、サキュバスの力を利用した快感くらいしか無いから。ちっと暴走しちまった」
申し訳無さそうに言う女性だが、その言葉に青年が目を細める。そんなことを思っていたのか。彼にとって、彼女とは話すだけでも楽しいというのに。
「ねぇ、お姉さん。それは違うよ。俺はお姉さんと街中を歩くだけでも楽しいし、こうやって会話するだけでも楽しい。なんなら一緒にいるだけでも楽しいんだから、そんなこと言わないでくれって」
「・・・・・・まぁ、何回も言ってくれてるけど。理由の無い好意が信じられなくてなあ。最低ってのは自覚してるんだが、サキュバスになってから友達なんていなかったもんで。せめて何か、お前にお返しがしたいんだよ」
「あんなにデートに付き合ってくれてるのに?お姉さん、自己評価低過ぎ。俺はお姉さんのことが人として好きなんだから。サキュバスとかは関係無いんだって」
疲労で重たい体を動かし、青年は女性を抱き寄せた。言葉に嘘は無い。何故か魅了されない彼にとって、搾精の時間はあっても無くてもどちらでもよかった。そんなのは関係無く、彼女の人間的な魅力に惹かれたのだから。
「・・・・・・す、スケコマシめ。お前がそうでも俺の方が惚れちまうぞ。恋愛的な意味で」
「別にいいでしょ。親愛も恋愛も愛には変わり無いんだし。そもそも愛の形なんて人それぞれ違うって思ってるしね」
「大物過ぎるだろ、お前。街中でナンパしてる器じゃないよ」
「お褒め頂き恐悦至極。ふあぁ・・・・・・」
芝居めいた態度でウインクした後、大きな口を開けて特大の欠伸をする青年。ようやく快感の余韻が抜けてきたようで、疲労と共に眠気が押し寄せているらしい。
「ねぇ、お姉さん。お返しが欲しいって訳じゃ無いけどさ、一つお願いがあるんだ」
「俺が出来ることならなんでも言ってくれ。えっちな淫夢を見せたりも出来るぞ」
「いや、それはいいかな。それより・・・・・・」
抱き寄せた女性と一緒にごろんと転がり、ベッドで添い寝しているような形になる。鼻を突き合わせる程近い顔を眺めながら、青年は悪戯っぽくお願いした。
「抱き枕になってくれない?きっと安眠出来ると思うんだ」
「・・・・・・それは、別にいいけど。もしかして俺の理性を試してるのか?寝込みを襲われたらどうするつもりなんだ」
「お姉さんはそんなことしないでしょ。信じてるよ」
その言葉に何も言えなくなる女性。照れているのかそっぽを向いて頬を赤らめている。その様子に穏やかな微笑みを浮かべ、青年は目を閉じた。先程まで散々な目に遭わされていたというのに、彼女に心も体も預けているようだ。
「大物じゃなくて大馬鹿か。まぁ、どっちもデカいのに変わりは無いな。やれやれ」
食事の時と違い、どうにも主導権を握られてしまう。女性は軽く溜め息を吐きながら青年を抱き寄せ返した。仕方がない、彼のお願いを聞いてやるとしよう。
ラブホテルの一室。ベッドの上で抱き合ったまま、青年はすぐに寝息を立て始める。穏やかな表情は、いつも浮かべている軽薄さが感じられず幼くさえ見えた。そんな寝顔を女性はずっと眺め続ける。本来ならば食料であるはずの存在を、深く慈しむかのように。
端から見れば歪んでいるけど、当人達にとってはかけがえの無い関係性が好きです。