アンダーカバー(大人悪魔ほむら×大人さやかシリーズ) 作:さんかく@
だいぶ日が高くなった頃、二人はかつて何年も通った見滝原中学の通学路を歩いていた。お互い特に示し合わせた訳でもないのに、事件や魔獣との戦いが終わった後は必ずこの道を通る様になっていた。戻りたい願望がそうさせているのか、それとも何か別の感情が働いているのか、とにかくこの道を歩くことが心地よいと二人は今日もそうしている。
「疲れたわね」
珍しく黒髪の女性――ほむらはぽつりと本音を呟いた。いつもの様に右手で長い黒髪を軽く梳いて。
「あんたの力をたくさん借りちゃったからね」
さやかは申し訳なさそうに呟く。無理もない、今日はさやかの元上司である男の正体の見極めから、二人の女性の記憶操作まで行ったのだ疲れないわけがないのだ。さやかは右の手のひらを見つめる。そこにはまだ彼女から分けてもらった力の波動が残っていて。
「でもおかげで助かった…あんたの力が無いと何もできなかったわ」
「いいわ別に…私も暇だったし」
そう言って、ほむらは足早に歩き出した。その保有する力とは全く反比例している様な華奢な後ろ姿をさやかが見つめていると、ふいに彼女が振り向いて。
「おいていくわよ」
慌てて追いかけるさやか。黒い喪服の様なワンピース姿のほむらと黒のパンツスーツ姿のさやかが並ぶ。しばらく沈黙が続いていたが、ふいに何を思ったのかほむらが口を開いた。
「不思議ね」
「え?」
「私は…ずっと、もうずっと前からまどかの事だけ考えて生きてきた、なのに貴方は」
美しいアメジスト色の瞳がさやかを捉える。
「自分以外のもの全てにおせっかいを焼くのね」
「それは…たぶん性質の様なもんでしょ、あんたはそれだけ一途ってことよ」
「そうかしら」
「そうよ、それに…あんたの言う通り、これはおせっかい、正しい事なのかわからない、ただ私が…」
少しだけさやかの顔が曇る。そう放っておけなかったのだ、あの忌まわしい事件の為に少女から女性へと成長しても未だかつてその過去に苛まれている女性も、娘を失い心を壊してしまった女性も。もしそれを救うことができれば――
「私は好きよ」
「え」
「貴方のおせっかいすぎる優しさ…きっと彼女達ももう悪夢に苦しめられることはない、それが一番大事なことじゃないかしら…正しい正しくないかなんて関係ない」
「うん」
「それと…もう大丈夫そうね」
それが何を意味するのか、ワンテンポ遅れて気づくと、さやかは嬉しそうに微笑んだ。
「思い出すのが苦痛じゃなくなったわ」
「そう…」
良かったわね、と聞こえないくらい小さな声で悪魔は付け足した。
破顔するさやか。そうして、心を込めて黒髪の女性に囁いた。
「ありがとう…ほむら」
ほむらはただ肩をすくめ、顔を背ける。照れ隠しだ。しばらくそんな美しい悪魔の横顔を嬉しそうに眺めた。
「私、あんたと会えて良かったわ」
「私は貴方と会ってから悩まされっぱなしなのだけど」
二人の言葉の持つ含みは重い。それは幾度となく周回を超え、悪魔と化した女性と高次元の世界で鞄持ちをすることになった女性の遠まわしの和解の言葉。それが当たり前の様に交わすことができるようになったこの日常が嬉しくて、さやかはつい口元を緩める。そんなさやかの腕をほむらが左手で小突いた。
「あいた!」
「へらへらしてるからよ、まったくお間抜けな顔ね」
「ひど!」
「それより、ここまで力を貸したのだから見返りはあって当然でしょう?」
「あ、それはもちろんよ、ランチ奢ろうかと思ってたんだけど…」
慌てたようにさやかは言う。
「それだけじゃ足りないわね」
「え、じゃあ何がいい?今回はほんとあんたのおかげで助かったんだから、なんでもやるわ」
「なんでも?」
「言いすぎた…!」
口元を抑えるさやか。吹き出すほむら。
「馬鹿ね…じゃあこれでいいわ」
ゆっくりとほむらは手を伸ばす。頬に触れたほむらの手がひんやりと冷たくてさやかは一瞬驚く、もう何度もそうされているがどうにも慣れなくて。だが心地よいのだろう、さやかは気持ちよさそうに目を細めた。そうして近づいてくる美しい黒髪の女性の顔に見惚れながら目を瞑る。
時間止めたから――
耳元でそう囁かれ、そして唇に柔らかいものが押し当てられた。悪魔の唇は温かかった。
たぶん悪夢はもう見ることはないだろう、そう思いながらさやかはほむらの体に手を回した。
もう悪夢は見ない、そう思いながら――
END
こちらまでお読みいただきありがとうございます。
次回のエピローグは後日談的なものになります。
実質的なエンディングはこちらともいえるでしょう。そのためにENDと記載しております。
ではエピローグまで読んで頂ければありがたいです。