アンダーカバー(大人悪魔ほむら×大人さやかシリーズ) 作:さんかく@
美貌
美樹巡査長を「確保」ではなく「捕獲」――
文字通り通り特殊部隊はそれを実行した。猛獣用の捕獲網でさやかを拘束し電流を流し失神させたのだ。
ドシャリ、と嫌な音を立ててさやかが前のめりに倒れる。悲鳴をあげるあおい。警戒しているのか、二人を囲んでいる黒づくめの特殊部隊は一定の距離を保ったまま動かない。
「さやか」
あおいは初めてさやかを名前で呼んだ。化け物だろうがなんだろうが死んで欲しくなかった。危険を顧みず、あおいはさやかの傍に縋りつくと顔の見えない集団に怒りの形相を向ける。
「ちょっと、何するのよ、怪我してんのよ!」
あおいももうすでに己に降りかかる災難に対して恐怖を感じていなかった、麻痺しているのだ。このお人好しな「ひとではない」このひとを助けたいと、ただそれだけの衝動であおいは叫んだ。倒れたさやかの背中に手を置いてまるで守るような姿勢を取る。
「あんたたち警官、てか何様よ、いい?これ以上近づいたらあんたたち私が殺してやる、絶対に!このクソ〇〇〇!」
口から飛沫を飛ばす勢いであおいは叫び続ける。相手があおいのよく知るチンピラ集団ならばそこで冷笑を浮かべ、あおいに対して下卑た言葉を浴びせながら暴力を振るっただろうが、この集団は違った。あおいの言葉に反応することは一切ない。
「………」
あおいの前面に立っているひときわ大きな男が黒い皮手袋に包まれた左手を挙げ、短く水平に動かすと、左側にいた隊員二人があおいの元へ近づき両脇を抑えると軽々と持ち上げさやかから引き離した。
「離せよ、この〇〇〇!」
髪を振り乱して体を大きく揺らしあおいは抵抗するが、そのまま引きずられ壁に押しやられ抑えつけられる。あおいは聞くに堪えない罵詈雑言を隊員に浴びせ続けるが特に効果は無かった。残りの隊員が、網に包まれているさやかの身体を持ちあげる。
「ちょっと、待ってよ!」
あおいは抑えつけられながらも必死に叫ぶ。数人の黒づくめの隊員がさやかを抱えて階段を上っていく。気を失った蒼い髪の女性は血まみれでその姿はまるで死んでいる様だった。あおいはぞっとした。
『対象物捕獲、これより本部帰投』
指揮を執っている大男から小さな声が漏れた。骨伝導マイクを通じて指揮者に報告を行っているのだ。
――捕獲?
あおいは顔を歪めた。みぞおちあたりが熱くなり、息ができなくなった。堪えようの無い怒りのためだ。吠える様にあおいは男に向かって叫んだ。
「あんた脳みそ湧いてんの?なにそのほかくなんちゃらって気取っちゃってさ、あのひとはねえ――人間なんだ、あの上でくたばった下種野郎どもや、あんたらみたいなクソ警官、そして私なんかより、ずっと」
こんな時だというのに、あおいは中学生の頃を思い出す。あの義父に襲われかけた時の事を。手近にあったアイロンで力いっぱい殴り続け、謝罪の言葉を聞くまでやめなかった。理不尽な暴力に対する抵抗、他者の尊厳を踏みにじる相手に対しての激しい怒り、あの時あおいは大切な自分を守ったのだ。この怒りと高揚感は、あの時と似ている、とあおいは思った。大切なものは今は自分ではなく、あのお人好しな蒼い髪の女性だった。
「……」
大柄な隊長らしき男が左手をあげた。あおいを抑えつけていた隊員が手を離す。数歩男があおいに歩み寄ってくる。目の前の巨体を怯えたように下から上へと見上げるあおい。
「我々は危害を加える気はない」
地の底から響くような声が男から発せられた。その威圧感にあおいは解放されてなお動けなくなる。
「あと数分で制服警官がここに来る、事情聴取に協力する様に」
そう言って男は踵を返すと階段を駆け上っていった。隊員もその後に続く。あおいは一人地下室に残された。
「……」
壁にもたれたまま、あおいはずるずると下に沈み、そうしてしゃがみこんだ。先ほどまでの高揚感がまるで嘘のように消えていた。今あおいにあるのは「無力」大きな権力に対する無力感、そして虚無感だった。まるで感情ごと心を根こそぎ奪われたようなぽっかりと穴が空いた様な感じだった。あおいは地上へと続く階段を見つめる。そこにはもう誰もいない。
一瞬脳裏に蒼い髪の女性が映り、その女性はあおいに微笑んだ。
――きっとあのひとと一緒に私の心も出て行ったんだ
あおいは薄く笑い、そうして気づけば泣いていた。
* * *
『対象物捕獲、これより本部帰投』
県警オペレーション室に隊長の低い声が響き渡る。今、この広い室内にいるのは星一人だけだった。
「了解、負傷した隊員も本部に帰投させろ、死体検分処理、その他の処理は所轄に行わせる」
隊長に指示を出しながら、星は前のめりになり五分割されたモニターをくいいるように見つめていた。隊長の視点、その他の隊員の視点、地下室の様子が余すところなく映し出されている。そしてもちろん星が目をつけていたあの「扉」の中身も映されていた。
――いいぞ
扉の奥にある手術台を見て、星は一人ほくそ笑む。必要な情報は得られた、思ったよりも多く。と星が訝し気な表情を浮かべた。隊長の視点モニターで若い女性が口を大きく開けて何かを叫んでいる。その険しい表情から罵声を浴びせているのだと星は判断した。
「死体と同じく女は放置、所轄に対応させる」
顔が割れているのでとんだ(逃げた)としても特に問題はないと星は踏んだ。
『我々は危害を加えるつもりはない』
隊長視点の映像に女の怯えた顔が映し出される。
『あと数分で制服警官がここに来る、事情聴取に協力する様に』
そうして映像は女から階段、地上に置いてあるバンへと切り替わった。美樹さやかは搬送され、数分後には星のいる本部へと運ばれてくる。
――やはり人間の叡智を越えた存在は実在していた
ニイ、と星の唇がVの字に開かれた。願ってもない僥倖に身体が震える。
モニター画面から映像が消えた。隊員達がスイッチを切ったのだ。星はキーボードを操作して、さきほどまで録画した映像を巻き戻し始めた。発光した老人と対峙する黒づくめの女性が映る。女性の横顔を一時停止して、ズームアップする。
悪魔である暁美ほむらの横顔が画面いっぱいに広がった。
「………」
言葉もなく星は画面の女性を食い入るように見つめる。圧倒的な力、その見る者を茫然とさせる美貌――キーボードをたたき、画面を二分割させると、星は美しい女性の横顔と、気を失っている美樹さやかの映像を並べた。
――この女を知っている
星は思い出した。公安はだいぶ前から美樹さやかを監視していたが、彼女が友人を伴って遠出した時、星が尾行し監視したことがある。その時傍にいた黒髪の女性だ。あまりにも美しかったので、一瞬だけだったが、印象に残っていた。
「一体どういう関係だ…?そしてこの女性は一体」
――一体何者なんだ?