アンダーカバー(大人悪魔ほむら×大人さやかシリーズ) 作:さんかく@
進展
白い無機質な部屋で、男が寝台に仰向けになっている人物の額に銃口を押し付けていた。その人物は黒のパンツスーツ姿の中性的な女性で、所々どす黒い変色した血痕がこびりついており、右太腿からは血が溢れだしていた。満身創痍の状態の人間に銃口を向けている光景はあまりにも暴力的で犯罪的だが、更に異様なのはその女性の身体は鎖でまきつけられて手術台に似た寝台に固定されていることだ。対人というよりも、まるで手負いの猛獣に対する様なこの異様な扱いは、だがしかし男にとっては妥当の行為だった。そう、『彼女』が内包する力は想像を絶するものだと確信していたからだ。
「撃たないと思っているのだろうが、あいにく私はハッタリが嫌いでね」
男は性質だろうか、薄ら笑いを浮かべながら女性に囁いた。特徴のないその顔は何を考えているのか全く読めない。
「正直、これでもまだまだ手ぬるい扱いだと私は思っているんだ、美樹君、本来ならもっと――」
男の視線が女性から、壁に設置されたモニターに移る。モニターには光源を発しながら戦う長い黒髪の女性と老人の映像が繰り返されていた。まるで特撮映画の様な映像だが、これはほんの少し前に警察の特殊部隊のヘッドセットから撮影されたものだ。
「本来ならもっと…なんなんですか?」
女性は顔をしかめながら声を発した。その空の色に近い色素の薄い瞳は薄ら笑いを浮かべている男の顔を映し出している。顔をしかめるのは、太腿の傷の所為だろう、喋っている間も血が太腿から溢れだし、鮮明な赤い色が手術台に広がって、そして床に滴り落ちていく。失血死にも陥りかねない量だが、女性の顔には恐怖はなかった。
「…このままだと額を撃ち抜かなくても大量出血で死ぬことになる、さあどうする」
女性の問いには答えず、男は銃口を更に押し付けた。
「さあ、早く私に力を見せたまえ、美樹君」
女性――美樹さやかは口元を歪め男を睨んだ。
*****
『美樹さやかが警察学校を出てからたった半年で刑事になれたのは何故だと思う?』
『…お前が?』
『正確には「上」からの打診で私が推薦した』
『部長クラスか』
『いや、もっと上さ県本部枠を超えている』
『まさか』
『そう彼女は公安がマークする前から別の筋から目をつけられている。『特別』と言ったのはそれが理由だ』
『それはどこだ…いや「どこの筋」だ?』
****
深夜0230
霞が関で勤務する警察官僚に夜は無い、不夜城とも揶揄されるその建物の一角で、男は星の無い夜景を眺めていた。しばらくして、ゆっくりと左手をあげ時計の時刻を確認すると、窓を背にし、執務席へ向かう。ちょうどそのタイミングで着信音が鳴り、男は内ポケットから携帯を取り出した。
「ああ、君か、用件は」
男の歩みが止まる。
「そうか…わかった、追って指示する、0600になる前にその件は解決させよう」
男はすぐに携帯をかけ直す。
「…緊急です。チヨダが貴方の監視対象を『飼い殺し』にかかっている。リミットは0600…はい、官房は通しません、直で警備局の方に…了解」
携帯を切ると、男は足早に執務室を出る。向かう先はチヨダ―もうだいぶ古いが、『彼等』は公安の隠語として、未だその言葉を使っていた。眠らない組織の中で、事態は急速に進展する。公安の、おそらくある一部で秘密裏に行われていた『作業』が、警察を裏から束ねるその人物によって、今、まさに阻止されようとしているのだ。
監視対象者である、ある警察官一人のために。
********
「…どうだ?」
「手ごたえはあった、お前さんがもう出張らなくてもよさそうだ」
牧は口元を緩めた。
「しかしまあ、確かに興味深いな、彼女は、一体どれほどの力を保有しているのか」
「何?」
「『力』だよ、星が言っていたように、俺たちの及びのつかない何かを彼女は持っている。俺はそんな気がしているんだ」
「お前がそんなこと言うなんてな」
「まあな、いろんなものを見てきたが、そういうものがあってもおかしくないだろう」
――魔法少女
ふと、牧の脳裏にその言葉が浮かぶ、10年前に失踪した娘の日記に書かれていた言葉。あれはテレビや漫画に出てくる架空の事ではなく、なんらかの超常現象の事を指しているのではないか、と。だが牧は首を振った。
「まあ、逸脱は良くないな…とにかく後は指示を待つだけだ。俺はこのまま待機する。お前は?星のデータを待つか?」
「いいや、反吐が出る奴のデータを待っていられねえよ、現場に戻る。ヤクザの抗争が起きたようだ、美樹が関わった過去の事件現場でな」
「あそこか…」
牧の表情が岡山と同様険しくなる。同じことを考えているのだろう。
「正直、あの事件を思い出す度に俺は反吐が出る。美樹じゃなくても、きっとあの場面に遭遇すれば――」
「殺したくなる、だろう?」
岡山の言葉に続き、牧が後を継いだ。
「あの被害者が娘だったと思うと…いや、娘でなくとも、俺もきっと――」
「おい」
「ああ、皆までは言わんよ、俺たちは警察官だからな」
溢れるほどの殺意を隠しながら生きてきた男は、ただニイ、と口角をあげて。
「ただ、ここだけの話、美樹はよくやったと俺は思っているよ」
「気が合うな、俺もだ」
そう言って、岡山もまたニイ、と笑うと、そのまま牧に背を向けて執務室を後にした。