アンダーカバー(大人悪魔ほむら×大人さやかシリーズ) 作:さんかく@
―――
「じゃあ…あの時私を見ていたの」
「ああ、気づかなかったようだが、あの時星も俺も事情聴取されているお前を見ている。16歳だったお前をな」
言葉を失うさやかを見て、ふ、と笑みを浮かべる榊、心なしかその表情はペンションで出会った頃のような柔和なそれで。
「星はあの時点でお前を『該当者』とみなした、我々が探している『ありえないもの』に関係している人物だとね」
「現場の状況だけで私を?」
「ああ、星の勘はある意味超能力に近い、彼は瞬時に関係者を嗅ぎ分けることができるんだ」
「彼は人間なのかしら」
艶のある声にさやかと榊が反応する。腕を組んで二人を見下ろしているほむら。既に変身は解かれ漆黒のドレス姿へと戻っている。その血のように赤い瞳もまたアメジスト色へと戻っていて。その美しさにある種畏敬の念を抱いたのか、ほむらの視線が向けられた途端、榊は殊勝な面持ちで頭を下げ目を逸らした。首をかしげるさやか。
「……まさか魔獣ってこと?」
「その可能性もあるわ、現に以前貴方を襲った魔獣も見事に人と融合していた…」
切れ長の美しい目をさやかに向け、ほむらは囁く。表情は無い。
「ああ…」
苦渋の表情を浮かべるさやか。少し前に魔獣に憑りつかれた同僚と、そして白いスーツ姿の暴力団員を思い出す。彼等は確かに人としての意識はあった。
「しっかりしなさい」
ほむらが一段と低い声で囁いた。その表情は冷たいままだがそのアメジストの瞳はしっかりとさやかを捉えて。
「うん」
美しい黒髪の女性の横顔を見つめ頷くさやか。無表情のままほむらは視線を榊に移す。
「あなたは彼が人間だと思う?」
「…わからん」
ワンテンポ反応が遅れたのは、悪魔の美しさ故。たどたどしく榊は言葉を続ける。
「だが、人でなければなんなんだ…悪いが例えあり得ないものを見ても、身近な存在がそうだとは信じがたいし、受け入れきれん」
「そこが人間の愚かな所よ…まあいいわ、続けなさい」
真相の暴露の続きを要求する悪魔に、ただ榊は頷くしかない。星への疑念は一旦置いて、再び過去の物語へと話は戻っていく。
「お前はあの時点で公安の『監視対象』となった。早速俺は星に君の身辺を洗うことを命じられた秘密裏にな」
―――
『あの少女をマークするんですか』
『ああ、秘密裏にな、一課や四課…いや、私以外の者に一切知られないように』
『わかりました…本人に接触は?』
『今は必要ない、その時がくれば指示する』
『はい』
遠目から蒼い髪の少女を見つめながら、榊は頷いた。たかだか15、6歳の娘に一体何があるのか想像がつかなかいため、不思議でたまらないのだろう、小さく首をかしげる。
『星』
捜査一課の腕章をした初老の男が二人の元へやってきた。
『ああ、課長クラスの君もここに来ているとは、よほどの事件だな』
『すっとぼけるな、公安がここに来るとは…また何か妙なものを嗅ぎつけたな』
『さあ、どうかな…それより、ここで何があったかのか教えてくれないか』
苦み走った男の顔を面白そうに見つめ、星は囁く。
『悪い様にはしない、私達が知り得た情報も君達に流すと約束しよう…ずっと前から我々と捜査一課はそうしていたはずだ、だろう?』
『…ったく、得体の知れない男だ』
特徴のない顔に笑みを浮かべる星を見て、男は苦々し気に呟いた。
『わかった、話そう…だが今の所たいしたことは喋れん、俺たちもまだ正直事態を把握できていないんだ』
『知っていることだけで結構だ、あの外にあった死体は?』
『「肉片」じゃない方は暴力団員の末端だ、そして「肉片」の方はまだわからん鑑識が調べている所だ』
『あなたの見立ては?』
『さあな、あんなのは見た事がない…だが熊か何か凶暴な動物の仕業だろう』
初老の男は肩をすくめた。長年刑事として勤めてきたが、初めてのケースに明らかに動揺している。
『ここで何があった』
『抗争だ』
『あの少女は被害者か』
『いや、通報者だ中学生の少女達がこの店に運ばれていくのを目撃して通報したらしい』
『ほお』
星は己の口元を軽く撫でた。
『ここはマル暴が以前からマークしていた店だったな…裏で人身売買を行っていると』
『ああこの店には「地下」がある。そこで「顧客」とやり取りしていたらしい』
『案内してくれ』
刑事は肩をすくめ、ついてこいとでもいう様に右手を軽く振った。店の入り口近くにある階段で三人は地下に下りていく。
『ここだ…まだ鑑識も入っていない荒らすなよ』
『これはひどい』
榊が思わず声を漏らす。
地下は薄暗く、全面薄汚れたアスファルトで覆われていた。その壁や床に所々黒い染みがある。
『ここで拉致した中学生を売買し、暴行を加えていたらしい』
『通報した少女はそれを?』
『ああ、被害者の少女は裸で天井から吊り下げられていた。そして成人男性二人が鋭利な刃物を持って、少女を切り刻もうとしていたところを見たと言っている』
『「特殊嗜好」の客ということか』
星の言葉に初老の男が頷いた。
『ひどすぎる』
榊が思わず零す。星は地下室を舐め回すように観察し、壁近くに設置されたビデオカメラを指さした。
『おそらくあれで一部始終を撮影しようとしたのだろう…記念かあるいは…』
『加害者の男性二人はどうなったんです』
一人呟く星をよそに榊が刑事に質問する。
『ああ、警察が到着する頃にはここで倒れていた、瀕死の状態でな』
『一体誰が?』
『目撃者は自分の仕業だと言っている』
星と榊の顔が同時に驚愕のそれに変わる。刑事は大きく息を吐いて頭を掻いた。三人はしばらく沈黙する。
『まずはマスコミを黙らせることとするか』
沈黙を破り星が呟いた。
『できるのか?』
『我々ならね…もう少しこの現場を見させてもらうよ』
自信ありげな星の表情を見つめ、言外の意味を読み取ると、渋い表情で初老の男が頷いた。
『ああ…余計な真似はするなよ』
そう言って、刑事は背中を向け地下室を離れる。その姿が完全に消えるのを待ってから、星は壁の方へ向かい、おもむろに手を這わす。
『何かあるんですか?』
『我々の情報元が確かならな』
いたる所に染みがある以外壁には特に変化はなく、星は肩をすくめ壁から離れる。だがすぐに何か思いついたのか天井を見上げ口元を緩めた。つられて榊も天井を見上げ、剥き出しの電灯を見つめ何かに気づく。
『黒いスイッチがありますね』
『ああ、それだ』
星がベルトに手を入れ特殊警棒を引き出す。星の短く鋭い振りで、軽量で伸縮性の警棒が一気に伸びた。それを天井にかざし、スイッチを押す。機械の振動音が起き、ちょうど階段の真正面にあたる壁の中央に光の割れ目が生まれ、広がっていく。そして二人の目の前にもう一つの部屋が現れた。
『これは…』
『やはりな』
部屋に近づき、満足気に呟く星。15㎡ほどの広さの部屋は無機質な壁に囲まれており、その中央には手術台が置かれていた。
『拉致した少女をここに連れてくるということは…臓器売買でしょうか』
『いや、麻酔器や心電図モニターなどの付属物が一切ない、これは手術室を模した一種の祭壇だよ』
『祭壇?』
星は手術台の奥にある壁を指さした。榊は一瞬落書きか何かだと思ったが、よく見るとそこには一筆書きの三角形が描かれている。
『五芒星?』
『悪魔教だよ』
目を丸くして榊は星を見つめる。目を細めながらそれを面白そうに眺める星。
『榊――ここから先、私が喋る事は他言無用だ、いいな』
『一体…いえ、了解しました』
『よろしい』
手術台の端をパンパン、と叩くと、星は五芒星の前に立つ。それがひどく自然でしっくりくることに榊は軽く驚いて、眩暈を感じた後の様に一瞬目頭を押さえた。
『我々が今情報収集している宗教団体の中に、悪魔を崇拝し、その力を得ようとしている団体があるのは知っているな』
『…耳にしたことはあります』
公安はそれぞれの職員が秘密裏に仕事を行うため、仲間内で情報を共有することはない。あるとすれば遠まわしな思わせぶりの噂か、潜入していた職員が殉職した場合の情報開示の際だけだ。宗教団体についてはとくに厄介で、潜入した職員があまりにも潜入先で馴染みすぎた場合、流した情報がガセの可能性が高くなる。榊も仲間の冷笑を含む噂話で耳にしたくらいだ。
『どんな内容を耳にした?』
『かつて諸外国で暗躍していたカルト集団を模倣した集団が日本に存在していると。だが実際は構成員の大半は悪魔の力を得るという建前で、己の欲望を満たす儀式を行っている富裕層だと聞きました』
『まあ及第点だな…その儀式の内容は』
『かなりひどいものだとは聞いていますが、詳細は知りません』
『まだ性交渉の経験のない少女を犯し、そして食らう、悪魔の力を得るためにな』
絶句する榊。
『食らう…とは』
『文字通りのことだ』
そう言って星は右手で何かを口に放り投げるようなジェスチャーを行った。口を抑える榊。
『そんな…そんなことが』
十数年修羅場を渡ってきた男でもさすがにこの話は衝撃的過ぎた。しばらく茫然とその場に佇む。その様子を無表情に眺める星、肩をすくめると独り言の様に会話を続けた。
『この手術台で行為に及び、そして目撃者の証言通りならあの部屋で切り刻もうとしたのだろう』
星は榊に近寄ると、その肩を軽く叩く。怒髪天を衝くという言葉があるが、榊はまさにその状態だった。髪を逆立てんばかりの怒りの形相で五芒星を睨んでいる。
『怒っているのか…まあ無理もない、この話を聞いて冷静でいられる奴はどこにもいない』
飄々とした様子で星は言葉を続ける。
『これが自分の娘だったら、あるいは妹、または大切な人だとしたら、もしくは自分自身が女性だとしてそうなったとしたら?』
『許せません、他人だとしてもこれは…』
『そう人の尊厳を奪うおぞましい行為だ、己より弱いものを凌辱し人生を奪った上になおかつ辱める…永遠に地獄に堕ちたとしても生ぬるいと思わないか』
榊は頷いた。
『彼等はその行為を儀式という名目の元行っている、単に己の薄汚い欲望を満たす糞どもがな…悪魔になる価値すらない』
星は内ポケットから携帯を取り出した。そしてどこかに発信すると、耳にあてしばらく待つ。
『星です、もうお聞き及びでしょうが風俗店の殺人…ええ、フタフタマルマル(22時00分)を持って我々公安が捜査指揮を執ります、鑑識を残し、一課とマル暴は退去、マスコミの報道規制を行います』
公安の力は広範囲に及ぶ。星は携帯を内ポケットに戻すと榊に重々しく告げる。
『悪魔教の実態は我々しか知らない、この隠し扉の事は私と君二人だけの秘密だ。わかったな』
『隠蔽ですか』
『泳がせるんだよ、悪魔教の情報がもっと必要だ…力を得るためにな』
『力?』
『「この一連の行為の関係者に相応の罰を今すぐにでも与えたい」君はそう考えているんだろう?それは私も同じだ。だが考えてみたまえ…あのバラバラに引き裂かれた肉片、そして目撃者の証言…この事件には人知の及ばない何かが関わっている、それは確かだ。それが何か確認するためには時間が必要だ』
『しかし…』
『悪魔教のことは隠蔽した状態で、暴力団による誘拐、拉致監禁の情報は今後マル暴に流す。そして我々は秘密裏にこの教団の捜査を行う…いいな』
逡巡している榊に向かい星は言葉を続けた。
『こういうおぞましい犯罪を一掃する力を得たいと思わないか、榊』
榊はゆっくりと頷き、そうして五芒星を怒りのこもった表情で睨んだ――