アンダーカバー(大人悪魔ほむら×大人さやかシリーズ) 作:さんかく@
予想通り、男は動揺し、さやかの額にあてられた銃口がほんのわずかだが離れた。
「何…?それじゃあお前コーディネーターか?」
――コーディネーター?
「……ええそうよ、8年前の事件で失敗したから、静かにしてたみたいだけど、そろそろほとぼりも冷めたから復活しようかと「上」は言ってきているの。8年前の事件ってここの地下室のことでしょ?」
全てはったりだ。美樹さやかが勝手に考えた想像の中でのシナリオ。食い違いに気付き男が発砲すればそれまでだ。回復魔法の持ち主であるさやかでさえ、頭を撃たれたことはないが、だがどうにかなるだろうとさやかはひどく冷静に考えていた。
そしてやはりシナリオは誤った。男はニイイ、と口元を歪め、白い歯を見せた。
「ああそうですかって、俺が言うと思うか?……「イベント」の事を知っているってことはカタギじゃねえだろうが、お前は「あいつら」じゃねえ」
銃口がさやかの右目に押し当てられた。八割方撃つ気だ、とさやかは悟る。眼球にごりごりと銃口を押し付けられながら、さやかは至極冷静に男に問う。
「どうしてそう言えるの?」
「イベントは今でもやっているからだ」
冷水でもかけられたかのようにさやかはゾッとした。
「そう?私は聞いてないわ、あのイベントって、ロリコンとか、そういった系のオヤジが主催しているんじゃないの?」
「はっ、JCやJK犯すだけのイベントじゃねえぜあれは、処女を犯して、身体の一部を食うんだよ」
「…え?」
犯すという単語の後の言葉をさやかは理解できず、思わず聞いてしまった。
「食うんだよ、悪魔になれるらしくてな」
身体を切り刻まれた少女の肢体が、さやかの脳裏に浮かぶ。
――世界の色がまた変わった。色彩ではなく、すべての色がさやかの視界から消えた。湖よりも深いもっと深いところへ心が沈んでいく。
「おおい、ボス、こいつヤッていいすか?」
間抜けな男の声で、さやかの右目から銃口が離れた。さやかの足元に倒れているあおいの身体を後ろから抱えながら、黒服の男が荒い息で下卑た声をあげていた。豊満な肢体を弄ぶように揉みしだいている。たまんねえ、と男が口からよだれを流している。さやかから視線を逸らし、男は下卑な声を上げ続ける男に「こいつはタカシの女だぞ」と一喝する。
「いいじゃないすか、元々は風俗出の家出女だし、一回くらい」
「……好きにしろ」
鮫のような男は理解できないとでもいうようにため息をついた。男は歓声をあげてあおいにのしかかる。
「ちょっと、ちょっと待って、俺常連だって、デカじゃねえ…」
「うるせえ」
パン、と乾いた音がして、あおいと覆いかぶさっている男の近くで男が倒れた。さきほどあおいに馴れ馴れしく声をかけていた常連の男だった。発砲した男は特に表情を崩すこともなく、次の客に銃口を向ける。
男が異変に気付いたのは、そのすぐ後だった。銃口を向けている蒼い髪の女性が微動だにしなくなっている。
「おい、どうした、ビビって動けなくなったのか?」
だが動けなくなったのは、男の方だった。女性がまるで別人の様に豹変していたのだ。男は口を半開きにしたまま、さやかを見つめることしかできない。その髪の色と同じだった瞳が死んだ魚のようにどろりと濁り、まるで幽鬼のようにその顔は白く、口元はV字形に歪み微笑んでいた。その凄惨な笑みと得体の知れない威圧感で初めて男は身震いした。
「お前…」
何者だ?と口は動いたはずだが、声が出ない。あろうことか蒼い髪の女性はコンマ何秒かのあり得ないスピードで銃口を掴み、まるでお菓子を折るかのように、ぽきり、と簡単に銃身をへし折った。通常のスピードからそこだけはまるで早送りのように。状況を掴めずポカンと銃を掴んだ己の手を見つめて男が声をあげた。さやかはゆっくりと椅子から降り、男に近づく。
「来るな!」
男が叫んで銃身の折れた銃で発砲する。爆発したように男の手が吹き飛んだ。暴発だ。噴水のように血が飛び出す。男は悲鳴をあげながら、それでも左手で内ポケットから銃を取り出し、蒼い髪の女性に発砲した。数発を胸に受け、さやかは仰向けに倒れた。その騒ぎで部下の男達は皆カウンター視線を向けた。倒れたさやかの胸から赤い染みが広がった。
「糞があ、俺の手が…」
必死に左手で右手を抑えながら、長身の男は身体を揺らし叫ぶ。能面の様だった顔は今ではただ痛みにのたうちまわる中年の醜悪な男の顔になっていた。慌てて数人の黒服の部下が集まる。あおいに圧し掛かっていた男も騒ぎで顔をあげた。その下であおいが身じろぎする、どうやら気がついたようだ。長い睫毛に覆われた大きな目を見開くと、状況を理解したのか、すぐに怒りの形相を浮かべた。
「…この豚野郎!」
あおいの足が下卑た男の股間に命中する。言葉通り豚の様な声をあげて、男がのたうちまわった。あおいは立ち上がると、その男の顔面を床に転がっていた瓶で殴打する。
「この…×××野郎!私にハメるのは、百年…早いんだよっ!」
ひい、ひい、と男は豚のようにのたうちまわる。まさか犯そうとしたメイド服の女に殴られるとは思っていなかったのだろう。男の顔が次第に血で染まっていく。
「おい、あおいその辺にしろ…お前も殺すぞ」
少しガタイのいい黒服の男が、あおいの頭に銃口を押し当て制止した。
「はん、ハメてたら殺してたよあんた…」
顔を血まみれにした「豚野郎」に捨て台詞を吐きながら、あおいは瓶を床に放り投げ、両手をあげた。ギロリと黒服の男を横目で睨む。
「アタシを殺ったら、タカシがただじゃおかないよ」
「今はもうそれどころじゃねえんだ…ボスが傷を負った、店の奴は皆殺しだ」
「皆殺しって…」
そうして、あおいはハッ、とした様に周囲を慌てて目だけで見渡す。皆――死んでいた。
蒼い髪の女性も。あおいの瞳が揺れた。
「嘘――」
「…大丈夫だメイドは殺ってない、外に連れ出した。事務所で輪姦してシャブ漬するだけだ…お前もな…タカシよりも気持ちいいかもな」
黒服の男は残忍な笑みを浮かべた。だがあおいは男の言葉を聞いていなかった。それよりもカウンターの下で倒れている蒼い髪の女性が死んでいるという事実が、あおいに衝撃を与えていた。どうして?とあおい自身も不思議に思う。どうしてこの女性の事が気になるのか、そしてどうして彼女の死がここまでショックなのか。
「お前泣いてるのか?」
残忍な笑みを浮かべていた男が、真顔になり、そしてまるで珍獣でも見ている様な表情を浮かべた。厚化粧で人形の様な女がぼろぼろと涙を流しているのがよほど珍しいのだろう。
「お前みたいな×××な女が泣くとはな、逆にそそられるぜ」
「うるせえ…殺しなよ、あんたらみたいな×××にヤられるくらいだったら撃たれた方が幸せさ」
「この…」
あおいが目をつぶる。その瞬間、周囲にどよめきの声があがった。
「……何?」
あおいが目を開けると、信じられない光景が繰り広げられていた。
「あ、お、お、お前な、なんなんだ!」
血にまみれた右手を抑えながら、長身の男が情けない声をあげていた。もはや先ほどの風格などは微塵も無い。
「嘘――」
仰向けに倒れていた蒼い髪の女性がゆっくりと立ち上がった。シャツは血まみれで。ひい、と声をあげて長身の男が銃を発砲する。だが、もう蒼い髪の女性は倒れない。そのままゆっくりと腕を伸ばすと、長身の男の首を掴んだ。誰もその間動くことも声をあげることもできなかった。