アンダーカバー(大人悪魔ほむら×大人さやかシリーズ) 作:さんかく@
「あれで良かったの?」
ごお、と風が吹き、ほむらの長い黒髪が揺れる。一瞬その美しい顔をしかめ、右手で耳元を抑えると、再び尋ねるようにさやかを見上げた。
「ん、いいわ…本当はあいつを殺したかったけど、本人じゃないから」
先ほどまで殺気に満ち満ちていた蒼い髪の女性は、今は比較的穏やかで。ほむらはほんの少し誰にもわからない程度に口元を緩めて。
「やつれ切ってひどい顔ね」
さやかは何も答えず、代わりに歯を見せて笑った。そうして吹き上げてくる風を見下ろす。
時間を止めて、榊から聞けるだけのことは聞いたさやかが真っ先に行ったのはあの部屋のPCの破壊だった。モニターや機器類も全て破壊した。
『私の「力」の事を喋りたければ喋ればいい、どうせ誰も信じない…けど彼女の事を一言でも喋ったら私はあんた達を許さない』
『もし喋ったら?』
『無理ね』
ほむらが囁いた。妖しくアメジスト色の瞳を輝かせて。
『あなた達の記憶はこれからゆっくり「微調整」されていく…例え映像データが復旧したとしても、もう私とは結び付かないわ、せいぜい他人の空似くらいね』
観念したように榊は唸り、そして俯いた――
風がさやかの髪を吹き上げた。眼前に広がるのは高層ビルの街並み。屋上の縁に二人は寄り添うように立っていて。
「これからどうするの」
「やるべきことをやるのよ、ようやく…それがわかったみたい」
「そう…」
美しい悪魔の横顔をさやかはちらと見つめ、そうして目を細めた。
「ありがと、ほむら」
「礼には及ばないわ」
ふ、とまたさやかは笑う。この世界で一番無愛想な友はきっと――
「だって」
「え?」
「貴方は私の犬だもの」
そうして今度こそ完全にさやかから顔を背けるほむら。
破顔するさやか。だがすぐにその顔は驚愕に変わる。手をほむらに掴まれ、引っ張られたからだ。
「え?ちょ、ちょっと!」
視界がぐらりと傾き、高層ビルから遥か下方の地面へと移る。ひい、と変な声を漏らし、バタバタと手を泳ぐように掻くさやか。傍から見れば世にも美しい女性がスーツ姿の女性をあの世へ道連れにしようとしているようにも見えるが、あいにく屋上には輸送ヘリがあるだけで人はいない。
「たまには刺激的でいいでしょう?」
「何が刺激的よ!わ、わ、」
珍しく快活な悪魔の笑い声を近くに聞きながら、必死にバランスを取ろうとするさやか。さすがに魔法の力を有しているとはいえ、彼女は空を飛ぶことはできない。とするとやはり頼るのは――さやかが縋るようにほむらに抱きつこうとしたその瞬間、悪魔はがっしりと鞄持ちの身体を抱きしめ、そして共に落下した。
見開かれるさやかの目
笑う黒髪の女性
その瞬間の黒髪の女性の笑顔をさやかはこの先忘れることはなかった、何故ならまるで、魔法も魔獣も何も知らない頃の様に無邪気で――
そしてとても可愛かったから
奇妙な叫び声を上げながら、さやかは黒髪の女性と共にビルを落下していく。が、ちょうどビルの半分を過ぎたあたりで悪魔が背中から大きな黒い羽根を生やし、二人は舞い上がった。
「あ、あんた、私死ぬかと、もう!」
半泣きで支離滅裂な抗議をする鞄持ちを抱きかかえながら、悪魔は愉快に笑う。
「あら、興奮した?」
「…!」
「ほんと馬鹿ね」
真っ赤になるさやかを横目で見つめながら、ほむらは羽根を羽ばたかせる。勢いよく空へ空へと。朝日が二人を照らし出す。
美しい悪魔がさやかに何か囁いた。縋りつく蒼い髪の女性はそれを聞いているのかいないのか、ただその腕は必死といわんばかりに悪魔の腰を抱きしめていて。悪魔は口元を緩めながら、鞄持ちの顔に己の顔を近づけた。
光を浴びシルエットになった二人の顔はひとつに重なって、そうしてしばらくそのまま空を飛んでいた――