アンダーカバー(大人悪魔ほむら×大人さやかシリーズ) 作:さんかく@
そして一方その頃さやかは――
つい先ほどまでノイズとけばけばしい明かりで彩られていた店内は、今では血みどろの地獄絵図の様な惨状と化していた。外で微かに悲鳴が聞こえているが、あおいはそれどころではなかった。
倒れた男達を踏みつけながら美樹さやかがゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。顔半分を血で染めた容貌、死んだ魚の様に暗く淀んだ瞳。あおいは魅入られた様に蒼い髪の女性を見つめていた。
「…あんた人間じゃなかったんだね」
ぴたりとさやかは歩を止めた。座り込んだあおいとの距離はもうほとんどなかった。ぽとり、と刃から血が滴り落ちる。
「はは…なんかさ、今更なんだけどさ初めて会った時からさ、あんた普通じゃないって気はしたんだ、でもなんていうかいじりたくなるっていうか…」
こんな時に何を訳のわからないことを言っているのだろう、とあおいは自分自身不思議で仕方がなかった。だが、言葉が湧き出る様に出てきて止まらなかった。そうしてとうとう涙まで溢れた。もうどうでもいい、こんな訳のわからない苦しみや悲しみの満ちた世界も、そして抗えなかった無力な自分も。
「とにかくいいよ、殺して、私あんたになら殺されていい、嫌だったんだ、弱いあたしも、この○○野郎共もさ、だから――」
殺して
そうあおいが囁いたと同時に、手品の様にさやかの手から剣が消失した。不思議そうに見上げるあおいが捉えたのは、血だらけで微かに微笑む蒼い髪の女性。そうしてごぼ、と血を吐きながら殺戮者は囁いた。
「あんた…その顔の方がいいわ」
「え?」
「すっぴんの方が…可愛いわ」
あおいは思わず己の顔に手を添える。涙で厚いメイクが落ちていた。その様子を見て口元を歪めながら、さやかは背を向けた。そうして店の奥へと歩を進めた。
「ちょっと待ってよ!」
慌ててあおいは立ち上がり、さやかの元へ駆け寄る。何故こんな行動が取れるのかあおい自身不思議だったが、もはや死体は目に入らなかった。あおいの瞳に映るのは蒼い髪の女性のみ。当たり前の様に身体を寄せて、肩を貸す。べっとりとあおいの手が血で濡れた。
――冷たい
ぞっとした。間近で見上げれば、蒼い髪の女性の顔は蒼白で、暗く淀んだ瞳は虚ろな光を放っている。本当に死人の様だと思った。
「ねえ、あんた…大丈夫?死ぬの?」
「死なないわ…もうとっくの昔に死んでるんだもの」
「え?」
ごぼ、とさやかが再び血を吐いた。普段ならさやかは一般人を巻き込む様なことは決してしないが、どうやら意識が朦朧としているらしい、ぶつぶつと呟き始める。
「回復魔法が…追いつかない…を」
「え、何?どうしたらいいのよ?ねえってば!」
う、あ、とさやかが喘ぐ。同時に、腹部のあたりから血とともにコトン、コトン、と何かが床に落ちた。あおいの目が見開かれる。落ちたのは体内に撃ち込まれた弾だった。ぶるぶるとさやかの身体が震え、更に数個の弾が音を立てて落ちる。焼け焦げた匂いと共にさやかの腹部から煙が立ち込めた。しゅうしゅうと音を立てて銃弾を受けた傷が塞がっていく。
「…こんなこと…」
目の前で起きている出来事がもはや現実のものとは受け入れ難く、あおいはただ呆然と立ち尽くし、蒼い髪の女性を見つめた。出血も次第に収まり、虚ろだった蒼い瞳に光が戻る。
「地下に…行くわ」
しっかりとした口調で美樹さやかは呟いた。
*****
蒼い月に照らされた世界、夜の闇の中悪魔は空を飛ぶ。
かつて悪魔と化した頃の姿ではなく、黒一色の豪奢なワンピース姿に大きな黒い羽根を生やしたその姿はまるで大きな烏で。
風を切りながら悪魔は思考の海の中にいた。
――発端は8年前
二人が高校生の頃、美樹さやかが魔獣を追い夜の街に迷い込んだあの日。
魔獣はかつて魔法少女達が戦っていた魔女とも使い魔とも違う全く別種の怪物だ。暁美ほむら自身も彼らとの戦いは、魔女と比べ歴史が浅い。正直なところほむらでさえ今だに魔獣の全てを理解している訳ではない。だが、人間と魔獣が融合している事実を知ったのはあの時からだ。そしておそらく融合については、「彼ら」が関わっている。
――インキュベーター
美しい横顔に怒りの表情が浮かんだ。
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その老人は、軽やかな足取りで店内に入っていった。
「……いないな…」
先ほどまで感じていた「力」の波動は見当たらない。代わりに人間の死体がごろごろと転がっている。老人は穏やかな目であたりを見回した。魔獣が人間と融合することを暁美ほむらと美樹さやかが知ったのは8年前。そのほとんどが生ける屍と化し二人に襲いかかってきた。時には知性を併せ持った魔獣も存在したが、この老人もまた知性を併せ持ったレアケースだ。
――ここにいるはずだよ、さあ早くそいつを探して「消去」するんだ
老人の足元で「白い猫」が人間の子供の様な声で囁いた。その声を聞いているのかいないのか、老人は目を瞑り、何かを聞き取ろうとしているかのようにしばらく動かなくなった。
「ああ…この下か」
そう呟くと、再び歩を進める。
「動くな」
老人の背後から、威圧感の伴う低い声がした。老人の視界に映ったのは、銃を構えた黒一色の重装備に身を包んだ者達。老人はさも嬉しそうに笑みを浮かべた。