田んぼと畑が広がる田舎道。いつも住んでいる場所とは全然違う風景を眺めながら、ぼくは麦わら帽子を深くかぶり直した。太陽は容赦無く照り付けているけれどそこまで暑くはない。実際、都会と比べて2、3度は涼しいみたいだ。
「うーん・・・・・・」
中学校の夏休み、ぼくは家族と一緒に父方の実家に帰省していた。そこは背の高い建物が殆ど無いド田舎で、代わりに都会では見られない自然が一面に広がっている。数年前に訪れた時と何も変わっていない景色だ。
実家近くには自然以外に遊べる場所が無いし、歳の近い人も見かけない。それでも夏の思い出になるかもしれないと、こうやって外を歩いているんだけど・・・・・・うーん。なんというか、遊び方が分からない。言っては何だけどインドア派なのだ、ぼくは。
やっぱり変な気紛れを起こすんじゃなかった。家の中で持ってきたゲームでもしていればよかったのに。後悔しながら来た道を戻ろうとすると、さっきまでいなかった人影が見えた。道端にある小さな祠、その横の岩に腰を下ろしぼーっと空を見つめている小学校高学年くらいの女の子だ。
大人びた、どこか神秘的な横顔。艶のある黒髪は腰近くまで伸びていて、岩や地面に触れて汚れないか心配になる。法被みたいな服を着ているけど、結構汚れてボロボロだ。そして肌が白い。こんなに太陽が照り付けているのに・・・・・・。というかどこからやってきたんだこの子?さっき岩の辺りを通り過ぎた時にはいなかった気がするし・・・・・・。
「・・・・・・?」
視線に気付いたのか、女の子が空から目を離してこっちを向く。正面から見るとやっぱり美人だ。よくできたお人形さんのような顔立ちをしている。と、
「あぁ。もしかして見えておるんか。珍しいのう」
「えっと、見えてるって?」
妙に古風、というかお年寄りみたいに女の子が言う。涼やかな声色には似合わない喋り方に、その内容もよく分からなかった。
「勝手に見てたのはごめん、でも不審者とかじゃないんだ。えっと、ぼくは水留黎人。丁度こっちに帰省中で・・・・・・」
「分かっておる。少し前にも見かけた顔じゃ。ふぅむ、背が伸びたのう。何年か経ったんか」
「???」
ブツブツと呟く言葉の意味が理解出来ない。なんと言えばいいんだろう、目の前の女の子からはまるでお爺ちゃんお婆ちゃんと同じような雰囲気を感じる。見た目の幼さと相まって凄いちぐはぐだ。
「ま、わしのことは気にせんでえぇ。都会もんの興味を引くもんも無いじゃろ、家に帰りんさい」
「言われなくても帰るつもりだったけど、その、君はどうするの?帽子もかぶってないし、熱中症になっちゃうよ」
「ならんならん。都会もんの坊主の方が心配じゃよ。麦わら帽でどうにかなる日差しとは思えん。全く、こうも照るとは。おしめりの一つでも呼べればよかったんじゃが」
なんだろう、会話は出来てるけど噛み合っていない気がする。不思議な雰囲気の女の子は再び空を眺め始め、ぼくの方は見ようともしない。横顔に浮かぶ表情は、なんでか分からないけど寂しそうに見えた。
「ね、ねぇ。君の家ってどの辺り?もし良かったらうちに遊びに来ない?ほら、ぼくも歳が近い子いなくて暇だったし、家族も歓迎してくれるだろうし」
気付けば、ぼくは不審者みたいな言葉を口にしていた。普段住んでいる場所の近所でやったら学校で注意喚起されてしまいそうだ。だけど、目の前の女の子を放っておけないという気持ちが強い。なんでだろう。初対面のはずなのに、懐かしさを感じるんだ。
「ほぅ?気遣いはありがたいが、わしの家はここじゃ。この祠から離れられん。くくく、坊主に言っても分からんじゃろうがの」
「祠が家?それってどういう」
「言葉通りじゃよ。わしは人ではない。神じゃ、神。わしの姿が見える者は今やおらず、神としての力も失い。だというのに、この場に縛られておる。零落したんじゃよ。さぁて坊主、わしの言うことが信じられるかの?呆けや気違い、狐憑きが如き妄言を」
女の子は岩から立ち上がり、ずいっとぼくに顔を近付ける。同時に生温い風が吹き抜けて、女の子の髪の毛がたなびいた。こっちを挑発しているような笑みのまま言葉を続ける。
「分かったか?わしはこの場から動けぬし、仮に坊主の家に連れていけたとしても誰にもわしの姿は見えん。暑気に当てられて狂ったと思われるのが落ちよ。さぁ、早く帰りんさい。久々に人と話せて楽しかったぞ」
一方的に告げた後、彼女はぼくの後ろに回り込んで背中を押し始めた。見た目通りの弱い力だ。神様と本人は言っていたけどとてもそうとは思えない。だけど、ぼくは彼女が言っていることは嘘じゃないと感じている。なんでだろう?
「ちょ、ちょっと待って。久々に人と話せたって、この辺りの人は君の姿が見えないの?」
「うむ。まぁ、時の流れよ。人が神に祈らずとも、己の幸福を決められる時代になったということじゃ。喜ばしいのう。だからおぬしが気にすることは無い。わしのような消えかけの存在に、貴重な時間を割いてはいかん。人の時は限られておるのじゃから」
「でも、それだと君は独りぼっちなんじゃ・・・・・・」
「かっかっか、慣れておるさ。若いもんが気を回すな。ほれほれ」
豪快な笑い声と共に背中をぐいぐいと押され、仕方なく一旦帰ることにした。何度も振り返ったけど、女の子は岩に座り直してまた空を眺めている。こちらには目もくれない。でも、そこにいるのは確かだ。他の人は見えないなんて信じられない。
帰宅してすぐ、ぼくはお爺ちゃんとお婆ちゃんに訊ねた。田んぼ沿いにある祠は何を祀ってあるのか。長い黒髪の女の子を見たことがないか。二人は突拍子の無い質問に驚きながら、何かを思い出すように眉間に皴を寄せる。
曰く。あの祠はいつ頃出来たものか分からない。気付いたらあそこにあって、何を祀っているのか知っている人もいない、と。それでも信心深かったこの辺りの人達は手を合わせたりお供え物をしたりして、細々と手入れされていたらしい。
でも、過疎化が進んで祠を手入れする余裕も無くなり、今では殆どの人が見向きもしていないのが現実だ。邪魔にはならないからまだ取り壊しはされていないけど、もし台風が来たら吹き飛んで被害が出るかもしれない。自治体も機会があれば撤去を考えている、とのこと。
「まぁ、別の場所に神社はあるからなぁ。昔から不思議に思っとったんだ、あんななんも無い場所に祠があるなんて。お地蔵様ならともかくなぁ」
そう言ったお爺ちゃんはお茶を啜り、ぼくを見ながら首を傾げている。何故そんなことを聞いてきたのか疑問に思っているのかもしれない。さっきのことを話しても信じてはもらえないだろうし、誤魔化すように笑いつつその場を退散した。
その日の夜。全然眠気がやってこなくて、天井を眺めながら考える。あの女の子は何者なんだろう。本人が言う通り神様なのだとしたら、どうして誰にも知られていないんだろう。ちょっと怖い。最近読んだ漫画にも出てきた、祟り神とか怪異とかかもしれないし。
「なんじゃ、また来たのか。さてはわしの話を聞いていなかったな?」
───それなのに。寝苦しい夜を乗り越えたぼくは、朝ご飯もそこそこにまた祠に訪れていた。女の子は呆れたような表情で岩から立ち上がり、細く折れてしまいそうな指先をぼくの胸に当てる。
「わしに構うな。暇を持て余してるなら勉学に励むとよい。長い人生、知識は無駄にならんからの」
「な、夏休みの宿題はもう終わらせてあるから。それに君のことが気になって。本当に神様、なんだよね?」
「うむ。八百万に連なる神とはわしのことよ。もう覚えている者もおらんがの。なんじゃ、興味があるのか?」
その言葉に頷くぼく。目の前にある女の子に、非日常に、引き込まれてしまいそうだ。それに、せっかくなら女の子の話し相手になってあげたかった。誰にも見つからない透明人間みたいな暮らしは、ぼくには想像出来ないけど。きっと寂しいと思ったから。
「ふむぅ・・・・・・まぁ、よいか。知識は無駄にならんと言った手前、仕方あるまい。わしのことを教えてやろう。その前に」
指先を離し、代わりに顔を近付けてくる女の子。とても可愛いけど、やっぱり年下にしか見えない。
「わしの名は九桜。九つの桜と書いてくおう、じゃ。おぬしは確か、ミトメレイト、じゃったか?」
「う、うん。水を留めるって書いて」
「漢字は説明せんでいい、言霊だけで十分故な。さてレイト、先に言うておくが長くなる。ここには日差しを遮るものがない、先に水分を用意しておいた方がよいぞ」
「え、あ、うん」
現実的な意見に頷く。女の子・・・・・・九桜はにんまりと笑い、昨日と同じようにぼくの背中を押した。優しげな手つきだ。多分、一旦離れて戻ってきてもいなくなってることは無いだろう。きっとそのはず。ぼくは何度も振り返りながら、水筒を取りに家へと急いだ。
「おう、来たか。わざわざ走ってくることもあるまいに。余計汗をかいておるじゃないか」
急いで祠まで戻ってきたぼくを、女の子・・・・・・九桜は微笑んで迎えてくれた。懐からハンカチみたいな布を取り出し、汗が滲んだ顔に当ててくる。ひんやりとしていて気持ちがいい。
「もしかしたら、急がないと消えちゃうんじゃないかって」
「早々すぐに消えやせん。そら、おぬしもここに座れ。立ちっ放しも辛かろうて」
手を引いて促され、ぼくは九桜と一緒に岩に腰を下ろした。見た目はごつごつしているけど、案外座り心地は悪くない。しっくりくる感じだ。
「さぁて、さて。レイト、わしの何を知りたいんじゃ?由来か、それとも権能か?」
「えーっと・・・・・・九桜って、いつからここにいるの?」
「百年以上前じゃ。一々四季は数えておらんし、細かいもんは分からん。ただ、わしはここで生まれた。誰かが願ったんじゃろうな。他の神がどうかは知らんが、わしは人の想いから生まれた神なんじゃよ」
「人の、想い」
懐かしそうに目を細める九桜。ぼくが繰り返すように呟くと大きな頷きが返ってくる。そのまま流れるように言葉が続いた。
「うむ。信仰とも言うな。あの頃はよく童共とも遊んどった。おぬしよりも幼いのがわんさかいてのう。一人知らぬ顔が混じっても気にもせん。あの頃は、誰でもわしが見えていたんじゃが」
「どうして見えなくなったの?やっぱり、その、信仰が少ないからとか」
「いや、単に波長の問題じゃな。祠から離れられんのは信仰不足が原因じゃが。昔と比べて人の心は変わってきておる。あぁ、違うかの。心ではなく暮らし向きが、か。どちらにせよ、わしがいる方に首を向けてないと言えばいいか、うーむ」
話す内にこんがらがったのか、九桜はぺしぺしと頭を叩きながら考え込んでいる。そういえば、なんでぼくは彼女が見えているんだろう?波長が合ってるからだとして、なんで波長があってるんだ?生まれてから今まで幽霊とか見たこと無いし、霊感は0だと思ってたんだけど。
「まぁとにかく、時の流れじゃ時の流れ。大して知らんが、人々の暮らし向きは良くなっとるんじゃろ?飢え死ぬ者がいるとは最近とんと聞かん」
「う、うん。九桜の言ってる昔がどれだけ昔かは分からないけど、技術の進歩とかで便利な世の中にはなってると思う。歴史の授業で、戦争の時代はすごく大変だったって教えられたし」
「ほう。戦争、戦争か」
その返答に九桜は腕を組み、さっきのぼくみたいに言葉を繰り返す。何か気になることでもあったんだろうか。
「よう覚えとる。元服した年頃の若者がどっさり消えたのも、けたたましいサイレンも。空から火も降ってくるんじゃろう?幸いこの辺りには落ちんかったが。食い詰めたもんが畑を荒らし、見つかって棒で叩かれるのも茶飯事じゃった」
まるで見てきたように、というか実際に見てきたらしい九桜がしみじみと呟く。ぼくより幼い見た目なのに、一気に老人みたいな雰囲気になってしまった。
「だから、構わん。暮らし向きが変わり、人々が穏やかに暮らせているのなら。その結果わしを見つけられなくなったとして、なんの不都合があろう。わしはただ、この祠から見守るだけじゃ。見える限りの営みを」
「でもそれは、えっと、寂しくないの?誰とも話せず、祠からも離れられず過ごすなんて・・・・・・ぼくじゃ耐えられない」
「かっか。優しいのう、レイト。いいんじゃよ。時の流れ、ことわりを歪める気も起きん。こうしておぬしが話を聞いてくれるのは僥倖じゃった。年寄りに付き合わせて悪いのう」
「そんなこと言わないでよ。だって、ぼくから望んだことなんだし」
九桜は寂しさを否定しない。それどころか、何故かぼくに対して申し訳無さそうにしている。なんだかこっちの方が悲しくなってきた。彼女が本当に神なのか、違う何かなのかは分からないけど・・・・・・こんなに他者を思いやれるんだ、悪い存在なわけがない。
「ねえ、もっと話してよ。代わりにぼくもぼくの話をするから。今の暮らしがどうなってるとか、学校の話とか、沢山するから」
「ど、どうしたんじゃ急に。そんな泣きそうな声を出すな。ええい、分かった分かった。話してやるしおぬしの話も聞いてやる。じゃから落ち着け」
さっきのハンカチをぼくの目元に当ててくる九桜。どうやら、自分でも気付かない内に泣いていたみたいだ。おろおろとしている様子が妙に面白くて、ぼくは涙を流しながら笑ってしまう。そのまま、彼女は落ち着くまでずっとハンカチを当て続けてくれた。
それから、ぼく達は色んなことを話し合った。主に自分達の過去を。九桜は昔の暮らしや面白かった出来事を話してくれたし、ぼくは現代の暮らしや学校生活のことを話した。互いの知識、というか常識は思ってたよりもズレていて、それを教え合うのがとても楽しい。家族や友達との会話とは全然違う。なんでだろう?
「それで、熊に憑りついた悪霊はどうなったの?」
「わしが出来たのは退治まででなぁ。後は神社の神主に任せた。そういえばあの神社はどうなっとるんじゃろうか。あそこまで行けなくなって久しい故、様子が伺えんし」
「神社にならこっちに到着した日にお参りに行ったよ。少し古いと思ったけど、ちゃんと手入れはされてたと思う。神主さんには会えなかったけど・・・・・・」
そう言いながら思い出すのは、結構長い石造りの階段を上った先にある神社のことだ。狛犬が飾ってあって、鳥居があって。全体的に年季を感じるけど、苔や雑草はあまり無かったように思える。きっと、毎日手入れをしているんだろう。
「そりゃあ何よりじゃ。ふぅむ・・・・・・」
ぼくの返答に頷いた後、九桜は自分の髪を撫でつけながら考え込むような表情になる。何か気になる部分でもあったんだろうか。
「どうしたの?」
「いや、何。ちいとな。レイト、少し頼み事をしてもよいかの?」
「えっと、ぼくが出来る事ならいいけど」
突然の頼みに少し驚いたけど、すぐに頷いた。頼られているみたいでちょっと嬉しい。
「ありがたい。神社の賽銭箱に、これを入れてくれんか?昔預かったものじゃが、返し時を逃していてのう」
九桜が懐から取り出したのは、500円玉くらいの大きさのメダルだ。もしかしたら古いお金かな?文字が刻まれてるみたいだけど掠れてしまって全然読めない。受け取ると、見た目から想像するよりもずっしりと重かった。
「本人はもう亡くなっとるじゃろうし、仮に子孫が残っていても意味が伝わらんはず。じゃからまぁ、賽銭として入れといとくれ。ほら、さっきおぬしが言っておったじゃろう。古いものにはぶんかてき価値?か何かがあると」
「それはそうだと思うけど・・・・・・古銭とかを集めてる人もいるらしいし。でも、いいの?大切なものなんじゃ」
「構わん、構わん。こうして頼めるのはレイトくらいじゃからな。おぬしが元の家に帰ったらまた何年か後になってしまう。それに結局は借り物。本人に返せぬのならば、縁の神社に奉納するが筋だろうて」
さっぱりした態度で告げ、メダルを握らせてぼくの手を両手で包む。温かい。九桜は神様のはずなのに、人の温もりを感じる。なんだか心臓がドキドキしてきた。それを悟られないよう、少し早口で返事をする。
「わ、分かったよ。そこまで言うなら、お賽銭箱に入れてくる。神主さんとかには話さなくてもいいんだよね?」
「うむ、頼んだ。礼も何も出来んが、すまんのう」
「いいって。こうやってお願いされたの、正直嬉しいし。九桜と話すのもすごく楽しいから」
微笑みながらそう言うと、九桜もにっこりと笑い返してくれた。
「かかっ、わしも楽しいさ。これ程言の葉を交わしたのは何年振りか。今の人の暮らしを知れたのもありがたい。よもやそこまで発展していたとは。すまほ、と言ったか。わしにもう少し力が残っていれば、己で買いにいくんじゃがの」
「うーん、出来れば買ってあげたいけど、ぼくのお小遣いじゃ足りないし・・・・・・契約とかもお母さんに任せてるから」
「気にせんでいい。子供に物を乞う程落ちぶれてはおらん。そら、今日はもう行け。そろそろ暗くなる、家に帰る時間じゃ」
「分かった。じゃあ、明日も来るね。神社に寄ってからにするからちょっと遅くなると思う」
「うむ、頼んだ」
そう言って九桜と別れ、夕暮れの道を歩いていく。何度か振り返ると彼女は手を振ってくれていた。手を振り返し、上機嫌で帰路に着くぼく。明日はどんな話をしよう。九桜はどんな話をしてくれるのかな。うきうきしながら夕食を食べ、早めに布団に潜り込むのだった。
「ふぅー、疲れる・・・・・・」
石造りの階段を上り切り、ぼくは額の汗を拭いながら一息ついた。目の前には先日も訪れた神社が見える。狛犬に鳥居も以前と同じ。早朝だからか人の気配も無く、参拝客はぼく一人みたいだ。相変わらず神主さんは見当たらない。
賽銭箱に向かって歩きつつポケットからメダルを取り出した。ここに来たのはこのメダルを奉納する為だ。九桜から頼まれたことだけど、詳しい内容は聞いていない。昔、ここの神主さんに預かったとか言ってたけど・・・・・・。この後祠に行くつもりだし、その時聞いてみようかな。
というわけで賽銭箱の前までやってきた。お賽銭代わりにメダルを入れて、二度お辞儀した後二度手を叩く。ここに来る前にスマホでちゃんとした作法を調べたのだ。特に祈ることは無いけど、せっかくだから九桜の幸せを祈っておこう。どうか彼女がこれ以上孤独じゃありませんように。最後の一礼を終え、それじゃあ帰ろうと振り返ると、
「参拝客かな?精が出るね」
「うわぁっ!?」
ぼくの背後にいたのは巫女服姿の女の子。距離が近くて思わず悲鳴を上げてしまった。九桜よりも年下に見える女の子は、ニコニコと笑いながら言葉を続ける。
「随分熱心に祈っていたようだ。若いのに、今時珍しい」
「あ、えっと、うん」
なんだろう。この女の子から九桜と似たような雰囲気を感じる。見た目に似合わず古風というか、老成しているというか。けど、なんでだろう。九桜と違ってどことなく不気味で、得体の知れなさが伝わってくる。
「そうかそうか。ふむ・・・・・・ならば、君にはこれだろうね」
ぼくをじっと見つめてきた後、女の子は頷いて何かを差し出してきた。赤い紐の先に小さな鈴が二つぶら下がっている。揺れる度にチリンチリンと音が鳴って、なんとなく爽やかな感じだ。
「あの、これをぼくに?なんで?」
「きっと必要になるはずさ。なに、お代は頂かないから安心してくれ。さぁさぁ」
女の子はぼくの手に無理やり鈴を握らせ、何を考えているか分からない笑みを浮かべる。理由も目的も分からなくて怖い。ぼくは鈴をポケットに突っ込むと、逃げるように神社を後にした。階段を降り始めるまで、女の子の視線を背中で感じながら。
「なんだったんだろう、さっきの」
神社から離れ、祠に向かっている間に呟く。さっきの女の子は普通じゃなかった。いや、見た目は普通の巫女さんみたいだったけど、あんな年齢で巫女として働いているのもおかしいし。それに、神様である九桜と似たような雰囲気を漂わせていた。
もしかしてあの子は神社で祀られてる神様なんだろうか。九桜以外の神様には会ったことないから、簡単に判断は出来ないけれど。そんなことを考えながら道を急ぎ、ぼくは祠の場所まで到着した。
「おう、来たかレイト。思ったよりも早かったのう」
「お待たせ、九桜。預かったあれ、ちゃんとお賽銭箱に入れてきたよ」
九桜は祠近くの岩に腰掛けたまま、昨日と同じく迎えてくれた。自身の横をぽんぽんと叩く彼女に従い、ぼくも岩に腰を下ろす。
「そうか・・・・・・うむ、ありがとう。長年のしこりが一つ消えたわ」
「別に大したことじゃなかったから。あ、そういえば、巫女さん?みたいな子にも会ったよ。九桜の見た目よりも幼かったけど」
「ほぅ、もしかすると子孫かもしれんな。実際に会えないのが残念じゃ」
「それで、ええと。なんか、ぼくに必要なものだからってこれを渡してきて。何か分かる?」
「ふむ・・・・・・?」
ぼくがポケットから鈴を取り出すと、チリンと爽やかな音が鳴った。それを受け取った九桜は目を細めてじっと見つめている。何かを感じているのか、その視線は真剣だ。空気が張り詰めているみたいで口を挟めない。
「これは、うぅむ。その巫女から貰ったんじゃな?」
「う、うん。ちょっと雰囲気が怖くて、話も聞かずに帰ってきちゃったんだけど」
「そうか。しかし、この妖力・・・・・・邪気は感じぬが、神道由来でもあるまい。なにゆえ巫女がこのようなものを・・・・・・」
ブツブツと呟く九桜。ぼくには内容の半分も理解出来ない。と、その時強い風が吹き抜けた。気温の高さもあって生温いけど、汗をかいているからか涼しさも感じる。同時に鈴が揺れ、チリンチリンと鳴り続けて───
「「っ!?」」
ぐわん、と。まるで意識がひっくり返されたような、脳みそが裏返ったような強烈なめまい。目は見えてるはずなのに何も見えなくて、呼吸をしているはずなのに息が苦しい。五感が変になっている。体の感覚が分からない。
「っううぅ・・・・・・」
どれだけの時間が経ったんだろう。めまいは少しずつ治まって、体の感覚も戻ってくる。ぼくはうずくまっていたみたいで、地面に落ちた鈴と下駄を履いた足元が見えた。・・・・・・あれ?何かが変な気がする。何か、おかしいような。
「そうだ、九桜はっ、え?あれ?」
声を上げた瞬間、違和感が一気に押し寄せてくる。ぼくは声変わりしてもそんなに低い声にはならなかったけど、今喉から出た声は声変わり前よりも甲高い。まるで九桜の声のような。困惑するぼくの目に、更におかしなものが映った。
「ぼ、ぼく?」
目の前に倒れているのは、どこからどう見てもぼくだ。顔も服装も全く同じ。鏡でもあるのかと思ったけど違うみたいで、どういうことが分からない。とりあえず目の前のぼくを起こそうと肩を揺さぶると、自分の腕も変になっているのに気付いた。
法被のような袖から伸びる、細く白い腕。日焼けしているぼくの腕とは全然違う。むしろ九桜の腕にそっくりだ。待って、どういうことなの・・・・・・?
「ん、んうぅ」
何も分からないまま、とにかくぼくにしか見えない人の肩を揺さぶっていると彼が吐息を漏らす。よかった、生きている。うっすらと開く目はぼくの顔を見つめ、数秒後かっと見開かれた。
「わ、わし?なんじゃ、鏡か?」
「え?待って、その口調・・・・・・もしかして九桜?」
見つめ合うぼく達。まさか、もしかして。徐々に状況を理解して、思わず叫んでしまう。
「「い、入れ替わってる!?」」
「なにゆえこのようなことに・・・・・・やはりこの鈴が原因か?」
「どうしよう、早く戻らないと!そろそろお昼になるから一旦家に帰らないといけないし・・・・・・!」
ぼくの体に九桜が入って、九桜の体にぼくが入っている。ひとまずそれは分かったけど、だからといって混乱が治まりはしない。むしろ増している。だって、こんな馬鹿みたいなことが起こるなんて・・・・・・!
「いや待て、おかしいぞ。そもそもわしには肉体は存在せん。強いていえば霊体としては存在しているが、何故入れ替わることが出来る?レイトに憑依するのなら、まだ納得出来るのじゃが」
「そんなことより九桜、元に戻る方法ってあるの?というかなんで急に、こんな」
ぼくの体で考え込んでいる九桜を急かす。狼狽えまくってるって自覚してるけど、だからと言って落ち着けない。涙目になっているぼくを見て、九桜は何とも言えない絶妙な表情になっていた。
「うぅむ、そのような表情を浮かべとる自分の顔を見る羽目になるとは。落ち着けレイト。とにかく、原因はこの鈴じゃ。妖力を用いた使い捨ての術式という所か。大方、おぬしが先程会った巫女の策略じゃろう」
「策略って・・・・・・。じゃあ、元に戻るにはどうすればいいの?」
「上手くやれば真似出来んことも無い・・・・・・が、レイトの体では厳しいのう。妖力なり神力なりはそっち側にあるようでな。むぅ、訳が分からん。法則を無視しとらんか?」
拾い上げた鈴を見つめつつ、九桜はぼくの声でブツブツと呟く。凄く変な感じだ。見た目はぼくで間違い無いのに、佇まいや雰囲気は九桜にしか見えない。それは彼女も思っているみたいで、時折ぼくの顔を見て眉間に皴を寄せていた。
「えっと、それなら神社に行って女の子に聞くしかないんじゃ」
「そうじゃな。ただ、すんなりと解決させてはくれまい。そもそもこんな策を仕掛けてくるような輩じゃ、どうせ性根が捻じれとる。しかし・・・・・・」
「ど、どうしたの九桜」
何か思い当たったのか、彼女はぐるりと周囲を見渡す。その表情はとても険しい。ぼくの顔じゃないみたいだ。
「どちらに紐づいておるか、と思っての。内か、外か、両方か。ちとついてきとくれ」
九桜はぼくの手を掴み、祠を離れてずんずんと歩き始めた。彼女の手で感じるぼくの手は、自分では気づかなかったくらいごつごつとしている。と、
「あいたっ!?」
顔面に衝撃。壁にぶつかったような痛みと共に尻もちをつきそうになってしまう。九桜が支えてくれたから大丈夫だったけど、今のは?ぼくの目には道が続いているようにしか見えない。それなのに、透明な壁があるみたいにぼ先に進めなかった。
「大丈夫か、レイト。いかんのう、どうやらそっち側か。ならば、わしが動くしかないようじゃ」
「いつつ・・・・・・。あの、どういうこと?」
「わしが祠から離れられないことは話したじゃろう?どうやらそれは今のレイトに適応されておる。ますます分からんな、奇怪にも程がある」
そうか、入れ替わってるってことは祠から離れられないのはぼくなのか。それはつまり、誰にも見つけてもらえないということかもしれない。九桜がぼくにしか見えなかったように、今のぼくは九桜にしか見えないんだろう。急に怖くなって腰が抜けそうになってしまう。
「安心せい、わしがなんとかする。すまんが、それまでおぬしの体を借りるぞ」
そんなぼくを九桜はしっかりと支え、力強く頷いた。鏡でいつもみているぼくの顔なのにすごく頼れそうな雰囲気がする。そのまま神社に向かおうとする彼女だけど、思わず腕を掴んでしまった。一人になるのが怖い。九桜はなんてことのないように言っていたけど、ぼくは孤独に耐えられる気がしないから。
「ご、ごめん。えっと、その。早く帰ってきてね」
「分かっとる。きっちり話を付けてきてやろう。それまで耐えとくれ」
意識して腕を離し、息を落ち着けながら言う。大丈夫、九桜は神様だ。きっとすぐに帰ってきてくれる。駆けだした自分の背中を見送りながら、ぼくは不安でいっぱいの心をなんとか落ち着けようとするのだった。
九桜が帰ってきたのは夕暮れだった。こんなに遅くなったのは、お昼になっても帰ってこないのを心配したぼくの家族から電話が届き、このままだと怪しまれると思って一旦家に戻っていたかららしい。
「だ、大丈夫だった?バレたりしなかった?」
「多問題無いはずじゃ。ちと訝しがられたが、この体は正真正銘レイトのものじゃからのう。両親とじじばば共は誤魔化せている・・・・・・恐らくは、じゃが」
「よかったぁ・・・・・・!あ、それで元に戻る方法は?神社の女の子に会いに行ったんだよね」
ホッとした後、肝心の目的を訊ねると九桜は露骨に目を逸らしてしまった。うぅ、嫌な予感がする。
「・・・・・・すまん。神社をくまなく探しても、それらしいもんには会えんかった。神主はおったから聞いてみたんじゃが、今は巫女を雇っていないと返されてしもうての」
「えっ?でも、ぼくは確かに巫女さんの女の子に鈴を渡されて、そ、それなのに」
予想外のことに声がどもってしまう。どうしよう、それじゃあ元に戻る手がかりが見つけられない。九桜のことは好きだけどこのままは嫌だ。半日待つだけで不安と恐怖、孤独で押し潰されそうだったのに、もし元に戻れなかったら・・・・・・。
「落ち着け、レイト。方法は一応ある。要はこの鈴の力を再び使えるようにすればよい。おぬしが言っていたすまほのじゅうでん?みたいなもんじゃ。妖力や神力を一定以上流し込めば、再び入れ替わって元に戻れると踏んでおる」
「そ、そうなの?」
「うむ。じゃが、ちと面倒な問題があっての。さっきも話したが、神力が宿っとるのはそちら側なんじゃ。わしでは無くレイトの方。故に、この鈴に神力を流し込めるのはおぬしだけということになる」
そう言ってぼくを指差す九桜。方法があるのは良かったけど、神力?を流し込むなんて今までやったことが無い。ただの人間なんだから当然だ。
「ぼくだけって・・・・・・や、やり方はどうすれば」
「わしが教える、安心せえ。まぁ、うむ。最初は驚くじゃろうが、心配はいらん」
頷いている九桜だけど、どことなく逡巡というか戸惑いを漂わせている。目も泳いでるし。一体どうしたんだろう。明らかに何かを隠している彼女に、ぼくはおずおずと声をかけた。
「もしかしてだけど、なんか隠してる?」
「隠しておるわけではない。ない、が・・・・・・ちとこちらに来てくれるかの」
ぼくの手を引き、祠の後ろの方へ行く。周りから隠れようとしているみたいだ。どうしてか分からず首を傾げていると、九桜は言い辛そうにしながらも口を開く。
「実は、鈴に込める神力が足りんのじゃ。所詮わしは零落した存在故な。じゃから、とある方法で神力を高める必要がある」
「とある方法って・・・・・・信仰を集めるとか?」
「それもあるが、流石に悠長に過ぎる。おぬし一人の分では一月以上かかるじゃろう。遺憾ではあるが、別のやり方しか無い」
そう告げる九桜は何故か顔をしかめていた。別のやり方というのが嫌なのか、とても申し訳無さそうな視線を向けてくる。内容を訊ねようとしたぼくを遮るように言葉を続けた。
「さて、ここからが重要じゃ。レイト、おぬし精通はしとるか?」
「え、は・・・・・・えっ!?」
精通・・・・・・精通!?なんで急にそんなことを聞いてくるんだ。確かに九桜は大人びているけど、まさかそんな質問をされるなんて。思わず顔が熱くなってしまう僕に、彼女は真剣そのものな表情で頷いた。
「神力を手っ取り早く高めるには、人の命が込められたものを捧げられるのが一番じゃ。人身御供という程ではないがの。別に精でなくとも、女の秘液や血でも構わんが・・・・・・より高めやすいのはやはり精じゃな。子種は大きな糧になる」
「子種って・・・・・・えっと、一応数か月前に夢精で精通はしたけど、ちょっと怖くて、その、オナニーはあんまりしてない。だから、出せるかどうか分からないし」
しどろもどろになりながら返事をするぼく。友達の中には毎日オナニーしてると自慢してくる奴もいるけど、あまり理解出来なかった。気持ちいいと言えば気持ちいいんだけど、心臓がむやみやたらにバクバクするし凄く疲れるし、怖さの方が勝っていたのだ。
「精通しとるんなら大丈夫。今回、出すのはわしじゃからな。長く在り続けたつもりじゃが、まさか坊主の体で達することになろうとは。すまんの、レイト」
「あっいや、別にぼくは大丈夫というか、えっと」
駄目だ、性的な事情を話してしまった恥ずかしさと九桜の言ってることのせいで状況が上手く呑み込めない。そうだ、ぼく達は入れ替わってるんだ。雰囲気と振る舞いで一瞬忘れてたけど、目の前にいるのは間違い無くぼくの体。つまり、これは、えっと・・・・・・。
「く、九桜がぼくの体で、その、するの!?」
「うむ。レイトには酷かもしれんが、放った精は呑み込んでもらわにゃならん。七面倒な儀式を介さぬならば、最も効能がよいんじゃよ」
「っ、それって、えぇ・・・・・・?」
九桜がぼくの体でオナニーして。射精したのをぼくが呑む。ゆっくりと状況を理解して、ただでさえ熱くなっている顔から火が吹きそうだ。なんで。どうしてこんなことに。おかしいよ。
「わしの力がもうちぃと残っていれば、他にやりようもあったかもしれん。すまん」
だけど。本当に申し訳無さそうに頭を下げる九桜を見て、ぼくは少しずつ落ち着きを取り戻していく。彼女を責めるつもりは無い。むしろ、ぼくが鈴を受け取ったせいで巻き込んでしまったんだ。それなのに馬鹿みたいに狼狽えて、迷惑をかけてばかりいる。
「だ、だ、大丈夫。元に戻る為には必要なんだもんね。こっちこそごめん、九桜に全部任せちゃってて」
覚悟を決めろ、ぼく。いや、自分の精液を呑む覚悟って意味分からないけど。とにかくやらないと。元に戻る為に。
「謝らんでいい。これ以外に手っ取り早く神力を高める方法を見つけられんのはわしじゃ。よし、では始めるかの。よっと」
尚も謝ろうとするぼくを制するように、九桜は躊躇の無い動きでズボンを下ろした。小学校を卒業してブリーフから履き替えたトランクスが姿を見せる。駄目だやっぱ恥ずかしい・・・・・・!自分の体が勝手に脱いでるのもあるけど、ここは祠の陰になってるとはいえ外だ。誰かに見られたらどうしよう。
だけど、止めてはいけない。ズボンに続いてトランクスが下ろされるのを見ながら、ぼくは必死に羞恥心を抑えようとする。あぁもう、全身が燃えるように熱い。整っているはずの九桜の顔は、きっと真っ赤になっているだろう。
「ふむ・・・・・・存外、立派じゃな」
そして、ぼくの男性器・・・・・・おちんちんが外の空気に晒された。皮を被っていて、まだ大きくはなっていない。確かに、ここは田舎だから近くにトイレが無い時は立ちションとかもしたけれど、今回は全然違う。だって、その、オナニーして射精しなければならないのだ。いや、ぼくじゃなくて九桜がだけど。体はぼくだし、誰かに見つかったら確実に変態扱いされてしまう。
「レイト。経験は浅いと言うとったが、何度かはしているんじゃよな?どのように慰めたか覚えとるか」
「え、っと」
九桜に追撃され、更なる羞恥がぼくを襲う。え、これ説明しなきゃいけないの?ぼくが?でも、九桜にとっても初めてなんだ。ちゃんと出来ないと元に戻れないし・・・・・・あー、うー、仕方ない。
「わ、分かった。ぼくがやるから、九桜はじっとしてて」
「ん、いや待て、そこまで無理せんでも」
無理をしなきゃいけない。これ以上九桜に迷惑をかけらえないから。それに、今目の前に見えてるのはぼくのおちんちんだ。だったらぼくがやらないと。慌てたような九桜の声を無視し、しゃがみこんだ後慎重に手を伸ばしておちんちんに触れた。
「っ」
自分以外の手で触ったおちんちんは、柔らかくて温かい。それに触られている感覚が無いのも変だ。九桜は少しだけ体を震わせたけど、無理にぼくを止めようとはしない。そのまま、皮を付け根に集めるようにして亀頭を露出させる。
「うわ・・・・・・」
このアングルから見るのは初めてだ。裏側、というか下側ってこうなってるんだ・・・・・・お風呂の鏡で見たことはあるけど、こうやって別の視点から見るとまた違う形のように感じる。そっと亀頭に触ってみると、九桜が呻くような声を漏らした。
「む、ぅ・・・・・・妙な感覚じゃな。成程、こうやって刺激すると血が集まるんか。しかし、これは敏感過ぎやせんか?っ、擦り過ぎるなレイト」
「ご、ごめん。でも、まずは大きくしないと」
九桜の綺麗な指で弄っていると、徐々におちんちんが持ち上がり始めた。勃起していくのを目と鼻の先で見ることがあるなんて。不思議な光景だ。亀頭が膨らみ、竿が太くなっていく。同時に九桜の声も切羽詰まっている気がした。
「レイト、おいっ、聞いとるんか?んぐぐ、なんじゃこの溜まっとる感じは」
「えっと、大丈夫だと思う。普通の反応だから。出すのが目的だし、我慢しないで」
五本の指で輪っかを作り、先っぽから根本まで全体を擦っていく。自分に返ってくる感覚が無いからか、おちんちんの感触はいつもと違うみたいに思えた。ゴムで出来たおもちゃというか、ぐにぐにとしててちょっと面白い。
「ぐむむむむ・・・・・・どんどん固くなっとるが、精を放つ機が分からん。っひ、んん・・・・・・!?」
裏のスジになってる部分を擦ると、九桜は変な声を出して体をぶるぶるさせた。自分の体なのにちょっと可愛い。中の九桜が可愛いからだろう。そのまま刺激を加え続けていると、ぼくのおちんちんはしっかりと勃起してくれた。なんか、いつもより大きい気がする。
「好きな時に出していいっていうか、我慢しなかったら勝手にでるから。えっと、それを呑めばいいんだよね?」
「う、む。直接呑まずとも、手のひらで受け止めてから呑んでも、っぐぅ・・・・・・!こんなに、快感が強いもんだとは」
九桜は荒い息を吐きながら答える。ぼくの、つまり九桜の手が変な汁でべたべたになっていた。確か我慢汁?カウパー?って言うんだっけ。なんだか、頭がぼーっとしてくる。無意識の内に汁を指先で掬い取り、口に含んでしまった。
「ん、ん」
「おいレイト、おぬし何を」
ちょっとしょっぱい。汗と同じ感じかな。だけど、何故か体がどんどん熱くなる。お腹の下辺りがカーッと燃えているみたいだ。なんか変だな。なんと言っていいのか分からない感情が湧き上がってきて、歯止めが利かない。
「んおぉっ!?」
気が付けば。ぼくはぼくのおちんちんをぺろりと舐め上げていた。うん、しょっぱい。でもそれだけだ。手で触ってた時と同じで、ちょっとゴムっぽい感触がする。どうして自分のおちんちんを舐めてるんだろう。上手く考えられないまま、大きく口をあけておちんちんを咥え込んだ。
「ちょ、待ていレイト、待ていと言うとるのっむぐうぅぅっ・・・・・・!」
口の中が熱い。それに血の流れのせいかどくどくとしている。我慢汁がいっぱい出ているのか、どんどんしょっぱくなっているみたいだ。ぼくはアイスクリームを舐めるように口をすぼめる。歯が当たると痛そうだし気を付けないと。
「ん、ふっ。あむ、じゅる」
口が塞がっているので鼻で呼吸しながら、ぼくは夢中で自分のおちんちんにむしゃぶりついた。しょうがない、射精させないといけないんだから。体から湧き上がる衝動に言い訳するように考えつつ、動きをどんどん激しくしていく。
「これはっぐぅ、駄目じゃっ溜まっているのがせり上がっ!?」
全体がぷくっと大きくなった瞬間、口の中で何かが爆発した。射精だと気付いた時にはねばねばした感覚が喉を口全体に広がって、思わずごくりと飲み下してしまう。次から次へと噴き出してくるから飲み込むしかなかった。
「んぶっごほっごほっ!」
でも、全部は飲み切れない。咳き込みながら口を離すと、顔に熱い液体が降りかかった。どろりとしたそれは間違い無く精液だ。びゅっ、びゅっとかけられる度、お腹の下辺りが変に疼いてしまう。
口の中も、顔も。精液の味と匂いが頭の中に充満しているみたいだ。もっと、もっと欲しい。もっと呑みたい。味わいたい。口元に垂れる精液をぺろりと舐め上げながら、衝動はどんどん強くなっていく。と、
「ふ、ううぅぅ・・・・・・!凄まじい、疲労感じゃな」
ぼく、じゃなくて九桜の姿が目に入った。顔全体に汗を滲ませながら荒い息を吐いている。そうだ、ぼく達は元に戻る為に・・・・・・。我に返った瞬間、気持ち悪さと恥ずかしさが一気に襲い掛かってきた。
「う、き、気持ち悪い・・・・・・」
「す、すまん。出し過ぎたかの。じゃが、吐くでない。その身に取り込まねば神力を得られん。本当にすまん」
九桜は謝りながらどろどろになっている顔に手を伸ばし、精液を集めて口元に運んでくる。さっきと違って強烈な拒否感が湧いてくるけど、元に戻る為と言い聞かせて無理やり飲み込んだ。うえぇ、不味いし臭い・・・・・・。
「そ、それで。この鈴に、どうやって力を込めたらいいの?」
水筒の水で口の中と顔を洗った後、鈴を手に取りながら聞くぼく。やり方は九桜が知っているはずなんだけど、当の彼女は悩ましげな表情を浮かべていた。不安が脳裏をよぎる中、ぼくの体の口が開く。
「おそらく、じゃが。今力を込めても術式は起動出来ん。一回では足りんかったか。しかし、これ以上精を出せる気がせんのよな。うぅむ」
「それって、えぇと。すぐには戻れないってこと?」
「そう、なるな。感覚じゃが、後二回程度は必要なようじゃ。おぬしの体は精を吐き切っとるようじゃし、これだと・・・・・・」
その言葉に頭を回す。つまり、九桜以外の誰かから精液を貰わない限りすぐには戻れない、ということだ。いや、無理無理無理。中身が九桜の自分の体だったからなんとかなったけど、それ以外の誰かから精液を貰うんなんて。絶対に嫌だ。
でも、そうしないと元には戻れない。いや、時間をかければ大丈夫なんだろうか。毎日オナニーをしたことが無いから分からないけど、友達の言い分では毎日でも精液は出せるらしいし。
「じゃ、じゃあ明日もう一度やって、駄目だったら次の日にすればいいんじゃない?友達が言うには毎日オナニーしても大丈夫みたいだから」
「それは、構わんが。しかし」
声を区切り、九桜は案じるような目つきでぼくを見つめてくる。すぐに戻れないということは、ぼくはしばらくこの祠から離れられないということだ。きっとそれを心配してくれているんだろう。
「ぼくは大丈夫。うん、大丈夫。ほんの数日だし、九桜は会いに来てくれるでしょ?」
本心を呑み込んで言う。本当は怖い。誰にも見つけられないまま、同じ場所に縛られる。ただの人間のぼくは、それがとても怖く感じてしまっていた。でもわがままは言えない。ただでさえ九桜に迷惑をかけているんだから、我慢しないと。
「む、ぅ。レイトがそう言うのであれば、そうするとしようかの」
「うん。だから今日は家に戻ってよ、九桜。もう結構遅い時間だし、お母さん達が心配しちゃうから」
「・・・・・・うむ。朝早く戻ってくるでの、待っとってくれ」
「分かった。またね」
名残惜しそうな足取りで去っていく九桜は、見えなくなるまで何度も何度も振り返ってくれた。ぼくは手を振りながら、一人になった恐怖をぐっと堪えて飲み込む。岩に腰を下ろし空を眺めると、
日が落ちてくっきり見えるようになった星々が光っていた。
「・・・・・・」
九桜の体だからだろう。お腹も空かないし眠気も来ない。いや、お腹に関してはさっき精液を呑んだからなのかな。なんだか、内側から満たされているような感じがする。
虫やカエルの鳴き声が周囲を包む。この辺りに民家は無くて、街灯も無い。月と星の光が無ければ真っ暗だろう。こんな夜を、九桜は何度過ごしてきたんだろうか。彼女の過去に思いを馳せながら、ぼくは長い長い夜を一人で耐え始めた。