アンダーカバー(大人悪魔ほむら×大人さやかシリーズ) 作:さんかく@
相方を心配していないといえば嘘になる。
唇にタロットカードをあてながら、暁美ほむらは瞑想しているように目を瞑る。テーブルに置いてあるコーヒーカップの中味は既に冷めきっていて。艶のある長い黒髪を軽く梳いて、ほむらは目を開いた。アメジストの瞳は妖しく輝いて。細い指先でタクトを振るようにカードを操りテーブルに置く。
THE DEVIL
のリバース…解放の意味だ、これはあの人のことではなく、己の事だとほむらは思った。
――そろそろ私も動きださなくてはならないだろう
世界を改変してから10年、鹿目まどかのことだけを考え生き続けるはずだった。それが今は――ほむらの脳裏に蒼い髪の女性の顔が浮かぶ。
「……犬だと思ってたのにね」
はあ、とため息をついて、ぼそり、と呟く、そうして何か思い出したのか、くっ、くっ、と肩を揺らし笑った。美しい妖艶な彼女がこの様に笑うのは珍しいことだ。ゆっくりと立ち上がり、窓に近づく。街はセピア色の空に包まれていて。ほむらはもたれるようにして、額を窓におしあてた。目を細め、口元を微かに緩める。
「さやか」
ほむらはそっと囁いた。
*******
カウンターで椅子に座っているさやかの横でその女は腰に手をあて立っていた。
「こんな所で会うなんてさぁ、マジ偶然?てかアタシを追ってきたの?」
「え…」
さやかは一瞬、ぽかんと素の顔を曝け出した。それほど驚いたのだろう。
その蒼い瞳が、女を捉えた。茶色の長い髪に、妙に白い肌、そしてメイクで作りあげた人形の様な人工的な美貌がさやかの目の前にある。戸惑う様に視線をスライドさせると、黒と白を基調としたメイド服の下の豊満な肢体のラインが目に映り、さやかは困った様に視線を逸らす。が、ちょうどその女と目が合う。
「……え、と」
にい、と得物を捉えたかの様な得意げで、挑戦的な女の表情。
さやかはその表情をどこかで見たことがある気がした。
「うわ、マジサイテー、あんた覚えて無いの?」
「…」
――まずい
さあ、とさやかの全身の血が引いた。向こうがこちらを知っていて、こちらが向こうを知らない。潜入中の刑事にとって致命的だ。数秒間、さやかは視線を彷徨わせたが意を決した様に、女性を見上げた。
――私に能力が無いだけのこと
「ごめんなさい…覚えてないわ」
しばらく呆けた様に女はさやかを見つめていた。そうして何が面白いのか女は吹き出した。
「ったく…あんたやっぱ向いてないんじゃないの…」
そう言うと、さやかの隣に座った。やけに馴れ馴れしいが、どうやら敵意は持っていない様だ。だが、得体が知れない分、さやかにはそれが怖かった。女は周囲をきょろきょろと見渡すと、さやかの眼前で指をくい、と動かす。顔を近づけろということらしい。不審げにさやかが顔を近づけると、女は己の襟元を乱暴に引っ張って、白い首筋をさやかに露わにした。
――魔女の口づけ
に似た幾何学模様の刺青。
「あなた…」
「思い出した?」
女はさやかの呆けた表情を見ると、ニイ、と口元を歪めて笑った。挑戦的な目つき。さやかの脳裏にあどけない化粧っ気の無い女性の顔が浮かんだ。
さやかが取り調べを担当した、覚せい剤容疑で取り押さえた暴力団員の女だ。己の迂闊さにさやかは額に手をあてる。
「え、何なに、あおいちゃん、やっぱこの美人さんと知り合い?俺にも紹介してよ」
「うっさいわね、違うわよ、「面接」よ「面接」、この子ここで働きたいって!静かにしてよ!」
興味深げな常連客にヒステリックな声をあげ、鋭い一瞥を向けた後、女はまたさやかの方に向き直った。そしてさやかにしか聞えない様に、小さく、とても小さく囁く。
「ったく、じゃあなんであんたここにいんのよ?マジで偶然コーラ飲みに来ましたってわけ?」
「そうよ」
「嘘」
音楽が切り替わり、更に激しくなる。
「もうアタシとタカシはちゃんと容疑晴れてんだからね、それにさあ」
女がさやかの肩にしなだれかかってきた。女の柔らかい肉感で、思わずさやかが緊張したように体を強張らせると、女はニイ、と笑った。
「今はさあ…ちゃんと、合法ドラッグでキメてハメてんだよ、天国イキッぱなし…ねえ、イイでしょ?」
どうして、女がそんな目でそんなことを言ってくるのか、さやかにはわからなかった。けばけばしいメイクを施した女の顔をしばしさやかは見つめる。
――連絡員
『連絡員を飼うといい』
上司の言葉が頭に響き渡る。だが否定するようにさやかは首を振って、女に囁いた。
「……さあ…わからないわ」
「あんたやっぱ向いてないって…」
何が可笑しいのか、吹き出して、カウンターをバンバンと叩き、女はけらけらと笑う。困った様にさやかは額を抑え目を瞑る。
偶然にしては出来すぎな、容疑者と取り調べた刑事の再会に、さやかは戸惑い、そして女は何が可笑しいのか笑い続ける。次第に店には客の歓声と女の嬌声で溢れかえり、店内のライトは赤くけばけばしく輝き始める。ノイズの様な音楽と共に、夜の「営業」が開始した。
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セピア色の街並みを見つめながら、星は数時間前の新しい部下との会話を思い出していた。
『地下にいた男達は、警察が到着した時には二人とも意識不明の重体だった。「死んでいない」というだけで、かなりひどかったがね』
『私がやりました、あの時もそう証言したはずです』
『あり得ない。内臓破裂に、全身骨折、あれはまるでトラックに轢かれた様だった』
『それじゃあ、なんと?』
『スーパーナチュラル』
『……ありえません』
フフフ、と星は笑った。
――やはり、何か隠している
スーパーナチュラルと星が言い放った時の、蒼い髪の部下の表情。あれは単純な否定の言葉ではない。何か知っている表情だ。
――いい逸材だ
「買って」よかった。と星は思った。彼女こそ、この「世界」の謎を知る鍵であり、贄となる「愚者」なのだ――。
キイ、と耳触りな音を立てて星が座っている椅子が回転する。オーク材のデスクに手を置き立ち上がると、執務室の窓へ向かった。窓から広がる景色は既に闇に包まれていた。星は淡いクリーム色のスーツの内ポケットに手を入れ、携帯を取り出した。
「――私だ、ああ、そうだ、情報を流して欲しい」
能面の様な顔に笑みが浮かぶ。
「あの店に刑事が潜入していると」