アンダーカバー(大人悪魔ほむら×大人さやかシリーズ) 作:さんかく@
「おい…一体どうなってやがる?美樹がなんだって?」
「まあ慌てるな岡山」
険しい表情の初老の男性――岡山に対し、牧はいたって穏やかな顔で視線を送る。旧友同士のためかその口調は先ほどよりもフランクで。
「慌てるに決まってるだろ馬鹿野郎、お前の一報でこちとら当直を代わって署から一目散に出向いて来たんだ、さっさと吐きやがれ」
「旧友に対して吐きやがれはねえだろう」
「うるせえ」
「お前は相変わらずだな」
牧はくっくっと肩を揺らしながら笑う。そうして岡山を見上げる。表情は柔らかいがその眼差しは鋭かった。かつての刑事だった頃の旧友の面影を見て岡山が口を閉ざし神妙な顔つきになる。
「いいか岡山、お前と俺は旧友だ、だが警察の機密事項はおいそれとは語れん。それはわかっているな」
「ああ」
「人事課は常にクリーン、公平でなければならない…だがそれは建前だ。時には上からの操作で人を駒の様に動かすこともある。清濁併せのむ気持ちでなければ到底務まらない重責だ…」
「現場とは違う重責もよくわかってるさ」
「ならいい、俺はお前とオフレコで話がしたくて呼んだんだ、部下をみすみす他所へ渡したくないと怒鳴り込んでくるお前とな」
「今でも美樹は俺の部下だ部署は違っても関係ねえ」
「そう言うと思ったさ」
牧は笑った。このご時世、特に警察でこのような人情論に走る人間は淘汰されるはずなのだが不思議と名刑事といわれる人物に限って人情味溢れた人物が多い。そして牧もそれは嫌いではなかった。むしろ―
「いいか、今からオフレコだ」
「ああ」
「公安から美樹巡査長の人事記録の抹消依頼が来た」
笑顔から一変険しい表情で牧が岡山に告げた。もちろん岡山の顔も変わった。驚愕のそれに。
「…あいつを一生潜らせる気か?」
「もしくは隠蔽だ、潜入に失敗した捜査官を身バレを防ぐために容赦なく切り捨てる。公安はある意味無法地帯だ。お前風に言えば糞だ。わかるだろ」
「なんてこった…ちくしょう」
岡山は途方に暮れた表情を浮かべ天を仰ぐと牧に向き直る。
「頼む牧、美樹をマル暴に戻してくれ」
そこまでは予想してなかったのだろう、牧が目を丸くした。
「お前正気か?一介の人事課長の俺が上から降りてきた命令を覆せるとでも?」
「『普通の』人事課長ならできねえな、だがお前ならできる」
「買い被りすぎだ」
「いいや、お前は誰よりも警察内部の事情通だ。どこの筋をどう攻めていけば物事が動くか知っているし、何よりお前は本庁とのコネがある。それに美樹をごり押しで採用させた男だしな」
「人聞きが悪いな、あれは彼女の実力で点数も申し分なかった。不正ではないよ」
「わかってる、だがお前はいったはずだ、『こんな腐った世界でも正義はあるんだ…そう思いたかった』と、あれはお前があいつを見込んだからじゃねえのか?俺と同じで」
牧の眼差しに一瞬戸惑いが走る。
「俺はあいつに言ったんだ、何かあれば全力で逃げろ、戻ってこいとな。だが記録が抹消されたらそれも無理になる。あんないいデカになれる逸材を公安で飼い殺しにされていいのか?若い奴の未来を潰すのが人事の仕事じゃねえだろう」
『君は何故、警察官を志したのかね?』
『悪を撲滅したいからです』
蒼い髪の女性が牧に向かってそう言葉を放った。
偽善だらけの回答の中で、彼女のその言葉だけが本物だった。
心の底から社会正義を成すために警察になろうとした「志願者」の言葉。
ゆっくりと牧の口角があがる。
「まったくお前は綺麗ごとを言うのが得意だったな昔から…だが俺はそういうのは嫌いじゃない…やってみよう、今回の公安のやり方はあまりにも人事に介入し過ぎている。正直気に食わん」
「ありがてえ、だがどうやって?」
困惑した岡山の顔を面白そうに見つめながら牧が腕を組んだ。
「以前、お前にはわからんと言っていたが、実はひとつあてがある」
「何?」
「美樹さやかが警察学校を出てからたった半年で刑事になれたのは何故だと思う?」
「……お前が?」
「ああ、正確には私がではなくて『上』からの打診で私が推薦した」
「上?部長クラスか」
「いや、もっと上さ県本部枠を超えている」
「まさか」
さすがに岡山も驚きを隠せない。一介の地方の警察官に対し本庁が働きかけるのは特例中の特例…いや前例すらないのかもしれない。
「そう彼女は公安がマークする前から別の筋から目をつけられている。『特別』と言ったのはそれが理由だ」
「それはどこだ…いや『どこの筋』だ?」
「そこまでは教えられんよ、だがそこに私が今得ている情報を全て流す。公安が超常現象にかまけて美樹さやかを飼い殺そうとしていると伝えれば彼らは必ず動く」
「それで美樹が戻るのか」
「ああ、お前の元までは保証できないが公安から引き抜くことはできる。私が彼らに伝えれば一時間以内で理想的なトップダウンが起きる。本抹消の0600までには間に合う」
「おめえ…」
「礼はいらん…もしどうしてもというなら彼女に言うんだな。彼女が私を動かしたんだ」
久し振りに牧は晴々とした表情を浮かべた。