アンダーカバー(大人悪魔ほむら×大人さやかシリーズ) 作:さんかく@
見滝原○○ビル風俗店殺人事件――
8年前に起きた見滝原市史上かつてない凄惨な事件だと言われている。それまで平和だった街があの事件を境に一変したともいわれるほど。
「…あの事件の仏は7名。風俗店の「店番」をしていた暴力団員と、資金繰りに「商品」を売買しにきた別の組織の暴力団員、そしてホスト」
星の持つレーザーポインターがスクリーンを照射した。課長室一面に広がるスクリーンに、アスファルトに散らばったゴミの様なものが映る。
「……ガイシャの肉片だ、まるで獣に引き裂かれた様だ」
そして、と言葉を続け、星の持っているポインターが軽く上下に動く。画面に巨大なねじれた雑巾の様なものが映った。
「これもガイシャだ、あり得ない方向へ身体が捩じられている」
星は一旦説明をやめ、向かい側のソファに座っている蒼い髪の女性を見つめた。黒い野暮ったいスーツを着た細身の女性は、顔をスクリーンへ向け、くいいる様に映像を見つめている。顔には感情らしきものは一切消えていた。
「通報者は当時高校生だった君だ、美樹君」
さやかはただ映像をくいいるように見つめている。星は気にせず言葉を続けた。
「通報者も、そしてガイシャである暴力団員に誘拐・監禁されていた女子中学生も未成年であったため、取り調べについては比較的緩かったはずだ。そして、そこにこそ「落とし穴」があると「我々」は見ている」
「……何故、今更この事件の話を私にするのですか」
さやかが星の方へ顔を向けて尋ねる。
「何か困る事でも?」
「尋問されているようです」
「まさか、部下を尋問する気はないよ」
口元を歪めながらも目は全く笑っていない上司を蒼い髪の女性は見つめる。星はソファから立ち上がり、さやかの前に立ちふさがった。
「あの事件で語られていないこと、特に「地下」で起きていたことを詳しく話して欲しい。君はまだ何か知っているはずだ」
「あの時、全て警察に話しました、あれ以上のことはありません」
「そうかな」
さやかを見下ろしながら、星は左手を動かしスクリーンの画像を切り替えた。スクリーンに映っているのは、裸体の少女。さやかの目が見開かれた。
「これはあの時地下で押収されたビデオに映っていた映像だ」
灰色の薄汚れた壁に囲まれた部屋に、天井からつりさげられた二本の鎖。裸体の少女はその鎖に手首を繋がれていた。傍に上半身裸の男が二人いる。手には解体用の鋭利な包丁。男達を見上げる少女の瞳は虚ろで、何も捉えて無い様だ。音声は入っていなかったのだろう、男がこちらに向かって何か喋っている。興奮状態だ。そこで映像が止まった。
「あの店の地下は、ある特殊な嗜好を持つ顧客のためのステージだ。暴力団が資金繰りに提供する少女を――」
ガタン、と大きな音が鳴った。星がぎょっ、とした様に後ずさる。いつの間にかソファに座っていたはずの蒼い髪の部下が立ちあがっていたのだ。目線がほぼ同じで目と目が合う。ほお、と星が声を漏らした。
「…それが君の本性か、美樹さやか」
蒼い髪の女性の顔は豹変していた。垂れ気味だった目が獣の様につり上がり、そして彼女の空の様な瞳はどろりと死んだ魚の様に濁っていた。まるで別人だ。
――それでいい
男は思った。そうなのだ、この顔こそが、人事課の調書に映っていた彼女の顔なのだ。「悪を撲滅したい」と思い詰めた目で面接官に言い放った時の顔。男はこの顔こそが蒼い髪の女性の本性だと思っている。まるで幽鬼の様に美樹さやかは星を睨み続ける。だが星は動揺することなく言葉を続けた。
「やっと本性があらわれた様だね、思ったとおり、君は怒りが頂点に達すると凶暴化する様だ。だが…それがいい。アンガーマネジメントなるものがビジネスの世界を拠点に再び流行り始めているが、君はそれをする必要は無い、何故なら」
予備動作もなく星はいきなり両手を突き出した、虚をつかれさやかは簡単に突き飛ばされる。再びソファに転ぶ様にして座りこんだ。
「君は今からその怒りを武器に「ある組織」に潜入してもらう」
「……組織?」
さやかのどろりとした瞳に再び澄んだ光が戻ってくる。ほお、と星が感嘆の声をあげた。
「すぐに元に戻れるとは、だいぶコントロール出来る様だな、まあ、どちらにせよ「我々」に取って君の精神状態などどうでもいいのだが」
――糞の様なところだ
岡山の声がさやかの脳裏に浮かぶ。腕を組みながら星が顔を近づけてきた。笑っているはずなのだが、まるで能面の様に表情が無い。
「正確には「組織」を探してもらう…だな。この8年間「我々」が探し続けている組織を君に探し出してもらい、そして潜入してもらう、最終目標はその組織の撲滅だ。その為にはいくら調査費を使っても、連絡員を飼っても構わない」
さやかが露骨に顔をしかめた。連絡員を飼う――そうなのだ、公安は調査のために「連絡員」と称した組織の内通者を囲うことができる。それは時にはその組織の長の妻だったり、あるいは愛人だったりもする。正になんでもありだ。今更正義感を振りかざす訳ではないが、それでもむかむかとした吐気がさやかに起きた。
「何故、私に」
「だから言っただろう、適任だからだよ」
星が左手を動かした。映像が動き出す。さやかの目が見開かれた。音声は入っていたのだ、しかも効果的に。少女の悲鳴が課長室に響き渡る。さやかは目を逸らさない、ただ一心に目の前の映像を見つめる。逃げないで全て見つめるという己に課した使命のために。目を逸らさない蒼い髪の部下を星は満足気に見つめ、そうして宣告した。
「再びあの地下室へ行って、特殊嗜好の客を「装った」組織の情報を掴むんだ、美樹さやか君」
* * *
「あの地下に?」
携帯の向こうの相方の言葉を、暁美ほむらは信じられないとでも言う様な表情を浮かべ聞いていた。
『ええ、今日潜ることになるわ…だから悪いけど遅くなる』
「大丈夫なの?」
『……』
「どうしたの?」
『いや…あんたが遅くなるって言っても怒らないから…』
フ、と黒髪の女性は口元を緩め、さも優しげに微笑んだ。つい最近見せる様になった優しい笑顔。
「あら、そこなの?問題は?」
『違うけど…ドア締めきったりしない?』
とうとう堪え切れず黒髪の美女は笑いだした。相方のこういうお間抜けなところが、たまらなく好きなのだ。ニイ、と口元を歪めながらほむらは囁く。
「締めきったりはしないわ…けど」
『けど?』
「昨日の続きはしてあげない」
携帯の向こう側で、ぐ、と息を止める音が聞えて、ほむらはさも嬉しそうに笑う。そうしてすぐに真顔に戻った。
「ねえ」
『何』
「辛かったらすぐに逃げなさい」
『え…』
「貴方が警察にそこまで義理だてする必要は無いわ、それにあの事件は貴方の所為じゃないし、魔獣が関わっているにしても、結局は「人間」の――」
そこまで言って、はあ、とほむらはため息をついた。そうしてしょうがないとでも言う様に目を瞑る。
「…と言っても貴方は行くんでしょう?美樹さやか?」
『もちろんよ』
もう一度大きなため息をついて、ほむらはやれやれと言わんばかりに首を振る。
そうして小さく、とても小さく携帯の向こうの主に囁いた。
――気をつけて
と。
* * *
その店がちょっと昔はかなりヤバめの店だったということを、細田あおいは知っていた。正確にはセフレである暴力団の男から教えてもらっていたのだ。
「よお、あおいちゃん~ここにも酒くれよ、ついでにこれさせてよ」
真っ赤なソファに座った軽薄そうな男が、あおいの胸の前あたりで手を動かす。あおいは腰に手を当て男に言い放った。
「マジサイテー、自分のものでも揉んでたら?」
どっ、と周囲に笑い声が起きた。客は皆男だけだ。「喫茶店」という名目で昼から営業しているこの店は、夜になると「喫茶店」で働いているメイド服のウエイトレスと合意の上でならどこまでもいけるという非合法の風俗店だ。いずれ警察に摘発されるだろうが、それまではなんとか稼ぐつもりであおいは働いている。茶髪でロン毛、そしてメイクのおかげか人形の様な美しさを持つあおいはこの店で人気№.1だ。
「ったく、まだ昼の営業なのにさバカじゃないの?」
ぶつくさいいながら、メイド服の格好であおいはカウンターに戻る。カウンターにはあおいと同い年くらいのメイド服の女性が二人いた。シェーカーを振りカクテルを作っている。奥のキッチンには中年の男が料理を作っていた。昼はいたって普通の喫茶店で、事情を知らずに来る客も多い。
「しっかしさ~ここって、昔、すっげえ事件起きたとこなんだよね?」
先ほどの軽薄そうな男があおいに喋りかける。辟易した様子であおいは男を睨んだ。どうやら常連客らしい。
「ちょっと…その話しやめなよ、タカシに怒られちゃう」
タカシとはあおいのセフレで暴力団員のことだ。この店の「番人」だ。つい最近、二人とも警察で取り調べを受けたが、すぐに釈放されていた。
「え~なんでさ?すっげえ殺人事件だったらしいじゃん」
ざわ…と周囲の空気が固まっていく。いるのだ、時にこの様に空気を読まずに周囲を不愉快にするタチの悪い輩が。その本人は全く周囲の空気に気付かず、得意げに喋り続ける。そうして不愉快の頂点に達した瞬間、店のドアが開いた。皆が一斉にドアの方へ振り向く。そこには野暮ったいスーツを着た長身の蒼い髪の女性がいて。珍しく女性客だったことと、そしてその女性が美しかったため、周囲から誰が漏らしたか、ほお、と感嘆のため息が漏れた。カウンターにいたメイドが「いらっしゃいませ」と声をかける。
「もしかして貸し切り?」
愛想よく笑いかけてカウンターに座る女性は、とても魅力的で、メイドの心も奪ったらしく、シェーカーを置いてメイドは女性に話しかけた。
「いえ、大丈夫です、何を注文します?」
「そうねえ…」
コーラを頼んだ女性を背後から、あおいが不思議そうに呆けた様に見つめていた。
「おい、あおいちゃんどうした?あの綺麗な人と知り合い?」
軽薄そうな男があおいに尋ねると、あおいは「違うわ」と顔を向けずに囁いた。ふうん、と首をかしげながら、男はグラスを口にして背中を向ける。
だが、あおいは知っていた、蒼い髪の女性を。
何か面白いものを見つけた様に、あおいの瞳は輝いた。そうして軽やかに、カウンターに座っている蒼い髪の女性に向かって歩き出した。
潜入捜査することになったさやか。
後半登場する女性、細田あおいは…実は既に登場している人物です(短編集)