※この作品はR-18です。

アンダーカバー(大人悪魔ほむら×大人さやかシリーズ)   作:さんかく@

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幕間。美樹さやかに声をかけてきた女性―細田あおいの話。
「イザベル」https://syosetu.org/novel/302421/43.htmlの前日談。


幕間
ある女


彼女は自分自身が不幸だとは思ったことがなかった。

例えば15歳の頃、義理の父親に襲われかけても、近くにあったアイロンで思いきり頭を殴り、相手が血を流し、呻き声をあげながら謝罪の言葉を述べるまでそれをやめなかったし、家出をそそのかした男友達と夜の街に繰り出して、初めて暴力団と出くわし殺されそうになった時も死に物狂いで逃げ出したし、どうにか生き抜いてこれた。

 

――人生は戦いだ、やられたらやりかえす

 

彼女はそう思っていた。だから、当時同じ見滝原中学校に通っている女子生徒はひどく子供じみて見えたし、絡むこともしなかった。「その日」を迎えるまでは。

 

「いいですか、みなさん…落ち着いて聞いてください」

 

その日、ひどく震えた声で担任の女性教師が「事件」を語った。

事件の内容は、クラスメイトの女子生徒が2名、暴力団に拉致されたというもので。詳細については、その女性教師は何も語らなかった。だが彼女はすぐに悟った。クラスメイトが何をされたのかを。そうして彼女は己の身体を抱いた。

 

ぞっとした。

 

誰でもいいのだ――闇の中に吸い込まれるのは。彼女は自分自身の様に自ら危ない橋を渡る人間と、そうでない人間に全く区別が無いことを思い知らされた。少女である彼女達はそれだけで危機に曝される。自らの属性に対して不平等と理不尽さを感じ、彼女は初めて社会に対して怒りと嘆きを感じた。そうして、彼女は学校へ通うのをやめた。

 

**************

 

「それでさあ、私学校通うのをやめちゃった訳」

「へえ…そうかい」

「もう8年も前のことだけどね…」

 

彼女――細田あおいは、首筋を中年の男に曝しながら、淡々と身の上話しを語る。首に痛みが走る。この中年の男は刺青の彫師だ。あおいのセフレである暴力団の男に紹介してもらったのだ。あおいの視線が彫師の首元に向けられる。

 

――幾何学模様の刺青

 

なぜかあおいはその模様に心奪われて、当初予定していた薔薇をかたどった刺青をキャンセルし、彫師の首元を指差し「これがいい」と言ったのだ。

 

「ねえおじさん」

「なんだい?」

「その模様、何から考えたの?」

「ほお…」

 

あおいの言葉に何故か感心したように声を漏らす中年の男。

 

「そうさなあ…「記憶」かな?」

「記憶?」

 

ああ、と頷いて中年の男は針を持つ手を止めた。そうして己の首元に手をあてた。

 

「この模様がよく夢に出てくるのさ…何度もな」

「夢に?」

「ああ、娘の首にこの模様がついてる夢さ、何度拭いても取れやしねえ」

「娘…おじさん子供いたの?」

 

その娘がどうなったのか尋ねようとしたが、彫師は答えない。

 

「…喋りすぎたな」

 

そう言って黙りこんでその話しはおしまいになった。どうしてあおい自身がこの模様に心奪われたのか、どこか遠い記憶で見たことがあるのか、色々考えることがあったが、結局それであおいも考えるのをやめた。この模様の意味の奥には「世界」の秘密が隠されているというのに。

 

そうして刺青が完成し、あおいはまた夜の街へと繰り出す。風俗を転々とし、セフレである暴力団員の男と暮らす。それが細田あおいの日常だった。そうしてある日いつも通りにセフレである男と朝から身体を重ねていた時、ドアを乱暴に叩く音がした。

 

「…ったくなんなんだ」

「いいじゃん、続けようよ、ね?」

 

身体を離そうとする男をあおいは制止したが、男は怒りを露わにしながらドアへ向かった。男がドアを開いた途端、数人のスーツ姿の男達が入って来た。

 

「おい、お前らなんなんだよ!」

「警察だ」

 

そう言って先頭に立っている白髪で長身の初老の男が紙を男の眼前にひろげた。

 

「捜索令状だ、今からこの部屋を捜索する、容疑は覚せい剤所持」

「おい、ふざけんな俺を誰だと…」

「わかってるよ、○○組の下っぱだろ…指でも咥えて座ってろ」

「な…」

「座ってろ」

 

初老の男の凄味に男は言葉を失くす。

あおいはベッドで横になりながらその様子を見ていた。と、スーツ姿の男が数人あおいのもとに近寄る。だがあおいが裸であることに気付くと歩を止めた。「腰ぬけ」とあおいは心で叫んだが、実際はそうではない。裸の女性に容易に近寄って、あらぬ疑いをかけられると、捜査自体が無効になる恐れがあるのだ。刑事がドアの方向へ顔を向け、奥に立っている刑事へ声をかけた。

 

「美樹」

 

細身のスーツ姿の刑事が近寄ってくる。あおいの目が見開かれる。蒼い髪の刑事は女性だった。美樹と呼ばれた刑事は無言で声をかけた刑事の傍に立つ。

 

「対応を頼む」

「……」

 

無言で頷くと、蒼い髪の刑事はあおいの元へ近づいた。髪と同じ蒼い瞳があおいを見つめる。まるで空の色の様であおいはしばらくその瞳に見惚れてしまった。

 

「服を着て」

「え?」

「あなたと彼氏は今から警察に来てもらうわ、あくまで任意同行だけど」

 

数秒ほどあおいは固まる。相手が言っていることが分からない訳じゃない、ただその刑事が美しかったから見惚れてしまったのだ。肩まで伸びた蒼い髪に、どこか疲れたような蒼い瞳。すっきりとしたどこか中性的な顔立ち。あおいは何故か彼女をどこかで見た事があるように感じた。

 

「服って言われても、そんな簡単にさあ、これじゃだめなの?」

 

わざとシーツを剥がして、己の裸体を刑事に見せつけた。一糸纏わぬ裸体。何故同性である刑事に見せつけたくなったかは、あおい自身わからない。だがこの蒼い髪の刑事を見ているとその様な衝動にかられてしまうのだ。蒼い髪の刑事の視線が、あおいの身体の上半身から、下半身へと向けられる。ほんの一瞬だけ、刑事は照れたように目を閉じた。その長い睫毛を見て、あおいは愉快になる。ああ、すごく楽しい――と。

 

「ねえ」

「…何?」

「あんたが取り調べするなら、ついていっていいよ?」

 

刑事の胸にはネームタグがついていた。SAYAKA.M と。さきほど「美樹」と呼ばれていたから、美樹が名字だったのか、とあおいは気付く。

 

――美樹 さやか

 

あおいはその名前を心で味わうように繰り返し、そうしてそっと囁いた。

 

 

 




彼女と美樹さやかの出会いもまた運命的―
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