アンダーカバー(大人悪魔ほむら×大人さやかシリーズ) 作:さんかく@
Berserker
美樹さやかの暴走を、暁美ほむらは嫌というほど見てきている。
それは魔女化してかつての仲間達に消滅させられるパターンであったり、あるいは対影の魔女の様に殺戮者(バーサーカー)だったり。だが、ほむらが悪魔と化して世界を改変した後では直接それを見たことはない、10年経って、二人が成人した今でもそうだ。成人したためだろうか、美樹さやかはある程度感情のコントロールはできるようになったし、己の「狂気」を自覚し、冷静に分析することもできるようになった。警察官となり、魔獣外の(人間の)凶悪事件と関わったとしても、きちんと切り替えができるようになった。だが、今回はどうだろうか、とほむらは考えた。
『あいつらは、少女を犯して切り刻むのよ』
あの日、さやかが苦しそうに告白した言葉は、ほむらにとっても衝撃的だった。今まで魔女や魔獣といった異形の者達とまったく別種といっていい世界で戦い続けていたほむらにとって、人間の行う凶悪で非道な行いというものは全く無縁だったから。むしろ今では相方と昇格した美樹さやかの方が人間世界の闇を見ていると思う。だが、生憎私は人間ではない無い、とほむらは思った。美樹さやかも正確には人間とは言い難いが、ほむらは全く違う、悪魔なのだ。そのためか、ほむらは人間同士が織りなす卑劣な信じがたい暴力を見聞きしてもまるで舞台を眺めているような、どこか漠然とした感覚があって、衝撃を受けたたとしても、ほんの一瞬のことなのだ。冷酷だとほむらは自らのことを冷静に評価しているが、こればかりはどうしようもない。ふう、と息を吐き、ほむらは腕を組んだ。窓の外は蒼白い半分の月が街を照らしている。
手がつけられない犬ね――
ほむらは心で呟く。美樹さやかの事を危惧するというわけではないが、どうにも不安である。再び暴走を犯して、今度は自ら――
――自ら?
おかしいと我ながらほむらは思った。美樹さやかが自ら「死」を選ぶわけがない。
『私はずっとあんたの傍にいる』
そう美樹さやかはほむらに言ったのだ、初めて全てを受け入れた日に。その時間近で見た蒼い瞳をほむらは鮮明に覚えていた。
――そう、美樹さやかは私の犬なのだ。
犬と考えれば楽なのか、それともまさしく犬の様に悪魔に忠実だからなのか、ほむらは「あの日」以来美樹さやかを犬として常に傍らにいるのを許した。それが心地よいと思った頃には自らを「飼い主」と評していて。
ふ、とほむらの口元が緩む、そして一瞬で真剣な表情に戻ると目を瞑った。
神経を集中して、犬の在る場所を探すのだ。瞑った目から伸びる睫毛が揺れて。ほむらは額を窓にあてて、念じるように何か呟く。その細い指は夜景を映し出されている窓を這って。
「さやか」
悪魔の艶のある唇から、囁く様に名前が漏れた。
****
異常な状況の中であおいは、目の前の人物をまるで夢の中の様に冷静に見つめていた。銃で撃たれながらも立ち上がった、剣を携えた血だらけの女性を。
「あ…あんた」
あおいが知っていた、間抜けでお人よしな女刑事はもういない。目の前に在るのは蒼い髪と顔の半分を赤く染め、そして全身を血で黒々と染めた化け物だった。いつの間にその両手に剣が現れたか誰も理解できない、だが確かに存在しているその武器をあおいは食い入る様に見つめた。刃の妖しい輝きにゾクゾクとあおいの背筋が震えた。あの刃で切られたいという激しい衝動が胸の内から湧き出てくる。
「…たたちも、喰われればいい」
顔を血だらけにした化け物――美樹さやかの口からしわがれた声が漏れた。言葉と共に口から血がごぼ、と溢れる。この女はもはや死人、いや既に死んでいるずなのだと、そこにいる生存者は皆そう思った。だが、動いている、まるでカラクリ人形の様に、その不可解さとさやかの狂気に満ちた眼差しで誰も動くことができなかった。
「この化け物!」
だが均衡が崩れた、再び黒服の男の一人が発砲した。だが当たらない。尋常でない速度で蒼い髪の女性は発砲した男との間合いを詰めて、孤を描く様に両手をしならせる。閃光が走り、男の両手が消失した。ごとん、とコンクリートの床に手が転がると同時に噴水のように切断面から鮮血が迸る。自らの手をきょとんと呆けた様に見つめていた男は、子供の様に泣き叫んだ。
「わあああ、痛え、痛えよ!誰か、俺の手、手を繋げてくれよ…」
泣きながら駆けだすが、客の死体に足をひっかけ黒服の男は転んだ。冗談の様に床でごろごろとのたうちまわる。
「わああ、逃げろ、こいつ人間じゃねえ!」
残りの男達は慌てて背中を見せて逃げ出した、もはや暴力団員の影も形もない、ただの子どもの鬼ごっこの様だ。だが蒼い髪の女性は容赦しなかった。正に鬼の様に追いかけ、残党を切り刻む。悲鳴があがり、血と男達の肉片が飛び散った。呆然とただその惨劇を茶髪の女は見つめていた。
――赤
あおいの視界が赤一面に染まる。
――綺麗…
鮮血がまるで花弁の様に舞い散る中、冴えた光を放つ刀を踊る様にして操る蒼い髪の女性は、あおいの目にはとても美しく、そして尊かった。
――斬って、みんな斬ってしまえ
あおいの身体の内からまるで湧き出る様に怒りが現れ、そして全身の力を振り絞って叫び出したい衝動にかられた。ゾクゾクと痺れる肢体。そうだ、みんな斬ってしまえ、こいつらは悪魔だと。
あおいの脳裏に暴力団に拉致された見滝原の中学生が浮かぶ。そして暴力団員のセフレとして暮らし始めた頃に見た、非道な扱いを受け死んでいった少女達。
あおいは本当は戦いたかったのだ、己が生き残る為でなく、目の前で起こる理不尽な目に合い、人生を狂わされ、奪われる少女達を救うために。だがどこかで、途中で心が死んでしまったのだ。それは仕方の無い事だった、いつまでたっても世界は美しい反面、限りなく残酷で、残忍非道な暴力の前に力無き者は抗う術を知らない。正義もそして法律も暴力が過ぎ去ってから雄弁になる。力が欲しいと心の底であおいは願っていた。だが今、目の前にその具現者がいる。喜びと怒りの解放感がないまぜになり、あおいの心に狂おしい衝動が生まれる。
――ああ、そうだったのか
そうして、目の前の殺戮者に己が恋焦がれていることをあおいはようやく知った。
*******
○県警本部の屋上に、星は佇んでいた。すでに時刻は深夜を回ろうとしている。
「はい、ええ順調です。計画は予定通り進めます」
携帯の向こう側の相手の賞賛を薄笑いで受けとめながら、星は言葉を続ける。
「はい、現地到着は0230(マルフタサンマル)、0600までにはすべて片がつきます。美樹巡査長は人事記録から抹消、そして」
ニイ、と星の口が鮫の様に歪んだ。
「悪魔狩りを開始します」
――ようやく時が来た
星は夜空を見上げる。ようやくこの時が来たのだ。8年前のあの人知を超えた事件の真相を暴き、悪魔を狩る。そして人知を超えた力を宿した者を捕えるのだ。これで外国の捜査機関と並ぶことができる、と星は思った。21世紀も半ばになり、人種の混合化も進み、犯罪も日常茶飯時となった今、この見滝原市だけは嘘の様に平和だったのだ、8年前までは。国の中枢部からマスコミまで操作して、あの事件を隠ぺいした苦労がようやく報われる…。
星の髪が風圧で逆立つ。警察ヘリが上空で騒音を撒き散らしながらホバリングしていた。
両横のドアが開き、ファストロープが投下された。音も無く黒一色の装備に身を包んだ隊員が数名降下してくる。
「御苦労」
星が労いの言葉をかけながら隊員達に近寄る。黒色のアサルトスーツに防弾ベスト、その上にタクティカルベストを重ね着した本庁警備部所属の特殊急襲部隊だ。過去、メディアに露呈された部隊とは違い、情報開示は全くなされていない。隊員は全て屈強な体格をしていた。その中でひときわ大柄な隊長とおぼしき男が、星に近づくとヘルメットのゴーグルをあげ敬礼する。フェイスマスクで顔半分は隠れているが、その双眸には険しさが宿り並々ならぬ緊張感が現れていた。星はニヤリと口元を歪める。
「頼むぞ、君達はただ指示通り動けばいいんだ…情報操作はこちらで行う」
「星課長…いえ、参事官、指示通り今から開始しますが、本当によろしいんでしょうか」
「ああ、珍しいな質問とは、何故そういう聞き方を?意図はなんだ?」
「いえ、同僚を確保するというのはさすがに初めてでして、隊員の士気にも影響がでますので再確認を」
「大丈夫だ、私は殺せとは言ってない、「捕獲」するんだ。」
確保であるところをあえて捕獲と言い放つ星の言外の意味を捉え、隊員は口を閉ざした。
「いいな、マル暴は一掃、美樹巡査長と「未確認生命体」は捕獲、これが私のオーダーだ」