アンダーカバー(大人悪魔ほむら×大人さやかシリーズ) 作:さんかく@
「ったく、牧の奴余計なこと喋りやがって」
元上司の悪態をつく声で現実に引き戻され、さやかは笑う。この強面の初老の男に彼女はいたく懐いているようで。
「もしかして…主任、私が監禁されていた現場にも向かいましたか」
「当たりめえだろ、まあ…捜査一課に先を越されたがな」
「でもどうして」
「おめえみたいに何しでかすかわからん部下を放っておけるか」
「今は部下じゃないですよ」
「元部下だろうが、俺の部下だ」
両腕を腰にあて、諭すように語る岡山。まるで娘に言い聞かせる父親の様だ。
「それに、例の現場にも行ってみたが、ひでえ有様だった」
「マル暴も動いたんですか」
「暴力団の経営する店だからな、当然だ…関係者から話は聞いた、大変だったな」
「関係者?」
驚いた表情を浮かべるさやか。
「細田あおいだよ、俺たちが以前ガサ入れした時に暴力団員の部屋にいたイロ(愛人)だ」
「あの子が」
「ああ、確かお前が取り調べをしていたはずだ…不思議な縁だな」
「そうですか、今は――」
「取り調べ中だ、証言に協力的なので勾留はしない」
「よかった」
ほおと息を吐くさやかを見下ろし、岡山は厳かに言った。
「あの時の事件もう吹っ切れたようだな」
「いいえ、全然です。ただ――」
さやかが目を細めた。
「思い出しても以前より苦しくなくなりました」
「馬鹿野郎、それが吹っ切れたって言うんだよ」
「美樹巡査長」
本部長室のドアの前に立っている人事課職員が声をかける。
「ほら行けよ」
「はい…主任」
「なんだ」
「私、またマル暴を希望します」
「勝手にしろ」
右手でさやかを追い払うような仕草を取ると、岡山はそのまま背中を向け廊下を早足で歩きだした。その背中に一礼し、さやかは本部長室のドアへと向かった。
「辞令の受理の手順は大丈夫ですか」
「大丈夫です」
昨日受け取ったばかりなので――そう心で呟き姿勢を正す。
「美樹さやか巡査部長」
ドアの向こうから人事課長の声がした。すかさずドアを開ける係員。
「はい」
凛とした声でさやかは元気よく返事をし、そして颯爽とドアの向こうへと歩き出した。
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男はそこそこの社会的地位を築いてきた。妻は資産家の出だったし、子宝にも恵まれた。高級住宅街に邸宅を構え、今では会社と家の往復だけの人生になったが、それでも満ち足りた生活を送っている――そう男は思っていた。
「あなた食事が出来ているわよ」
「今行く」
出勤の準備を整え、男は階段を下り台所へ向かう。ピンポン、と家のチャイムが鳴った。
「変ね、こんな朝早くから」
妻が玄関へ向かっていくのを見て、何故か男は胸騒ぎがした。今朝は何かが違う。ちょうど階段を下りた先、妻の後ろ姿とスーツ姿の二人の男が見えた。二言三言何か話すと、妻は戸惑った様子で首を振る。何事かと心配した成人した子供達も玄関へと集う。男は震える手で階段の柵を強く掴んだ。妻の肩越しにスーツ姿の男と目が合った。
「〇〇さん、〇県警捜査一課の者です、署までご同行願えますか」
その声を合図に、視線が一斉に男に注がれた。不安そうな妻と子の目、そして険しいスーツ姿の男の目。
「一体どうして?何があったんです?」
「8年前に起きた見滝原市〇〇ビル風俗店殺人事件、そして見滝原市における少女失踪に関わる容疑です」
妻が悲鳴をあげた。怯える子供達。ああ、ちょうど『あの時』の少女と同い年だと男はぼんやりと考えながら、男はよろよろと残りの階段を下りる。それはまるで残された人生の時間の様だった――。