アンダーカバー(大人悪魔ほむら×大人さやかシリーズ) 作:さんかく@
光の道
『あなたは―――誰ですか?』
『美樹君、君は本当に面白いな――何故そんな質問を?』
『ペンションで会った時のあなたと、今のあなたは違う…気がします』
―――――
時に人は第一印象としばらく経ってからの印象が大幅に変わることがある。星という男がさやかにとってはそうだった。ペンションで会った時の雰囲気と県本部で会った時の印象が全く違うことに気づいてはいたが、当時は警察としての体質――役割が人を変える――がそうさせていると。
「その前に教えて」
語り始める星を遮り、さやかは尋ねた。
「なんだ」
「あなたは誰なの?」
ああ、と声とため息の中間の様なものを口から発して、ニイ、と星は笑った。
「さすがは鋭いな…異例のスピードで刑事になっただけのことはある…その通りだ、俺は星ではない…星という人物を演じている」
目を見開く蒼い髪の女性と、少しだけ美しい眉を動かす黒髪の女性。
「それじゃあ、あのペンションで会った時に渡された名刺は偽造ってこと?」
「ああ、正確には俺の昔の職場だ…だいぶ前のな」
唸るさやか。
「ただの入れ替わりだったなんて…」
「考え違いをしてもらっては困るな…俺は確かに星という男を演じていたが、君に語った言葉は全て俺自身の言葉だ」
「どうして…」
「まあ黙って聞くんだな…そうすれば全てわかる」
さやかは星(だった男)をひと睨みした後、ほむらの方へ視線を向けた。そのどこかたれ気味の目は懇願するような光を湛えて。ほむらは肩をすくめると、左手でパチンと指を鳴らした。ほむらの背中にある翼が伸び、さやかの肩を抱く。そうしてさやかは自身を拘束していたバンドで男の足首を縛ると、その端を持った。時を止めた状態でじっくり話を聞くためだ。
「それじゃあ、続けて」
悪魔を見つめていた時はまったく違う――死んだ魚の様な目でさやかは男を見つめた。
*****
その初老の男はひどく鋭い眼光をしていた。
「お前はここの店員か?」
低いドスの効いた声、皺だらけの顔、何もかもに凄みがあって、あおいはかつての愛人である暴力団員の男を思い出す。だが、彼とは全く違うと思い直した。凄みはあるが、どこか温かい――物理的というよりも、精神的な何か。散々男性という属性を持つケダモノに食い物にされてきたあおいは直感的に相手を見極めることができるようになっていた。
「あんたが今ここで偉いひと?」
「ああ、マル暴だ」
短い白髪の髪を搔きながら、男がぼやくように呟く。暴力団お抱えの店で勤めている女性には警察の専門用語が伝わるものと判断したのだろう。周囲で制服警官と鑑識がせわしなく動き、ストレッチャーを持った救急隊員があおいと男の背後を慌ただしく通り過ぎていった。あおいが顔をしかめる。店の1Fフロアには店員と顧客、そして暴力団員が数多く倒れていた。生存者と死者の割合は半々くらいだろう。あおいの脳裏に両手に剣を持った蒼い髪の女性が浮かぶ。
「一体ここで何があった?」
男の質問で、あおいは再び視線を戻す。と、男の表情が一瞬怪訝そうなそれに変わった。あおいもまた何か思い出したような表情を浮かべる。
「あんた…」
「お前…この前ガサ入れした時の女か?」
――おい、お前らなんなんだよ!――
――警察だ――
あおいは思い出す、愛人だった暴力団員の男の家にガサ入れしてきた刑事だと。ベッドにくるまっていたため、遠目で見ただけだが、あの凄みは確かにこの白髪の男だ。
「じゃあ、あんた…あのひとの上司?」
そう、あのガサ入れの時にあおいは初めて美樹さやかに出会った。あの時最初にドアに入ってきたこの凄みのある男が、今この場で「最も偉い」警察官なら、蒼い髪の女性の上司であることに間違いはない。縋る様な目であおいは男を見上げる。
「…あのひととは誰だ?」
男の鋭いがどこか穏やかな目を見て、あおいははあ、と大きく息を吐いた。一瞬逡巡するよな表情を浮かべ、意を決した様に目をあげる。
「美樹さやか」
男の目が見開かれた。右手を動かして、フロアの隅を指さす。移動しようというジェスチャーだ。二人はフロアの隅に移動した。
「…あいつ、ここにいたのか?」
移動した途端、男は小声であせったようにあおいに聞いた。それが答えだろうが、用心深いあおいは再び尋ねる。
「あんたはあのひとの上司なんだよね?」
今度は男が大きく息を吐く。
「ああ、以前はな…あいつ…美樹に何かあったのか?」
絞り出すような声。本来なら、大なり小なり一般人に部内の情報を漏らすのは芳しくないはずだが、よほどこの男は「美樹さやか」が心配なのだろう。あおいはそう悟ると一瞬口元を緩め、すぐに険しい表情に戻った。
「あのひとを助けて」
真摯な声。今までこんな風に他者にお願いをしたことはない。だが、美樹さやかの為ならなんでもできる、あおいはそう思うようになっていた。その感情を何と呼ぶのかわからないし、考える時間も無いが。
「何があったか喋ってくれ」
地面の下から響くような低い声に思わずあおいは頷いた。
「店の中に犬がいるとかで、あたしの男のボスがやってきたんだ、客を殺しはじめて、あたしらメイドを「まわす」って連れ去ろうとしてたんだよ…あたしは慌てて地下に逃げたんだ、その後のことは見てない…けど、あの男キレたらすげえヤバイ奴だから、もしかしたら部下もヤッたかもしれない」
脳裏に蒼い髪の女性を思い浮かべながら、あおいは答える。半分本当で半分嘘の答えを。だがその嘘はあの蒼い髪の女性を守る武器だと信じて。
「犬が誰かわかるか?」
「知ってたら答えてるさ」
「そうか…」
初老の男は考え深げに視線を地面に落した。そうして再びあおいに目を向ける。
「美樹はどうなった、どこにいるか知っているか?」
「あのひとは、あたしを助けようとして地下に入って来たんだ、だけどその後武装した警察に連れていかれた」
「なんだって」
「痛…」
男はあおいの腕を強く掴み、慌てて手を離す。
「すまなかった」
「別に…」
「武装した警察の特徴は?お前に何か言ってたか?」
「頭の先から足の下まで黒づくめだったよ、とてもでかい…あんたくらいの男が、あとちょっとで、制服警官がここに来るから事情聴取に協力しろ、とか…」
『対象物捕獲、これより本部帰投』
「対象を捕獲…本部きとーとか言ってた」
「本部…そうか…後は?」
あおいの脳裏に今度はあの長い黒髪の恐ろしいくらい綺麗な女性が浮かぶ。
『私は悪魔よ』
『あのひとを救えるのはこの宇宙で私だけ』
「……何も」
あおいは首を振った。
「そうか…」
あおいは男に肩をぽん、と軽く叩かれた。
「感謝する、後は制服巡査に引き継ぐ、おとなしく署で詳しい話を教えてくれ」
「あたしはもう喋ることはないよ」
「いや、あるだろ、今日に限ったことじゃねえ、この店で起きていたこと、お前が愛人にそそのかされてやったこと、洗いざらいだ。喋ってくれれば、悪いようにはしねえ」
「ほんと?」
「ああ」
この男は信用できる、そうあおいは思った。
「わかった」
「おい」
男が近くにいた制服巡査を呼ぶ。律儀に小走りで駆けてくる巡査に二、三指示をした後、男は付け加えた。
「この女性は情報提供者だ、丁重に扱うんだ、いいな。何かあればすぐに俺を呼べ」
「了解しました」
巡査が男に敬礼した後、あおいの方へ会釈した。慣れないことをされたからか、戸惑うあおい。
「あおい」
窓の外からあおいの名を呼ぶ声が聞こえる。視線を向けると、シーツにくるまった女性達が制服巡査に肩を抱かれながら、歩いている。あおいの目が輝いた。暴力団員に連れ去られたあおいの仲間だ。
「あんた達無事だったんだね」
「ああ、あんたも無事で良かったよ」
シーツにくるまった女性の一人が手を振る、皆疲れてはいるがどこか安堵した表情で。巡査に誘導されながら護送車に乗り込んでいった。事情聴取で警察署に向かうのだろう。
「では、あなたも署にご同行願えますか」
巡査が慇懃にあおいに話しかけた。頷くあおい。
「じゃあな」
「あ…ちょっと待って、あんた」
立ち去ろうとする初老の男にあおいは声をかけた。振り向く男。
「あんたの名前は?」
男は黙って、さきほどと同じ様に内ポケットから名刺を出すと、すっとあおいに渡した。その名刺を胸元に抑えながら、縋る様な声をだすあおい。
「さっきのこと…頼んだよ」
「言われなくても、俺はあいつを助ける」
そう言って、ほんの少しだけ、初老の男は口元を緩めた、つられて口元を緩めるあおい。そのまま去っていく初老の男の背中を見送る。胸元の名刺をちらりと見ると、『岡山』という字が目についた。
「さあ、行きましょう」
巡査に促され、あおいは歩き始めた。割れた窓から差し込んだ光があおいの足元を照らす。
まるで光の道を歩いている様だ――そうあおいは思った。