アンダーカバー(大人悪魔ほむら×大人さやかシリーズ) 作:さんかく@
『許してくれる?』
彼女はそう言って寂しそうに微笑んだ。そんな表情を見るのははじめてだったのでとても驚いたことを覚えている。
『何を?』
心底不思議で、聞き返した。むしろ謝るのはこっちの方だと思っていたから。何度も何度もしくじっては彼女を独り苦しませてきたのだから。だが彼女は目を細めこちらの手を握り返して囁いた。
『すべてを』
余計にわからなくなった。すべてをとはいったいどこからどこまでなのか、彼女はこれまで起きたあらゆることに対して責任を感じているのかと。
『あんたの所為じゃない』
『私の所為よ』
『違う』
腹が立った。すべてを独りで抱えたままの彼女に。
『絶対にあんたの所為じゃない、だって――』
だってあんたはあんなに頑張ったのに――
そう言おうとしたが、声が出ない、彼女に抱きしめられたから。
――温かい
驚いた。彼女がこんなに温かいなんて。肌と肌が初めて直に触れあって。
『さやか――』
彼女が名前を呼んだ――
* * *
「ほむら――」
名前を呼ぶと同時に美樹さやかは覚醒した。夢を見ていたのだとすぐにわかった。先ほどまでの一連の記憶が一気に戻り、身体に緊張が走る。痛みはない、四肢も動く、そして状況は――?体を起こさず目だけで周囲を確認する。
白い天井に壁――職場に似ていると思った。だが光が、ライトがやけに強い。さやかは体を起こそうとしたが、何か強い力で阻まれ動けない。
――何?
胸のあたりに手をやるとひんやりとした鉄の感触がした。この形状は鎖だ。もどかしそうに更に手を動かすと、首のあたりにも鎖がある。どうやら鎖で寝台に固定されているようだった。腕を少し動かすことはできるが、それ以外は動かない。さやかは舌打ちした。こういう状況は初めてだった。
「すまないね、美樹巡査長、いや、美樹君」
近い距離で声がして、さやかは思わず驚いて身体を強張らせた。頭を動かしきょろきょろと左右を確認する。さやかの左側にスーツ姿の男が立っていた。上司である星だ。険しい表情を浮かべ、さやかは星を睨む。唇の左端を持ちあげ薄く笑う星。
「君の人事記録は抹消させてもらった、もう君は警察官ではないし、存在しないことになっている「表面上」はね」
「…私を本格的にコマにする気ですか?」
星は愉快そうな笑みを浮かべたまま肩をすくめる。
「ああ、やはり君は鋭いね、さすがだ」
「作戦内容が陳腐でした…『カルト集団の情報を集める』そのために、私はあの店に潜った。だが途端に暴力団はイヌ――私の存在に気づいた」
さやかの言葉に満足気に頷く星。この男が何を考えているのかわからないまま、さやかは話を続けた。
「あまりにも気づくのが早すぎた、あれは警察側があちら側に情報を漏らしたからだと思っています」
「それが私だと?」
「………そして私は地下に行き、「儀式」の場所を見つけました」
星の言葉には答えずさやかは喋り続ける。
「そこもおかしいんです、あの場所をあれから――私が事件の当事者だった高校生の頃から、警察が探し出せないなんて」
そう、おかしいのだ、全てが。隠し扉があったにせよ、警察が気づかないわけがない。
「そうして思い出しました、あなたが、公安があの時情報操作して事件を隠したことを。あれは、もともとああいう儀式が行われていることもそしてあの場所も既に知っていたからではないですか?」
さやかが星を見つめた。深い海の様な色の瞳が男を捉える。あの頃――高校生の頃のさやかとは違う、成長し大人になり、人間的深みも思考能力も増した。星から笑みが消えた。
「さすがとしかいいようがないね」
「そしてあの捕獲です。警察の特殊部隊が私を捕獲した――それもあなたの指示でしょう?」
「ああ、そうだ」
「なんで――」
星はまた笑った。
「ああ、そこまでは君も知らないのか、よかったよ、私が喋るターンが回ってきて」
口元に手をあて、くすくすと笑いながら、星は仰向けになったさやかの周りを歩く。
「もう隠す必要も無いからね、タネ明かしをしよう」
そう言って、星はパチン、と指を鳴らす。壁が四角に開きモニターが現れた。何やら映像が映し出される。さやかの目が見開かれた。
そこにはさやかの美しい相方――暁美ほむらが映っていた。