アンダーカバー(大人悪魔ほむら×大人さやかシリーズ) 作:さんかく@
地下
黒の防護服に身を包んだ警察隊員が店内に突入する。店内は複数の死体と血で溢れていた。そこにただ一人だけ何もなかったかのように老人が立っている。
ゴーグルの下のフェイスマスクからは、隊員の表情は伺えないが、手にしていたドイツ製造の短機関銃のバレルが一瞬不自然に動いた事とマスクの奥の目が揺れたことから、彼らが人間であることが伺えた。もちろん驚きの声などは発することはない。精神的と肉体を極限まで鍛え上げ、「警察用」の制圧に関する術を叩き込まれた隊員は、各々瞬時に戦闘態勢の構えのまま素早く陣形を作りターゲットを取り囲んだ。
ターゲットは、身長160㎝前後の男性、老人。
『待機、マルホ』
隊員のヘッドセットに骨伝導で隊長の指令が伝わる。
陣形よりやや後方待機している隊長が続けて県警オペレーション室直通チャンネルで報告を行う。
『参事官、トクキよりマルホ、マル暴カン、捕獲対象判別不能』
参事官――星のインナーイヤホンから低い男の声が漏れる。イヤホンコードに沿った首元が微かに動いた。
「判別不能についても同様、捕獲、変更無し」
『…了解の通り』
ほんのコンマ何秒か遅れた隊長の回答を聞いた後、星はニイ、と口元を歪めた。そして目の前のモニターを見つめる。薄汚れた老人が隊長のヘッドセットカメラを通してこちらを睨んでいた。
――いいぞ…お前がそうなのか?
ごくり、と星の喉が鳴った。ようやく「遭える」からか、かつてないほど男は興奮していた。無数の大小のモニターの前で、星は拳を胸の前で握りしめ、顔を紅潮させた。まるで初恋の相手を前にしている少女の様に。
*********
――オーダーは、マル暴の一掃、美樹巡査長と未確認生命体の捕獲
暴力団員は既に死亡、美樹巡査長は不明、目前のターゲットは対象判別不明、だが星からの指示は「捕獲」――ゴーグルの奥の双眸を揺らめかせながら、隊長は瞬時に隊員に指示を出す。
『捕獲、宣告開始』
*****
鮮血がさやかの額から頬に伝い、音もなくコンクリートの床に滴り落ちた。彼女の革靴を中心にまるで薔薇の様に血が広がっている。
「……ね、ねえ、あんた本当に大丈夫?」
血の薔薇を凝視しながら、あおいが囁いた。震える唇は色が抜け、ありえないものを見た後遺症か、顔は青ざめ、歯をカタカタと鳴らしていた。メイド服はボロボロで、化粧も落ちた今のあおいには店のナンバーワンの面影は全くなく、ただの限界まで見開いた目を床下から壁に寄り添っているさやかの背中に向けると、あおいは悲鳴に近い声を小さくあげた。まるで海から現れたばかりのようにさやかが血で濡れていたからだ。
「平気よ、大丈夫」
見た目とは裏腹な張りのある声で美樹さやかは答えた。ゆっくりとあおいの方を振り返る、さきほどまでの狂気をはらんだ双眸ではない、最初に出会った時のどこか間の抜けた穏やかな蒼い瞳。無意識にあおいは息を吐いた、安堵のため息を。
「ああ…よかった、あんた…死ぬかと思ったのよ、てか、死んだ?生き返った?」
茶色の髪を手で掻きむしりながら、あおいは呟く。彼女は非常に混乱していた。無理もない、何故なら目の前の蒼い髪の女性は、ほんの数分前まで何発も銃弾を撃ち込まれ穴だらけの血の塊になっていたのだ。さやかは肩をすくめ、困ったような顔をして首をかしげる。
「さあ…もともと死んでいたから、どうかしら。回復したっていう表現があっているかも」
そうして、足元の血を指さしながら言葉を続けた。介助してくれたあおいに対して蒼い髪の女性は説明責任を感じているようだった。
「こうしてたくさん血が流れているけど、体内ですごい勢いで生成されていくから…そのなんというか平気なのよ、痛いけど」
えへへ、とさやかは年不相応なぎこちない笑顔を浮かべた。ふ、とあおいは思わず息を吐いて、そうして笑った。
「はは…あんた、そんなキャラだっけ?雰囲気全く違うじゃん」
「そう?これが素よ」
「へえ…刑事だから取り繕っていたわけ?」
「いや…そうじゃないけど、あっちも私よ、なんていうか、大人になったらあるじゃない使い分けみたいな」
「ふうん…」
――不器用そうなクセに
あおいは心でつぶやき、口元を緩めた。不思議と心が躍る、こんな状況下だというのに。
再び壁に向かって何かを探し始めるさやかの背中に向かってあおいは声をかける。不思議な感覚だった、何故か喋ることがやめられない。
「ねえ、あんたさあ、なんで刑事になったのさ?」
背中から返事はない。
「あたし、最初に会った時、ほんとあんたクソまじめな馬鹿な女だって思ってたんだよ、ねえ聞いてる?」
作業に没頭しているのか、それとも答えたくないのかあるいは両方か、さやかは答えない。
あおいはその時の光景を鮮明に思い出していた。疲れた顔をした蒼い髪の女刑事に向かって、被っていたシーツを剥がし己の全裸を見せつけた時の事。その時のこの女性の困惑した顔を。思わず口元が緩み、笑い声が漏れる。
「あの時、あんたあたしの裸見てどう思った?」
蒼い髪の女性が振り返ることを考えるだけで楽しい。だが同じように背中からは返事がない。あおいは子供の様に頬を膨らませて。
「ねえってば」
あおいの精神は、一連の出来事でほんの少し、ほんの少しだけ変貌を遂げたのかもしれない。もはや現状を客観的に分析し、今まさにせまる危機を感じ取ることなど不可能だった。すべてどうでもよくなっていた、美樹さやかと対話をすること以外。ガサ入れの時偶然出会った時から自分は彼女を気に入っていたのだと、あおいは自覚してしまっていた。しゃがんでいる足下に落ちていた小さなコンクリの破片を拾うと、あおいはこちらをまったく振り向かないさやかの背中に向かって投げた。ようやくさやかがあおいの方へ振り返る。
「痛・・・ちょっと・・・もうあまり時間が無いのよ」
反応した美樹さやかを見て、満足そうに笑みを浮かべながらあおいは囁いた。
「隠し扉探しているんでしょう?あたし知ってるよ」
「あんた・・・知っているんなら教え・・・」
「ねえ、どう思った?」
「え?」
あおいの挑戦的だがどこか甘えるような顔を見て、さやかは先ほどの問いの答えを求めているんだと悟る。ああもう、と口走って、ほんの数秒ほど逡巡する。脳裏に浮かぶのは何故か黒髪の美しい悪魔の顔で。
「・・・綺麗だと思ったのよ、悪かったわね変態で」
正直に答えたつもりだった。どうせなじられると思っていたら、予想外にも楽しそうな笑い声が聞こえてきてさやかは目をぱちくりさせる。
「あんたって本当に馬鹿」
「ちょっと」
あおいはおなかを抱えてさも楽しそうに笑っている。こんな時だというのに、とさやかは顔をしかめたが、まるで子供のように楽しそうに笑っているものだから、何も言えない。
「あはは・・・あんたのおかげで楽しかったわ」
「過去形はだめよ」
「別に・・・もうどうでもいいわ」
笑いが収まるとあおいは真顔にもどる。穏やかな表情。
「どうせ、警察に捕まるか、あいつらに殺されるかだし、構わない、それより「ここ」どういう場所かあんた知ってたんでしょ」
「ええ、ずっと前からね」
忘れもしない、今の美樹さやかを作り上げたきっかけとなる凄惨な出来事はここで行われた。
「高校生の頃、私はここで見たのよ、中学生の女の子が・・・」
まるで心のない商品のように扱われ陵辱と暴力を受けていた。
「通報したけど、あれからずっと許せなくてね」
「へえ、その時の男が?」
「いいえ」
犯人を殺せなかった自分がよ、とさやかが囁いた。あおいははっ、と何か気づいたような表情を浮かべるが、一度口を閉ざし重々しく呟く。
「そっか、あんたは「逃げなかった」んだね」
「え?」
「なんでもない・・・実はあれから使われてないっていったけどさ、店で公に使われてないだけ。時々上物のお客さんが来たときに使ってた」
「どんな風に?」
「希望通りよ、希望の商品を・・・大抵未成年の少女が多いけど好き放題にして撮影して記念にする。私のセフレの男はそれをネットで流して映像で稼ぐ」
「そう・・・でもそれだけじゃないはずよ」
え、とあおいが不思議そうな顔をする。さやかはこの出来事を「それだけ」と言葉にできる自分自身に嫌悪を感じながらも言葉を続けた。
「「隠し扉」の中でそれは行われていたはず」
「扉の中で?そこはただの撮影のセットじゃないの?」
あおいは男たちからそう聞いていた。更に上乗せしてきた客にその場を提供するのだと。
「違うわ」
さやかは今の「上司」の顔を思い浮かべる。潜入を命じられた時の顔を。
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「おそらく隠し部屋があるはずだ」
「隠し部屋?」
ああ、と星は頷いてさやかを見下ろしながら言葉を続ける。能面の様な顔。さやかは最初に会った頃の彼の顔を思い出せないでいる。珍しく動揺の色を浮かべている蒼い瞳に上司である公安課長の顔が浮かぶ。役職にそぐわない下卑な笑み。
「美樹、君はもうあの頃の君ではない、警察官としてもっと目を背けたくなる犯罪を目の当たりにし、当事者達と接触してきたはずだ。今ではあの頃の出来事なんて、数多くの事件のひとつに過ぎない。ほら、昔の頃をもう一度思い出してみろ、今までよりももっと細かく正確に」
星の人差し指がさやかの喉の下あたりを突く。痛みでさやかの顔が少しだけ歪んだ。
「・・・既に報告書は出しています」
「嘘だ」
さやかの目が見開かれる。
「君はまだ「何か」知っている。いいや隠しているというべきか」
「何もありません」
「しぶといな。まあ、ここ(公安課)に引き抜かれたのもそういう資質を見込んだからだが・・・」
肩をすくめ、星はさやかに背を向ける。今度こちらを振り向くときは、思いっきり殴られるかもしれない、とさやかはなんとなく感じた。それくらいの殺気を感じたはずだが、そんなことはなかった。ズボンのポケットに手を入れたまま、星が振り返る。
「美樹、当時の君は認識しなかっただろうが、あの部屋は商売用の撮影所だ。大金持ちの妄想や願望を叶える為の」
「商品をマル暴が調達し、お膳立てするところですよね?」
「ああ、あの時の商品は少女、しかも汚れていない「処女」それをーー」
「犯して、切り刻んで殺す」
さやかが星の後に続いて言葉を紡ぐ。ふん、と星が息を吐く。
「ああ、その通りだ、だがまだ先がある。撮影し、ネットに流して金にする。当時は我々がマスコミとネットを抑えたがね、そして更に先も」
「先・・・」
警察庁における公安の力は想像を越えるものだ。そもそも公安に所属している者以外、そこで何が行われているのかも、影響力がこの国のどのレベルまで及ぶかも知らないのだ。星はその先については答えず話を少しだけ逸らす。
「それにあの時は君が乗り込んだおかげで少女は死ななかった、それは素晴らしい救いではないか?」
「救い・・・まさか・・・ありえません」
自嘲気味にさやかが笑う。あり得ないあれで救いなど。少女達はあの時すべてを奪われた。死んだも同然だ。犯人達を殺さない限り。
「殺したいだろう、犯人を」
――この人は何を言わせたい?私に?
「・・・・いえ」
「それも嘘だ、美樹、いい加減にしたまえ、私は上司だぞ君のことは全て知っている」
「私は警察官です」
「その前に君は凶暴な人間だよ、その穏やかな顔の下には何を隠している」
内心、美樹さやかはかなり動揺していた。魔法少女などという単語を星が当てることはまずありえないが、さやか自身の内面をかなり深くまでのぞき込んできているのは確かだ。そして・・・正確だとさやかは思った。
「……そうです」
さやかは観念した。癪だが、偽ってもなんのメリットもない。
「私は、今でも犯人を殺したいと思っています」
「よろしい、それでいい」
星は満足げに頷く。
「ところで話は戻るが、我々は当時のあの事件をなんらかのカルト集団の仕業と考えている。」
「あの時、暴力団員しかいませんでした」
「いや、隠れていたのさ、隠し部屋にね」
「・・・・・」
「当時証言を取った。ある有力筋の情報からね。商品を注文した男はもちろん偽名だが、あの店に来ていた。だが店に入った目撃情報はあったが、出た情報は無い。あの手の撮影場所は大抵2段階の部屋がある。そこに隠れているのではないかと。カルトの奴らはそこで「儀式」を行うものだ」
「「儀式」?」
「君がそこを探すんだ美樹。そして情報を得て戻ってこい」
「カルトの情報をですか?それとも新たなヤマの情報でも?」
「全てだ」
星は笑みを浮かべた。
「頼んだよ、美樹」
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「あの時、女の子達は刃物で切り刻まれていた、でも血は・・・あまり床に落ちていなかった」
さやかの手が壁に触れる。なでるようにして確かめるが、どこにもスイッチに繋がるような感触が無い。ああもう、と頭を乱暴に掻いた。あおいがゆっくりと立ち上がり、さやかの側に近寄る。
「上よ」
「え」
あおいが無言で天井を指さす。つられるようにさやかが上を向いた。そこにあるのは剥き出しの電灯。
「よく見て、側に黒いスイッチみたいなものあるでしょ?」
「・・・ありがとう」
さやかが右手を軽く横に振る。ブオン、と機械の振動音のようなものがしたと思うと同時に西洋風の剣が現れた。あおいが目を丸くする。
「もう手品なんてみても面白くないかも・・・」
ふ、とさやかが一瞬笑いながら、剣の先端をスイッチに押し当てた。中央の壁に光の割れ目が生まれ、広がった。