自室のベッドに寝転がりながら、須藤竜真は悩んでいた。
悩んでいるのは、義理の姉のことである。今から二年前、高校の卒業とほぼ同時に母親が再婚した。父は竜真が小学生の頃に事故で他界しており、それ以来女手一つで自身を育ててくれた母親が再婚すると聞いた時、竜真は喜んだ。ずっと自分の為に働いてきた母親が、これで少しでも幸せになればと思ったのだ。新しく父親になる相手に思う所はあるけれど、母親が幸せならそれでいいと。
初めて再婚相手と会った時、想定外のことが分かった。再婚相手自体はやや細めの体格をした優しげな中年男性で、そこまで問題は無いように見える。しかし、彼には連れ子がいたのだ。竜真と同じように連れてこられたらしい彼女は、表情が乏しいものの美しい少女だった。セミショートの髪には僅かにウェーブがかかり、177cmの竜真より少しだけ小さい身長、すらりとした体格はまるでモデルのようだ。おずおずと挨拶をした竜真に、彼女は表情を変えずペコリとお辞儀をした。───これが、竜真と、須藤葵の出会いだった。
それから。大学に進学する竜真は大学に近い手ごろなアパートを借りることにした。母親の新婚生活を邪魔したくないという思いがあったのだが、なんと葵が付いてきてしまったのだ。彼女も竜真と同じ大学に通うようで、父親の新婚生活を邪魔したくなかったのかもしれない。しかし、一応姉弟とは言え出会って数週間の美少女と過ごすのは、健全な男子である竜真にはあまりにも刺激的過ぎるものだった。何より、表情に乏しく無口な葵が、竜真にとっては何を考えているか分からない。一応数か月葵の方が早く生まれてるので自身は弟という立場なのだが、だからといってどうにかなるものでもなかった。アパートの部屋は2LDKだったので最低限のプライバシーは保たれているのが救いではあった。
(料理や洗濯とか、色々してくれるのはありがたいんだけどな・・・・・・)
今も、キッチンの方から料理の音が聞こえてくる。生活の細々としたことは日替わりでやっているが、竜真が担当の日でも気付かない内に葵がやってくれたりしているのだ。感謝の言葉を告げても、軽く頷くだけ。本当に、何を考えているのか分からない。
(いや、悪い人ではないのは分かってるけど、うーん)
そんな生活が、もう二年も続いている。葵が何を考えているのか、こちらのことをどう思っているのか。本心を知りたいが、その方法が無い。どうすればいいのだろうか。
(・・・・・・そういえば)
ふと、竜真は思い出す。数日前に、妖しげな店で買わされたお香のことを。店員曰く、相手のことを深く知ることが出来るものらしいが・・・・・・。
(なんて言ってたかな・・・・・・)
竜真は、細かい所まで思い出そうと記憶を探る。数日前、バイトの帰り道。古ぼけた雑貨屋を見つけたのが始まりだった。
「・・・・・・ん?こんなとこにこんな店あったか?」
宅配のバイトの帰り、自転車を漕いでいた竜真はふと目についた店が気になり足を止めた。建築から随分と経っているように見える木造の家屋。看板はかすれていて読むことは出来ないが、薄暗い店内には様々なものが所せましと並んでいる。どうやら雑貨屋か何かのようだ。
(おかしいな、ここはいつも通ってるはずだけど)
見慣れない店に竜馬は少し疑問に思うが、昼と夜の雰囲気の違いで今まで気付いていなかっただけだろうと思い直す。なんとなく気になり、自転車を雑貨屋の近くに止めて店に入っていく竜真。
ガラガラ。年季の入った引き戸を開けて中に入ると、外とは明らかに雰囲気が違っていた。まるで昭和か何かにタイムスリップしたかのような、古めかしい雰囲気。駄菓子や動物の置物、ちりとりや土鍋など。多種多様ながらどれもどこか古臭い雑貨が、狭い店内にぎっしりと並んでいる。
「なんか、すごいな・・・・・・」
普段、あまり見ないような店の様子に少し圧倒される竜真。キョロキョロと店内を見回していると、店の奥から幼げな声が聞こえてきた。
「おや、お客様かい。いらっしゃい」
「うわっ!?」
店の奥の暗がりから、椿柄の着物を着た、どこか妖しい雰囲気を纏った少女が姿を現す。よく出来た怪談のような登場に、竜真は驚きの声を上げてしまった。
「くくっ、そんなに怯えなくてもいいじゃないか、お兄さん。何かお探しかな?」
どうやら店員らしいその少女は、悪戯が成功した子供のように笑いながら聞いてくる。
「い、いや、特に何かを探してるわけじゃないけど・・・・・・」
「そうかい。でも、何か悩みがあるんじゃないのかい?そんな顔をしているよ」
確かに、竜真には悩み事があった。同い年の義理の姉のことである。だが、それを今表に出したつもりは無い。まるで心の中を覗かれたかのようだ。
(この子は、一体・・・・・・)
不気味さを覚える竜真だが、相手は遥かに年下の女の子だ。気にすることでもないと割り切って、返事をする。
「あぁ、まぁ・・・・・・知り合いが、何考えてるかよく分からなくてさ。だけど、悩みって程のものじゃない」
「ふぅん?何を考えてるか分からない、か。それならいいものがあるよ」
着物の少女は近くの棚を漁り始める。乱雑に陳列された商品の中から、あっという間に望みのものを見つけ出したようだ。
「そら、こいつだ」
少女が手にしているのは、筆箱ほどの大きさの紙箱だった。
「気持ちを安らげるお香さ。これを焚きながらゆっくり休めば、きっと相手の思いも分かるようになるよ」
「お香、かぁ」
竜真が知ってるお香といえば、線香くらいしか思いつかない。それに、気分は落ち着くかもしれないが相手の思いが分かるようになるとはとてもじゃないが信じられなかった。
「本当は別のものもあったんだけどね、そっちは修理中だから許しておくれ。今なら香皿もおまけで付けておくけど、どうだい?」
熱心に勧めてくる少女。値段を聞くと、思ったより安かった。竜真は少し考えこむ。
(・・・・・・まぁ、これも何かの縁か。あんまり繁盛してるようには見えないしな)
こんな時間まで、幼い少女が店番してるというのも妙な話だ。もしかしたら何か訳アリなのかもしれない。そう思い直した竜真は、多少なりとも売り上げに貢献しようとお香を購入することにした。少女は嬉しそうに紙袋にお香や香皿、ライターを包んで渡してくる。
「お買い上げ、ありがとう。お客様の悩みが解消されるよう、私も祈っているよ」
ニッコリと微笑み、竜馬を見送る少女。竜馬は、どこか夢見心地にその雑貨屋を後にした。
「お、あったあった」
バイト用のカバンを漁ると、雑貨屋で買ったものが紙袋に包まれているのを見つけた。
(なんで今まで忘れてたんだ?まぁ、見つけられたしいいけど)
中身を開けて確認する。お香は円錐型に固まっていて、それが何個も入っている。これを皿に乗せて、上の部分に火を付ければいいらしい。と、
コンコン
「竜真。ご飯」
澄んだ声が、ノックされた扉の外から聞こえる。わざわざ葵が夕飯に呼びに来てくれたようだ。
「お、おぅ、すぐ行く」
竜真が返事をすると、足音はすぐに去っていく。いつも通りの様子だ。竜真は一旦お香を置いて、葵を追うように部屋を後にした。
食卓まで向かうと、刺激的な香りが竜真の鼻をくすぐる。テーブルに置かれた鍋には、たっぷりの麻婆豆腐が入っていた。
「おー、美味そう」
思わず呟いた称賛を気にもせず、葵は茶碗に白米を盛って渡してきた。付け合わせのトマトとレタスのサラダも、綺麗に盛り付けられている。
「いただきます」
竜真と葵が手を合わせ、食べ始めた。麻婆豆腐は濃いめの味付けで、ご飯がよく進む。
「うっま・・・・・・!葵、また料理上手になったんじゃないか?」
竜真の言葉に、葵は微かに頷いただけで受け流す。黙々と食べ続ける彼女に、竜真は内心溜め息をついた。
(いつもこうなんだよな・・・・・・)
料理や掃除、洗濯と色々してくれる葵だが、竜真との会話は不自然な程少なかった。大学では、友人と言葉少なながら会話しているらしいし、竜真だけが会話を避けられてるように思える。
(嫌われてるのか、俺・・・・・・?)
しかし、わざわざ同じアパートにまで着いてきたのは葵自身だ。同居を始めてから二年、会話が無い以外に嫌われているような様子は無いが、竜真は疑念を拭いきれなかった。
(葵との暮らし、むしろ俺はありがたいくらいなんだけど・・・・・・でも、葵の負担になってるとしたら)
もしそうなら、この生活を続ける気が竜真には無かった。両親に新婚生活を楽しんでもらう為に無理をして家を出て、竜真と生活しているなら、自分が他の住居を探して引っ越してもいいのだ。しかし。
(聞きづらいんだよな・・・・・・)
ただでさえ表情に乏しい葵に、無理に訊ねる勇気が竜真には湧かなかった。このままではいけないと思いながら、ずるずると二年が経ってしまった形になる。
悩んでいても食欲は衰えず、竜真はおかわりをしつつ夕飯を平らげた。食器を洗おうとする竜真を手で制し、葵は一人で食器を片付け始めてしまう。どうにも距離を感じながら、竜真は部屋に戻ろうとしてふとお香のことを思い出した。
「あー、そうだ。ちょっと部屋でお香を焚こうと思ってるんだけどさ、匂い漏れるかもしれないし、そこらへん大丈夫か?」
竜真の言葉に、彼女は一瞬だけ食器洗いの手を止めた後に頷いた。やはり、声は出さない。若干肩を落としながら、竜真は部屋に戻るのだった。
「さて、と」
部屋に戻った竜真は、手早くお香を焚く準備を整えた。円錐状のお香を皿の中心に乗せ、火を付ける。細い煙と共に、なんともいえない落ち着く香りが部屋に広がり始めた。
(確かに、結構いい香りだな)
ゆっくりと広がっていく香りの中で、竜真は改めて葵のことを考える。気持ちを知る一番いい方法は彼女自身に訊ねることだ。答えを貰えなかったとしても、何度も聞けばいつか答えてくれるかもしれない。
(それで嫌われても元々みたなもんだしな。まぁ、中々聞けないから悩んでるんだけど)
元々他人の心中を察するのが苦手な竜真は、やはりその手段しかないと考える。
(明日の朝、聞いてみるか)
しばらく思い悩んだ末、竜真は決意した。この心地いいぬるま湯のような状況に甘えていてはいけない、葵自身の口からどう思われているのかを聞き出そう、と。辺りに漂うお香の香りが、踏み出せない感情に勇気を与えてくれてたのかもしれない。決めることを決めて気が緩んだのか、竜真はリラックスした様子で目をつぶる。リビングの方からは、お風呂に入ろうとしているのか、葵が浴室の扉を開ける音が聞こえてきた。
(なんか、眠くなってきたな・・・・・・)
お香の香りが眠気を誘い、竜真はうつらうつらし始める。なんとか起きようとするが、睡魔に抗うことが出来ない。
(ヤバい・・・・・・お香消して、着替えないと・・・・・・)
思考も空しく、竜真は眠りへと落ちていく。穏やかな香りに包まれながら、彼はゆっくりと意識を手放したのだった。
温かい。全身が温かさに包まれて、意識がふわふわとする。体がどんどん沈んでいき、ゆらゆらと揺れて・・・・・・。
「っんぷっ!?」
口がお湯に浸りかけ、慌てて目を覚ます。バチャバチャと水音を立てながら、なんとか態勢を立て直した。どうやら、湯船に浸かっている途中でうとうとしてしまい、溺れかけたらしい。
「あぶな・・・・・・って、んん?」
(あれ、なんで風呂にいるんだ・・・・・・?確か、俺は部屋で寝そうになってたはずなのに・・・・・・)
違和感とともに辺りを見ると、いつもの風呂場の光景だ。ただ、一つだけ違うのは、
「っっっ!!!?!?」
曇った鏡に映っているのは、一糸も纏っていない葵の姿だった。
「あっ葵ごめん!すぐ出ていくから!」
すぐに目を逸らし、浴槽から立ち上がる。そのまま浴槽から出ようとした所で、あることに気付いた。
「って、は、え?」
自分の体が、妙に細い。日焼けしているはずの肌は白く綺麗で、なにより形の整った乳房としなやかなくびれ、引き締まった臀部は明らかに男性のものでは無かった。唖然としながらよく確認しようとすると、さっき目を逸らした鏡が再び目に入る。
そこに映っていたのは、目を見開いて驚いている表情の、ほかならぬ葵だった。思わず顔を覆うとすると、鏡の中の葵も同じ動きをする。
「こ、これって・・・・・・」
普段からは想像も出来ないような驚愕の表情を浮かべて、『須藤葵』は呟いた。
「俺、葵になってる・・・・・・!?」
「一体、どうなってるんだよ」
首から下をすっぽりとバスタオルで包み、葵は洗面所で戸惑いの声を上げた。洗面台の鏡には、どこか不安げな表情が映っている。
「・・・・・・」
笑ったり、しかめっ面になったり、口をとがらせたり。いつもの無表情からは想像も出来ない程に、葵は鏡の前で百面相をしている。やがてバスタオルに包まれた肩を落とし、胡坐をかいて座り込んだ。
(いや、わけが分からない・・・・・・なんなんだよ、これ)
途方に暮れる葵。疑問だらけの頭の中で、なんとか考えようとする。が、
「くしゅんっ」
可愛らしいくしゃみ。湯船から上がって数分経っているので、少しずつ体が冷えてきたようだ。近くのカゴには、パジャマと下着が丁寧に畳まれて置かれてある。
(いい加減服着ないと・・・・・・でも)
服を着るためには下着を手に取り、体に触って身に着けないといけない。葵は、それを何故か躊躇しているようだ。
(義理の姉とはいえ、葵の体をまさぐるのは流石に・・・・・・でも、このままだと風邪引くかもしれないし)
苦悩しながら、やはりこのままには出来ないとまずはパンツを手に取る。出来る限り見ないようにしながら、足を通していった。
(うぅ、なんかピッチリしてる)
股間にピッタリと張り付く感覚に、もじもじと身もだえする葵。なんとか気持ちを落ち着けて、次はキャミソールを手に取る。目をつぶってバスタオルを脱ぎ、一気にキャミソールを被った。
「んっ」
胸が生地に擦れ、声が漏れてしまう葵。少し顔を赤くしながらも、なんとかキャミソールを着終えた。
「つ、次は・・・・・・」
薄目を開けて、パジャマを探す。青の花柄であるそれを見つけると、下着に比べて比較的スムーズに着替えることが出来た。
「ふぅー・・・・・・」
着替え終えて、葵は大きく息を吐いた。風呂に入ったばかりだというのに、その額には薄く汗がにじんでいる。
(これで大丈夫、だよな)
鏡には、パジャマに身を包んだ葵が映っている。頬を上気させて潤んだ瞳をしているその姿に、彼女の心臓がドキリと跳ねた。
(ふ、普段と雰囲気が違い過ぎる!)
葵は動揺しながら首を振ると、平静を保とうと息を整える。なんとか落ち着いた所で、あることに気付いた。
「っそうだ!俺が葵になってるってことは、元の俺はどうなってるんだ!?」
洗面所を後にして竜真の部屋に向かう葵。途中つまづきそうになりつつも扉の前に辿り着き、一気に開ける。お香の香りが漂う部屋の中に入ると、そこには寝息を立ててベッドで眠っている竜真がいた。
「お、俺だ・・・・・・!おい、起きろ!」
葵は混乱しながら竜真に駆け寄り、肩を揺さぶって起こそうとする。しかし、どれだけ激しくゆらしても起きる気配が無い。まるで意識の無い抜け殻のように、竜真の体がされるがままにガクガクと揺れた。
「ど、どういうことだ?俺の意識がこっちにあるから目を覚まさないのか?」
呟きながら、部屋を見回す。円錐状のお香はすでに燃え尽きていて、扉を開けたことで香りも徐々に薄くなっているようだ。と、ここで葵は異変に気付く。
「あ、れ?」
葵の心臓が、激しく脈打ち始めている。ドキドキと早鐘を打ち、体温が上がっていくのを葵は感じた。
「なんだ、これ」
急な動悸と同時に、頬も赤くなり、竜真の肩を掴んでいた手が汗ばむ。目つきがトロンとして、息が荒くなる。下腹部に、火が灯ったように熱が溜まっていくのを葵は混乱しながら感じていた。
「っは、ふぅ、ふぅ・・・・・・」
彼女の視線は、竜真に釘付けだ。目を離せないまま、足が勝手にそちらへと向かう。葵はベッドの横に膝立ちになり、眠っている竜真に顔を近付けて───
「って、何やってんだ俺は!!?」
辛うじて、正気に戻った。
「いやいやいやいや、なんだこれ、おかしいってこれ!」
竜真の部屋から飛び出し、リビングまで退散する。葵はぜいぜいと息を切らしながら、己の体に起きた異変のことを考えようとした。
(落ち着け、なんでこうなった?もしかして葵はアレルギー持ちで、お香にアレルギー成分が含まれていたりしたのか!?いや、でも症状的にアレルギーとは違うのか?あぁもう、分からねぇ!)
頭をガシガシ掻こうとして、サラサラの髪の毛に触った時点で思い留まる。とりあえずテーブルの椅子に座りながら、葵は原因を探るために考え込んだ。
(アレルギーじゃないとしたら、アレか?俺のことが嫌い過ぎて、拒否反応が出たとか?)
今までの対応を思い返し、そう考える葵。しかし、その瞬間に頭の中で何かが弾けたような感覚がして、何かが流れ込んでくる。
「っな、なんだっ!?」
流れ込んできたのは、記憶と感情だった。葵が竜真をどう思っているか。何故、竜真相手だと無口になるのか。その記憶の奔流が、今の葵に叩き付けられる。
元々、葵は再婚に賛成していたわけではなかった。しかし、父親の幸せを思うと拒否することも出来ない。そのままなし崩しに、母親になる女性と会うことになってしまう。
女性自体はとても優しい人で、これなら父親もきっと穏やかな家族生活を送れるだろうと葵は思った。しかし、問題は連れ子がいるということだ。自身も同じ立場だが、葵は竜真という同い年の義理の弟を、当初は警戒していた。わざわざ、同じアパートに引っ越して監視する程に。
しかし、竜真は葵の思うような人間ではなかった。誠実で、優しい人柄。同居を続けていくと、竜真の好ましい一面ばかりが見えてくる。最初は警戒で言葉を交わすことが少なかったのが、いつしか別の意味で言葉を交わし辛くなっていた。そう。葵は、竜真に恋をしてしまったのである。
元々無口だった葵は、竜真の前では恥ずかしさと恋心を抑える為にことさら無口になった。己の心臓の音に気付かれないよう気を配り、竜真に恋心がバレないように慎重に振る舞った。血縁が無いとはいえ家族である。自身の思いを不純と断じて、ずっと隠し続けてきたのだ。
(そう、だったのか・・・・・・)
テーブルに突っ伏しながら、葵は呆然としている。まさか、こんな感情を隠していたなんて。好かれていることはおろか、逆に嫌われているかもしれないと思ってすらいたのだ。
(葵は、俺のことを異性として好き、ってことだよな)
信じられない。しかし、さっき流れてきた記憶はあまりにも生々しく、信じるなという方が無理だった。
(じゃあ、さっきの動悸は)
竜真を前にして、その肩に触れることで気持ちが抑えきれなくなったのだろう。今も、熱と疼きは葵の体に蓄積している。
(でも、だからってどうすりゃあ・・・・・・)
葵は途方に暮れる。ただでさえ異常なこの状況で、どうすればいいのか分からないのだ。と、
「・・・・・・ん、あれ」
急激な睡魔が葵を襲う。まるで、さっきお香を焚いて寝落ちした時と同じような感覚。意識を保とうしても、抗いきれない。
「え・・・・・・これ、まず・・・・・・」
テーブルから起き上がろうとするも、力が入らない。そのまま、葵は気絶するように意識を手放した。
「・・・・・・はっ!」
意識を取り戻した竜真は、ベッドから跳び起きる。
「ゆ、夢・・・・・・!?いや、だけど」
さっきまでの、葵の肉体で体験した記憶。それは竜真の心に強く刻まれていた。とても夢とは思えないようなそれに、竜真は戸惑いながら腰を上げる。早く確認しなくては。
(さっきのが夢じゃないなら、葵はテーブルで寝てるはずだ)
確認の為に部屋を出てリビングに行くと、そこにはテーブルに突っ伏して眠る葵の姿があった。記憶通りの椅子に座っているのを見て、竜真は唸り声を上げる。
(んんん・・・・・・やっぱり夢じゃないのか?じゃあ、葵は俺のことを・・・・・・)
目の前で寝ている葵が、自分のことを好いているという事実。もしもそれが本当だとしたら、一体どうすればいいのだろうか。竜真が悩んでいると、意識を取り戻したのか、葵がゆっくりと上半身を起こした。
「ん・・・・・・あ」
軽く伸びをすると、葵は竜真に気付いたようで、すっと椅子から立ち上がって竜真から距離を取る。
「あー・・・・・・大丈夫か?寝てたみたいだけど」
「・・・・・・・・・・・・大丈夫。おやすみ」
逃げるように自分の部屋に入っていく葵。その頬に朱が差していたのは、きっと幻覚ではないだろう。取り残された竜真は、改めてさっきの体験について考えた。
(本当に、本当なのか?さっきの、葵に乗り移って経験したことは、夢じゃないのか?)
考えても考えても、分からない。見た夢の内容が、偶然現実とに似通っているだけかもしれないのだ。
「うーむ・・・・・・」
眠り落ちる前に思っていた、葵に直接聞こうという意思は完全に消えている。どうすればいいのか分からないまま、竜真はリビングに立ち尽くすのだった。
翌日。あれから殆ど眠れなかった竜真は、結局寝不足のまま大学に行った。しかし、講義ではうとうとと眠り続け、バイトでも普段やらないミスを連発してしまう。完全に昨日のことでペースが乱れていると分かっていても、竜真は中々調子を取り戻すことが出来なかった。
「あーもう、散々だったな今日は・・・・・・」
自転車を漕ぎながらぼやく竜真。頭には昨日の、葵のことがぐるぐると回り、離れない。アパートの駐輪場に自転車を停めて階段を上っている時も、あの不可思議な出来事ばかりが脳裏に浮かんでくる。
「はぁ・・・・・・」
溜め息をつきながら部屋の扉を開ける。どうやら葵はまだ帰ってきていないらしく、部屋の中は真っ暗だった。
(珍しいな・・・・・・葵が帰ってきてないなんて)
葵は、いつもならバイトで遅くなる竜真より早く帰宅しているはずだった。少し疑問に思うも、そこまで気にせず中へと入っていく。リビングの電気を付け、スマホを確認すると葵からメッセージが届いていた。
(『友達とご飯を食べるから遅くなります。夕飯はなくていいです』か。普段は昼頃には連絡してくるけど、忙しかったのか?)
とりあえず、竜真はありあわせのもので適当に夕飯を作ることにした。野菜とソーセージを炒めながら、お香のことを考える。
(あれが原因なのか・・・・・・?店員の子も変なこと言ってたし)
もしあのお香が昨日の事態を起こしたのだとしたら、もう一度あれを焚けば再び葵になれるのだろうか。もう一度、彼女の気持ちを知ることが出来るのだろうか。
「って、バカバカしい!そんなことあるわけないだろ!」
言いながら、竜真は皿に野菜炒めを盛り付ける。既に炊いてあったご飯を茶碗に盛り、インスタントの味噌汁も用意した竜真は手を合わせ、かきこむように夕飯を食べ始めた。
(大体、お香の力で他人に乗り移るなんて、漫画やドラマとかの話だ!現実で起きるわけが無い!正気に戻れ、俺!)
すごい勢いで、あっという間に夕飯を平らげていく竜真。何が正しいのか分からない思考に溺れながら、味噌汁を飲み干した。
(偶然変な夢を見て、それが気になってるだけだ!だから、葵があんなことを思ってるってのはありえない!)
茶碗の米粒を綺麗に集めながら、しかしと脳裏に葵の姿がよぎる。記憶の中、恋心に苦悩していた彼女はあまりにも生々しかった。夢とはとても思えない、息苦しく、秘めやかで、熱っぽい感情。実際に体験した竜真には、あれが夢だとは到底思えなかった。
「ごちそうさまでした。・・・・・・はぁ」
食べ終わり、食器を洗う。そう。どれだけ否定しようとしても、結局は否定しきれない。竜真に流れ込んできた葵の記憶が、彼女の竜真に対する思いが、否定されるのを拒んでいるかのようだ。
食器を洗い終わり自室に戻ると、片付けるのを忘れていたお香の燃えカスが小皿に乗っているのを見つけた。残りのお香は、まだ七個ある。
(これを、使えば)
あれが夢でないのなら。再び、葵の気持ちを知ることが出来るかもしれない。彼女の気持ちが本当のものだと、確かめることが出来るのかもしれない。
(でも、確かめてどうするんだ?俺は、葵の気持ちにどう向き合えばいいんだよ)
竜真にとって、葵は同い年の姉であり、何を考えてるか分からない存在でもあった。確かに美人で、時折見せる振る舞いにドキリとすることもあったが、彼女を本質的に『女』として見たことは無い。そんな相手から、好意を向けられているとしたら・・・・・・。
(・・・・・・俺は、受け止められるのか?)
竜真自身、葵のことは何を考えているか分からない所を除けば悪く思ってはいなかった。しかし、恋愛となると話は別だ。今まで考えもしなかった事柄に、竜真は悩み続ける。そして、彼は縋るようにお香を手に取った。
「これを焚けば、また葵になれるかもしれない。あいつのことを、深く理解できるかも」
昨日から、彼は混乱しっ放しだった。だから、こんな極端な考えが浮かんできたのだろう。───あるいは、現状から逃げたかっただけかもしれない。
お香が焚かれ始め、部屋に香りが広がっていく。昨日のお香とは少し違い、花の香りが混ざっているようだ。竜真は、ベッドに仰向けになりながら目をつぶる。お香の香りに囲まれながら、彼はゆっくりと息を吐いた。やがて、急激に眠気がやってきて、意識がふわふわと浮かんでいくような感覚がする。その感覚に抗わず、竜真は意識を手放した。
「っ」
ガクン、と体が揺さぶられたような気がして意識を取り戻す。辺りを見渡すと、どうやら玄関で靴を脱いだ所だったらしい。
「これって・・・・・・」
急いで洗面所に向かって、鏡を確認する。予想通り、そこには葵の姿が映っていた。
「本当に、夢じゃなかったのか」
驚いた表情で固まっている葵。頬を触ると、柔らかい感触が指先に伝わってくる。しっとりとした肌は、竜真のものとは明らかに違うものだった。
「と、とりあえず・・・・・・」
葵はリビングに戻り、椅子に座る。持っていた手提げ鞄をテーブルに置くと、竜真の部屋から微かにお香の香りが漂ってくるのを感じた。確認に行こうとして思い留まる。
(昨日みたいなことになったら困るしな)
結局、彼女は座ったままで考え込む。というより、葵自身の感情を読み取ろうとし始めた。しかし、昨日のように上手くいかない。うんうん唸って考えても、頭の中から記憶や感情が湧き上がってくることは無かった。
(なんでだ?あの時はすぐに・・・・・・)
昨日のことを思い返し、何か切っ掛けはなかったのか探る。
(確か、体が熱くなった原因がアレルギーかどうか考えてた時だったよな。それで、他に原因があるんじゃないかって・・・・・・)
そこまで考えた所で、ズキリと頭が痛んだ。あの時、葵はこう考えたのだ。『葵は、竜真のことが嫌いなのではないか』と。
「っっくぅ!?」
頭痛が激しくなり、頭を抑える葵。彼女の脳裏に激痛と共に湧き上がってくる記憶があった。さっきまでの、葵が友人に相談をしていた時の記憶。
「はー、なるほどぉ。好きになっちゃったんだ、義理の弟くんを」
「うん・・・・・・。だから、相談、したくて」
「葵から誘われるなんて珍しいなぁって思ったけど、そういうことか。まぁ、恋愛マスターの私に任せなさい!」
昨日から何故か自身の恋心を取り繕うことが難しくなっていた葵は、友人の中でも恋愛に詳しいと言われてる娘に相談をしていた。友人は、ハンバーガー屋のポテトをつまみながら話し出す。
「話を聞いてる限りだとさ、その弟くんは葵の気持ちには気付いてない可能性が高いと思うのよね、やっぱり。なら、やることは一つ。女性として意識させなきゃね」
「女性として、意識?」
「そう。義理とはいえ家族だし、言い方は悪いけど今まで葵のことは眼中に無かったと思うのよ。あ、異性として、ってことね」
目をキラキラさせながら話す彼女に、葵は圧倒されていた。もし自分に、これだけの愛嬌があれば。もしかしたら竜真は自身のことを女として見てくれていたかもしれない。
「でも、それは逆にチャンスなの」
「え?」
友人の思わぬ言葉に驚く葵。友人はそのまままくし立てるように続ける。
「そう!つまり、弟くんは葵の魅力に二年以上目を向けてこなかった。でも、それだけ長く暮らしてたら少なからず思うことはあると思うんだよね。そこを葵の魅力でぶん殴るの!」
殴りつけるジェスチャーとともに言い放つ友人。言っていることがいまいち分かっていない葵は、改めて聞き直した。
「ぶん殴る、って。どうやって・・・・・・?」
「そうだねー、一番手っ取り早いのはやっぱり体同士を触れ合わせてアピールすることかなぁ。偶然を装って相手の体に触ったり、逆に触らせたり。弟くんは良識ある子みたいだし、それで襲われたりはしないだろうけど意識させることは出来ると思う」
「おそっ!?」
思わぬ言葉にボッと頬を上気させる葵。それを見た友人はニヤニヤと笑いながらからかってくる。
「うん、葵は大人しいから男性側からリードされるのがいいんじゃないかなぁって話。葵から襲うっていうのは想像できないなぁ」
「も、もう!」
頬を膨らませて怒る葵。しかし、彼女には友人の言葉に心当たりがあった。
(昨日見た夢・・・・・・私が、寝ている竜真にキスをしようとしたのって、襲うっていうことに入るのかな・・・・・・?)
普段の自分なら決してしないような振る舞い。まるで、自分が自分で無かったようなあの夢はなんだったのだろうか。
「まぁ、とりあえずさ。葵の魅力でぶん殴る、もといアピールしてみることから始めてみてもいいんじゃない?幸い弟くんには彼女とか浮いた話とかも無いみたいだし」
友人の言葉に、葵は頷いた。竜真を意識させる方法は分からなかったが、これから考えていけばいいだろう。そして、方法を考えながら帰宅し、扉を開けた葵は───
「・・・・・・う・・・・・・」
頭痛と記憶の奔流から解放される。葵は熱に浮かされたような表情で、フラフラと立ち上がった。
「そうだ・・・・・・私は、竜真にアピールしないと・・・・・・」
ぼぅっとした様子で、葵は竜真の部屋へと向かう。既にお香の香りが薄くなっており、扉を開けてもそこまで匂ってはこなかった。そのまま、彼女はベッドに寝ている竜真の元へと向かう。
「竜真、竜真、竜真・・・・・・」
うわ言のように呟きながら、ベッドの横に膝を付く。友人は、確か体を触れ合わせろと言っていた気がする。
「重かったら、ごめんね」
葵は、仰向けのまま寝ている竜真に覆いかぶさった。そのまま、体を密着させる。たくましい体つきが伝わってきて、葵は顔から火を吹きそうになっていた。
「竜真、ごめん、ごめんね」
届くことのない謝罪を繰り返しながら、彼女はゆっくりと自身の顔を竜真の顔に近付ける。そして、唇と唇を重ね合わせた。
「んっ・・・・・・」
ガサガサとした竜真の唇の感触。それだけで葵の体は燃え上がるように熱くなり、自身を抑えられなくなっていく。竜真にのしかかったまま、彼女は服を脱ぎ始めた。
「竜真、私ね、君のことが好きなの。ごめんね、義理でもお姉さんなのに」
零れ落ちる言葉を聞く者は葵以外にはいない。そのまま下着まで脱ぎ捨てた葵は、熱っぽい瞳で竜真を見つめる。
「わたし、私ね、ずっと好きだったんだ。竜真のことがずっと好きで、でも我慢し続けてた。きっと、この気持ちは良くないものだろうって」
タガが外れたように、葵は自らの思いの丈を喋り続けた。竜真は、未だに目を覚ます様子が無い。
「私は、竜真のことを好きなままでいいのかな。分からないんだ。だけど、もう、抑えられない」
するすると、葵の手が竜真の下半身に伸びる。僅かに膨らんでいる股間に指を這わせ、彼女はうっとりと微笑んだ。
「私で、興奮してくれてるの?嬉しい・・・・・・!」
ベルトを外して、ズボンに手をかける。竜真に意識が無い為多少てこずったが、なんとかトランクス毎下ろし終えた。半勃ちのペニスから雄の匂いが広がり、葵の鼻をくすぐる。
「は、ぁ・・・・・・」
ジュン、と彼女の下半身が疼き、潤んでいくのが伝わってくる。片手でペニスに触れながらもう片手を自身の股間に伸ばすと、やはり愛液でぬるつき始めていた。
「好き、好きだよぉ・・・・・・!竜真ぁ・・・・・・!」
竜真のペニスをしごきながら、自身の股間をまさぐる。ぬちゅぬちゅという音が二つの場所から聞こえ、快感と幸福感、背徳感と罪悪感が葵の精神を滅茶苦茶にかき混ぜていく。
「ふっ、ぅんっ、あっ・・・・・・!」
葵が自慰で高まっていくのに比例するように、竜真のペニスも葵の手の中で固く、大きくなっていった。そのまま、彼女は口を開けて膨らんだ亀頭に舌を伸ばす。
「ん、れろ・・・・・・」
(これが、竜真の味)
苦いような、しょっぱいような味が口に広がる。本来不快に感じるはずの風味が、葵にとっては極上のものに思えた。亀頭から竿まで舌で舐め上げながら、自分のクリトリスと膣の入り口を刺激し続ける。体をビクビクと震わせながらも、我慢できなくなった彼女は亀頭をゆっくりと咥え込んでいった。
(んむ・・・・・・大きい)
葵の口内には収まりきらない程に勃起している竜真のペニス。それでもなんとか口を広げながら、ストロークしつつ舌で舐めていく。こらえる意識の無い竜真の体は、あっという間に射精の準備を整えた。亀頭が膨れ上がり、先端から精液が噴き出す。
「んっむぅっんううぅぅぅっ!?!?!?」
青臭い粘液を突然口内にぶちまけられ、葵の体が大きく震えた。股間をまさぐっていた手に力が入り、クリトリスを強く押し潰す。脳と心を精液に犯されながら、電流のような快感とともに葵は絶頂した。
「むっぐ、げほっげほっ!」
喉に絡み、嚥下し切れなかった精液が口から零れる。もったいない。そう思いながら、葵はゆっくりとへたり込んだ。
(やっちゃった・・・・・・私、竜真に射精させちゃった・・・・・・!)
様々な感情が渦巻き、頭が上手く動かない。葵は落ち着こうと深呼吸をして・・・・・・・・・・・・違和感に、気付いた。
(あ、れ?私?私は、私じゃなくて、俺じゃあ)
ぎしりと、動きを止める葵。
(記憶が、流れてきて、それで)
葵は、葵自身の記憶に押し流され、完全に正気を失っていた。葵の感情、想いに突き動かされ、まるで葵のように振る舞っていたのだ。
「あ、あああ」
やってしまった。自身を葵と思い込み、自分の体を襲ってフェラをし、葵の体で自慰までして挙句口の中で射精。さっきまでやっていた行為が今の葵の精神に襲い掛かり、彼女は酷く動揺していた。
「お、俺、葵の体でなんてことを」
嫌悪感以上に、勝手に義姉の体で色々してしまった罪悪感が葵を蝕む。だが、それだけではない。一度絶頂し、恋する相手の精液まで飲み込んだ葵の体は、完全に発情してしまっていた。
「うぅぅぅ・・・・・・」
ぐちゃぐちゃの心に、火照り切った体。相反する二つがせめぎ合う中、葵の視界に竜真のペニスが映る。唾液と精液にまみれたそれは、射精を終えて哀れに萎んだ姿になっていた。
「あ・・・・・・」
脳の中の何かが弾けるような感覚。義理の弟のモノが、今度は膣に欲しくてたまらなくなる。
(何、考えてんだ俺!俺のちんこが、どうして・・・・・・どうしてこんな下腹が疼くんだよ!?)
押し留めようとしても、体が勝手に動いてしまう。葵は再び竜真のペニスに手を伸ばし、両手で包み込むようにしごき始めた。
「うぅ、ぬちょぬちょしてる」
言葉とは裏腹に、表情は嬉しそうに口角が上がっている。愛おしげにペニスをしごきながら、葵はなんとか思考しようとするが上手くいかない。
(あぁ、クソ、なんで自分のちんこがこんなに愛おしいんだ・・・・・・!)
自分の両手の刺激で、再び大きくなっていく竜真のペニスを見ながら、葵の脳内に湧き上がってくる感情がある。挿れたい。挿れたい。挿れたい。二年間、秘めた恋心を抱き続けてきた相手の子種が欲しい。理性がそれを食い止めようとしても、とめどなく溢れてくる感情は激しく葵の脳を焼いてくる。
「はぁっ、はぁっ」
荒い息を吐きながら、葵は勃起したペニスから手を放す。竜真の腰の辺りに跨って腰を落とし、あと少しで性器同士が触れ合うという所で、葵は辛うじて踏みとどまった。このまま、彼女の体を勝手に使ってセックスをするわけにはいかない。竜真のペニスを欲しがる体に、その一心で抵抗する。
「だめ、だめだ、これだけは、駄目なんだ・・・・・・っ!」
情欲に押し流されそうになりながら、理性の藁に縋って耐える葵。燃え盛る炎のような気持ちを落ち着け、ゆっくりと腰を上げようとする。そして、
「あっ」
ずるり。ベッドのシーツがずれて、足を取られた葵の腰が一気に落ちた。じゅくじゅくに熟れた葵の膣が竜真のペニスを根本まで飲み込み、衝撃が頭から足の指先まで全身を駆け巡る。
「っっっっ!?!?!?!?!?!?!?」
最奥まで貫かれ、金魚のように口をパクパクと動かす葵。思考も息も止まり、快感に全てが塗り潰されていく。
「なん、っで」
呻く。下腹部から凄まじい異物感と、何もかも満たされて幸せになるような感情が湧き上がってくる。
(なんだ、これ。こんな感覚知らない、怖ぇよ・・・・・・っ!)
快感と幸福感に全てが支配されるような、何もかもが塗り替えられるような感覚。逃れようと腰を上げようとすると、それだけでも凄まじい快感が葵を襲った。
「っくぅぅっ!?んぅ、っふ、んんん・・・・・・!」
悦びからか、ぽろぽろと涙を零しながら葵がゆっくりと腰を上げていく。膣内にペニスが擦れる度に、喉から出そうになる喘ぎ声を必死で抑えて異物を引き抜こうとした。
(もう、少し。もう少しで)
この未知の感覚から逃れられる。膣から愛液と破瓜の血でぬるついたペニスが引き抜かれていき、完全に抜けそうになった時、
「なっあぁぁぁぁぁぁっんんんんんんん!?!?!」
再び、腰が下ろされた。さっきのように足を取られたわけではない。葵が、自分の意志で下ろしたのだ。
「どうしっんあああああああああ!!??」
悲鳴のような喘ぎ声を漏らす葵をよそに、腰が上下に動く。ぱんぱんと肉同士がぶつかる音が部屋に響き、彼女は身を捩り悶え続けた。快感に焼かれる度に、思考が一色に染まっていく。
(好き、好きだ、好きなの、竜真、竜真!!)
抗いようのない感情の濁流に流され、腰の動きがどんどん早くなっていく。脳細胞が焼き切れそうな程の快感の中、葵の脳内は竜真のことでいっぱいになっていた。
「りゅうっりゅうまぁっ!!気持ちいい、気持ちいいよぉっ!!!」
愛する人と繋がることが出来た喜びと、快感で全身が打ち震える悦び。全てがない交ぜになりながら、葵の体と心は上へ上へと上り詰めていく。
「好きっだいすきっりゅうまっ好きだよっっ!!」
思いの丈をぶつけながら、貪欲に腰を動かして竜真のペニスを味わう葵。涙を零し、涎すら垂らしながら乱れ続ける。
(あぁ、好き、好き、好き!君と繋がれて、嬉しくて仕方ないの!)
際限無く情愛が湧き上がり、ぐちゃぐちゃに竜真のペニスを犯し続けていると、竿と亀頭がより膨張し始めた。射精の予兆に膣内が締まり、子宮がキュウキュウと蠢く。
「あっあぁぁぁぁっ、んんぅぅぅ!!」
(来る、竜真のものが来る!来て、来て、来て!だめだ、来るな、やめてくれ、来て、出して、出してぇっっ!!!)
腰を下ろし、膨らんだペニスを限界まで咥え込む。亀頭に子宮口が吸い付いて、射精を受け入れる態勢を整えた。そして、爆発するように吐き出された精液が子宮を染め上げていく。
「あ、あぁ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁっぁあぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!」
二度目とは思えない濃さと量の精液が、葵の胎内を白く染め上げていく。愛する人の子種を受け取れた悦びに葵の体は激しく痙攣し、視界が白く染まっていった。体力を使い果たした葵は、膣内で小さくなっていくペニスを感じながら、竜真の胸元に上半身を預けた。
「りゅうま、りゅうま・・・・・・」
甘えるように頭を擦り付け、下腹部に溜まる暖かさを感じながら、葵はゆっくりを目をつぶるのだった。
「ん・・・・・・」
生暖かい何かに包まれているような、不思議な感覚。竜真がゆっくりと目を開けると、そこには葵の頭が見える。
「・・・・・・っはぁ!??!」
跳び起きそうになる竜真。しかし、自身に覆いかぶさるように眠っている葵を確認して動きを止めた。
「ま、まさか、これって」
脳裏に浮かぶ、先ほどまでの記憶。葵の感情に流され、自分自身を犯して乱れ狂った記憶を、竜真は鮮明に覚えていた。
(ゆ、夢じゃない・・・・・・嘘だろ、俺はなんてことを)
絶望的な気分に竜真は顔を青ざめさせる。自分の勝手な暴走で葵を傷つけてしまった。その事実に、胸が締め付けられる。
「う、ん・・・・・・」
「っ!?」
竜真の胸元で葵が身じろぎした。薄く目を開けて、ぼんやりと竜真の顔を眺めてる。ややあって、彼女の顔は一気に赤くなっていく。
「りゅ、竜真っ!?」
葵はがばりと上体を起こし、壁際まで後ずさる。ごぽりという音と共に萎んだペニスが膣から引き抜かれ、ドロドロの体液が零れだすと、彼女ははっとして身を縮め股間と胸を隠した。
「あ、葵、これはちがっ、いや、ええと」
狼狽し、口ごもる竜真。しかし、葵は予想外の言葉を口にした。
「ご、ごめんなさい!!!」
体を隠しながら頭を下げる葵に、竜真は虚を突かれ、しかし言い返す。
「な、なんで葵が謝るんだ、悪いのは全部俺なのに」
「何言ってるの、私が寝込みを襲っちゃったんだよ?こんな変態みたいなことして、竜真を無理やり・・・・・・」
「いや、だってそれは俺が勝手に・・・・・・」
「違う!私が」
「いや、俺が」
平行線で嚙み合わない会話。何か、大事な部分の認識がずれているらしい。二人は、一旦落ち着くためにシャワーを浴びたり着替えたりすることにした。
ひとしきり落ち着いた後。二人は、噛み合わない認識について話し合った。結果分かったのは、
・竜真が葵に憑依していた時の記憶を葵は部分的に持っていること。ただし、発情してから竜真を襲った時の記憶は全て覚えている。
・葵は、記憶している時の行動は全て自分の意志で行ったと思っていること。
・葵の恋心は本当であり、竜真さえよければ恋人になりたいこと。
ということだった。
「だから、竜真が憑依?とか、乗り移るとかしてたことは関係ないの。私が、悪いんだ」
「いや、それは違うだろ。多分、俺が憑依したことで気持ちのストッパーとかが利かなくなったりとか・・・・・・」
「でも、竜真を襲ったのは事実だから」
「それを言うと俺も葵の体で俺自身を襲ったことになるし」
先ほどの濃厚な交わりが頭をよぎり、二人して顔を赤くし黙り込む。快感や感情を共有した初体験は、あまりにも刺激的過ぎたようだ。
「分かった。じゃあ、この件はどっちも悪くなかったってことにしよう。色々とややこしいし、それにその方が互いに傷つかないから」
葵の罪悪感を減らすため、自分の罪悪感を飲み込みながら竜真が言う。葵はおずおずと頷いた後、熱っぽい瞳で竜真を見つめてきた。
「う、うん。・・・・・・ねぇ、竜真」
じぃっと視線を注がれる。その意味が、竜真にはありありと分かった。
(そう、だよな。ちゃんと、葵の気持ちに向き合わないと)
思えば、今の葵は吹っ切れたのか随分と喋るし、いつもより表情も豊かだ。竜真が葵にずっと感じていた『何を考えているのか分からない』という印象は、完全に吹っ飛んでしまっている。そうした誤解が解けた今、改めて葵のことを考える。
(・・・・・・いや、うん。正直、すごい可愛いし付き合いたい。あんなことをした責任も取らないといけないしな)
今までと違い、すぐに結論が出た。あれほど悩んでいたのが嘘のようだ。竜真は葵の視線を受け止めながら、口を開く。
「なぁ、葵。こんなことになっちゃった後に言うのもずるいかもしれないけど・・・・・・俺と、付き合ってくれないか」
竜真の言葉に、葵は目を丸くした後、花咲くような笑みを浮かべて返事をする。
「嬉しい・・・・・・こちらこそお願いします、竜真」
見たことの無いほどきれいな葵の微笑みに目を奪われる竜真。彼女の普段の振る舞いからは想像も出来ないような華やかな表情に、思わず彼も幸せな気持ちになってしまった。
歪で奇妙な流れで、しかし結ばれた二人は幸せそうに微笑む。未来を祝福する福音のように、部屋に竜真と葵の笑い声が響いた。
「ところで、さ。竜真。お願いがあるんだけど」
「ん、どうした、葵?」
「その、えと、お香って、まだ残ってるのかな?」
「え?」
「その、ね?二人で同じ気持ち、同じ感覚を共有出来たんだと思うと、嬉しくて・・・・・・また、あぁいうことをやってみても、いいかな、って」
「お、お香は残ってるけど・・・・・・いいのか?」
「私がそうしたいの、竜真」
「・・・・・・分かった。まだ何個かあるから、今度の時に、な」
昼間だというのに薄暗い店内で、着物の少女は眼鏡をかけながら雑貨を物色していた。
「うーむ、おかしいねぇ。確かこの棚にあったはずなんだけど・・・・・・あぁ、あったあった」
少女は品物を手に取り、別の棚に陳列し直す。どうやら雑多に陳列されている売り物を整頓しているらしい。と、
ガラガラ
引き戸が開く音と共に、店内に人が入ってくる。男女で腕を組んだ二人は、しかし片方は少女の知っている顔だった。
「おや、あの時の。二週間振りくらいかね、どうもいらっしゃい」
「あぁ、どうも・・・・・・」
男・・・・・・竜真の方は軽く頭を下げて少女に挨拶をする。葵もそれに倣いつつ、ちらちらと並んでいる雑貨に目をやっていた。
「それで、本日はどのような品をお望みで?」
「えぇっと、あれだ、その・・・・・・前回買ったお香と同じタイプのもの、あるか?」
竜真のその言葉に、少し驚いた後笑みを深める少女。どこかウキウキとした様子で返事をする。
「あぁ、あぁ、残っているとも。折角だ、お香を気に入った君たち二人にピッタリな品物もいくつか紹介しようじゃないか」
そう言って、少女は売り物を紹介し始めた。きっと、この二人なら買ってくれるだろうという確信を抱きながら。