アンダーカバー(大人悪魔ほむら×大人さやかシリーズ) 作:さんかく@
公安課着任
『私達は特異点なのよ』
『…特異点?』
『ええ、そうよ…私達の存在は、並行世界でも稀……』
『…私達以外の並行世界では…ほとんど大人になっていないって…こと?』
『ねえ…じゃあ、私達って…何か…特別な使命が…』
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『二枚目は――XX「JUDGEMENT」』
『………』
『大きなラッパを吹いている天使の下に復活した死者が立っている姿――「審判」です』
復活した死者――。
『美樹さんの現在は、「審判」ですね、これは「再生」や「復活」を意味します』
『それと――』
ほむら――
『それと――何?』
『過去の状況を復活させることや、取り戻したい願望、そして後戻りしない最終的な決断も表すわ』
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『貴方にはもっと大事な事があるわ』
『大事な事…』
『私よ』
『貴方は私とずっと一緒にいるの』
『だから…他の事に惑わされないで…さやか』
* * * * *
「――美樹、美樹巡査長?」
はっ、と美樹さやかは我にかえる。気付けば年上のスーツ姿の男に肩を叩かれていた。
「…ああ、すみません」
少し汗ばんだ額に手をかけながら、さやかは背後の男性に会釈した。その男性の後ろにも数名ほどスーツ姿の警察官が並んでいる。
○○県警本部9階の本部長室で今正に辞令交付式が実施されていた。毎年異動時期になると数十名ほど辞令を受ける者が発生するため、このように本部長室の前に警察官が整列することになる。本部長室の重厚なドア(今は開かれているが)の前から黒や淡いクリーム色のスーツを着た警官がずらりと並んでいる様は、部内の者が見てもやはり異様に感じるものだ。
――白昼夢でも見てたのだろうか?
さやかは軽く頭を叩いた。つい先ほどまで、辞令交付の礼式を思いだそうと必死だったのに、いつの間にか過去の事がフラッシュバックしていて歩を止めていた。ふう、とこっそり小さくため息をつく。肩まで伸びた蒼い髪がさらり、と微かに動いた。前職(マル暴)の頃に貸与された野暮ったい黒のスーツを身につけた細身の彼女の姿は、どこか中性的な風貌で。厳つい男達を束ねる若者の様にも見えた。そうして再びまだ前に人が並んでいるのを確認すると、さやかはそっと目を瞑る。
――岡山主任
初老の男の顔をさやかは思い出す。秘かに父の様に慕っていたマル暴の上司。辞令交付は本部で行うので、特に彼女が元の職場に顔を出す必要などはなかった。だが彼女は顔を出したのだ、初老の男に会いたくて。一昔前の名刑事の称号を受けた男は自らの言葉を否定して、そうしてこう彼女に言った。
『がんばってこいや…いや…違うな、いいか美樹…』
『はい』
『逃げろ』
『え?』
『何かあったらすぐ「逃げろ」。現実逃避でもいい、実際に現場から逃げ出してもいい』
予想しない発言に、さすがにさやかも驚いて初老の男の顔を凝視する。だが冗談ではないらしい、しごく真面目な顔で元上司は元部下に言葉を紡ぐ。
『あそこ(公安)がマトモじゃねえのは知ってるな?』
『はい』
マル暴に「マトモじゃない」と言われる課があるというのもいささか滑稽に聞えるが、実際公安はマトモではない。さやかは岡山や、仲間からいやというほどその情報を聞いている。だが、「百聞は一見にしかず」なのだろう。初老の男はデスクから立ち上がり、さやかの元へ歩み寄った。長身のさやかでさえも見上げるほど、初老の男は背が高かった。グレーのスーツに皺を作りながら、岡山は頭を掻いて、そうして一瞬天井を見上げた。言おうか、言うまいか迷っている仕草だ。そうして、彫りの深い皺の多い顔をさやかに向けた。どうやら決心したらしい。
『あいつらはお前の古傷を抉るつもりだ』
『……「古傷」?』
『見滝原○○ビル風俗店殺人事件』
さやかの目が一瞬大きく見開かれて、そしてまた元に戻る。
それを見て、頷く初老の男。
『そうだ…おめえが高校生の頃通報した事件、あいつらはそれを今も根掘り葉掘り調べてやがる…裏に何か大きなヤマがまだあるんだよ』
『………コマにするつもりでしょうか、私を』
『ああ、まずそうだろうな』
さやかはため息をついた。それなら自分が公安へ引き抜かれたのもわかる。おそらく古傷を抉るだけ抉って思考停止させ「洗脳」する気だ。そうしてコマとして「潜ぐらせる」。公安は部内の者ですら洗脳するのだ。だが…
『おめえを「洗脳」するためにはあいつらはなんでもやる、俺はそうなった奴らをたくさん見てきた……』
岡山自身も5年間公安にいた。さやかの想像を絶する目にもあってきている。その男が部下に『逃げろ』と言っているのだ。…だが、あの事件のどこにまだ「裏」があるというのだろうか。さやかは自分を潜らせるだけの価値がまだあの事件に残っているのか甚だ疑問だった。
『正直俺はおめえを手離したくねえ』
『……主任』
『元だ、おい、いいか…』
再び頭を掻いて、岡山は、神妙な顔で呟いた。
『俺はお前がイイ刑事になると信じてる』
『主任…』
『元主任だ、馬鹿野郎、いいか、おめえはすげえんだ』
そう言うと、初老の男は右手をあげ、空気を横から斬る様にして手を水平に動かした。
『おめえはな、ボーダーラインを越えても戻ってこれるんだ』
『え?』
『理性と狂気の間だよ、おめえは何度も糞の様な事件を俺と見てきた。おめえは悲惨なガイシャやホトケを見ても心が折れることがなかった。若い女がそこまでは普通できねえよ』
性差別をしているつもりは岡山には全くない。初老の男の経験の中ではそのような女性はいなかったということだ。そして、実際悲惨な事件は女子供が被害者になるケースが多い。弱い者が体力的強者に正義無き暴力を受ける事件は腹綿が煮えくりかえるほど、岡山に取っては許しがたい事件だ。時にはガイシャや家族に感情移入してしまい、怒りをコントロールできない状態になることもある。だが、岡山は自分の「感情移入」の限界を知っている。例えば悲惨な性的事件において、ガイシャがもし自分の娘だったら…と想像し、怒りに身を任せることは出来ても、その生物的差異により、所詮「対岸の火事」になってしまう傲慢なものなのだと。だがこの優秀な蒼い髪の部下は違う。自身も「若い女性」なのだ。ガイシャに対しての感情移入は「対岸の火事」ではなく、その身に及ぶというリアリティを伴っている、にも関わらず、彼女はその事件を直視し、かつ心折れることはない。こいつは百年に一度の逸材だと岡山は秘かに思っていた。
『そんな…』
『謙遜しなくていい、それにおめえは時にはすげえ暴走するがな』
ニヤリ、と岡山は笑い、そして言い放つ。
『境界線を行来できるんだよ』
『境界線…』
心あたりは十分あった。黒髪の相方が世界を改変してから、人と融合した魔獣と初めて遭遇した時の事。そして刑事となって遭遇したあらゆる悲惨な事件の被疑者を取り調べをした時の事。自分の中には何か凶暴な獣でも潜んでいるのではないか、そう思うほど激しい猛々しい衝動を抑えきれなくなるのだ。だが確かに境界線の「向こう」へ行って戻ってこれなかったことはない。その事実に、さやかは初めて気付き、そうして少し、ほんの少しではあるが光りを見出した気分になった。
『ああ、だからおめえをあんな糞みたいな場所で潰したくはねえ』
そう言って、初老の男は右手を上にあげた。何故かさやかは「殴られる」と思った。だがその手ははっぱをかけるためのものでは無かった。そっ、とさやかの頭に無骨な手が置かれる。
『あっちが嫌になったら逃げてこい』
そうしてすぐに手は離れ、初老の男は背を向けた。
――だから、戻ってこい、俺が退職までおめえを育ててやる
そう呟いて、初老の男は追い出すように背中を向けたままさやかに手を振った。
フ、とさやかの口元が微かに緩む。回想が終わり、彼女が目を開けると本部長室の入口が迫っていた。次の次がさやかの辞令交付の番だ。今日は思い浮かべることが多い、とさやかはふと思う。そうしてまるで走馬灯の様だ、と不謹慎な事を考えた。
「美樹さやか」
本部長室の入口から、人事課長がさやかの名前を呼ぶ。辞令交付だ、さやかは礼なくして入り口へ入っていった。赤絨毯がひかれた、豪奢とまではいかないが、重厚な造りのその部屋には威厳という名の空気が満ち溢れ、入った者の気を一気に引き締める。さやかの前には礼服を着た本部長が直立不動で立っている。さやかはやや緊張した面持ちで本部長から1mほど距離を取った所で直立した。横に立っている人事課長がA4サイズの紙をす、と手慣れた様子で本部長へ手渡す。
「美樹さやか ○○県警察本部警備部公安課巡査長に任ずる。――年――月――日、本部長○○○○」
異動通知書を受け取り、書面に目を向けた後、本部長と美樹さやかの目が合う。辞令交付式の礼式となっているため、さやかは当然の様に本部長をまっすぐみつめる。そうして数秒後通知書を左脇に収め、回れ右をして本部長室を出た。これで美樹さやかの辞令交付式は終了だ。次の順番を待っている刑事とすれ違い、そのまま廊下の奥まで進む。右側にある階段から下へ降り5階の警備部へ向かう。
――どんなところだろう
公安がどういうところか事前に情報を仕入れたのだが、どうしても最初は不安になり、ありがちだがこう思ってしまう。はあ、と人知れずため息をついて、美樹さやかは公安課のドアの前に立った。無機質な白いドアにはプレートの様なものは一切何も無い。さやかはドアノブの上部についている顔認証システムの読みとり部分に顔を近づけた。ガチャ、と音を立ててドアが開く。発令日に合わせ、顔認証の登録は済まされていたようだ。中に入ると、陽光がさやかを包んだ。意外にも執務室内は光りが溢れていた。外側の壁の大部分を占める窓から入る陽射しで執務室は明るく照らし出されていた。広さは100㎡ほどだろうか、右奥はパーテーションで仕切られており(課長室であろう)、さやかの眼前には15席ほどデスクが向かい合う形でレイアウトされていた。全くの無人だ。
「…よろしくお願いします…ってわけにもいかないか」
さやかは一人呟いて、奥へ進む。窓に映る青い空が場違いなほど美しくて、さやかは珍しく弱気になった。家に帰りたい、と無性に思う。無意識に、脳裏に家に居る黒髪の美しい相方を思い浮かべた。
「ようこそ、美樹さやか君」
パーテーションの奥から渋いバリトンの声がして、淡いクリーム色のスーツを着た中肉中背の男が出てきた。
「はじめまして」
さやかはその場で直立の姿勢になり、自己紹介を始める。前職、現職、氏名、そして最小限度の抱負をさやかが言い終えると、男は口元を緩め、目を細めた。糸の様に目が細くなる。
「よろしく、公安課課長の星です。一度はペンション、そして研修でもお会いしましたね」
全く特徴の無い顔の男が囁くと、さやかは一瞬だけ怪訝な表情を浮かべた。そうして男が手を差し出すのに合わせて、己も手を差し出す。男はさやかの表情を見逃さなかったのだろう、にや、と笑って尋ねる。
「…何か疑問でも?」
「…ペンションで頂いた名刺と名前が全く違いますね、それに本部の刑事だと」
「ああ、あれはね、全て嘘です。貴方をリクルートするためのね」
あまりにストレートに切り返されたので、さやかは二の句が継げない。
『…あのデカと名乗るゼロ…気をつけた方がいい』
マル暴時代の若い同僚の言葉を思い出す。
――怪しい
そうだ、今まではリクルートのために身分を隠していたかもしれないが、皮を剥いだら県警本部の課長なのだ。階級も警視だというのに、口調は以前と全く変わらず丁寧語だ。あり得ない――さやかは心拍数があがるのを感じた。警察は絶対的な階級社会だ。さやかの巡査長の職位は警察法に定められた階級ではない。巡査と階級章は違うが、厳密には巡査で係員クラス。それに対して目の前のさやかの上司にあたる男は警視で課長なのだ。この様にフランクに握手して会話が出来ること自体あり得ない。
――気をつけろ
高鳴る鼓動で周囲の音が消えた。
――何かある、もっと
さやかの蒼い瞳が特徴の無い男の顔を捉える。浮世離れして社会を達観してきた彼女も、さすがにそうはいかなくなったらしい。美樹さやかは今、地に足をつけ、目の前の男を見つめている。口のきき方ひとつで懲戒処分にもなりかねない状態だが、今これを言わないといけない気がした。意を決したようにさやかは口を開いた。
「あなたは――――」
糸の様な男の目とさやかの垂れ気味な目。
「――誰ですか?」
糸の様に細い男の目が少しだけ開いた。一瞬、赤く光った様に見えて、思わず
さやかは右手を強く握った。だが、目は細められ一本の線になる。
「美樹君、君は本当に面白いな」
くっ、くっ、と男は肩を揺らし、言葉を続けた。
「何故そんな質問を?」
「ペンションで会った時のあなたと、今のあなたは違う…気がします」
とうとう男は哄笑した。そうしてさやかに更に接近すると、右拳を彼女の鎖骨にあてた。意外と衝撃が大きかったらしく、さやかの身体が一瞬ぶれ、顔がしかめられた。
「合格です美樹君。君に犬になってもらう」
「犬…?」
ニイ、と男が口元をVの字に開き笑った。まるで能面の様だ、とさやかは思った。
冒頭のほむらの台詞はそれぞれ「蒼い月」「THE LOVERS」(共にR18)、そして「棒の8」作品内のものです。
魔法の力を持っているさやかをもってしても、公安の得体の知れない所には不気味さを感じているようです。