アンダーカバー(大人悪魔ほむら×大人さやかシリーズ) 作:さんかく@
人の往来もピークを迎えた夜の繁華街にパトカーのサイレンが鳴り響く。
「お、事件か?」
「なんだなんだ?火事?」
「パトカー多くね?」
往来の人々が興味深げにパトカーの止まった雑居ビルを見つめる。そんな中まるで魔法の様に唐突に黒づくめの女性が現れ、人込みに紛れるようにして歩きはじめる。
「お、おい、見たか今急に人が」
「はあ、んなわけねーだろ」
若い男が女性に気づき友人らしき男に声をかけるが、取り合ってもらえず不満げな表情を浮かべる。そしてもう一度女性に視線を送り惚けた表情を浮かべた。長い黒髪のその黒づくめの女性は恐ろしいほど美しかったからだ。人込みに紛れ女性は足早にパトカーが集まっている雑居ビルから離れていく。
「危険ですから近づかないでください」
「離れてください」
警察官の拡声器から発せられる声を背に女性――暁美ほむらは足早に歩を進めながら視線を夜空へと向けた。恐ろしいほどの美貌に苛立ちの表情が浮かぶ。彼女が誰を想像してそんな表情を浮かべているかはもう決まりきった事で。
『さやか』
声を送るが返事は無い。美しい悪魔は唇を噛みしめた。
艶のある唇が微かに動き何事か呟いた後、ほむらは煙の様にその場から消えた。
「おい見たか、美人の姉ちゃんが消えたぞ」
「お前酔いすぎだぞ」
雑居ビルの中でも比較的高さのあるビルの屋上に突如ほむらが現れる。強い風になびく長い黒髪を抑えながら彼女は目を閉じた。そうしてしばらくそのままでいたが、突然ふ、と口元を緩めた。長い睫毛の間からアメジスト色の瞳が現れる。陰鬱なまなざしを夜空へ向けるとゆっくりと唇を開いた。
「しょうがないひと」
イヤーカフスの宝石が一瞬光り、今度は彼女の体がアメジスト色に輝いた。彼女の肢体をなぞる様に光が走り肌も露わな艶めかしい姿が現れる。背中には大きな黒い翼。悪魔化だ。
「貴方がどこでのたれ死のうが私は構わない…でも」
艶のある唇がニイ、とV字型に歪む。アメジスト色の瞳が赤みを帯びて。
「私の許可が無い限り絶対に許さないわ」
黒い翼が大きく羽ばたき、悪魔は一直線に上空へ舞い上がっていった。
***
カチャリ、と無機質な音が聞こえる。星の手にあるのは自動拳銃、警察の特殊部隊が使用しているものでさやかも見覚えがあった。星が銃口をさやかに向ける。
「動じないのはさすがだな、あるいは撃つわけがないと思っているのか?」
星の問いにさやかは答えない。視線を天井に移し何やら逡巡しているような表情を浮かべる。実際彼女は迷っていた。
――変身するべきか?
考えるより行動が先だった彼女だが、成長し警察という組織に加わった故かだいぶ慎重になっていた。寝台で仰向けに鎖で拘束され、上司である得体の知れない男が銃口をこちらに向けている状況の中、必死にさやかは考える。鎖で縛られたことは生まれて初めてで、魔法の力で物理的に破壊することができるかわからない。だがさやかは体に力を入れた。と、その瞬間タン、タンと破裂音が起こり、さやかが体を捩らせた。
「…っ」
一瞬目を丸くした後、さやかは苦悶の表情を浮かべる。太腿に焼けるような痛みが走り、こらえきれずに唸り声をあげる。
「どうだ?致命傷にならないように太腿に撃ち込んだ、とは言っても本来君はとっくに死んでいるはずなのだが、これはどういう力なんだ」
「あんた…狂ってる」
「いや、狂ってるのは君だ、見せてみろ私に君の力とやらを」
だがさやかは呻いたまま回復魔法を使わない。この男に己が『人あらざる者』であることを知られるのが危険だと判断したのだろう。ただ必死に痛みに耐える。
「さすがに強情だな、だがこれならどうだ」
ゆっくりと銃口が動く。
「仮に君が死なない力を保有しているとしても、ここを撃ち抜かれたとしたらどうだろう?」
銃口がさやかの額に押し付けられた――
人事課長とさやかの出会い(面接試験)を描いたSSも短編集にUPしています(「もうすこしそのままで」https://syosetu.org/novel/302421/102.html)興味ある方は是非。