アンダーカバー(大人悪魔ほむら×大人さやかシリーズ) 作:さんかく@
銃口を押し付けられながら、蒼い髪の女性――美樹さやかは必死に思考を巡らせる。
今まで、瀕死の重傷を負ったことは何度もある、四肢をもがれたことも。だがしかし、脳に銃弾を撃ち込まれることは初めてだ。果たして回復のイメージを描き、魔法を発動させることができるのか、と。
――いや、無理だ
四肢なら再生することは可能だが、もし脳を破壊されれば、いくら魂が別の器に存在するとはいえ、イメージすら浮かべない――
――ほむら
美しい黒髪の女性がさやかの脳裏に浮かぶ。怒っている様な、それでいて泣きそうな表情で。一瞬、さやかの口元が緩み、目を瞑る。
『死んだら、殺すわよ』
――死ねない、今は
さやかの目が開き、そして次の瞬間、負傷した右脚が鎖を引きちぎりながら星の腹部を蹴り上げた。予備動作も全くない、常人ではあり得ない速度で。軽く当たった程度に見えた打撃は、しかし予想もつかない衝撃で、星の身体は2mほど後方へふっとび、壁へ激突した。交通事故の様な衝撃音が響き渡る。
「な…」
ごぼ、と星の口から血が溢れ、その顔は驚愕で歪む。とうとう表情のなかった彼の顔に、人間らしいそれが現れた。手術台に鎖で縛られている蒼い髪の女性は、自由の効くようになった両脚を2,3度上下し、あろうことか、その反動を利用して跳ね起きた。まだ上半身に巻き付いている鎖の所為で、100㎏に近い手術台をランドセルの様に背負いながら。
「お前…」
「ようやく、以前の顔が現れましたね、ペンションで見た顔だ」
ガチャリ、ガチャリ、と鎖同士が擦れて音を立てる。右脚から血を滴らせ、手術台を背負いながら、さやかは星のもとへゆっくりと歩み寄っていく。その表情は、前髪で隠れて見えないが、口元はまるで鮫の様に笑っていて。
「お前は…一体」
今まで、全てを理解(そう信じ込んでいた)し、そのあり得ない力を手に入れようとしていた組織の男は、今まさに、画面越しではなく、その現象を目の当たりにし動揺した。
「何者なんだ?」
小首をかしげながら、さやかは両手に力を入れた。一瞬、鎖の所為で動きが止まるが、次の瞬間、パリン、とまるでガラスが割れるような音を立てながら、鎖が粉々に破損し、飛び交った。ドシン、と部屋を揺らす大きな振動。床に落ちた手術台。見開かれる星の目。
「あなたにわかる訳が無い」
足元のちらばった鎖の破片に目を向けながら、さやかは怒りのこもったくぐもった声で囁く。死んだ魚の様な双眸。星の息を呑む音が聞こえる。さやかの右脚の怪我が音を立てて修復し始めたのだ。
「やはり、君のその力が『あの時』男達を瀕死の重傷に追い込んだのか…」
「前からそう言っているでしょう、私はあの時、あの光景を見た瞬間、あいつらを殺そうと思いました。今でも後悔はしていません。」
「だがその力は……お前は悪魔憑きなのか?」
ははっ、と乾いた笑いがさやかから起きた。どこか人の好さそうな、悪くいえば甘ったれた雰囲気は一変し、全くの別人へと変貌している。恐ろしい豹変ぶりだ。
「あなた――いや、あなた方が追っている『あり得ない力』については否定しません、でも私は…悪魔ではありません、狭義的にはね」
誰を思い出しているのか、一瞬遠い目をして。
「ぐお…」
星の足元が宙に浮く。さやかが彼の胸倉をつかみ、軽々と持ち上げたのだ。あり得ない光景はまだ続く。
「さあ…全て話してください、何もかも」
「……もう話したはずだ、それにあの事件は…ぐふっ、君の方がよく知っている」
「いいえ、まだ曖昧な箇所が多すぎる。あの事件の発端、あなたたちが悪魔教と呼んでいる団体、そしてあなたの正体‥‥」
「わかった…喋るから離してくれ…」
苦しそうに、星は呟く。車にぶつかったと同じ衝撃を受けたのだから、無理もないだろう。口からはとめどなく血が流れていた。だがさやかは容赦しない、むしろ更に星を上へと持ち上げる。苦悶の表情を浮かべる星。
「あなたたちが、事件を隠蔽したために、かえってあの子達の苦しみは…そして他の子も…」
怒りに支配されているさやかには、星の表情はもう目に入らない。
「私は、あの子達を苦しめた奴らすべて、八つ裂きにしてやりたい、そして」
さやかの口元が歪む。
「あなたも」
「それはだめよ」
黒い羽根が宙を舞い、さやかの死んだ魚の様な瞳に映る。そしてさやかの手は、いつの間にか置かれた黒い手袋に包まれて。
「ほむら」
惚けたように、さやかは彼女を見つめた。恐ろしいほど美しい悪魔――いつの間にかすぐ傍に寄りそうように立っている暁美ほむらを――