※この作品はR-18です。

アンダーカバー(大人悪魔ほむら×大人さやかシリーズ)   作:さんかく@

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終わりそして二人のはじまり
エピローグ


蒼白い月の光には、どこか狂気じみたものがある。と美樹さやかは誰かから聞いたことがある。果たしてそれは傍で気持ちよさそうに眠っている黒髪の女性から聞いたのか、それとも学生時代そんな彼女を理解したいと専攻した哲学の著者の言葉だったのか覚えていない。だが、こんな恐ろしいほど美しい女性が、無防備にその美貌を晒して傍に眠っているのだから、月の光などなくても狂気じみた何かを覚えるのは仕方ないのではないかとさやかは思う。

 

――あら、同性でも有効なのこれ?

 

そう言ってからかうように赤い舌をちろり、と出す黒髪の女性を思い出し、さやかは首を振った。そうしてゆっくりと手を伸ばしと、女性の艶のある黒髪を二、三回梳く。

 

「ん…」

 

横向きに眠っている女性が眉をひそめ、声を漏らす。さやかは慌ててそっと手を離すと、乱れているシーツを女性の胸元まで引き上げ下がっているシーツをかけた。薄い白地のキャミソールと細い白い腕を眩しそうに見つめ、また首を振ると、しばらく惚けたようにその美しい横顔を見つめぽつりと呟いた。

 

「ほんっと綺麗だわ…」

 

一瞬、固く閉ざされた瞼がぴくり、と反応し、さやかがびくっ、と固まる。女性の長い睫毛が震え、そしておさまり静かになる。ほお、と息を吐くと、さやかはゆっくりと身体をずらし、ベッドの縁に座りこんだ。壁一面の窓に夜景が広がり、溶け込む様にタンクトップにショートパンツ姿のさやかを映し出す。その姿を見つめながら寝ぐせ直しに集中するさやか。

 

「眠れないの?」

「わ」

 

さやかが目を丸くする。いつの間にか黒髪の女性が上体を起こし、こちらを見ていたのだ。振り返ると思わずさやかは女性の名を呼んだ。

 

「ほむら…あんた起きてたの?」

 

返事の代わりに女性――暁美ほむら――は黒髪を梳いて、気だるげにヘッドボードに上体をもたれさせた。そうして美しい顔をさやかの方へと向けると意味ありげにじい、と見つめてくる。

 

「な、なにさ…」

 

思わずたじろぐさやか。月の光でほむらの白い肌は蒼白く輝き、やや乱れた長い黒髪とあいまって彼女の美貌を引き立てている。とうとうさやかは視線を逸らした。夜でなければ彼女の顔が真っ赤になっていることが見て取れるだろう。微かに息を漏らすように笑うほむら。

 

「あら、まだ有効なの?」

 

そう言って、右手でキャミソールの肩紐を直すと、肩を震わせてくすくすと笑う。

 

「いや、そうじゃないけど…」

「そうじゃなきゃ、何?」

 

さやかの背中に声を掛けながら、ほむらは上体をおろし、両手を這わしてゆっくりとその傍に近寄ると同じ様にベッドの縁に座り込んだ。月の光の下、仲良く並んで座る妙齢の女性達。

かつて円環の理の鞄持ちであった少女と愛する者のため悪魔と化した少女は成人し、今ではこうして生活を共にしている。昔を知る者がいれば驚く光景だが、生憎それを知る者はこの二人以外はもういない。

 

「…いや、やっぱりそうかも」

 

観念した様に呟くさやか。珍しく声をあげて笑うほむら。ツボはよくわからないが、大抵この美しい悪魔の機嫌が良くなるのは、さやかが情けない表情を浮かべる時か、こんな風に観念して本音を呟く時だ。

 

「変なひと」

 

そう言って、横目でさやかにちらり、と一瞥をくれたあと黒髪の女性は流れるようにさやかの肩に頭をもたれさせた。まるで猫のようだ。

 

「…終わったわね」

 

ほむらの言葉に目を丸くするが、徐々にその目が細められ、さやかは微かに口元を緩めた。

 

「………うん」

 

あの、高校時代から今までさやかを責め苛んできた忌まわしい事件は終わった。忘れることは決してないが、思い出してももう前より苦しむことはないだろう。さやかの中でもうそれは一区切りついたただの事柄へと変質したのだ。顔をあげ、月を見上げるさやか。横にいるほむらもそれに倣う。そうしてしばらく二人はただ黙って月を見上げていた。

 

「ねえ」

 

沈黙を破ったのは、さやかだった。

 

「なあに?」

 

少しだけ甘さを含むほむらの声。

 

「あんた、悪魔になってからいろんなものが見えるようになったって、言ってたでしょ」

「ええ」

「魔獣以外の魔の存在もやっぱりあるの?」

「あるわ」

 

そう言って、ほむらはさやかを見上げた。全ての意味を読み取った様な表情。

 

「…悪魔教のこと気にしているのね」

 

こくりと頷くさやか。

 

「しょうがないひとね」

 

そう囁いてほむらは少しだけ笑った。こういう「夜」は彼女は少しだけ優しくなる。ほむらは頭を上げさやかの肩から離れた。話を聞くためだ。さやかはぽつりぽつりと語り始める。

 

「あの現場を見て、『何か』を感じたのよ、魔獣の気配とも違う何か…」

 

地下室に隠されていた儀式の場、あそこを見た瞬間、さやかは何かを感じ取っていた。だがあの時はそれどころでなかったため、心の隅にとどめて置いていたのだが、落ち着いた今になって非常に気になるものになっていた。

 

「私も感じたわ」

「あんたも…あそこに行ったの?」

「ええ、人間って最低ね」

 

まるで己は人でないように。

 

「…だから、今になって気になるの、悪魔教の大半は富裕層のとち狂った人間の仕業かもしれない、でももし人間以外のものがそこに潜んでいたら…」

 

魔獣ではない何か、星がスーパーナチュラルと呼んでいたもの。この世にはびこる「魔なるもの」は魔獣だけではなく、いろんな形で人に害を為していたのだとしたら――

 

「潜んでいたら、どうするの?」

「戦うわ」

「そうなると、ゆくゆくはこの世界の魔なるものすべてを相手にすることになるかもね…でも、そこまでする理由は?貴方が深追いする意味はあるの?」

 

ゆっくりと己の白い腕をさすりながら、さやかの方を見ずにほむらは囁いた。それを寂しそうな表情で見つめるさやか。

 

「あるわ…理由とか意味とかそういうものはうまく説明できない、けど…私はそうしなきゃいけないのよ」

「愚かね」

 

はあ、と艶のある唇から漏れる長い溜息。しばらく足元のフローリングの床を見つめていたが、何を思ったのかふ、と悪魔は笑って。

 

「馬鹿は死ななきゃ治らないっていうけど、貴方の場合生き返っても治らないのね、ほんと生粋のお馬鹿さんだわ」

「ひど…」

 

力なく抗議するさやかの方を振り返ると、おもむろにほむらは手を伸ばして鞄持ちの額を軽く叩いた。

 

…パチン

 

乾いた音と、額を抑えて目を丸くするさやか。そして目を細める悪魔。

 

「いいわ」

「え?」

「付き合ってあげる、その時はね」

 

流し目でさやかを一瞥した後、ふいと顔を背けるほむら。

 

「ほむら」

 

満面の笑みを浮かべ、さやかは昔幼馴染によくやっていたように、傍にいる黒髪の女性に抱きついた。息を飲む音。

 

「ちょっと…」

「いいじゃん、嬉しいんだもの」

「身勝手ね」

 

さやかの腕の中で強張っていたほむらが力を抜いた。逆に体重をかけてもたれてくる。

 

「貴方のそういう所は治さないといけないわね」

「どんな?」

「人たらしな所よ、だからあの公安の変な男や上層部とやらに付きまとわれるんだわ」

「それは違うわよ…何か思惑が」

「でも気をつけなさい」

 

真剣な面持ちでほむらはさやかを見上げる。

 

「彼は魔獣ではないけれど何か力を持っているわ」

 

星のことだ。

 

「超能力…ってこと?」

「さあ、わからないわ、けれどあれくらいなら問題はないでしょう」

 

それは本当なのだろう、もし問題ありと彼女が判断していたら星はあの時点で消去されているはずだ。記憶どころか彼自身もおそらく「徹底的」に。

 

「あんたがそう言うなら安心ね」

「馬鹿、油断は禁物よ、もし何かあれば」

「わかっているわ、私が警察官でいる限り彼らをマークすることはできる、気を付ける、大丈夫よ」

「やけに強気ね」

「あんたがいるから」

「そういう所よ、まったく…」

 

ほむらが下から腕を伸ばし、さやかの腰を抱きしめると、そのまま軽く持ち上げた。悪魔の力を解放すればこれくらい訳のないことで。

 

「わ、わ!ちょ、ちょっと!」

 

そのままベッドの中央に弾みをつけて仰向けに倒れるさやか。その上にのしかかるほむら。

 

「ちょ、あんたその体勢エロ…あいたあ!同じ所叩かないでよ」

「変なこと言うからよ」

 

だがさすがにここはさやかの言う通りで。タンクトップ姿の女性の上に馬乗りになるキャミソール姿の美しい女性の構図はとても扇情的だ。

 

「貴方がちゃんと答えないと、しばらくこうしているわよ」

「な、何をよ」

「思い出したのよ…」

 

馬乗りになりながらほむらは腕を組むと、さやかを見下ろした。

 

「あの女のひとは誰?」

「え?あ…」

 

さやかの脳裏に細田あおいの顔が浮かぶ。とほむらと目が合って、さやかはひ、と声をあげた。ほむらが妖しい笑みを浮かべていたからだ、まさに蛇に睨まれた蛙。

 

「そう、貴方が今頭の中で思い浮かべたひと」

「ああ、あ、あの子はほら、以前話したじゃない、首に魔女の口づけに似たタトゥーをしている女の人のこと」

「そのひとがなんで貴方とあの場所にいるの?」

「私が騒動を起こした時に助けてくれたのよ、それでたまたま…」

「へえ…その割には貴方を助けるために必死だったわよ、仲、いいのね」

 

さやかはようやくハッ、と何かに気づく。

 

「あ、あんたもしかしてあの子と話したの?」

「ええ、話したわ」

 

黒髪の女性が上体をかがめる。近づく二人の顔。

 

「でも、記憶は消去してないわ」

「え?」

「必死だったからよ、貴方とのことを忘れたくないってね」

「そう…ってあいた…ひたひ、ひたひ!」

 

いきなりさやかの頬をほむらが引っ張る。

 

「まったく、これからは、誰にでも尻尾振るのはやめなさい、いい?」

「はひ、ははったっ、ひゃひゃったっへば!」

 

さやかの情けない顔を見て少し溜飲が下がったのか、指を離すと、ほむらは微笑んだ。

 

「まあ、飼い主の私にも責任はあるわね、それじゃあ始めるわよ」

「へ、な、何を?」

「躾に決まっているでしょう」

 

そう言って、ほむらはさやかの腕を抑えてくる。ひぃ、と変な声をあげるさやか。

 

「ちょ、ちょっと待って」

 

ほむらの手を振りほどこうにも、振りほどけない。フィジカルはさやかの方が上なのだが、力を使うとなると悪魔の力を保有する彼女の方が上だ。

 

「あら、嫌なの?」

「いや、嫌とかではないけど…」

 

目を泳がせるさやか、密着する身体と身体に明らかに過剰反応している彼女を見て、ほむらは肩を震わせる。

 

「貴方には有効なのよね、これ」

 

そう言って、さやかの腕を解放すると、ほむらはさやかの身体の上に覆いかぶさった。気持ちよさそうに目を瞑る。困ったような顔を浮かべながらさやかは悪魔の身体に手を回して。

 

「まあ…今日はこの辺で許してあげるわ、貴方が私のことを褒めてくれたし」

「え…いつ」

「『ほんっと綺麗だわ』」

 

さやかが固まった。身体の上でほむらが揺れる、笑っているのだ。みるみる顔が赤くなるさやか。

 

「あんた…さっき聞いてたの?」

「うっすらとね、面と向かって言ってくれればいいのに、情けないわね」

「……いや、それは、だって」

 

不思議なことだが長い間一緒にいればいるほど、さやかはほむらを意識するようになって。

 

「ほんと馬鹿ね」

 

ほむらが赤くなったさやかの顔を見つめる。

 

「私の犬は」

 

そう言って、ほむらはさやかの口に唇を軽くあてた。

 

――もう忘れましょう?

 

そうして、唇をつけたまま囁くと、今度はその口を塞いだ――

 

 

 

 

 

――ちょっと待って、ねえ、あのひとを助けてあげてよ

――あなたには関係ないわ…あのひとを救えるのはこの宇宙で私だけ、そして…

 

 

 

 

  そしてあのひとは私の――

 

 




これにてアンダーカバーは終了です、お読みいただきありがとうございました。

あおいに対してほむらは何と言ったのか、そこは想像におまかせするということで(何)また後程の長編で言及する場面があれば書きたいと思います。


これからも二人の戦いは続きます。だいぶ書きたい話があるのですが、手が追い付かない所、不定期にまたUPする際にお付き合い頂ければありがたいです。ではでは…
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