アンダーカバー(大人悪魔ほむら×大人さやかシリーズ) 作:さんかく@
人事異動
不夜城と言われる警察庁のビルの一角で、男は執務席に座り待っていた。視線は机の中央にある携帯に向けられている。足を組み、両手を拝むように合わせ顎をのせている。
トントン、とノックの音がした。
「どうぞ」
ドアから現れたのは、制服を着た男性、だがもちろん巡査ではない、胸に掲示された階級章が示すのは「警視正」。おもむろに男は立ち上がる、階級はあきらかに制服を着た側が上だった。
「こんな時間にいかがなされました」
警視正は男の質問に答えず、真正面に向き合う様に立つと、重々しく告げた。
「人事異動だ星、今この時点を持って君が駒にしている美樹さやかを〇県警人事課預かりとする」
男の目が見開かれた。しばらく男と警視正は睨み合う。
「一介の警察官の人事異動に警視正が介入されるのはおかしな話ですね」
「口の利き方に気を付けることだな、星」
圧倒的威厳。その眼光は鋭く、普通の人間なら睨まれただけで委縮し動けなくなるレベルだが、男――星は肩をすくめると平然と微笑み返した。
「では正直にお尋ねします。何故、警視正は彼女を公安から奪おうとするのです、この任務に彼女ほどの適役はいないというのに」
「公安からではない、君から奪うのだよ。君のその薄汚い野望から『我々』は彼女を守らねばならん」
「ほう、薄汚いと、私の仕事をご存じなんですね」
「10年前公安に異動した刑事…確か榊といったか、彼を君の影武者代わりにさせているそうじゃないか、名前を偽らせ、人事課で秘匿の美樹さやかの人事記録を入手、そして彼女を監視対象の団体へ潜入させた…それだけでも越権行為だ十分処分の対象になる」
「異動はお断りします」
「それはできない、これは命令だ既に『上』からのお達しも〇県本部長に下っている」
は、と笑うように息を吐き、星が警視正を睨んだ。
「用意周到ですね、いいですか、我々の目的を知れば――」
「超自然現象を扱っているのは君だけではない」
星の言葉を遮り警視正は畳みかけるように言葉を続ける。
「……ほう、それは興味深い」
一瞬驚いた様子を浮かべた星はすぐに口元を緩め、警視正を見つめた。まるで挑む様に。。
「我々(公安)もまだ知り得ぬ世界を警視正殿は知っておられるということですか、でしたら是非…」
「黙れ」
ただならぬ怒りを滲ませ光る警視正の目。その双眸の持つ威圧感にさすがの星も圧倒されたのか、今度こそ殊勝な様子で黙り込んだ。
「私は今ここで君をクビにすることができる、いいか今すぐにだ」
「……わかりました」
はあ、と長い溜息をついて、星は椅子に座り込むその表情からは一切の感情が消え、彼が何を考えているのかわからない。机の上にある携帯を手に取り操作すると耳にあてる。
「…星だ…何…そうか、いや、君の処罰は後回しだ、それより美樹さやかを解放する…ああ、ただいまを持って人事異動が発令された」
携帯を机に置くと、星は警視正を見上げた。
「我々は今まさに『あり得ない力』を持つ者を捕獲していた、そしてそれを目の当たりにしている、だがそれを全て放棄しろと?」
「君のしていることには一切干渉しなかった、だが美樹さやかが関わるとなると別の話だ。彼女を解放することで、君達がどんな損害を被ろうとも我々には一切関係ない」
「世界を変える力やもしれないのに?」
「ほざけ小僧」
地の底から響く様な声。
「その力を得る権利が君達にあると?彼女に目をつけたのは我々が先だ…覚えておくんだな」
「警視正殿は一体どこまでご存じなんですか『力』について」
「…あとの手続きは〇県警本部の人事に任せる、追って沙汰を待つといい」
星の質問には答えず警視正はそう告げると背中を向けた。ドアから彼が出て行くのを見送った後、星は両手で頭を抑え、そうしてしばらく宙を見つめていた――
*****
特殊警備服に身を包んだ男は参事官が今まさに『実験』を行っていた部屋へ向かう。あの正体不明の黒づくめの女が現れてからおそらく数分は経っている。まさかとは思うが――
バン、と大きな音を立ててドアが開く
「参事官、無事ですか」
大きな声をあげ9㎜自動拳銃を構えながら男は部屋へ突入した。
「これは…」
思わず男は呟く。目の前には口から血を流し床に座り込んでいる星。そして焼け焦げたPC等の機器類、何か大きな力で真ん中から真っ二つに折り曲げられた手術台。
「一体何が…」
さすがの男も絶句する。ちょうど真正面の壁に寄りかかる様にして星(榊)が口元を抑え立っていた。
「どうしたんですか、参事官、美樹は――」
と、途中で男は耳に手を当てる、イヤホンから部下の声が聞こえた。
『――女と美樹さやかが屋上へ』
踵を返し、ドアへ向かう男、だが榊がそれを制止する。
「待て、追うな」
「しかし、このまま逃走されては」
「構わん」
ごほっ、と咳と共に血を吐きながら、榊が顔をしかめた。
「美樹さやかに人事異動が発令された、現時点を持って対象者から外れる」
「……わかりました」
さすが特殊部隊を束ねる長といったところだろう、隊長である男は表情を変えることなく無線機で部下に指示を下す。
「全隊員に告げる、美樹さやかはただいまを持って捕獲対象から外れた、追跡の必要はない、繰り返す追跡の必要はない」
イヤホンから複数の隊員の了解の声が聞こえ、男はふう、と息を吐く。9㎜自動拳銃を下ろし、もの問いたげに榊を見つめた。ただ肩をすくめる榊。ゆっくりと左手をあげると何かを放り投げる。
コツン、と軽い音を立てて、シークレットイヤホンが床に落ち、そしてそれはしばらく回転を続けていた――