アンダーカバー(大人悪魔ほむら×大人さやかシリーズ) 作:さんかく@
「人間だった者よ」
蒼い髪の女性はそう囁くと、男の首を掴んだまま、手をあげる。皆息を飲んだ。男が宙に浮く――あり得ない光景。もう誰一人目の前の光景から目を離せない。細身の女性が長身の男の首を掴み、軽々と持ち上げているのだ。
「……っ、……っ!」
ごぼごぼ、と男の口から泡が溢れる。身体をびくびくと痙攣させ、足をばたばたさせるが、蒼い髪の女性は容赦しない。そのまま、まるでボールを投げるようにいとも簡単に男を壁に向かって放り投げる。ボキン、と嫌な音を立てて、男は壁から床へ落ちた。
「こ、この化け物が…!」
「死、死にやがれ!」
我に返った黒服達が一斉に銃をさやかに向ける。
「やめて!」
あおいが叫んだ。だが容赦なく撃鉄は起こされ、無数の弾がさやかに向かって放たれた。
耳をつんざくような金属音と破裂音が響き、店は煙幕に包まれる。
「う、ウソだろ…」
男達の内、誰かが声をあげた。煙幕が薄れていく中、視界に入ってきたのは、剣。スーツ姿の蒼い髪の女性が、両手に剣を携え、ゆらり、ゆらりと歩んでくる。血だらけのその姿はもはや死神の様で。黒服に身体を抑えられているあおいもただその姿に見惚れていた。
そこにはさきほどまでのお間抜けといっていい表情は微塵も無く、死んだ魚の様な目と険しい表情はまるで別人と言ってもいいくらいだ。だが不思議と、そうなぜかあおいは、この死神に殺されたい――と思った。もはや皆、銃を撃つこと、身動きすることもできない。
「あんたたちも――」
死神は口を開いた。ひどくしゃがれた声で。
「食われればいいんだわ――」
そうして、死んだ様な魚の目をした蒼い髪の女性は剣を構えた。
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――遅い
ほむらは心で呟いた。
いつもはどんなに忙しかったり、陰惨な事件が起きたとしても、相方はほむらに連絡を入れていた。それは通常は携帯であったり、非常時には念話であったりしたが。だが、今はテレパシーも遮断されており、携帯は電波が通じない。信頼はしている――とはいえ、連絡が無いのはどうにも不安だ。
――不安?
ふと、己の感情に気付き、悪魔は口元を歪める。変わった、と自分でもつくづく思う。ほんの10年前までは桃色の髪の少女だけが悪魔の全てだったというのに。はあ、とため息ひとつついて、ほむらは長い黒髪を右手で梳く。恐ろしいほどの美貌が窓に映し出されて。そうしてしばらく夜景を眺め、蒼い半分の月を見上げると何か決意をしたのか、悪魔はぼそりと呟いた。
「飼い犬の暴走は飼い主が止めなきゃいけないわね」
*************
車の後部座席にメイド服の女を押し込めると、黒服の男達は乱暴にドアを閉めた。
「まだ店の女はいるはずだ、連れてこい」
「ああ、わかった、ところで、こいつらはどこにいれる?」
暴れるメイド姿の女がまた二人ほど男達によって連れ出される。
「一人はトランクに入れろ、もう一人は…」
「なあ、待っている間、こいつヤッていいか?」
メイドを羽交締めにしている男が荒い息で言った。この店の女は上玉ばかりで、「慎め」と上に命じられている黒服達も情欲には抗えない。もう一人の男もニヤリと笑い、頷いた。
「ああ、交代でヤ…おい、お前何してる」
気付けば、いつの間にか車の傍に老人が立っていた。ホームレスの様だ。まったく気配が無かった。メイドを犯そうとしていた男も不思議そうに老人を見つめる。
「ああ…ここか、ここに「いる」のか…」
カーキ色の作業着に野球帽の老人はただ、虚ろに店のドアを見つめ、呟いた。そうしてふらふらと店に向かって歩き出した。
「おい、こらじじい、ここはお前の来るところじゃ」
黒服が老人の肩を抑えた。だが、その瞬間男は悲鳴を上げその場に崩れ落ちた。
「手、手が、俺の手が!」
まるで硫酸でもかけられたように、しゅうしゅうと音を立てて男の手が溶けだしていく。
腐臭が周囲に漂う。
「お前、何しやがった!」
もう一人の男が慌てて銃を出す、だが、老人はあり得ないスピードで男に近づくと、その身体に触れた。じゅう、と音が立つ。
「ああ、痛え!痛えよ…」
己を抱きしめたまま、男も崩れ落ちた。しゅうしゅうと音を立て、脇腹から溶けていく。
「ああ、やめてやめてくれよお、骨が見えるよぉ」
まるで子供の様に泣き叫びながら、己の腐臭と痛みに男達は悲鳴をあげた。老人はただ穏やかな瞳でその惨状を見下ろすと、すたすたと軽やかな足取りで店の中へと入っていった。