その日を食い繋ぐ為だけじゃなく、将来の自分の為の投資。まだマシな生活の為の前金が必要だった。
ごみ溜まりの様な街の奥。
目当ての男は毛量の多い髪をジェルで固めている。カール掛かった横髪が一束崩れて外に跳ねている。
胡散臭いこの男に、デイビットは高圧気味に声を掛けた。
「お前か?掛け金丸々ちょろまかしてる奴は?オレの仲間の分の金と、オレへの迷惑料ついでに金を請求しに来たぞ。エース・ヴィスコンティ」
Dead by Daylightのデイビット・キング、エース・ヴィスコンティの二次創作です。
原作ゲームがZ指定なのでR-18タグをつけています。
その店はマンハッタンの吹き溜まりの路地の更に奥ばった一角の無法地帯に瓦礫を寄せ集めたような店構えで、店の中はどの時間帯でも、すし詰め状態になっていた。
日中は、行き場の無いホームレスと失業者、偏屈な老人、浮浪者。
夜は、日中の連中の余りにチンピラとギャンブル狂いのイカレ頭、アル中、ヤク中……。
とにかくマンハッタン中のゴミ溜りをウロウロしてる輩の巣窟の様な場所だった。
デイビットは端の卓でトランプを切る男をビリヤード台から腕組みをして見ている。
オフホワイトの薄汚いジャケットを着て、不釣り合いなサングラスと履き倒したボロボロの革靴。ズボンの裾から見えた靴下は趣味の悪いワインレッドをしている。ズボンも擦れてヨレヨレだ。
『……オマケに、クソダサいキャップ。無精髭で胡散臭そうなウィスキー野郎め。』
デイビットは一通り男の事を腹の中で罵ると首を振り、男の相手をしている身なりの良い初老の男の手札を見る。
(スペード4ハート5、7ダイヤ6、8のストレートか…。)
卓の後ろに設置された鏡の中の男の手札を見た。笑ってしまうくらいにバラバラの手札を見て左手で鼻の頭を掻いた。
「今回は、私の勝ちかな?」
紳士が得意げに手を打つ。
紳士は積まれたチップの束を静かに前へと押し出した。紳士に残されているチップの全てがレイズされる。
一緒の卓に居たチンピラ共も品のない笑顔でそれに応えた。
「ガッハッハッ!おいっ!エース!こりゃ相当ツイてねぇと勝てねーぞ?」
「オレはツイてねぇなぁ!またてんでバラバラだ!」
卓の左側に居たチンピラはドロップを宣言し、場にカードを乱暴に伏せた。
「オレもレイズだ。全部賭ける。」
「……おいおいおい!エース!冗談だろ?こりゃ…。ドロップだ…。」
威勢よく笑っていた右側の男もギブアップし、煙草を咥えて紳士を横目で見る。
一瞬を見逃さず。エースはジャケットの裾からカードを取り出し手札を入れ替える。
この間僅かに3秒
(……本当に誰も見てねぇな…。だが、上手くいかねぇとイカサマだって直ぐにバレちまうだろうよ?)
デイビットはこのポーカーがイカサマだとバレて場が乱れてくれた方が好都合だった。事が終わってエースから500ドルを貰える。
「……マジかよ!ロイヤルストレートフラッシュだってぇ?……たく!カードはエースに触らしちゃなんねぇ!」
チンピラ共は店員にビールを頼み、場から離れようと腰を上げる。
紳士の拳がワナワナ震えた。
「……待て。もう一回だ。」
「……止めとけ、止めとけチャールズ。吸い尽くされるだけだ。」
「もう一回だ……。次は負けない…。もう一回…。」
「親愛なる友よ。よく聞け…!あんたはオレに負けたんだ。賭け金置いて出て行った方が良いんじゃないか?」
「エース…!煽んなよ!」
「…これは…イカサマだ!こんなにボロ負けするのに訳がある筈だ!何をどうしてるか分からないがとにかくズルしやがったんだ!」
チャールズは震える拳をばたつかせて、卓を蹴りあげる。
酒場の空気がどよめいた。
「チャールズ。ここじゃ、勝つか負けるかしかねぇ表向きのギャンブルじゃ敵わないぜ。ここは《ゴミ溜まり》なんだ。」
「……!覚えてろっ!クズ!お前を地獄に叩き出してやる!」
チャールズは背広の内ポケットから長財布を取り出して、乱暴に中身の束を空に放り出した。踵を返して店を足早に去っていく。
「クズにクズと言ってもねぇ。」
エースはジャケットからクシャクシャになったタバコを取り出して口に咥える。ライターを探してあちこちまさぐっていたが、直ぐに諦めて隣の卓に置いてあったランタンの火から着火させた。
「…おい。ウィスキー野郎。騒ぎになったんだ。賭けは俺の勝ちだ。500ドル寄越しな。」
「あぁ!これはこれは仔犬ちゃん!どうしたんだ?そんなにしわ寄せて!今にパグちゃんになっちまうぞ?」
騒ぎを聞いている周りから、下劣な笑いが巻き起こる。
「金を寄越せって言ってるんだよ!ウィスキー野郎!」
一気にエースに距離を詰めて、固めた拳を振り上げた所で、店の出入口から大柄なユニフォーム姿の警官数名が何か怒鳴り声を上げながら入ってくる。
違法賭博に、違法薬物の売買、営業許可の申請さえしているか怪しい店だ。
その場にいるもの全員がパニックに陥る。一気に店内が騒がしくなった。
「おい! テメェら静かにしやがれ!どいつもこいつもバカみてぇにピーピー喚くな!じっとしてろ!動くんじゃねぇ!」
「こら!カーター!おめぇこれはマリファナか?薬から足洗ったって言うから見逃してやってたんだぞ!? 丁度いい!テメェもついでに豚箱行きだ!」
「おい!エース!エース・ヴィスコンティって奴は何処にいる!?」
驚いた。コイツら今目の前にいるこの男を探してる。
エースは慌てる素振りもなく、肩を竦ませ、悪戯っぽく呟く。
「警察のお友達は、ボクちん一人も居ないはずだけれどなぁ?」
そう呟くと、エースは俺に向かい両手を広げ肩を数度叩きながら、耳元に口を寄せてくる。女にやられるなら喜ばしい事だが、小汚いオッサンに耳打ちされるなんて反吐が出そうだ。
胃から競り上がってくるものを抑えながら眉間の皺を一層深く刻みながら目を閉じた。
デイビットの感覚器官は視界を閉じた事で、普段よりも敏感に物事を感じ取る様になった。エースの息遣い。鼻孔をくすぐるのはシトラスとスパイスの匂い…。
気付かなかったが、こいつ香水なんかもつけてたのか。
本当に絵に書いた様なペテン師だ。
まだ警官たちは後ろの方でイカれた客相手にエースを探している。
一生思ってる答えは聞けそうにない事を奴ら気付きもしない。
「100ドル。オレをこの場から逃げ仰せられたら最初の賭け金に追加ってどうよ?パグちゃん?」
「300ドルだ。追加で300ドル。これで手打ちにしてやるよ。」
「あちゃー。飼い犬に噛まれるってのは、この事かなぁ?」
「テメェに飼われてなんかねぇ!」
「居たぞ!エースだ!」
警官たちが押し寄せてくる。
エースは身のこなしも早く、どよめく酒場の聴衆達の間を抜いながら、奥の調理場まですり抜けていく。
「こういう場所は大抵キッチンの先が裏口だ。」
「おい、待て!俺を置いてく気だな?」
「パグちゃんとおサル達から逃げ仰せられたらオレちゃんの勝ち。パグちゃんはおサル達を欺きつつ、オレちゃんを追い詰めることが出来たら、800ドルは君の物だ。」
キッチンへ入り込み、そこに居た料理人達に邪険にされながら奥へ奥へと逃げ込むエースを追いかける。
体躯の良いデイビットは先々で料理人達と衝突しながら進まねばならなかった。
その後ろを更に体格の良い警官たちがすし詰めになりながら追いかける。
800ドル。
その為に、前を行く男を追いかけた。
雨に濡れたアスファルトをがむしゃらに走りながら、追手達から逃げる為に狭い路地へ急旋回する。
これが、思いの外に効力があるのか、デイビットの知らない内に、警官は既に1人、2人しか追っては来れていなかった。
エースは目に付いたビルとビルの隙間に体を滑り込ますと、まるでイタチか猫の様にしなやかに走る。
その後ろをふらつきながらデイビットは舌打ちして声を荒らげる。
「エース!頼むからもっとマシに逃げろ!ニワトリになっちまう!」
逃げた先々はパイプや外階段がせり出て、身長のあるデイビットはその度に体を屈めなければならなかった。
「ニワトリ?『パグちゃん』は気に入らないってか?ほら、全然捕まえられそうに無いぜ?」
「…っ!このハッタリイカサマ野郎!さっさと負けを認めるんだ!」
「どうとでも言え!ニワトリちゃん!捕まらなければどうとでもなるってもんよ!」
空いた窓に飛び入るエース。
その姿を見て、デイビットも窓枠に向かって決死のダイブを行った。
窓枠の内側は霧が広がっていた。
どこまでも深い霧。
どんどん奥へ、二人は互いが見えないまま霧の向こうへ走っていった。
気付いた時には、もう遅かった。
既に霧の森に囚われていた。
もう何度儀式で逃げ仰せ、又は捧げられたのか。
もう金なんて意味の無い世界で、何度目かの儀式を行おうかとしている。
あれから何度かエースの姿を儀式で見かけた気がするが、あの日の賭けの話を持ち出せる程、儀式は甘くない。
殺人鬼は処刑を待ってはくれない。
「おう。『ニワトリちゃん』。これから呼ばれてるのか?エンティティに?」
「それはお前もだろ?せいぜい今回も上手く乗り切るんだな。」
「そんな冷たい事言うなよ!ドワちゃんは頼りないし、フェンちゃんなんて「オッサンは近寄らないでよ。」…だって。ヒドイよねぇ。
ニワトリちゃんは長いよしみじゃん。仲良くやろうぜ?頼りにしてるぜ、相棒。」
「俺はお前の相棒でも何でもねぇよ!」
「何とでも言えって!とにかく頼んだぜ!」
焚き火の明かりを取り囲みながら、深い霧に囚われると、一瞬にして今回の儀式の場に身体は移動していた。
また、この終わらないゲームに挑む。
全てを取り戻すために。走った。